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ヒーローなんていない  作者: サク
田舎貴族と本当の私
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相談という名の取引

 

 ジェラルドの大分遠回しで要所要所を曖昧にぼかした釈明に、所々的確な事実を口出ししながら茶々を入れ終えると、殿下はまた溜息を吐きながら額を押さえた。


「アディ……」


 気遣うように肩を擦るニコレッティ嬢。

 締め付けられるような胸の痛みには、とりあえず蓋をしておく。


「まさか薦めた婚約者候補がそのような事実を隠していたとは……」


 恨めしげな殿下の視線を避けながらも、ロランディ伯はちらりと睨んでくる。

 おいおい、そんな顔を令嬢に見せるもんじゃないですよー。そう嫌味を込めてニコリと微笑み返す。

 ――アーダルベルト殿下は欲しいものを手に入れたいとき、比較的体裁を大事にするお方だ。なりふり構わず手に入れるというよりかは、遺憾なく確実に欲しいものを手にする。

 殿下がニコレッティ嬢を婚約者にすると決めたからには様々な問題があるが、手を付けるとするならば、まずは私の然るべき措置(ちゃんとした婚約者)とそれに伴うラディアーチェ家の同意、まずはそこから始めるだろう。

 そのために()()()()()()()()()状態が必要なのである。

 高望みして図に乗りさえしなければ、殿下は応えてくれるだろうという胸算はしていた。


「ラディアーチェ嬢」


 わずかに視線を逸らし、精一杯笑みを作る。


「申し訳ないがこの婚約話は一時保留、ということにしてくれないだろうか」

「保留、とは?」


 わざとらしいくらいに小首を傾げ、扇子で口元を覆う。


「白紙にすればエヴァルド・ダリアが黙っていないだろう。新たな婚約者候補が見つかるまでは、テオのことは体のいい隠れ蓑として使ってくれ」

「アディ、それは……!」

「黙っていろ、テオ」


 殿下はピシャリと言い放たれて、ロランディ伯は憎たらしいくらいブー垂れた顔をした。


「私は君のその貴族らしからぬところを好んでいるし、君には君の事情があるのかもしれない。が、このような形での婚姻は不要な争いを生む上に、誰も幸せになれないことは分かりきっている。君がすべきことは形ばかりの夫人を見つけることではなく、まずは家族に向き合うことじゃないか?」


 殿下に叱られ黙り込んでしまったロランディ伯に、心の中でいい気味だとほくそ笑んでから、私もここらで妥協することにした。


「殿下のお心遣い、嬉しゅうございますわ」


 殿下は気にするなと手を振りながら、退出しようとニコレッティ嬢を促した。


「それと、ラディアーチェ嬢」


 礼をとろうと立ち上がる私に、殿下は躊躇いがちに呼びかけてくる。訝しげに見上げた私に、殿下は珍しく弱気な笑みを見せた。


「あなたとは婚約者ではなくなったが、これからも良き友でありたい。そう硬くならず、もっと気安く接してくれ」


 それには応えず、瞼を伏せる。そのままゆっくり身を伏せ礼をとった私に、殿下は少し逡巡していた。

 少々無礼な態度だが、なにも言うつもりはない。

 そんな私を見て、殿下も結局にも言わずに去っていった。

 少しして顔を上げた先には、退出される殿下の背中と、こちらを見やるニコレッティ嬢。晴れた日の空のような澄み渡った青い瞳が、真っ直ぐ私に向けられている。その瞳には、私が予想していたような恐れや軽蔑、勝ち誇ったような色は見えない。

 ただただ真っ直ぐな視線が私を貫いて、そして彼女も一礼して去っていった。


「ラディアーチェ嬢」


 背中にかけられたロランディ伯の声に、一瞬ビクつく。そんな内心を叱咤して、しっかり笑顔を作り込んでから振り返った。


「今さらだが、あなたを傷つけてしまったことを謝罪させてくれ」


 下げられたハニーブロンドの頭を見降ろす。

 ほんっとーに今さらだよ。つーか言葉とは裏腹に、顔引き攣ってますけど……。

 顔を上げたロランディ伯はその引き攣りをなんとか消し去って、真剣な表情になった。


「だが、決して誤解しないでほしいのです。あなたの名誉を傷つけたいわけじゃなかった。……あなたにだけは、分かってもらいたくて」


 ロランディ伯はそっと手を取り、優しく握り締めてきた。


「ロランディ様……」


 彼は辛そうに顔を歪める。


「私には生涯唯一人と決めた女性がいます。……彼女は貴族の生まれではありません。私たちは、今生の世では結ばれることはない」


 ロランディ伯は睫毛を伏せ、色気漂う眼差しに憂いの色をのせた。


「あなたも生涯を捧げると決めた殿下との縁がなくなった。その人生を見も知らぬ男性へと捧げるのは、張り裂けそうなほど苦しいのではないのかと……私にはその辛さが分かります。だからそんな私たちならば、燃え上がるような恋情はなくともお互いの気持ちを尊重し合いながらやっていくことが出来る。そう思いませんか? 私はただ、ラディアーチェ嬢に救いの手を差し伸べたかった。無理に跡継ぎを産まなくともいい、広大な自然の中でその傷をゆっくり癒してもらえれば、と」


 はらりと揺れた睫毛の奥から見える、寂しげな瞳が切なく揺れる。握られたロランディ伯の手にそっともう片方の手を重ね、――そしてグッと力を込めた。


「お気持ちは重々伝わりましたわ」


 ヒクッとこめかみを引き攣らせたロランディ伯を、満面の笑みで見上げる。


「こんなにもわたくしを慮ってくださるロランディ様って、なんて素敵なお方なんでしょう。わたくし、とても心強いですわ」


 おそらく予想とは違った私の反応に若干引き気味に仰け反るロランディ伯の曇り空のような瞳を、ニコニコしながら迫るように覗き込む。


「わたくし、ダリア様から無理に婚約を押し通されるのではと恐ろしくて気が気でなかったの。でも殿下もああ言ってくださったことだし、ダリア様のことはロランディ様に任せておけば安心ね」


 ロランディ伯、確かにあなたの憂い顔は強烈だった。酸いも甘いも噛み分けた三十代の色男にとって、殿下一筋だった小娘を翻弄することなど訳ないんだろうね。

 でも、それ以上にあんたに味わわされた屈辱の数々、私は一つも忘れてないんだよ!


「お互いの気持ちを尊重して無理強いはよくないって、ほかでもないロランディ様がそう仰るなら……」


 ダリア様から守ってくださいますよね?


 歪な笑みのまま固まってしまったロランディ伯に、最高級の笑顔でとどめを刺すと、握られた手をやや乱暴に抜き取りこっそりとドレスで拭く。

 言質はとったので仰るとおりに骨の髄まで利用させてもらうとしよう。せいぜいこれから思う存分エヴァルド・ダリアに悩まされるといい。

 へっと心の中で唾を吐きかけながら顔を上げると、面白そうにヘーゼルの瞳を笑ませたジェラルドと目が合った。


「あなたほどのお方が来てくれましたら、辺境領も安泰でしたのに」


 こんな状況だというのに、相変わらずの素敵な笑顔でほわりと笑っている。

 思わず見惚れそうになる面食いな自分を叱咤する。


「わたくしには荷が重いわ」

「いいえ、ラディアーチェ嬢ならどうしようもないテオ様も、拗らせたご子息も、きっと上手く手綱を握ってくれるでしょう」

「評価してくださるのは嬉しいけど、買いかぶりすぎよ」

「そうでしょうか」


 首を傾げた拍子に、アッシュブロンドの髪が揺れる。


「まだ遅くはありませんよ。気が向いたら是非、いつでも声をかけてくださいね」


 柔らかいヘーゼルの瞳を細めながら、ジェラルドは受け入れてくれるように両手を軽く広げた。……その腕の中を少しだけ未練がましく眺めてから、振り切るように二人に背を向けた。









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