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軽々な救いの手

「なにかな?」


彼女は焦りながら涙をぬぐい、そう問いかける。その表情は先ほどまでとは裏腹に、思わず恍惚(こうこつ)としてしまう程綺麗なものだった。

俺は彼女へと向けられたカメラをパッと下げ、今の自分がいかに不審な者であるかを痛感する。


「写真を撮っていたんだけれど...えっと」


それ以上のことが思いつかず、言葉に詰まってしまう。仮に続けていたとしても、きっと詭弁を弄する事になっていただろう。

初めて会話するというのにこのような状態というのは遺憾である。

そんなことを考えながら周章狼狽していると、楽しげな口調で彼女は言う。


「確か、被写体って言うんだっけ。私はあまり写真写りが良い方ではないけど、綺麗に写ってるかな?」

「勝手に撮ったこと、怒らないんだね」


そんな必要があるのかと言いたげに首を傾げると、くるりとその場で回り一礼した。

緩やかに吹き抜ける風と相まって、その姿は美しく可憐であった。この行動が、怒らないのかという問いに対する答えということなのだろう。


「全く知らない人だったら注意してたかもしれないけど、知ってる人だから」


奇しくも話したことはなかったが、クラスメイトである。故に全く知らない人間では無いが、それに等しいだろう。

それなのに、饒舌でとても親しげだ。学校で受けた印象とは随分と異なる人物である。


「今日初めて話すっていうのに、おかしな人だ」


人気がなくなり、蕭然(しょうぜん)とした空間で大声を上げて笑った。

元来嫌われていた彼女のことを勝手にそういう人間なんだと総括していた自分が滑稽に思えたからである。

急に笑い出した俺に、何がおかしいのかとまるで怒ったような口調で問いかけてくる彼女は、嫣然と笑っていた。

本当はこんなにも笑顔を見せてくれる人なのである。こちらまでもが釣られて、思わず顔が綻びてしまう程に。


「馬鹿にしているんじゃないんだ。ただ楽しくてさ」


それを聞くなり彼女は胸を撫で下ろした。一応心配ではあったようだ。正に杯中の蛇影である。今の状況を思うと、言い得て妙だろう。

彼女は小さな声で「そっか」と言うと、パッと口元に手を当て、驚いたような口調で言った。


「そういえば、自己紹介がまだだったね」


言われてみればその通りである。見る事はあってもお互いにさほど関心がなかったために、名前を知らないのだ。

クラス全体で自己紹介をする機会もなかったので、知ること自体が困難であった。

クラスが同じだと言うのに今更自己紹介というのも気恥ずかしいものがあるが、まだ春なのだからおかしくはないだろう。


ほとんど散ってしまった桜の葉が宙を舞う境内で、二人は(うやうや)しく自己紹介をする。


「星宮七海です」

「新井智也です。遅くなったけど、よろしく」


挨拶を終えると、先ほどまでの空気とは一変し、とても重い空気に変わった。理由は簡単である。星宮が悲愴な面持ちなのだ。

今に至るまで話していたのが別人かとさえ思わされるような変わりようだが、この表情には見覚えがあった。

つい先ほどまで頰を濡らしていた表情と酷似しているのだ。


「星宮さん?」


気づけば俺は口を開いていた。惨憺(さんたん)たるありさまに、開かずにはいられなかった。しかし、上の空で返答が来ない。流石に心配になり、さっと顔を除き込むと驚いたように声を漏らした。

苦笑しながら靡く髪を手で軽く押さえ、弱々しい声で彼女言った。


「今日が終わればまたいつも通りって考えると悲しいなと思って」


そう言われて俺は悟った。彼女が何を言わんとしているのかを。


「そんな事は無いよ」


だからこそ俺は苦言を呈した。星宮という人間を知った以上はあり得ない、そういった意を込めて強く。

けれど、彼女はこう続ける。


「嬉しいけどだめだよ。私は嫌われているから。私と一緒にいたりしたら貴方も嫌われてしまうかもしれない」


そう言われて何も言い返せなくなった。ここまで言っておいて少し怖くなってしまったのだ。他の人たち、今いる友達に嫌われてしまうかもしれないということが。

こう言ったことを含め、彼女は老婆心から俺に言ってくれたのだろう。

それに対して言い返せない自分が心底嫌になる。もっと豪胆であればどれほどいいことか。そう思う事は簡単であるが、行動する事は出来なかった。


「新井君がそんな顔する必要はないんだよ。仲のいい人がいない私が悪いの」


ここまで言わせてしまい、慚愧(ざんき)の念に堪えない。けど、今の俺には彼女のその言葉に甘えることしかできなかった。


「なら、またここで会うっていうのはどうかな」


彼女はとても嬉しそうに頷いた。僥倖(ぎょうこう)が訪れるのを待つことしかできない俺の顔を見ながら。だからせめて、今はこれ以上暗い顔を見せないようにしよう。それが彼女のためにできる最低限のことである。

俺はおもむろに空を見上げた。そこには、数えられる程度の星が瞬いていた。

数は少ないがとても綺麗である。そんな星を見ながらこれからのことについて考える。学校では基本的に知らないふり、それで彼女にここであった時、俺はどんな顔をしているのだろうか。


「そうだ。聞きたかったんだけど、そんな格好ってことは...」

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