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見えなかったもの

高校二年生の春である。一年生の時一緒だった友達とも離れ、新たなクラスメイトと一緒になり、少しづつ馴染み始めた頃である。それなりには楽しいのだが、心から楽しめるという程でもない。あまり馬が合わないのだ。かといって離れる訳にも行かない。一人になるというのは、何となく嫌だからだ。だから、面白くもない話題にも愛想笑いをするのだ。そんな生活に慣れることが出来れば良いのだろうがほとほと嫌気が差していた。


最近、いつも一緒にいるのは俺を含め四人だ。二人は悪口ばかり言う人。一人はなんでも話を合わせる人。そして、話をなんとなく聞いて、愛想笑いをする俺。こんな生活で良いのだろうか。いや、良いわけがない。かといってどうすることもできないのだ。世の人もそうなのだろう。一人を嫌い、集団を好む。いつでも少数は悪であり、負け組である。そしていつでも、多数は正義であり、勝者なのだ。そこに疑いはない。何故なら常識であり、そこを疑う者こそ非常識という者なのだ。


だが、今いるクラスにはその常識に当てはまらない人がいる。 学年一と言って差し支えない美少女である。美しいものが皆に好まれるというのは、"それ"が常識のある人だけらしい。ひどく婉曲に言っているが端的にいうと嫌われているのだ。クラスに話せる人がいない程には嫌われているらしい。だが、嫌われている理由や、その人がどういう人物かは、関係ないし、興味もない。そこに必要なものはただ皆に嫌われている事実である。


やはり、多数が絶対である。神であるのだ。そこを疑うことは、それなりの覚悟が必要になる。非常識になる覚悟を。誰だって、同じ道を歩きたいだろう。進んで、違う道に行こうとする人はいない。だから、彼女に関わりもしないし興味すらもたない。それが正義であると疑わぬうちは、同じ道を歩くことができるのだから。


集団心理に嵌った思考から解放されることがなかった高校二年の春。解放されたのは皮肉にも、非常識と交じり合いまた俺も非常識に成り下がってからだ。そんな暗雲立ち込める春の空に一縷の光が差した。そんな俺の物語を聞いて欲しい。


授業が全て終わって皆がいなくなった教室。静まり返って時計の針の音だけが聞こえるこの時間が好きなのだ。淀みがなく、心が空っぽになる。その心で本を読むと、心に染み渡るようでなんとも良いのだ。本を切りが良い所まで読み、そろそろ帰ろうかという段になり、戸締りをして教室から出た。廊下の窓から見える空は朱色に染まっていた。烏が朱色の空を旋回している。こんな景色も日常の一部となっていた。


窓から視線を廊下へと向けると、例の彼女が同じように空を見上げていた。その表情は哀しそうであった。瞳が夕日に照らされ、輝いていた。水面がキラキラと光るように。それを見た瞬間、心臓を掴まれた気がした。見てはいけない気がしたから、足早に階段を降りた。興味はなかったはずだ。なのに、心臓が鐘を打っている。あの哀切極まり無い表情が脳裏に浮かぶのだ。知っていたはずだ。彼女が嫌われていることを。


あれからというもの朱色の空を見る度に、あの瞳が目に浮かぶ。少し夕方が嫌いになっていた。それを打ち消すかのように写真に打ち込んでいた。本を徒然に読むのも好きなのだが同じように写真を撮ることも好きなのだ。小さい頃、お父さんにカメラっていうものはその時の感情や風景を切り取って、物語のように伝えてくれる魔法の道具なのだと教えてもらった。魔法"の道具という、あまりにも魅力的な言葉に乗せられて写真を撮り始めた。やればやるほどその魅力に取り憑かれて休日になると一人で写真を撮りに出かけるというまでになった。


俺はその日、国内でも有名な歴史のある神社に来ていた。文化財としても貴重である。大きな鳥居をくぐり、神聖なる境内に入る。昼に来たので、観光客や参拝客などが沢山いる。回廊と人とを一緒に撮ったり、池の鯉を見てはしゃぐ子供を撮ってみたりと色々な物語を撮ることが出来て満足していた。


写真を一心不乱に撮っているといつの間にか人の数は疎らになり空は朱に染まっていた。辺りを暖かい赤い光が降り注いでいる。山の向こうに沈んでゆく太陽はなんとも美しく思わずシャッターを切る。ほうっと感嘆の息がでた。昼間の賑やかな様子とは打って変わり、静謐な空気が横たわっている。その中で悠然と佇む本殿は夕日に埋もれ、また美しかった。それもまた写真に収める。


黄昏時のなんとも不思議な世界に浸り茫茫と空を眺めていると、またもや、あの時の様に空を眺めている者が居ることに気がついた。巫女装束を身にまとった女性である。後ろ手に纏めた濡れ羽色の髪が夕日に照らされて艶やかに光っていた。それを見て取ると、反射的に空と女性が写るようにカメラを向けてシャッターを切っていた。昼間の喧騒は無く、烏の鳴き声が聞こえるだけの空間ではパシャリという音がやけに響いた。その音に気がついたのか、女性ははたと此方を振り返った。瞬間、目が合うとはっとした。心臓が早鐘を打つ。彼女であった。そしてまた、頬を濡らしていた。


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