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梅雨

水羊羹

作者: 奥野鷹弘

 遠いおばぁちゃんの家から、今年もまた手作りの水羊羹が届いた。アジサイやハナショウブなど梅雨時の花が咲き誇り、ふんわりと香る時期にわたしの手元に届くのだ。わたしがまだ小さかったころ、おばぁちゃんの家に遊びに行って手作りおやつをご馳走になっていた。おやつは毎回違って、その季節季節で楽しませてくれた。そして、わたしの手元に水羊羹が届く理由になったのが、どのおやつよりもわたしは不思議そうに食べ、おいしそうに頬張り、あえて最後に残こしておいたイチゴを味わっている姿を見て、おばぁちゃんは送ってくれるようになった。わたしが一人暮らしをしたと知ったときから、この時期にこの時に食べていたイチゴ入り水羊羹をわたしに送ってくれるようになった。A4サイズぐらいの紙箱に入った水羊羹は、宝石箱を開けるお姫様ような気持ちにさせてくれた。また開けると、一筆紙にすらすらと達筆で書かれた「元気かい?今年もまたいっぱい食べて、会いにおいで。」が人一倍わたしに元気をくれる。


 届いたその日から、わたしは毎日ひとつずつ食べている。彼氏に話したら、「太らないほうがおかしい。」とか全く噛み合わない話をされるのだが、わたしはそんな生きがいがあるから5月病をなんとかくぐり抜けている気がする。さすがに無くなるまでの毎日の間、健康に悪いんじゃないのかと周りより時期がずれている社内での健康診断でヒヤヒヤしているのだが、むしろ他に人より健康状態がよく自分が一番びっくりさせられている。


 自分の就職祝いにと買った、自分なりの精一杯高めでお気に入りの急須と茶飲み。茶葉も無くなれば、毎回お茶屋を回り自分の気分にあわせ、その時期のお菓子を考え買ってくる。

 そんな思いでいれるお茶はやはり、どこぞのペットボトルで飲むよりも格別に美味しい。それが当たり前だと知っていても、あえてペットボトルを時として呑むのは、生きている世界とこの世界の有難みを知るのに打ってつけだ。


 冷蔵庫に寝かしておいた水羊羹を、箱からひとつ取り出して皿に移し変えた。

 小豆から作り出された丹念な餡子。その上に宙に浮くように真っ赤に映えるイチゴが心を煌めかす。2層からなるイチゴの水羊羹は、まるでひとつの芸術作品化のように腰をすえてわたしを見つめてる。

 皿の蒼さといい、このひとときを幸せと呼ばないで何があるというのだろう。



 わたしは、静かに座って水羊羹専用の楊枝を手に備えた。



 イチゴだけ最後に食べるというそんな下品なことは今はしないが、おばぁちゃんが毎年愛情をこめてくれる水羊羹と手紙に想いを馳せて、噛み締めていく。






 「おばぁちゃん、今年もありがとう。わたしは、今年もまた元気でいられるよ。そのうちにまた、顔を見せに行くからね。」


 わたしは、万年筆と便箋を用意しに行った・・

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