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9追憶の夢

夢は記憶の欠片だと言う。夢をかたちづくる記憶は様々なのに、紡がれた夢は痛いモノばかり頭に残る。



天には満月、樹には雨雫。

目の前に立つのは幼い自分の後ろ姿。


……そうか、夢か。

自覚するのに、そう時間は必要なかった。

夢の中の自分が夜道を駆ける。それにつられて視界も流れる。様々な家に吊るされたランプが、それぞれの発光花や発光石の色を纏って、いやに鮮やかに目についた。


時計塔が近づく。ほんのり光る文字盤の前、開けたステージで二つの影が華麗に踊る。幼い自分は呆けたように目を奪われて、……時計塔に吸い寄せられるかのように迫る、闇を目に映した。


「父さん母さん危ない!逃げて!」


止める間もなく幼い俺が叫ぶ。

その声に反応するように闇が速度を増し、振り返った両親の目に俺が映る。

まず、振り払おうとした父の手が。風に揺れる母の髪が。逃げようとした二人の足が。少しずつ削り取るように闇に呑まれていく。二人の声は聞こえない。幼い俺はへたりこんで声も出せない。下半身が呑まれた。もう逃げられない。最後に庇い合うように互いを抱きしめ合った二人が、こちらを見る。その目に浮かぶ感情は何だったのだろう。影に染まる瞳からは何も読めず、両親は闇に完全に呑まれた。

――ずっと傍にあると信じきっていた温もりが、呆気なく一瞬で消え去った。



いつの間にか、幼い俺は何処にも居なくて、俺は一人で立ち尽くしていた。

これは夢だ、これは夢だ。

いくら言い聞かせても、身体に力が入らない。


《――悲しいね、ヴァールハイト》


声が、響いた。


《お前が殺した。さぞかし無念だったろうね、二人はとても綺麗に舞っていたのに》


耳を塞げど、直接頭に響く声は遮れない。


《お前は塔に来るよ、ヴァールハイト。塔がお前を呼んでいる、お前も塔に惹かれている》


意味がわからない。こんなものただの幻だ、脳が勝手に作りだす、趣味の悪い夢にすぎない。


《――イデル》


「――!」

《あれがお前の相手だろう?お前と共に、舞う相手》


《お前は、今度はイデルを殺すんだよ。……嬉しいだろう?イデルと共に死ねるんだ。――気づいているんだろう?お前は、》



―――――――――――――――――



「――!」


がばり、飛び上がるように起き上がる。荒い息で周りを見回して、見慣れた自分のベッドの上に居ることを確かめる。無意識に首を引っ掻いた。痛い。……ここが、現実だ。


パタパタと音がして、イデルが飛び込んで来た。


「……フェズ?起きてる?なにか声が聞こえた気が…………フェズ?大丈夫?」

「……あ?……ああ、悪い。大丈夫だ。少し、夢見が悪かっただけだ」

「……フェズ、顔、真っ青だよ」

「……、そうか?」


どうやら、ずいぶんとひどい顔をしているらしく、イデルが心配そうに顔を覗き込んでくる。


……本当に、どこまでも弱くて嫌になる。もう短いとは言えない時間が流れたというのに、未だに両親の死さえ乗り越えられない自分。

ああ、面倒だ。こんな風に自嘲するのも、過去に振り回されるのも、……今、こうして、しがみつくように呼吸をしている事も。――いっそ、


「……フェズ?」


訝しげなイデルの瞳を見てはっとする。そうだ、イデルがいる。俺はまだ、面倒だと自分を投げ出す訳にはいかない。少なくとも、自分からは。


「……イデル、……イデル、イデル。」

「……フェズ、どうしたの?そんなに怖い夢を見たの?……大丈夫だよ、フェズ。大丈夫」


すがるようにイデルを抱きしめ、その長い髪に顔を埋める。あと何年、こうして傍にいてやれるだろう。


……どうやったら、俺は、イデルを手放してやれるだろう。



―――――――――――――――――



結局その夜は、二人で一緒に眠った。

あの日の夢を見て、不安定になった姿を見られたのは初めてだ。もう、平気になったと思っていた。


浅い眠りから覚めて、一人ベッドから抜け出す。顔を洗って時計を見れば、まだ明け方と言っていい時間だった。もっとも、この国の夜は明けないから、この言い方が正しいかは知らないが。


“お前は塔に来るよ、ヴァールハイト”


「……。」


思い返すも腹立たしい。あの番人は、いつも知ったような口をきく。何が塔に惹かれているだ。

馬鹿馬鹿しい。そう言って切り捨てるのは簡単だ。けれど、そうはできない。あいつが言ったことの全てが意味不明だったら、かえって流すこともできただろうが……。最近、時計塔に無意識に近づく事が増えたのが気にかかる。……それに。


“嬉しいだろう?イデルと共に死ねるんだ”


あいつはそう言った。ぐっと力を入れて拳を握る。


見透かされた、と思った。確かに、 俺が時計塔で踊るとしたら、相手はイデル以外に考えられない。そしてきっと、俺が誘えば、イデルは迷う事無くこの手を取るだろう。自惚れでもなんでもなく、確信をもって言える 。それが、どんな感情からだとしても。


そしてきっと、イデルを道連れにした最期の瞬間に、俺は歓喜の笑みを溢すのだろう。俺の想いはそういうものだ 。恋だの愛だのと綺麗な名前はつけられない、歪んだ。



「――……フェズ?」


「……、イデル、悪い、起こしたか?」

「ううん、大丈夫。……今日は早起きだね?ちゃんと寝れた?」

「……ああ 、大丈夫だ」

「……本当に?ちょっと、疲れた顔してるよ」

「……大丈夫だよ、昼に寝るから」

「……。」

「本当に大丈夫だ。ほら、顔、洗ってこい」

「……わかった」


とことことイデルが歩いていく。


ふと、頬に手を当てた。右頬にある、深い色の雫型のアザ。生まれつきあるそれが、疼いたような気がした 。顔を上げて、時計塔を見る。


“――気づいているんだろう?お前は、 塔に選ばれた証をその頬に持っているんだから”


「……何が、選ばれただ」


時計塔を睨み付け、煙草に火をつけた。……仮に、このアザが選ばれた証とやらだとしても。

イデルを巻き込みはしない。イデルがそう望まない限り、塔で踊る事もない。絶対に。痛い程に拳を握り、イデルが朝食だと呼びに来るまでずっと、俺は時計塔を睨んでいた。“真実の愛”なんて曖昧なモノのために、イデルの命をかけさせるものか。



『守りたい』と、『共に逝きたい』と、反する思いは胸に秘めて。今はただただ、君の隣に。

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