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8雨の運ぶ記憶

雨が歌うと思い出す、別れと出逢いと二つの記憶。



常夜の国に、珍しく雨が降った。

しとしとと静かに響く音に耳を澄ませていると、遠い記憶を思い出す。


「……フェズ?どうしたの?」

「ん?いや、ちょっと昔の事を思い出しただけだ」

「……どんなこと?」

「……気になるのか?」

「……フェズ、沈んだ顔、してたから」

「……あー、いや、別に、面白い話でもないんだが」

「いいよ」


椅子に座って、完全に聞く体勢のイデルに苦笑する。……よほど酷い顔をしていたらしい。


「……両親が死んだ時の話だ」

「!」

「あの日の前日も雨が降っていて、雫が煌めいてそりゃあ綺麗な月夜だった」


――ある日突然、二人が時計塔の伝説に挑戦するとか言い出して。まあ元から気紛れで自由人な二人だったから、それ自体は別に驚きもしなかったんだが、ずいぶんと楽しそうに出掛けて行ったのが気になって、後を追いかけたんだ。

ガキの小さな足で時計塔につく頃には、もう二人は塔の上で踊り始めてた。母親の羽がふわりと風に舞って、二人とも笑顔で。とても綺麗に踊っていた。

その光景に思わず見惚れてたら、二人に闇が近寄っていってるのに気付いた。俺は咄嗟に叫んだ。「危ない」とか、確かそんな感じの事を。で、何故か思った。“やってしまった”ってな。

そのまま勢いを増した闇に二人は呑み込まれた。俺はただ、必死に逃げようとする二人が互いを庇って闇に呑まれる様を、呆然と見てるしかなかった。


「――多分、あそこで呼びかけたら駄目だったんだ。理由は知らないが、そんな気がした。この話をしても誰も俺を責めなかったが、……きっと、俺の行動が二人を殺したんだよなあ」

「……。」

「……悪いな、いきなり暗い話して。つまらなかっただろ?」

「ううん、つまらなくなんてない。もし、過去が少しでも違ったら、イデルはフェズと出逢えなかったかも知れない。……だから、つまらなくなんてないよ」


そう言って立ち上がり、イデルが俺の頭をなでてくる。


「……イデル?」

「……なんて言ったら、フェズの気持ちが軽くなるかなんてわからないけど。イデルは、フェズになでてもらうと安心するから」

「……ふ、そうか。ありがとう、イデル」

「……えへへ」


ほにゃほにゃと笑うイデルを見て、俺も笑った。……そうだ。雨は、イデルを連れて来てくれたんだった。

目を閉じて、思い出す。初めてイデルと出逢った、あの日の事を。



―――――――――――――――――



その日は、影の国には珍しく、騒がしく雨の降る日だった。


「――っち、コルースのやつ、いきなり呼び出しやがって」


昼間は晴れていた。星が綺麗に瞬く程。だが、仕事を終えて帰ろうとしたところで雨が降ったものだから、当然傘なんて持っていなかった俺は、機嫌がすこぶる悪かった。雨自体は魔法で散らしていたが、それでもイラつくことに変わりはない。

ぶつける先のない苛立ちを持て余していると、雨音の中、ノイズ音のように、誰かの罵声が聞こえてきた。

戒律の厳しいアルクスナードならともかく、影の国では大して珍しい事でもない。正直、最初は無視して帰ろうかとも思ったが、なんとなく気紛れをおこして声の方へ向かった。


近づくにつれ、だんだんとはっきり聞こえるようになってきた怒鳴り声。見えてきたのは、「手間かけさせやがって」「このクズが」と罵倒しながら小さな影を暴行する五人の人影。……ふむ。

……これなら、八つ当たりしても問題ないな。


「――おい」

「ああ!?なんだおま――」


相手が言い終わらない内にみぞおちに拳を叩き込み、発光の魔法を放つ。相手の目が眩んだところでわざと足音を立て、向かってきた二人の頭をぶつけ足を払う。残りの一人は発光のダメージからは立ち直ったが、自分以外が地面でうめいている様子を呆然と見ている。


「――弱いな、八つ当たりにもならない。……失せろ」


男達は怒りをはらんだ目でこちらを睨み付けていたが、鋭い目を向ければ、怯えたように肩をすくませて、慌てて逃げて行った。……雑魚め。

なんだか白けた気持ちになって、もう帰ろうと踵を返したところで、踞る子供に気付いた。雨に打たれて色が濃くなったローブは小さな身体には大きすぎて、顔が完全に隠れている。


「……おい」


ビクリと子供が怯えたように大きく震えたのにムッとして――先程まで自分を痛めつけていたやつらを倒した相手に怯えない訳がないが――無理矢理ローブを剥ぎ取った。


「……頭に花?お前、アルラウネか?」

「……。」

「だが身体はほぼ完全に人形だな……。異端児か」


子供の震えが大きくなる。身を縮めて必死で頭を庇おうとする様子と、ローブの隙間から覗く傷だらけの肌に、今までの扱いがうかがえる。稀にいるのだ。ツィルクスにも保護されず、情報も出回らない異端児。その多くは生まれてすぐに死ぬが、幸か不幸か、こいつは今まで生き抜いたらしい。

緑がかった金の髪に、怯えを映す澄んだ紫の瞳。頭の上部、髪飾りのように両脇に咲いた沈丁花。


「……お前、名前は?」

「……。」

「なんて呼ばれてた?」

「……。……ザイデルバスト」

「ザイデルバスト(沈丁花)……か。似合わないな。」

「……。」

「ザイデルバスト、ザイデル……。……ふむ。イデル、なんてどうだ?」

「……イデル?」

「そう。お前の呼び名。まあ、気に食わなかったら自分で何か考えろ」

「……。」


「イデル、俺と一緒に来るか?」


なんでその時そう言ったのか、今でもよくわからない。気紛れと言えばそうだったし、はっきりとした理由なんて思いつかない。ただ、なんとなく手を差し伸べた。面倒だったらツィルクスにでも預ければいい、そんな軽い気持ちで。


「……!うん……!イデル、一緒に行く……!」

「……!」


花が咲くように笑ったイデルに、俺の方が救われた気分になったのは、どうしてだろう。


その後、俺の家に連れて行き、手作りのポトフを食べさせて、頭の花を隠すために家にあった帽子をやった。

その帽子は今でも使われているし、ポトフはイデルの好物になった。


「イデル、俺の名前はヴァールハイトだ。ヴァールハイト・フェズンツァイ」

「ばーるはいと、ふぇず、ふぇずん……」

「……もうフェズでいい」

「……ふぇず?フェズ!」

「……何がそんなに楽しいんだ?」



―――――――――――――――――



「……フェズ、どうしたの?」

「ん?いや、お前と出逢った時のことを思い出していた。あの日も、雨だったよなって。……お前、成長したよな」

「え?……えへへ、そうかな。ありがとう」


雨の香りが残る月夜。両親が目の前で死んだ。

雨の降る昼下がりに、イデルと出逢った。


軽く話しはしたが、今でも両親を殺したのは俺だと思っている。俺の罪だと。俺自身が俺を赦せていない。目に焼きついて離れない、あの光景。ほんの僅かな言動で、誰かを殺す事があるのだと知った、あの夜。誰よりも己に近かった二人を殺した傷は、今も血を流し膿んだように痛む。

けれど、その過去すら出逢うために必要だったと、そう言ってくれたイデルにどれだけ救われた気持ちになったか、イデルはわからないだろう。


(ああ、もう、本当に)


あの時、あの場所で。本当に救われたのはどちらだったのか。

俺がイデルを見つけたんじゃなく、イデルが俺を見つけてくれたのではないだろうか、と。そんなことを考えて、静かに笑みを溢した。



月は降り注ぐ雨に隠れて、悲しみも幸福も雨音の中。

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