7止まらない時間
死は数少ない平等である。その長さに満足するか、嘆くのか。それは、願いの数にもよるのだろう。
喉が痛い。鎖で締め付けられたように胸が苦しい。止まりそうになる足を叱咤して、月明かりの下、ヒトの疎らな朝の道を走る。もっと、早く、速く――。焦る気持ちに背中を押されて、以前煙草を買いに行った薬屋に向かった。
―――――――――――――――――
――フェズが倒れた。
朝、起きてすぐに大きな物音に驚いて、慌ててフェズの寝室に行くと、開けかけた煙草が転がり、その側にフェズが真っ青な顔色と荒い息で倒れていた。
必死に呼びかけたけど、返事はなくて……、脳裏に過ったのは、まだ小さいころ、フェズとした会話。
――『イデル、背が伸びてきたな』
――『えへへー』
――『……お前が大人になるまで、俺、生きてるかな』
――『……?』
――『……俺の能力に、『等価の魔眼』と『“世界の知識”の検索』というのがあるのは話したな?』
――『うん』
――『その他にもう一つ、『対価の能力』というのがある』
――『たいかののーりょく?』
――『そう。自分の所有するモノ、または支配下に置いたモノを対価に、望むモノを得る能力。先天的にしか現れず、所有者も身内にすらあまり言わないため、あまり知られていない、極めてレアな能力。等価の魔眼も、“世界の知識”の検索権も、この力で手に入れた。』
――『……ほー?』
――『……よくわかってないな?とにかく、その時対価にしたのが、等価の魔眼は本物の片目。“世界の知識”は……、たしか寿命百年分くらいか。いくら情報屋をやるためで、人間よりは長く生きると言っても、かなり持っていかれた。これでも、検索できる知識の範囲はかなり狭いんだがな……。まあ、今は等価の魔眼があるから、何を対価にすればいいかわかるがな』
――『……ほー?』
――『……ああ、うん、よくわかってないのはよーくわかった。とにかく、俺の残り時間はかなり短い。だから、俺にもしもの事があったら、店はお前にやるから、俺の知り合いのやつらを頼れ。な』
――『……?んー、うん!』
――『……返事だけは、立派だな……。』
―――――――――――――――――
あの頃はよく意味がわからなかったけど、今はもうわかる。だからこそ怖い。今が“その時”かも知れないと――。
頭を振って思考を散らす。大丈夫、きっと大丈夫。それより早く行かないと……。でないと。
――イデルのカミサマが、いなくなってしまう。
呼吸も難しい程息を切らせて薬屋の戸を叩く。店主もさすがに驚いた様子だったが、途切れ途切れのイデルの話を聞くやいなや、あっという間に荷物をまとめて、イデルを魔導車に乗せて、家まで来てくれた。
―――――――――――――――――
「――もう大丈夫だろう」
「僕は薬屋であって医者じゃないんだがね」とブツブツ言っている店主の迅速な対応のおかげで、ベッドに眠るフェズはまだ少し顔色こそ青いものの、呼吸はずいぶん穏やかになった。
「……フェズ、どうしたの?なにか病気?」
「……いや、魔力暴走を起こしかけたんだよ。ヴァールハイトの両親の事は知っているかな?」
「妖精族のハーフと、魔人族のハーフだったって……。」
「そう。で、ヴァールハイトはその強大な魔力を両方から受け継いでしまった。それ自体は悪い事ではないんだけど、ヴァールハイトは人間の血が濃いからね。ほぼ人間の身体に、強大な魔力は負担が大きすぎるんだ。だからあまり多く扱えないし、時折こうして制御できなくなる。彼の買う煙草は、魔力を抑える効能を持つ特別製でね。彼からすれば、薬みたいなモノなんだ。……それでも、暴走“しかけ”で止めるのが精一杯なんだけどね」
「……もっと強い薬とかは?」
「それだと彼の身体がもたないんだ。今でもかなり強い薬草だしね」
「……。」
「……どうしても暴走を完全に無くしたいなら、彼の身体そのものが強化される以外には方法がない。それも、時計塔の伝説に成功するくらいの強化がね」
「……不老長寿の伝説?」
「不老長寿ともなると、身体の造りそのものが変化するからね。成功例は極めて少ないけど、成功すれば暴走する事もなくなるだろう」
「まあ、リスクが高すぎるから、とてもおすすめはできないけどね」と肩をすくめる店主を横目に、フェズを見つめる。
フェズの話からして、彼の命はもうほとんど無いだろう。そんな状態で、これからも暴走に耐えきれるだろうか。
もしかしたら、本当に置いていかれるかもしれない。現実味を帯びてきたその未来を見るのが怖くて、フェズの枕元に顔を埋めた。
―――――――――――――――――
ふ、と目を覚まし、見慣れた天井を目に映す。動かない身体に違和感を覚えて、暫くして、暴走を起こしかけた事を思い出した。目覚めた俺に気がついたのか、薬屋の店主が顔を覗き込んでくる。
「やあ、目覚めたかい」
「……お陰様で。助かった、おかげで身体が重くなる程度で済んだ」
「お礼ならその子……イデル、だったかな?イデルに言うといい。ずっと君についていたんだ。僕を呼びに来たのもイデルだよ」
その言葉に少し驚く。横を見れば、涙の跡を残して眠るイデル。……ずいぶんと、心配をかけてしまったようだ。
「じゃあ僕は帰るけど、ちゃんと安静にしてなよ」
「ああ」
店主が去り、階下で扉の開閉音が響いたところで、はっとイデルが目を覚ました。
「フェズ!?」
「おはよう、イデル」
「お、おはよう……。もう、大丈夫なの?」
「ちょっと身体が重いくらいだな。……色々頑張ってくれたんだって?ありがとう。心配かけたな」
イデルはぶんぶんと頭を振って、シーツに顔を埋めた。震える肩に、泣いているのかと焦る。
「イデル?」
「……た」
「ん?」
「……死んじゃうかと……思った……!」
「……イデル」
「置いてかないで、フェズ。イデルのこと、置いてかないで……。」
「……悪い、本当に心配かけたな」
「……ふぇずぅうぅぅ」
本格的にぼたぼた涙を溢しだしたイデルに苦笑して、頭をなでる。相変わらず、小さなガキみたいな泣き方をする。
このままだと俺が死んだら後を追って来そうだな、と苦く笑って……すぐにそれがあり得る未来だと考え直す。イデルは俺を絶対視して、依存しているところがあるからな……もっとも、出逢い方が出逢い方だ。仕方ないとも言えるが。
イデルの俺に向ける執着が、どんな感情から来るモノなのかはわからない。元々、他人をあまり気にしないたちだからな。他人の感情を察するのには、慣れていない。
ただ、そろそろイデルを俺から引き離すべきか、とは思う。歩み寄る死の気配は、俺が一番強く感じている。
けれど、同時に離したくないとも思うのだ。いっそ、後を追って来るならそれでもいいと思う程。俺が死んだ後、他の誰かとイデルが寄り添うくらいなら、共に連れて逝ってしまいたいと思う程。
(……ちゃんと、話さないとな……。)
残り時間はそう多くない。話ができる内に、イデルとしっかり話し合うべきだろう。パルソン団長やクラルハイトなら、イデルの居場所の一つや二つ、二つ返事で作ってくれる。問題は、イデルがどうしたいか、だ。
(……死にたくねえなあ)
いつ死んでもいいと思っていた。あの雨の日に、イデルに出逢うまでは。
(俺は、イデルをどうしたいんだろうな)
連れて逝ってしまいたいと思う、けれど生きて幸せになってほしいとも思う。イデルが幸福だと笑う未来を望みながら、イデルを俺の死に巻き込む事を心のどこかで望んでいる。
(……面倒だな、気持ちってのは)
難解で、複雑で、曖昧で。はっきりとした答えはどこを見ても転がっていない。結局のところ、己がどうしたいかだ。
イデルを想う己の心に、つける名前を探しながら。
刹那の時を針が刻む、月の光に陰りながら。




