6新月の日に
月の無い夜空は喪失の色を思い出させる。鮮やかな色を重ねても、消えずに淡く咲き誇る。
「イデル、今日は新月だ。表には出るなよ」
「え、うん。……あ、そっか。闇が増えるから?」
「ああ、いつもなら避ければ問題無いが、新月の夜は増えすぎて避けるのが難しい。こんな日に外に出るのなんて、自殺志願者くらいだ」
「ふーん……。」
ここ最近出かけることが多かったからか、久々に家にこもるとなると、イデルが少し落ち着かない様子だ。ただ出かけない、ではなく、出かけてはいけないと明確に制限されているせいだろうか。しかし、いくらイデルが窮屈そうでも、今日ばかりは外に出してやる訳にはいかない。……どうするか……。
「……イデル」
「なあに?」
「少し危ないが、面白いモノを見せてやる。二階へおいで」
「?うん!」
二階に上がり、窓を開ける。下を見下ろすと、隙間がほとんど無いくらいに闇がひしめき合っている。
「わ、闇がいっぱい」
「あまり乗り出すなよ。……さて、じゃあ、下にいる闇にこれを落とす」
「……発光花?」
「そう。これを落とすと、どうなる?」
「……消滅する」
「じゃあ、実際にやってみるぞ」
そう言って、手にした発光花を窓の下の闇に向かって落とす。すると、発光花に触れた闇から波紋を描くように、虹色の光が一瞬放たれ、広がった。
「わあ……!綺麗!」
一瞬の光の波に、イデルが大きな瞳を輝かせる。
「どういう訳か、自ら発光するモノを取り込むと、一瞬だけ発光するんだ。そして、その闇に触れ合った闇も呼応して発光する。さっきみたいに波のようになるのは、新月の夜くらいだろうけどな」
「すごい!すごい!ありがとうフェズ!凄く綺麗だった!」
大興奮のイデルに、ふ、と笑みがこぼれる。一生懸命と言った感じに感想を伝えようとしている様がどこか幼く微笑ましくて、ぽんぽん、と帽子越しに頭を撫でた。
「楽しめたか?」
「うん!」
「そりゃあ、よかった」
窓を閉め、階下に降りる。万華鏡を仕舞ってあった、珍しいモノを集めた棚の前に立ち、イデルに声をかける。
「今日は退屈だろうから、ここのモノでも見るといい。興味があるモノはあるか?説明してやる」
「本当!?じゃあ……えっとね……」
この様子だと、結構前から気になっていたんだろう。もっと早く、こうして話してやればよかったか。
「ね、これは?」
「ああ、異国の弦楽器だ。素材に、希少な魔石や糸を使っていて、いくつか古い魔法がかかっている。確か、どこかの滅んだ国の国宝だったとかいう話だったな」
「……そんなモノを対価にするような依頼があったの?」
「……まあ、昔は色々な……。」
「これは?キラキラして綺麗だね」
「星の砂のスノーグローブだな。満月の光に当てると発光する。クラルハイトが昔いらないからってよこしたんだよ」
「へえー……」
「……ただ、何か立派な魔法陣が小さく刻まれてて、時々生き物がいたり、建物が増減したりするが……。……そういえば、大昔、北の大国で街一つ忽然と消えた事件があったな……」
「!?」
「これは?……粉?虹色に光ってて綺麗」
「それは俺の母親の羽の鱗粉だな。妖精族と人間のハーフで羽があったから、集めてたらしい。妖精の鱗粉は、希少な薬の材料になるし、尽きないからな」
「……フェズのお母さん?……そうなんだ」
「これは?夜の色で綺麗な石だね!」
「それは俺の父親の魔力石だな。魔人族と人間のハーフで、魔人族の血が濃かったから、魔力を結晶化する能力があったんだ」
「フェズのお父さんも、ハーフだったんだ……」
「ああ。どちらも人間とのハーフだったから、俺は人間の血の方が濃いはずなのに、何故か魔人族と妖精族の特性が強く出たんだよな……。羽は無いが」
「そうなんだ……。」
「じゃあ、これは?」
「ああ、これは――」
―――――――――――――――――
「――こんなもんか。楽しめたか?」
「うん!」
「そりゃあよかった」
満足げなイデルに、こちらまで口元が緩む。
ふと時計を見ると、もう昼過ぎだった。
「……そろそろ昼飯の時間だな」
「あ、そうだね、今日はサンドイッチにしようかな……」
「昼飯食べたら、二人で昼寝でもするか?たまには昼間からだらけていてもいいだろう」
「!じゃあ、そうする!久しぶりだね、二人でお昼寝するの」
「そうだな」
イデルが笑う。昼寝の何が楽しいのかはわからんが、たまにはこんな日もいいだろう。ゆったりと過ぎる時間に、ふ、と小さく笑った。
―――――――――――――――――
夕飯を済ませると、もう結構遅い時刻だった。
「……イデル、眠いのか?もう寝室に……」
「やだ、寝ない……。時計塔の音楽聞くの……」
「時計塔の音楽?ああ、今夜か……。確かにもうすぐだな」
「聞くの……」
「……そうか」
まあ、寝てしまったらベッドに運べばいいか。
早く過ぎろと願う時ほど時間の歩みは遅い。やっと真夜中に針が届く頃には、イデルはもう半分夢の中だった。……いつもは、この時間には既に寝ているからな……。
「イデル」と声をかけると、調度、針が音を立てて重なりあった。
~♪
曲が流れ、イデルがはっと目を開く。
「これがその曲?」
「ああ、小さな音量のはずなのに何故か国全体に響くんだ」
「へえ、不思議だね」
弾むようなリズムが続いたかと思えば、雨のように音が降る。
なんとも表現しがたく、耳に残る音だ。踊ろうとする気持ちもわかる。
タイトルは誰も知らず、けれど住民の多くがそのメロディーに触れた事のあるこの曲は、時計塔の歌声、と誰かが呼んだ。詩人かなにかだったのだろうか?しかし、今ではそれで定着している。実際、どの楽器の音とも違う音色は、まるで時計塔が歌っているかのような錯覚をおこすのかもしれない。
「……星の綺麗な夜みたいな曲。静かなのに、明るくて」
「へえ、お前もなかなか綺麗な例えをするな」
「え、……ふふ、そうかな」
イデルが照れたようにはにかむ。柔らかな表情に暖かい感情を覚えながら、この曲に合わせて美しく踊ってみせた両親を思い出した。
誰も責めない罪を抱えて、闇夜の中に君と二人、零れる音に耳を澄ませて。




