4『闇』と時計塔
何処の国にも影はある。違いなんて、見えるか見えないか、それくらいだ。
騎士に呼び止められ、イデルが珍しくキレてから数日。イデルと共に、食品の買い出しに出かけていた。面倒だし、イデルも一人で行けるとは言っていたが、重い物もリストにある。イデルの細い腕に持たせるのは酷だろう。重量を軽減するような魔法は使えないだろうしな。
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「おや、久しいな、フェズンツァイ。イデル殿」
買い物を終え、いざ帰ろうとした所で背後から呼び止められた。……既視感がある展開だ。
振り向けば、先日の騎士と、見たことのある顔の騎士が居た。
「……騎士クラルハイト。イデル殿って何だ」
「あれ、そこかい?久方ぶりに会った幼なじみに挨拶も無しか?」
「誰が幼なじみだ。お前はただの顔見知りだ」
「手厳しいな」
「イデル殿は家名が無いから、これでも距離をとったつもりなんだが」と肩をすくめる美麗な騎士に呆れた目を向けていると、イデルがこて、と首をかしげた。
「クラルハイトさん、後ろのヒト達は?鎖で繋がれてるけど」
「ああ、これから刑執行予定の罪人達だ」
「帰るぞ、イデル」
いくら重量軽減の魔法をかけていても、荷物を持っていることに変わりはない。面倒事に付き合わされてたまるか、とイデルを連れて帰ろうとするが、それよりもクラルハイトが俺の肩を掴む方が速かった。
「まあまあ、そう急がずとも。軽量化の魔法をかけているようだし、ちょっと陰りの時計塔まで案内してくれないか?」
「……自分たちだけで行け」
「いやあ、アルクスナード人にはこの国の“歩き方”は難解すぎてね。自分たちだけだと何時間もかかる道を圧倒的に短縮できるとなれば、頼まない手は無いだろう?そうだな、君の好きなワインを対価に渡そう。調度良い物が手に入ったんだ。たまたま今ここに持っていてね?」
「……。…………。……わかった、わかった。案内すりゃあいいんだろう!」
「ありがとう」
にこやかなクラルハイトにため息を吐く。満足げだなこの野郎。おい、そこの騎士殿、何をメモしてる。毎回同じ手が通用すると思うなよ。……イデルも、俺の好きなワインの情報をクラルハイトに聞こうとするな。後で教えるから。
クラルハイトは昔から要領が良く、見る目がある。先程渡してきたワインも、この人数を案内する対価として申し分ない品だった。おそらく最初から案内させる気だったのだろう。そういう奴だ。……ワインは惜しいが無視すればよかったか。俺は情報屋であって何でも屋ではないんだが。
「ワイン一本じゃ足りん。もう一本、後で持って来い」
「おや、おかしいな、足りなかったかい?」
「“いつも”だったら足りたがな。もうすぐ新月だ。危険が多くなっている分、対価も大きい」
「へえ、月の満ち欠けなんて気にしてなかった。何せ影の国以外に月は無いからね。……上層部も少しは気を使えばいいのに……。じゃあ、今は『闇』が多いのか?」
「ああ、夜になると危険が増すから、急ぐぞ」
「私から見ればいつでも夜だけどね」
少し考えて、イデルを見る。危険がある訳だから、イデルを連れていくのも……。……先に帰らせるか。
「イデル、先に……」
「イデルも行く」
「……。」
「イデルも行く」
「……そうか」
まあ、俺が守れば大丈夫か。
いりくんだ道を、慣れた感覚で通る。そのうち、視界に黒いもやが映るようになってきた。夜の影よりもっとずっと深く暗い色は、影の国でもひどく目立つ。
騎士殿――名前は何だったか――は怯えた様子でもやから距離を取っているが、クラルハイトは平然と歩いている。
あのもやのようなモノは、『闇』と呼ばれる、正体も詳しい情報も、現象か物体かさえほとんど何もわかっていない存在だ。わかっているのは、法則性も無く突発的に現れ、また同じように唐突に消え、触れたモノを消滅させる特性があることくらいか。
理由は不明だが、新月に近付くにつれ発生率が上がり、逆に満月の夜には一部の例外を除き現れることはない。故に、今にも消えそうな細い月の今日は、とても危険だということだ。
まあ、そうは言っても、闇は動くことはないし、こちらが気をつけていれば特に問題は無い。どこだったか、異国の人間は“吸い込まないブラックホール”と称したらしい。意味はわからないが。
慣れ親しんだ“法則”の通りに道を辿る。しばらく歩くと、俺の店よりさらに深く、ヒトの気配も無い沈んだ広場に出た。村一つ入りそうな程、不自然にぽっかりと空いた中心に立つのは、この国全体を見下ろす時計塔。月に照らされているのに何処からみても暗く陰っていることから、『陰りの時計塔』と呼ばれている。よく見れば細やかな装飾がほどこされていて美しいが、それよりも近付くだけで不安を煽る空気が漂っている、と、影の国の住民ですらあまり近寄らない、人気の無い国のシンボルである。
「案内したぞ。帰っていいか」
「いや、できれば帰りも道案内して欲しいんだが」
「嫌だ」
「まあそう言わずに。帰りの分もきちんと対価は支払うさ」
「……。」
面倒くさくなって黙る。こうなればもうこいつは引かないだろう。ならば拒否する体力が勿体無い。
「初めて来る所だね、フェズ」
ほわほわと笑うイデルにため息を吐く。……イデルだけでも早く帰したいが、一人では帰ろうとしないだろう。早く終わることを願うか……。
《客人か》
唐突に、頭に声が響く。時計塔の番人と呼ばれるモノの声だ。何百年もずっと一人、この塔に住んでいるらしい。頭に直接声を響かせるのは、おそらくそういう話し方の種族なのだろう。塔から出て来た番人は、小さな子供のような背丈だ。裾の長いローブを纏っていて、種族や年齢はおろか、性別すらわからない。性別など無いのかも知れないが。
「罪人の引き渡しに参りました」
《……確かに》
「では」
罪人を繋ぐ鎖の先を番人に渡し、クラルハイトが踵を返す。その時、罪人の一人が動いたのを見て、とっさに動こうとしたイデルを止める。恐怖に歪んだ雄叫びを上げながら番人に向かって行った男は、小さく弱く見える番人になら勝てると思ったのだろうか。しかし、番人は焦る様子も見せず、自分より遥かに力の強そうな大男を、片腕一本で放り投げた。
まさか番人がそこまで強いとは思わなかったのだろう。一層怯えた様子の罪人達が、番人に連れられて行く。
「ねえ、フェズ。これから、あのヒト達どうするの?」
「ん?……ああ、闇に呑まれるかどうかで決めるんだよ。呑まれた奴はそのまま死ぬし、呑まれなかった奴は……さて、番人しか知らんだろうな」
はたして闇と番人に何の関係があるのか。まあ、さして興味も無いが。
一列に並び、びくびくと番人についていく連中を見て思う。
「まるで綱渡りだな」
「綱渡り?ツィルクスの?」
「ほんの僅かなズレで闇の中へ真っ逆さま。ツィルクスのはあそこまでびくびくしていないが、滑稽だな」
冷めた気持ちで眺め、踵を返す。
「ほら、イデル、そこの騎士二人。日が暮れる前にさっさと帰るぞ」
「あ、待って、フェズ」
「おや、置いていくなよ、フェズンツァイ」
足早にその場を放れようとすると頭に響く声。
《ヴァールハイト》
「……。」
無視して歩を進める。
《まだ忘れられないか、両親が》
《ヴァールハイト、お前もきっとここに来るだろう。お前はどうなるかな》
「……うるさい」
くわえた煙草をギリ、と噛みしめて、イデルに聞こえないようにぼそりと呟く。恐らく、この声は俺にだけ発しているのだろうから。
《イデルと言ったか。それがお前の相手か?楽しみだ、お前とその子はどんな踊りを魅せてくれるのか》
「……うるさい!」
「……フェズ?どうしたの?」
心配そうな顔をしたイデルが顔を覗き込んでくる。ふ、といつの間にか爪が食い込む程力を込めて握りしめていた拳から力を抜く。変わりにイデルの手を握りしめ、訝しげな顔をしている騎士達を無視して半ば走るように歩いてその場を後にする。
こちらを案じるイデルに心配ないと返すこともできないまま、細い月が照らす夜道を辿った。




