3小さな面倒事
面倒事は時に重なったりするから面倒だ。
窓を叩く軽い音に目を向ければ、一羽の伝書フクロウ。面倒な予感がひしひしとするが、鬼気迫る様子で窓を叩かれたら開けない訳にはいかない。窓を開け、足にくくりつけられていた手紙を取り出す。その内容に目を通し、ため息を吐いた。
「イデル、少し用ができた。アルクスナードまで出かけるが、ついて来るか?」
「え、うん!行く」
「そうか」
行きたくない。心底行きたくない。しかし、行かないといけない。何より、珍しく二人でアルクスナードに行くからか、イデルがすごく楽しそうだ。
はあ、と、幾度目かの深いため息を吐いて、気が進まない中のろのろと家を出た。
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慣れない日の光に目を細めて歩く。
「――ったく、小さい事件が起こるたびに情報提供させてんじゃねえか、あの爺さん」
「お疲れ様でしたー。お茶菓子美味しかったー!」
「……そりゃ、よかった。」
無邪気に笑うイデルに脱力しながら帰路に着く。まったく、グロークスの爺。痴情のもつれの殺人事件一つに一時間も拘束しやがって。情報提供自体は五分もかからなかったのに、あの老人は世間話が長い。
「……ところで、よかったの?あのお爺さんから対価貰ってなかったけど」
「ああ、あの爺さんには借りがあるからな。対価が大きかったから、分割払いにしてもらったんだよ。情報提供って形でな」
「へえ、どんな借り?」
「……。」
「ね、ね、どんな借り?」
今日はいやに食い下がる。そんなに興味があるのか。言う理由も無いから誤魔化そうと思ったんだが、これ以上追及されることの方が面倒くさい。はあ、とため息を吐いた。今日はやたらとため息を吐く日だ。
「……お前を引き取るときに、色々と手伝ってもらったんだよ」
「……そうなの?」
「ああ、あの爺さんはアルクスナードの情報屋だからな。しかも顔が広い。情報操作を手伝ってもらったんだよ。まあ、高くついたが、俺が売るのは“知識”で情報操作は得意じゃない。まして影の国の外となればな。」
「……。」
「イデル?」
「……ありがとう」
「何が」
「色々。“ごめんなさい”より“ありがとう”の方が正しいと思って」
「……そうか」
よくわからないが、イデルが満足そうだからそれでいいだろう。
妙に機嫌の良いイデルが最近気に入っているらしいパン屋に寄り、足早に影の道に向かう。月光では無く日の光というのが落ち着かない。慣れない環境というのは面倒だ。明日は休もう。絶対に店から出ない。絶対だ。
「待て、イデル殿!ヴァールハイト・フェズンツァイ!」
突然響き渡った無駄に大きな声に顔をしかめる。いや、足音には気づいていたんだが、面倒だからと無視しなければよかった。いくら人影が無いとはいえ、昼間の往来で自分のフルネームが叫ばれれば、いい気持ちはしない。
隣のイデルも不機嫌そうな顔をしている。本日幾度目かのため息を吐いて振り返った。
「フルネームで呼ぶなと何度言ったらわかる、騎士殿?あとイデル殿って何だ。親しくもないのに気軽に呼ぶな。」
「ではヴァールハイト」
「何故そっちなんだ。家名で呼べ。何の用だ」
「早く帰りたいから手短にお願いします、騎士さん」
「最近、ツィルクスの団長に情報を売っただろう」
「……あ?」
「先日、突然騎士団にツィルクスのパルソン団長が現れて、上層部を脅したあげく、子竜を一匹連れていった」
「……それで?」
「何故お前が上層部を脅すようなネタを持っている?そんな情報を軽々しく売るんじゃない!」
「……あのなあ……。」
口を開こうとしたところで、横にいたイデルが前に出て声を上げた。
「……フェズを悪者扱いしないで」
そのいつもより低い声に、俺まで少し驚いた。
「い、イデル殿?」
「なんでフェズが悪いって頭から決めつけるの?」
「いや、しかし、影の国で情報屋といえば『スシェン』しか……」
「だから話も聞かずにフェズが情報を売ったって言うの?アルクスナードの騎士は情報屋に頼りきって自分たちで調べることもしないの?違うでしょ?なんでフェズが売ったって言えるの?自分で調べたのかも知れないじゃない。だいたい……」
「イデル。イデル、落ち着け」
普段あまり怒るということが無いが、イデルは俺を害される事を極端に嫌う。例え言葉で悪く言われただけだとしても、それを俺が気にしていなくても。あまり騎士にいい感情を抱いていないというのもあるかもしれない。目をつり上げて騎士を睨み付けるイデルを押さえるように抱きしめて落ち着かせる。
「……なにが騎士だ……っ騎士だ正義だと言いながら、あの時誰が見てくれた……っ」
その、小さな叫びに、力を強くすることしかできない無力さを噛みしめて。
「騎士殿」
「あ、ああ……何だ?」
「確かに俺はパルソン団長に情報を売ったが、それは子竜の情報の一部だけだ。上層部の脅しとやらには関与していない」
「そ、そうか……。決めつけてすまなかった。申し訳ない」
「別にいいさ。もう帰っても?」
「ああ、引き留めて悪かった」
まだ言い足りないとばかりに騎士を睨むイデルを引きずるようにその場を離れる。
影の道を通り、見慣れた店に帰って来ても不満を表すように頬を膨らませている。
「イデル、俺は別に気にしていない。よくある事だ」
「フェズがよくても、イデルは嫌だ」
「……。」
はあ、と息を吐いて、イデルの頭を帽子ごしにぽんぽんと撫でる。
「怒ってくれたのは素直に嬉しいが、そろそろ機嫌をなおせ。今夜は俺が夕飯を作ってやるから」
ぴく、とイデルが反応する。
「お前の好きなポトフでも作るか」
ぴく、とまた反応して、頬を膨らませるのをやめる。機嫌はなおったのか、ポトフへの期待で目がキラキラと輝いている。単純だな。
素直な反応にふ、と笑いをこぼして、久々に腕をふるうべくキッチンへ向かった。
……まったく、グロークスの爺さんには呼び出されるし、騎士に呼び止められて疑いをかけられるし、今日は厄日かとも思ったが……。
夕飯のポトフを心底幸せそうに食べるイデルを見るだけで気分が良くなる俺も、結構単純な性格をしているのかも知れないな、と思う。
そんな自分を嫌いじゃないと思いながら、今日も月夜に沈んでいく。




