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2ツィルクス

必要なもの程無くなるまで気がつかなかったりする。



ふと、残り数本しかない煙草を見て、買い足しを忘れたことに気がついた。“ただの煙草”ではないからイデルに買いに行かせる訳にもいかない。

はあ、とため息をついて、のろのろと立ち上がる。


「イデル、煙草が切れそうだ。買ってくるが……」

「一緒に行く!」


「……そうか」


くい気味に言われて苦笑する。俺のどこにそんなになついているんだか。どこか呆れたような気持ちで看板を閉店に裏返した。



時間としては朝だが、今も空は月が照らし、辺りは薄暗い夜の色。もっとも、多種多様な灯りが通りを彩り、夜闇への怖れなど感じはしない。疎らにヒトが歩く『クンストリア通り』をヒトの隙間をすり抜けるように歩く。はぐれないように繋いだ手から、慌てたような感情を感じるから、イデルはまだこの歩き方には慣れないのだろう。ふ、と笑みが漏れた。微笑ましい、というやつか。速度は緩めないが。


細い路地裏を通り抜けて、いりくんだ小路を早足で歩く。こういう小路には、ガラの悪い連中が居ることもある。撃退しようと思えばできるが、面倒くさい。

迷路のような道順を辿ると、小さな――とは言っても俺の店よりは大きな――店が見えてくる。薬を意味する異国の言葉が書かれた扉を開ければ、人の良さそうな笑みを浮かべた店主と目が合った。


「やあヴァールハイト。煙草が切れたのかい?」

「ああ、とりあえず一月分欲しい」

「だから煙管の方が燃費が良いと言うのに。長い目で見れば煙草の方が高いぞ?」

「俺は自分の周りに気に入ったモノしか置かないたちでね。気に入った煙管が見つかればそうするさ」

「相変わらずだな」


店主が呆れたように苦笑して、注文どおり煙草を取りに奥へ行く。この店は、縦横が小さく見えるくせに奥行きがある。いつか俺の店も少しくらい広くしようか。まあ、二人しか住んでいないんだが。


イデルはここに幾度か連れて来てはいるが、様々な薬草や薬が並ぶ光景が未だに見慣れないらしく、見本の並ぶ棚を興味津々といった様子で眺めている。


「――ほれ、持って来たぞ。確認してくれ」

「ああ…………確かに。いくらだ?」

「そうだな……。お得意様だし、まけてやろうか?」

「そういうのはいらない。対価は正しく支払うべきだ」


「……相変わらず、硬いな」


店主が苦笑する。代金を払い、振り返ると、イデルはまだ棚を観察していた。


「イデル。帰るぞ」

「あ、うん!」

「また来いよ」

「ああ、煙草が切れたらな」


店主の笑い声を背に、店を後にする。

ふと、物珍しそうに棚を見るイデルの目を思い出した。


「……たまには、別の道から帰るか」

「!うん!」


これだけで瞳を輝かせるイデルを見れば、少しくらい面倒なのも我慢できるというものだ。



クンストリア通りよりも広い『シェルツ通り』。ヒトも多く、年中賑わう通りである。だが、今日はいつもよりも混雑している。


「……?」

「あ、フェズ!パレードだよ!」

「パレード……?……ああ、『ツィルクス』か」


目の前では、様々な芸を披露しながらねり歩く多種多様な種族の姿があった。今日に限って混雑した理由はこれだろう。

目をキラキラとさせてパレードに見惚れるイデルを見て、少しくらいいいだろうと壁に背を預ける。発光花やランプで彩られた台車がゆっくりと通るのを眺めていると、小さく舌打ちが聞こえた。

目を向けると、どうやらアルクスナード人と思われる人間が数人、固まるように立っていた。外の人間がこんな所に居るとは、珍しい。


「なにがパレードだ。やってることは奴隷商のそれと同じじゃないか」

「こんなモノを笑ってみてる奴の気が知れないな」


「……。」


奴隷商、か。アルクスナードには無いが、他の国では結構目にするらしい。ヒトをモノとして売買する。それだけ聞けばまるで害悪のようだが、正規の奴隷商は犯罪者や、生活ができずに身を売る者達を扱う存在で、アルクスナード人が持つようなイメージの、奴隷を虐め倒すような者は奴隷商とは名ばかりの犯罪者である。


ツィルクスが奴隷商と似ている、というのも、まあわからないではない。芸を見せ、客に気に入られれば、団長との話し合い如何では客に引き取られることもある。その際ツィルクスには対価として、多くの場合は金が入るから、ヒトを売買しているように見えるのだろう。

けれど、ツィルクスは“異端者”にとっては救いである。様々な種族の中に稀に生まれる異端児。本能的な忌避感によって幼い内に殺されることの多い者達を引き取り、芸を仕込み、仕事を与え、時に信頼の置ける相手に任せる。対価とされた金銭は残る団員達のために使われ、彼らは餓えることもない。そんなツィルクスに誇りを持つ連中も多いから、あまり見下すような発言は控えた方が……ああ、周囲の奴らに目をつけられたな。

まあ、彼らが無事に国に帰れるかどうかなんて、俺にはどうでもいいことだ。


「フェズ、フェズ。今、あのヒト火を吹いたよ!」

「そうか」

「火を吹く種族じゃないのにね、どうやったんだろうね!」

「さあな」


楽しそうにはしゃぐイデルに、嫌いな人種を見てささくれだった心がほんわり癒される。イデルは特に、ツィルクスに対する感情は大きいだろう。ぽんぽん、と頭を撫でて、俺もパレードに目をやった。

多くの笑い声で飾られた華やかな色を、しばらくの間並んで、ぼんやりと眺めた。



―――――――――――――――――



「――ああ、楽しかった!」

「そうか、よかったな。そろそろ帰るぞ」

「うん」


時計塔を見れば、もう昼過ぎだ。昼食はそこらの出店で済ませたが、そろそろ帰って夕飯の支度をした方がいいだろう。いつ客が来るかもわからない。

二人並んでいざ帰ろうとした所で、背後から聞き覚えのある声がした。


「おや、情報屋さん」

「……パルソン団長か」


振り返れば、先程パレードをしていたツィルクスの団長が立っていた。


「偶然だねぇ」

「どうだか」

「ククッ相変わらず、愛想がないねぇ」

「大きなお世話だ」


ククッと喉を鳴らして笑う団長に訝しげな目を向ける。


「それで?わざわざ呼び止めたんだ。何か用があるんだろう?」

「いやあ、ちょっと情報が欲しくてね。とりあえず一万ゴルトくらいで」

「……何の情報だ」

「少しこっちに来てくれ」


そう言うと、すたすたとツィルクスのテント裏に歩いていってしまう。……アイツの話し方はコルースを彷彿とさせるから苦手だ。正直面倒くさい。だが、仕事ならば仕方がないと、イデルを連れて追いかけた。



「……この子なんだけどね」

「……ドラゴンか」


そこにいたのは、まだ幼い、団長が抱えられる程の大きさのドラゴン。

鮮やかな緑の瞳からは風属性のドラゴンらしい活発さを感じるが、鱗の色は白く、纏う魔力は光属性だ。


「……ドラゴンの異端か」

「そう。この間、“たまたまウチが行った国で偶然壊滅した違法奴隷商”から保護したんだ」

「……“たまたま、偶然”……ね。」

「そうそう」


にこやかに細められた瞳に浮かぶ冷たい光に、深く追及する気は無いと肩をすくめる。苦手な人種だが、敵対したい訳じゃない。


「それで、欲しいのはそいつの情報か?」

「そう。親元に返すか、ウチで引き取るか決めようにも、情報がなくてはね。」

「……わかった。」


思考の海を見下ろし、必要な情報を検索する。対価に見合うだけの情報を選別し、口を開く。


「……親はアルクスナード騎士団の騎竜。異端としてあまり良い扱いは受けていなかったらしい。世話役は下級騎士フガン。雑な扱いを知りながら周囲も放置していた。生後三ヶ月。……一万ゴルトだとこれくらいか。」

「そっか、そこまでわかれば十分。後はこっちで調べるよ。はい、一万ゴルト」

「確かに。……用は終わりか?」

「うん、そうだね」

「じゃあ帰らせてもらう」


さっきから空気を読んで黙っていたイデルと共に踵を返した俺の背に、団長の声が届く。


「……過去を大切にするのはいいけど、目を曇らせないようにね」


俺は振り返らずに、ひらりと手を振ってその場を後にした。

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