14重なる感情
感情を言葉に乗せるのは、難しい事だ。それが大切な言葉である程、大切な想いである程。
店に帰りつく頃には物語が語り終わり、再び沈黙が落ちていた。イデルは何も言わない。
近かった裏口から中に入り、二階へ上がる。そのまま寝室へ向かおうとする俺をイデルの手が引き留める。
「……まだ、お話聞いてない」
「……ああ、そうだな」
まったく情けない。この期に及んでまだ躊躇しているのだ。コルースに言われた言葉を思い出す。
『キミ達は良くも悪くも考えすぎる。もっと衝動とか感情に任せて動いてみてもいいんじゃないかい?特に、自分の気持ちをつたえる時とかね』
知ったような口を、と思う。笑いを含んだ声音に苛立たなかったわけではない。けれど、言われた事は正しいと思った。……感情に、任せて。
「……俺は。……俺は、イデル。お前が好きだ」
「……!」
窓から差し込む月明かりが、驚いた顔をするイデルを照らす。その口が何かを言おうとするのを遮るように、言葉を発した。
「俺は!……俺は……。」
「?」
ごくりと喉が鳴る。口の中がからからに渇いているようだ。けれど言わねばならない。言うと決めた。……俺は。
「……イデル。俺は、お前に、……俺と一緒に……死んでほしい」
沈黙。
最低な告白もあったものだ、と思う。きつく目を瞑り俯く中、塔の番人に連れられる罪人達の気持ちが分かる気がする、と心の中で乾いた笑いがもれた。
す、とイデルが動く気配がする。思わず身体を強ばらせていると、ひやりとした手が俺の手を取った。そろりと顔を上げる。
「――はい。はい、フェズ。喜んで」
その言葉に違わずとろけるような笑顔を見せて、イデルがふわりと抱きついてきた。反射的にその背に腕を回す。
「……分かっているのか。俺は、……一緒に死ねと言ったんだぞ」
「分かってるよ。でも、それはイデルの望みでもあるんだ」
「?」
「好き。フェズ、大好き。だから、イデルも一緒に連れていって」
弾む声がその言葉が偽りではないと告げている。俺は回した手に力を込めて、イデルをきつく抱き締めた。
「……イデル」
「なあに?」
「……今も、時計塔で踊りたいと思うか?」
「……うん。フェズと一緒にいられるならどちらでもいいけれど、何もせずに終わりを待つなら、伝説に挑んで終わりたい。どうなるかなんて分からないけど、何もせずに諦める事は、したくない」
「そうか……」
まったく、イデルの言う通りだ。どうなるかなんて分からない。ならば、賭けてみるのも一興だろう。何もせずに諦めて、誰とも知れぬ相手にイデルの未来を奪われるならば、いっそここで俺が連れていく。
やっと腹をくくったか、とコルースの笑う声が聞こえた気がした。あいつに背を押された形になったのには不満があるが、今度会ったら礼でも言っておくか。
「明日は、満月だな」
「?うん」
「踊りの練習でもしておくか?」
「!フェズ、それって、」
「イデル、俺と一緒に、踊ってくれるか?」
俺はイデルとの未来を諦めない。二人の命を賭ける事になっても。
「……もちろん!」
目を潤ませて花開くように笑ったイデルの笑顔に、そう誓おう。
―――――――――――――――――
「やあやあ、丸く収まったようで何よりだよ!」
「……コルース、お前、まだいたのか」
「もちろん!こんな面白そ……友人の一大事だからね!見届けなくてはね!」
「おいそこ本音が漏れているぞ」
一階の店に降りれば、我が物顔で客席で寛ぐコルースの姿。自由人という言葉で収めていいのか大変疑問である。
「で、どうだったイデル君?ヴァルフ君に告白されたんだろう?」
「え、」
「キミに持たせているお守りの対が危険信号を発したものだから、ヴァルフ君たら血相変えて飛び出してね?せっかく珍しく真面目なお話をしていたのにワタシは置いてきぼりさ。まったく、酷い話だよ」
「おい、その辺で黙っていないとこの店暫く出禁にするぞ」
「おや、それは困る!そんな事になったら、賭け事で負けがかさんだ時どうするんだい?キミの情報に頼れないじゃあないか!」
「お前の頭の中はそればかりか!」
深くため息を吐く。イデルは何やら照れたような顔で俯いているし、コルースは相変わらずだ。こいつがいると場が混沌としていけない。先程感じた感謝など吹っ飛んだ。
「まあまあ、そう怒らないでおくれよ。ワタシは先輩として、少しばかりアドバイスでもしようと思ったのさ」
「アドバイス?」
「時計塔で踊る時は、恐れてはいけないよ。例え何が起こったとしても、想う相手だけを見て、相手の事だけ考えるんだ。……キミの両親の時も同じ事を言ったんだがね」
「……待て、お前、先輩というのは……。まさか」
「キミの身近な相手の情報を無闇に探らない所は美徳だと思うけれどね」
そう言って笑うコルース。……そうか、道理で幼い頃から姿が変わらないわけだ。てっきり長命種かと思っていたが……。
「……成功したのか。と言うか、相手がいたのか。このギャンブル中毒者に」
「失礼な。ワタシにだっているさ、誰より素晴らしい伴侶がね。キミのイデル君にだって負けないよ?」
「ぬかせ、俺からすればイデルが一番だ」
「……吹っ切れたねえ、ヴァルフ君。イデル君の顔が真っ赤だよ?」
「悩む事も馬鹿らしくなったからな。ははは、もう何も怖くないさ」
「……ヴァルフ君にとって、素直になるのはそんなにも難しい事だったんだねえ……」
その哀れむような目をやめろ。
「――さて、ではワタシはそろそろ帰るとしよう。……貴重なヴァルフ君の告白も録音できた事だし」
「おい待て今。今ぼそっと何を言った?その隠し持っている録音端末を今すぐ寄越せ。破壊してやる」
「やめておくれよヴァルフ君!別にワタシは、この音声を使ってヴァルフ君をからかうだとか、そのうち対価の足しになるかなとか考えている訳ではないんだから!」
「考えているんだろうが!盗み聞きするなこの仮面変人!」
「ははは、大丈夫!今のところ、帰って伴侶と楽しむ事以外に使う予定は無いからね!では、また今度!」
「おい!コルース!……くそっ逃げられた」
次に会った時はどうしてくれようか。怒りと羞恥で顔を歪める俺の服が、つん、と小さく引かれる。
振り向くと、頬を赤く染めたイデルが、言いにくそうに呟いた。
「フェズ、その、れ、練習……付き合ってほしい、です」
「……ああ、そうだったな……」
やはり先程までは吹っ切れた勢いもあったのだろう。今更ながら自分の言動を思い出して土に埋まりたくなる。けれど、その気恥ずかしさはけして気分の悪いモノではなくて。
「それじゃあ、その、なんだ。……お手をどうぞ、イデル」
「!……はいっ!」
照れたような笑顔で手を取るイデルに、きっと自分も同じような顔をしているんだろうと暖かな温度を感じながら、少しだけ、そう、滅殺を半殺しで済ませてやる程度には、コルースに感謝してやろう。そう思った。
ぎこちない動きで君と踊る。月明かりの下、笑顔を見つめて。




