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13影の国の神話

当事者達は置き去りに、時は彼等を神話にする。言葉も景色も色褪せる中、そこにあった想いだけは、きっとずっと変わらない。



――



長い長い時を刻む時計塔が生まれるよりずっと昔。まだ影の国が存在しなかった頃の事。


ある一柱の神様が、アルクスナードの大地に降り立ちました。

夜と時間を司るその神様は大変無気力で、ただただ時を巡らせるだけの生に飽いておりました。

そんな神様が暇潰しに降りたアルクスナード。当時はまだ名も無い地であったそこで、彼の神に呼びかける者がありました。


“神様、神様。どうか私の問いに答えてください”


神に対して非礼ともとれるその呼びかけに興味を引かれた神様は、幼いヒトの子に問いかけを許しました。


“神様、神様。何故、皆夜闇を厭うのに、貴方は今も時を巡らせてくださるのですか”


神様は、とても驚きました。まさか自分の事を問われるとは思いもよらなかったのです。神様は答えました。


“それが役割だから”

“けれど神様。皆夜の眠りに安らぐくせに、貴方と日の神を比べてばかり。嫌になってしまわないのですか”

“嫌になるも何も、闇を恐れるは自然な事だ。我が眷族たる夜の民ならいざ知らず、日の光の民が我を厭うのもまた、自然な事”


神様が当たり前のように返すと、ヒトの子は悲しげに顔を歪めました。


“ならば神様。私を貴方のお側に置いていただけませんか”

“突然何を言うのか”

“私は日の光よりずっと弱いけれど、自分で光を放ちます。夜闇を明るくする事はかなわないけれど、彩る事はできましょう”


日の照らす青空は眩しすぎる。夜の闇は、私にはむしろ安心できるのです。そう言って笑うヒトの子を、神様は思わずまじまじと見つめてしまいました。これまで永い時を生きてきた神様ですが、光を放つモノがこんなにも柔らかく笑いかけてきたのは、初めての事だったのです。

神様は星の精霊と名乗るヒトの子に興味を持ち、自分の眷族になる事を許しました。

こうして、ただ眠りを誘う闇だけがあった夜空は、星が瞬くようになったのです。



何も光の無かった夜空に、星が瞬くようになってからというもの、夜の民だけでなく、光の民にも夜空を好む者が現れ始めました。


ヒトの子の時間は神にはあまりに短く、幼かった星の精霊はあっという間に美しく成長しました。

そのしなやかな手足を揺らして踊れば星が瞬き、伸びやかな歌声が響き渡れば夜空が一層華やかに煌めきます。

夜と時の神様は、星の精霊が歌い踊るさまを眺めているのが大層お気に入りでした。

あれだけ無気力で、何事にも関心を示さなかった神様が笑顔を見せるので、嬉しくなった精霊はより美しく舞い踊ります。


神様には短い、ヒトの子にはとても長い時間を共にして、一人と一柱は少しずつ心を通わせてゆきました。


そんなある時、神様は薄汚れた小さきモノを拾いました。それは、日の光が無ければ生きられず、けれど日の下にいれば弱ってしまう大変脆弱な生き物でした。


今にも消えそうな程弱りながら、それでも真っ直ぐに見つめてくる瞳に出逢った時の精霊を思い出した神様は、その生き物を生かす事にしました。

太陽の光の代わりに鮮やかな星の光を。

眩い青空の代わりに静かな夜空を。

そうしてその生き物は、微かに届く日の光と、近く瞬く星の光を浴びて、少しずつ元気になっていきました。


神様と星の精霊に名をもらい大切に育てられたそれは、お二方に大層なついて、どこへ行くにもついて回るようになりました。


やがてその生き物は、星の精霊と共に夜空を照らすようになりました。夜と時の神様が悪く言われる事が、とても嫌だったのです。

けれどもその生き物は自ら光を放つ事は出来ません。だから代わりに、遠くから届く日の光を集めて、その光で辺りを照らしました。星とそれに照らされた夜空にヒトの子達は喜んで、いつしか夜道を歩く者の中に、夜の民だけでなく光の民も混じるようになりました。


ヒトの子達はその生き物に感謝を込めて名を訊ねましたが、それは名をくれたお二方以外には呼ばれたくない、と頑なに名を教えません。


だから民は、感謝と尊敬を込めて、その生き物を『月』と呼ぶようになりました。


星と月とに照らされた夜と時の神様は、いつの間にか生に飽く事も無くなり、周囲の光につられるように笑顔を見せる事が多くなりました。



こうして少しずつ、人々に愛されるようになった夜と時の神を、面白く思わない者がありました。太陽と戦の神です。


太陽と戦の神は大変激しく荒い気性で、夜と時の神とは正反対。あまりに違いすぎたものですから、今までは互いに関わろうともせずに、遠ざけ合っておりました。

けれども、その暗鬱さから人々に恐れられ、自分と違い疎まれてきた夜と時の神を慕う者が、光の民に現れ始めたのです。そう、自分と似た性質を持つ光の民であったはずの、星の精霊と同じように。


太陽と戦の神は、その強い力から、挫折感や劣等感というものを知りませんでした。だからこそ、熱心に崇められる自分と違い、星の精霊から夜と時の神に向けられる優しく静かな親愛を、ただ羨むだけでなく、自分のものであるはずだったのに、と間違った怒りを抱いてしまいました。


太陽と戦の神は、星の精霊に言いました。


“我が元に帰るがよい。力の増したそなたならば、我が光をより力強く見せられるだろう”

“いいえ、いいえ。日の神様。私がお慕いし、お仕えしているのは夜と時の神様です。貴方様の元へは行けません”


はっきりと答えた星の精霊。その強い想いに嫉妬した太陽と戦の神は、その感情を怒りに変えて、星の精霊を自分の光で掻き消してしまいました。


悲しんだのは夜と時の神様です。

だれより彼の神を愛し、彼の神に愛された星の光は、太陽の元では弱るばかり。助ける間もなく、あっという間に輪廻の渦へ向かってしまった精霊の魂は、いかな神とて届きません。


月は怒りを顕に太陽を隠して、愚かな神の力を削ぎましたが、そんな事をしても星の精霊は帰って来ないのです。


精霊の居なくなった夜空の光は、やがて消えてゆきます。神にも遠い未来を嘆き、夜と時の神は次第に弱っていきました。


そうして、自らの力を込めた影の空間に、閉じ籠ってしまったのです。



夜と時の神様が隠れてしまってからというもの、外の世界は夜の来ない、止まった時が続きました。あまりに眩い光の中では深い眠りはやってきませんし、巡る時が止まってしまえば季節は流れず、作物も実りません。人々は大変困ってしまいました。


月は、敬愛する神様を心配してその悲しみに寄り添いましたが、彼の神を癒す事は叶いませんでした。

やがて夜と時の神様は、自ら外に出る事も出来ない程弱り、人々は痩せた土地で眠れぬ日々を重ねるようになりました。


そんなある時、神様は月に言いました。


“私はもう絶望する事に疲れてしまった。星の精霊の居ない世界で、我が役割を果たす事は、どうしても出来そうにない”

“神様。どうか泣かないでください。星の精霊様は貴方が消える事など望みません”

“ならば、そうだな。我はこの『影の国』から力を世界に放つとしよう。そうして、この心は眠ってしまおう。星の精霊が還って来る、その時まで”


そうして、夜と時の神は影の世界の中心、奥深くで眠りにつきました。神様が眠る真上には力を放つための時計塔が生まれ、外の世界は元通り時を刻み始めました。

けれど、影の世界は神様の力が強すぎて、夜が明けず、時間と空間が曖昧な歪んだ世界になってしまいました。眠る神様から微かに漏れた絶望が、闇となって光を求めさ迷います。


だから月は、神様の居る世界が壊れないよう、外の世界から去り、影の国を守る要となる事にしました。全ては、愛しいあの日々が再び帰って来れるように。

光を取り込みさ迷う闇は、月の光に照らされて、その数を減らすようになり、やがて人々が影の世界に住まうようになりました。彼等は、神様がかつて呼んだように、『影の国』と世界を名付け、少しずつその数を増やしていきました。


そのうちに、彼等の中に、雫型のアザを持つ者が生まれるようになります。彼の神が溢した涙のようなそのアザを持つ者は、神様と同じようにたった一人だけを愛し、やがて塔に集まるようになりました。


月は彼等に言いました。


“踊っておくれ、神様が愛した星の精霊様のように。あの方の歌に合わせて踊っておくれ、神様の悲しみが和らぐように”


その声に応えるように、かつて星の精霊が歌った音楽が、塔から流れ出します。そして神の心で形作られた塔は、踊った者達のうち、真実互いを想い合う番に加護を与えました。永い時を、二人一緒に生きられるように。誰かに、引き離される事のないように。


月はその身に当たる光で時の流れを告げながら、時計塔に背を向けます。大切な存在が、二度と誰かに害されぬように、と。

やがて、月に守られるように陰る時計塔を、人々は『陰りの時計塔』と呼ぶようになりました。

星の精霊の遺した想いが空に瞬く中、今日も塔は月に陰ります。


星の光が還るその日まで。



――



月の満ち欠けに塔は歌う。あの日の景色を恋しがるように。

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