11すれ違う想い
ヒトとヒトの関係を、振り子のようだと思った事がある。それぞれ全く違う意思によって動いているから、時に同調し、ぶつかり合い、すれ違う。
同調だけがある関係は、えてして脆いものだ。ならば、衝突やすれ違いを経たそれは、はたしてどれだけ強くなるのだろうか。
月が丸みを帯びて、満月と見間違うくらいになった。相変わらず、薄暗い夜空の星が見えない程に、多種多様なランプが色を添える影色の街を窓から見下ろして、ため息を吐く。
……最近、イデルの様子が少しおかしい。
とは言っても、別に体調が悪い訳ではなさそうだ。ただ、時折物言いたげにこちらを見てくる。夕食を食べた後、仕事の合間、朝、顔を合わせた時。特に統一性も無いし、何かやらかしたかと思ったが思い当たるものも無い。
悩んだ末に、また賭け事の依頼でやって来たコルースに相談をしてはみたが……。
――『それはあれだね!きっとイデル君はヴァルフ君をデートに誘いたいんだよ、そうに違いない!』
「……アホか」
結局、コルースに相談した自分が馬鹿だったと思うだけで、特に解決には至らず。こうなったら、直接話を聞いた方が早いと思い話し合いの場をもうけてはや一時間。
「……えっと、あの……その……。」
「……。」
さすがに、いきなり問い詰めるというのはらしくなかったかもしれない、と後悔している真っ最中だ。
しばらくもごもごと言葉を探しているようだったが、今度はなんと言ったらいいか分からないという様子で、言いかけては止めるを繰り返している。
「……悪い、いきなり話せと言われても難しかったか」
「……ごめんなさい」
「謝る事じゃない。纏まったら話してくれればいいさ。悪いな、急に問い詰めて」
そろそろ小腹がすいたな、と席を立ち、部屋を出ようとした所で、イデルに呼び止められた。
「……っフェズ!」
「……なんだ?」
「……あの、あのね、……イデル、その……に――しい、の」
「?悪い、よく聞こえなかった」
「あの!……イ、イデルと、時計塔に、行ってほしい……の」
その小さな声に、呼吸が止まった気が、した。
「――それは、時計塔の伝説に挑戦したいって意味か?」
「……うん」
「駄目だ」
「な、なんで?……相手が、イデルだから?」
「いや、違う」
「じゃあ、なんで……イデルは、」
「大方、俺の寿命を延ばすためってとこか」
「!」
「……当たりか。……なあ、イデル。確かに、時計塔の伝説にすがれば、俺の寿命は延びるかもしれない。……けれど、それに何の意味がある?」
「……え……」
「もう命が残り少ない事は分かっていたからな。心残りは極力残さないようにしてきたし、イデルも、もう一人で十分生きていける力をつけた。さして意味のある生でもなかったし、お前が命を賭ける必要なんて、」
「……それ以上言わないで!」
悲鳴ような声だった。はっとしてイデルの顔を見ると、今にも泣き出しそうにその紫の瞳を潤ませて、俺を睨んでいた。
「その言葉は、イデルと出逢った事も否定するものだ」
「イデ、」
絞り出すような声に、咄嗟に名前を呼びかけたが、それよりイデルが叫ぶ方が早かった。
「意味とか必要とかじゃなくて、イデルはフェズと一緒に生きたいだけなのに!どうして分かってくれないの!?」
俺の横を走り抜けたイデルが部屋を飛び出す。開いたドアの向こうから鈴の音が聞こえたから、外に出たんだろう。くしゃりと前髪を握りしめるようにして、俺は暫くその場に立っていた。イデルを追わねばと思うのに、身体が動かない。
店の扉についた鈴の音がまた響いた。イデルが帰って来たのだろうか。いや、そんな訳は無い。けれど、どこか期待するような気持ちでのろのろと階段を降りた。
「おや、ヴァルフ君。なんだか死人のように顔色が悪いねえ!」
「コルース、か……。」
イデルではなかった。分かってはいたが、どこかで落胆した気持ちが抑えられずに、肩を落とす。
「悪いが、今は仕事どころじゃ――」
「その様子だと、イデル君に逃げられたのかな?」
コルースが、仮面の向こうでにやりと笑ったのが分かった。
「だから言ったろう、ヴァルフ君。“きっとイデル君は、ヴァルフ君をデートに誘いたいんだよ”ってね」
「……知ってたのか……。随分、回りくどい言い方をする」
ため息を吐いて、椅子に腰かける。コルースも、何も言わずに勝手に客用の椅子に座った。
「イデル君の気持ちには気がついているだろう?なんで受け入れてやらないんだい?」
「もうすぐ死ぬ男と想いを通わせるのもある意味酷だろう」
「それこそ、時計塔で命を使ってみればいい話じゃあないか。賭け事なら得意だろう?」
「俺はともかく、イデルのあれは依存だ。たまたま俺だけが手を差し伸べたから、勘違いしているにすぎない」
「何故そう言いきれるんだい?」
「一目瞭然だろう」
「感情の名前を決められるのは、本人だけだよ、ヴァルフ君。……それに、少なくともキミはイデル君を選んでいるじゃあないか。いいのかい?自分が死んだ後、誰とも知らぬ相手とイデル君が結ばれたとしても?」
「……それでどれだけ心が血を流しても、イデルを両親と同じ目にだけは遭わせたくない。」
きつく目を瞑り、あの日を思い出す。
「あの両親ですら駄目だったんだ。依存と執着で結んだ想いを時計塔が認めるはずもない」
「――そうかな?」
笑いを含んだ声に、仮面越しの眼を見る。
「真実と偽り、本物と偽物、善と悪、白と黒。はっきり分けてしまえば実に楽だ。……けれど、ねえ。そうして綺麗に白一色に染めたそれは、はたして“正解”と言えるのかな?」
「何が言いたい」
「さっきも言ったよ、ヴァルフ君。感情の名前は、本人が決めるモノだ。そこに正解も間違いも無いし、ましてや真実か偽りか、なんて他人が決められる事じゃない。ただ、そうだね。しいて言うなら、最後まで自分の感情の名前を信じきれるかどうか。それが、感情の“真実”ってやつなんだと、ワタシは思うけどね」
「……両親は、信じきれなかった、と?」
「そうだね、それもあるかもしれない。そして何より、彼等には資格が無かった。無い者でも成功した者はいるけれど、やはり少数だからねえ」
「……“資格”……?」
「キミは知っているはずだよ、ヴァルフ君」
コルースが、今まで一度も外した事のない仮面を、少しずらして見せた。
「……っ!」
緩く弧を描く唇から少し目線を反らすと、その右頬には。
俺と同じ、雫型のアザが、色濃く存在した。
「……なんなんだ、このアザは。資格だの選ばれただのと、一体なにが言いたい!」
思わず声を荒げる。塔の番人といい、コルースといい、こんなアザが一体何だと言うのか。
コルースは平然と言葉を続けた。
「つまりはね、ヴァルフ君。……時計塔の伝説は、少し欠けているんだよ」
「“選ばれた証のアザを持つ者とその想い人”が、満月の夜に時計塔の音楽に合わせて踊り、その愛が真実であると認められる。……それが、不老長寿の条件。勿論、普通のヒトにもできるが、大体は失敗するし、アザがあるからと言っても必ず成功する訳でもないけどねえ。」
「何故、アザがあるだけで成功率が上がると言える?」
「ああ、別にこのアザが変な力を持っているとかではないよ」
仮面をつけ直し、コルースが笑った。
「ただ、このアザを持つ者は、たった一人を心底愛し続ける性質なんだ。……まるで、この影の国の要である、一柱のカミのように……ね」
そしてコルースは、歌うように語り始めた。ほとんどの者が忘れた、影の国の神話。陰りの時計塔にまつわる、小さな物語を。
どんな物語も、やがて時の波間に消えていく。けれど、そこに込められた想いを、誰かが掬い上げて、そしてまた誰かに繋いだならば。忘れる事無く、次の誰かへと受け継がれていったならば。いつの日かそれは、時を越えて神話と呼ばれるのだろう。




