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探偵達のクリスマス

登場人物が多くなると文字数が増える。文字数が増えるとストーリーがまとまらなくなってくる。そう確認させられた8か月となりました。

 まとまっていないということを頭に入れてご覧いただくと、腹の虫も少しは収まると思います。




 一面に銀世界が広がるイギリス北部はスコットランド、インヴァネス郊外の荒野にポツリと1軒だけ佇む屋敷。

 街中心部のクリスマスムードとは違い、不穏な様相を呈している。それもそのはず、つい3日前に殺害を予告した手紙が、この屋敷の主人シミオン・ゴーストンの元に送り届けられていたからだ。

 そして今夜、そのときが訪れようとしている。








          ゴーストン一家



 シミオン・ゴーストン・・・主人


 アルフォンス・ゴーストン・・・長男

 リリー・ゴーストン・・・アルフォンスの妻


 ジェームズ・ゴーストン・・・二男

 マギー・ゴーストン・・・ジェームズの妻

 ポリアンナ・ゴーストン・・・ジェームズの娘


 デービッド・ゴーストン・・・三男 

 ヒルドガード・ゴーストン・・・デービッドの妻


 ハリソン・ゴーストン・・・四男


 エドウィン・トラヴィス・・・執事




屋敷(1階)挿絵(By みてみん)

屋敷(2階)挿絵(By みてみん)









 「寒っ!」列車を降りてからというもの、ドゥエインはこの台詞を20回は発している。

 「ほんとにこの辺にあるの?その家。まったく視界に現れないけど。」

 駅から歩くこと1時間強。歩けども歩けども、銀世界が広がるばかりで、目的地の屋敷は見えてこない。徐々に日も落ち、街灯のない道路―轍があるだけで、道路かどうか定かではない―を進んでいくのも、そろそろ限界を迎えるだろう。

 「この丘を越えれば、見えるはずだ。雪で埋もれてなけりゃだが。」

「春になってから行かない?」すると、ガイアは今来た道を振り返った。

 「じゃあ帰るか?」ドゥエインもガイアに倣って振り返る。そこには、通ってきた街並みはおろか、街灯の1本すら見えない雪原が広がっていた。今から戻ると、途中で日没を迎え、暗闇に飲まれるだろう。想像するだけで鳥肌が立つ。これ以上立たない程に、既に寒さで鳥肌が立っているが。

 ドゥエインが進行方向を向き直ると、ガイアの背は丘の中腹にあった。慌てて走り出すドゥエイン。そうして、追いついた頃には、2人は丘の頂上に達していた。

 「ほら。見えたぞ。」ガイアの指差す先に、ボヤッとしたオレンジ色の光が白銀の中に浮かんでいる。あれが目的の屋敷だ。

 漸く目的地が視界に入った。しかし、それは視界を遮るものがないからであって、道のりはまだ長い。






 「ドゥエイン、居るか?」

「多分ね。」2人は、あれから20分を要し、目的地の屋敷に到着した。途中で日が落ち、道しるべの轍も見えなくなりお互いの姿が確認できないまま、屋敷の明かりだけを頼りにここまで辿り着いた。

 お互いの無事を確認すると、ガイアは扉を叩いた。すると、中から丸眼鏡の老紳士が姿を現した。

 「ご主人にお招きいただきました。ガイア・ゴールディンです。」

「お待ちしておりました。どうぞお入りください。」

 屋敷へと通された2人は、まず2階に案内され、廊下に並んだ3つ目の扉の部屋に荷物を置いた。そして、一家が集うダイニングへと臨む。

 ところで、何故この2人がこの屋敷に招かれることとなったのか。それは、とある依頼があったからだ。

 この屋敷の主人と執事のエドウィン・トラヴィスは、この屋敷を住まいとしており、他の家族とは、年に1度クリスマスの日に、この屋敷で会うのが通例となっている。そんな中、主人宛に殺害予告が届いた。クリスマスの3日前に届いたということもあり、主人は、家族の誰かが送り主ではないか。と睨んでいるそうで、その犯人を突き止めてほしい。というのが、今回の依頼の概要だ。






 「よくぞいらっしゃいました。お待ちしておりましたよ。」ダイニングの中央に横向きに置かれた、細長い円卓。その正面に鎮座するのが、この屋敷の主人にして、今回の依頼人のシミオン・ゴーストンだ。

 その向かって右隣りに居るのが、シミオンの長男アルフォンスとその妻リリー。その向かいに次男ジェームズとその妻マギー。隣に、ジェームズ夫妻の娘ポリアンナ。そして、シミオンの向かって左隣に、三男デービッドとその妻ヒルドガード。その向かいに四男ハリソン。以上がゴーストン一家だ。

 「こちらが、以前お世話になったガイア・ゴールディンさん。そして、そちらは・・・」

「ドゥエイン・スクワイアです。以後、お見知りおきを。」






 簡単に自己紹介を済ませると、シミオンに促され、2人はシミオンの正面に座った。

 すると、執事がキッチンから運んできた、大皿にのった七面鳥を円卓の上に置いた。そしてまた、キッチンから大皿を運んでくる。これを繰り返すこと数回。最終的に円卓の上には、七面鳥が4羽、ミンスパイが2つ、そして、コッカリーキースープとポーチドサーモンが人数分置かれた。

 「父と子と聖霊の御名によって、アーメン」全員で祈りを捧げると、食事が始まった。






 「お元気にされていましたか?」

「ええ。最近は仕事も軌道に乗って、そりゃもう充実してますよ。」シミオンとガイアの出会いは、最初の事件から数日後のことだった。シミオンがロンドンに訪れた際に、路地で2人組の路上強盗に遭遇したところを、偶然通り掛かったガイアが追い払った。ということがあり、その後もシミオン本人とその家族と関わる機会度々あった。それで今回ガイアに白羽の矢が立ったという訳だ。

 その後も、今回の依頼には触れずに、雑談しつつ食事を摂っていた。だが、一家の中に部外者が2人だけということもあり、七面鳥に手を伸ばすことが憚られ、勧められては少し食べるという繰り返しで、肩の凝る食事だった。

 「では、少し席を外しますので、家族団欒を楽しんでください。」

「もしよろしければ、隣の部屋にビリヤード台がありますので、ご自由にお使いください。」シミオンは、自分の左手のドアを指差した。

 「では、お言葉に甘えて。」





 ガイアとドゥエインは、向かいのクッションに向かって、ガイアは手玉を、ドゥエインは赤い2番ボールを打った。

 手玉はクッションに跳ね返り、手前のクッションから10㎝程のところまで戻ってきた。

 一方、ドゥエインが打った2番ボールは、向かいのクッションに当たった後、手前のクッションにも当たり、約2cmのところで止まった。

 先行を勝ち取ったドゥエインのブレイクショット。手玉は勢いよく1番ボールに当たり、それ以下のボール共々四方に散らばっていく。

 ガイアは、順当に1番ボールを狙い、難なくサイドポケットに沈める。

 次の狙いは2番ボールだが、5番と7番の陰に隠れているため、直接は狙えない。そこで、長クッションへのキックショットを狙う。

 力強く打ち出された手玉は、正面のクッションに当たり、進行方向を変える。そして、見事に2番ボールに接触した。だが、5番と7番に接触し、コーナーポケットとコーナーポケットの丁度中間に転がった。一方、5番ボールはサイドポケットの斜め前に、7番ボールはコーナーポケットの真横につけた。

 ドゥエインのターン。短クッションに対し、2番ボールと手玉が垂直に並び、直接2番ボールをポケットするのは難しいこの状況。2番ボールをクッションさせて9番ないし6番に当てることを選択。

 辛うじて6番ボールに当たったが、ポケットすることもなく、当てただけの1打となった。だが、手玉と2番ボールの間に8番ボールが立ち塞がり、ガイアにとっては厳しい1打となるだろう。

 ガイアは、カーブをかけて2番ボールを狙うが曲がりきらず、無情にも手玉は、2番ボールの横を通り過ぎていく。

 フリーボールとなり、ドゥエインはサイドポケットと2番ボールが1直線上になる場所に手玉を置いて、容易く2番ボールをポケットした。

 引き続きドゥエインのターン。一旦チョークを手に取り、キューの先に塗りながら、次の1打を考える。

 先程と同じように、3番ボールをクッションさせて9番ボールを狙う。

 今度も、狙い通りの軌道を転がり、3番ボールは9番に命中した。だが、ポケットには向かわず間のクッションの近くに力なく転がった。




 その後、30分の激闘の末、シミオンのひと声で、8番、9番のみを残し、勝負はお預けとなった。

 「ガイア君、私の部屋に来てください。それと、エドウィン(・・・・・)君に1つ頼みたいことが。」






 シミオンの後を追ってガイアは階段を上がり、扉が並ぶ廊下、その突き当たりの右にある扉に入った。

 正面には、天板の上がきちんと整理されている執務机が、そして右手の方には、高級感のあるベットが置かれていた。

 「これが、脅迫状です。」シミオンは、机の上に置かれた手紙を手に取る。ガイアは手紙を受け取ると、間髪入れずに目を通した。




 :シミオン・ゴーストン様

 お命を頂戴しに参上いたします。:




 内容は単純明快。1文だけの至ってシンプルな脅迫状だ。いや、殺害予告状と言った方が適切か。

 「ご家族の誰かが送り主だと疑っておられるようですが・・・」

「はい。」

「何か心当たりが?」家族、若しくはシミオン自身の悪手を聴くことは憚られるが、双方のためには、きっちり聴いておかなければならない。シミオンもそれは理解しているが、すぐには口を開かなかった。

 「いえ、特には・・・ただ、届いた時期が、一家が集まる時分に近いもんですから。」ガイアはシミオンの目をまじまじと見た。




 「誰が送り主か心当たりはありませんか?」ドゥエインの質問に、そのときダイニングに居た全員が首を傾げた。

「我々の中には、動機のある人間は居ないと思うよ。全員両親にはよくしてもらってるし、金に困ってる者もいない。」各々、長男アルフォンスに同意の意として頷く。




 「そう言えば、こうやって、2人だけで話すのは初めてですね。」

「そうですね。あのときは奥様もいらっしゃいましたもんね。」ガイアは、背後にある入り口の扉を見返した。

 「本当に、あいつにまかせてよかったんですか?」すると、シミオンは声を上げて笑った。

「ご自分で連れて来ておいて、彼のことを信頼されていないんですか?」

「信用はしてますよ。でも、あいつが何を考えているのか、何をするのかは理解できないです。だから、信頼はしてません。」




 「へくしっ!」閑散としたダイニングに、くしゃみの音が響く。

「大丈夫?」心配そうにドゥエインの顔を見るシミオンの孫娘、ポリアンナ。

「きっとガイアが僕の噂をしてるんだ。」

「あの人、聞いてたよりもずっと怖そうなんだけど?」10人中9人は思うであろう、妥当な感想だ。現に、ドゥエインも第一印象はそう感じていた。だが今のドゥエインは、そうでないことをよく知っている。

 「そんなことないよ。そう見えるように振る舞ってるだけで。」ポリアンナは、ほんとに?と怪訝そうな顔をした。

「ほんとだよ。それに、結構わかりやすいんだよ。今回の仕事が決まったときなんて、ずっと機嫌よかったんだから。この前も―」




 「はっくしょん!」

「大丈夫ですか?」心配そうにガイアの顔を見上げるシミオン。

「風邪ですかね?」

「なら今日はこの辺にして、お休みなさってください。」ガイアは立ち上がると、一礼して部屋を後にした。

 「犯人はわかりそうか?」部屋を出た直後、扉の横の壁にもたれ掛かるハリソンに声を掛けられた。

 「まだ何とも。」ガイアは肩を竦めると、ハリソンは息を吐き、そうか。と相槌を打った。

 「精々頑張れよ。」ポンとガイアの肩を叩くと、ハリソンはシミオンの部屋の中へと入っていった。






 「おやすみ。」ドゥエインに手を振り、ダイニングを後にするポリアンナ。その時、丁度入れ替わる形でガイアがダイニングのドアを開けた。

 すれ違いざまにガイアの顔を見上げたポリアンナは、吹き出しそうになりながら姿を消した。

 「まだ交流があったんだな。」

「君だって旦那さんと交流あるでしょ?」そうか。とガイアは興味なさげに相槌を打つと、話題を変える。

 「それで、収穫は?」

「はっきり言って、あんまりだね。腹の内は知らないけど、みんな口を揃えて仲のいい家族だって言ってたよ。」食事中の振る舞いから見て、少なくとも表面上は間違いないだろう。ここから、どうやって動機のある人間を探そうか。

 「誰かが金に困ってるって話は?」

「本人たちはノーだってさ。」

「じゃあ、明日ご主人にも聴いてみるか。」

 そうして、2人は自分たちの部屋へと帰り、眠りに就いた。






          ~翌朝~




 「合鍵は?」

「シミオン様が破棄なさいました。」となると、扉を蹴破るか、窓を割って入るかだが、手前に開く扉なので蹴破るのは不可能だ。従って、侵入経路は窓からだ。

 すると、騒がしさに誘われたガイアが、部屋から姿を見せた。そして、ドゥエイン達の方を一瞥すると、瞬時に状況を把握し、声を上げる。

 「家族に知らせてくる。ドゥエインは部屋の中の確認を頼む。」

「了解。」2人は同時に1階へと駆け出した。

 ドゥエインは玄関を出て裏手に回ると、雨樋を掴み、2階までよじ登った。窓から中を覗くが、シミオンの姿は視認できない。

 ドゥエインは嵌め殺しの窓の縁を掴み、体を後方に投げ出した。手を支点として、振り子のように体が揺れ、窓に勢いよく衝突する。ガラスは割れなかったが、衝撃で窓枠が外れ、ドゥエインは無事室内に侵入した。

 部屋を一通り見回すと、ジャケットに付着した窓枠の欠片を払い、扉の内鍵を開けた。そして、スムーズに出入り出来るように扉を180度開け放った。

 すると、扉のある通路の突き当たりに居た執事、そして、騒ぎを聞きつけた四男ハリソンが部屋に入ってきた。

 「父さん!」ハリソンが、ベッドの傍に倒れていたシミオンの元に駆け寄り、体を抱き起こす。しかし、シミオンの手は重力に従い、力なく垂れ下がる。そしてその手は、雪のようにひんやりとしていて、硬直していた。

 「ご主人を僕の部屋に運びます。手伝っていただけますか?」ハリソンは重々しく頷いて、シミオンの遺体をドゥエイン達の部屋まで運んだ。

 「これから検死を行いますので、ダイニングで待機していてください。」






 「それじゃあ、始めるよ。」ドゥエインはそう言うと、シミオンの遺体を調べ始めた。

 「後頭部に外傷・・・殴られた痕かな?」ガイアは、独り言のようなドゥエインの報告をメモしていく。

「全身が硬直してるね・・・この室温だと、死後7、8時間ってとこかな。」そこから、大凡の死亡推定時刻を紙に書き起こす。

 「以上。」

「えっ!これだけか?」ガイアは思わず、声を上擦らせた。

「僕は医者じゃないんだよ?目で見てわかる傷くらいしかわかんないよ。」当然といえば当然だが、あれだけ得意気に取り仕切っておいてこれだけとは、落胆を隠しきれない。

 「ここからはいつも通りのやり方だ。」

「聞き込みか?」






 ガイア達の部屋に呼ばれた長男アルフォンスは、はっきりと動揺を感じさせる様子だった。肘を膝に置き、手を前で組み、かなり前屈みになって座っているが、瞳だけはガイアの顔をジッと見上げていた。

 「本当に父は死んだのか?」

「残念ながら。後頭部に殴られた痕がありました。昨日の深夜から明け方にかけて、何か物音を聞いたりしませんでしたか?」悲しみに浸る間もなく繰り出されたガイアの質問に、アルフォンスは左手を顎に当て、少し考えた。

 「いや。昨日は2時頃まで起きていたが、何も聴いていない。」

「因みに寝るまで何を?」今度の質問には、間を置かずに即答する。

「部屋でデービッドと話していた。あいつに聴けば、裏はとれる筈だ。」そうですか。とガイアは小さく相槌を打つ。

 「昨晩、俺の連れにも聴かれたかもしれませんが、お父上が脅迫される理由に心当たりは?」

「わからない。父には世話になったし、今は自立できているつもりだ。」ガイアは、また小さくそうですか。と相槌を打った。

 「例えば、結婚を反対されたりなんかはしてませんか?」アルフォンスは怪訝そうにガイアの顔を見た。

「何故?」

「反対されていたものの、済し崩しで結婚を認めさせた。そのことでお父上に負い目を感じている。だから指輪をしていないのかと。」すると、アルフォンスは感心したような様子をみせた。

 「指輪をしていないだけでそこまで想像できるとは、恐れ入ったよ。」少し体を起こし、手を叩いたが、賞賛とはほど遠い表情をするアルフォンス。

「だが答えはノーだ。父は私達の結婚を祝福してくれたよ。指輪をしていないのは、仕事柄、手には気を遣っているからだ。」

「お仕事は、医者ですか?」アルフォンスは、指をパチンと鳴らした。

「当たりだ。」補足の説明を行おうとするアルフォンス。それを遮るように、ガイアが口を開いた。

 「専門は小児科ですか?」驚いた表情を見せるアルフォンスに、その考えに至った根拠を述べる。

「心理学上、前屈みになって話を聴くのは、その話に興味がある証拠ですが、俺が話を始める前、椅子に座った瞬間からその座り方をしていた。つまり、日常的に相手の話をよく聴いている。今は俺に目を合わせるために、だいぶ目が上を向いていますが、普段はその体勢で視線を真っ直ぐにしている筈。すると、目線の高さは子供が座ったくらいの高さだ。仕事で指輪を外しているのは、指輪の間に汚れが溜まり、雑菌が繁殖するのを嫌っているから。つまり、仕事は小児科医。」どうです?とガイアは得意気に首を傾げた。

 「お見事。正解だ。」アルフォンスは、今度こそ賞賛の拍手を送った。






 「ディヴィ?デイブ?えっと・・・」必死に名前を思い出そうとするドゥエインを見かねて、ゴーストン家の四男は綺麗に磨かれた靴で床をコツコツ鳴らしながら、自分で名を名乗る。

「デービッドだ。」そう、それだ。とドゥエインは指を鳴らした。

 椅子に深くもたれ掛かり、頬杖をつくデービッドに、ガイアがアルフォンスにしたように、質問を投げ掛けた。

 「昨日の夜、1時とか2時とか、その辺の時間に何か物音は聞きませんでしたか?」

「確かあれは・・・」頬杖をついていた左手を顎に当て、記憶を辿る。

「2時前だったか。アルと話しているときに、上で何かを落としたような音がした。」

「アルというと、お兄さんですか?」他に誰が居るんだ。と鬱陶しそうにデービッドは答えた。

 「ご職業は何を?」

「いきなりなんだ?」何の脈絡もなく話題が変わり、デービッドはギョッとした。そんなデービッドを余所に、ドゥエインは淡々と話を進めていく。

 「お金には困ってないそうなので、どんな仕事をしてるのかと思いまして。」

「探偵だろ?当ててみろ。」とにかくドゥエインに黙っていて欲しく、考えるという行動をするように差し向けた。だが、ドゥエインが口を閉じていた時間は非常に短く、すぐに口を開いた。

 「他人の話を聴くのは苦手ですか?」

「ああそうだよ!特に、お前みたいな長ったらしくおしゃべりするような奴の話はな!」イライラが頂点に達しつつあるデービッドは、右手でドゥエインを払うような仕草を見せた。そしてドゥエインは、その手の爪が黒く汚れていたことを見逃さなかった。

 「まぁまぁ。探偵というのは、必要なら推理することもありますけど、そのときは周りから必要な情報を集めなければいけません。あなただって、資材がないと船は造れないでしょう?」すると、デービッドはさっきとは打って変わって、ポカンと口を開けて唖然とした。

 「どうしてわかった?」

「現場監督やってるくらいなら賢いでしょ?自分で考えてみてください。」デービッドは再び顎に手を当て考えを巡らせる。

 そのとき、ドゥエインが指を差した。

「それです。」デービッドは指を差された自分の手を見た。だが、なんのことなのか全くわからない。

 「そっちの手はあまり汚れてませんね。右手はそんなに汚れているのに。」そう言われ、デービッドは右手を見た。右手は機械油が爪の間に入り込み、黒くなっていた。

 「爪が汚れてるだけじゃ造船屋かどうかわからないぞ?」

「親にお金を無心しなくても贅沢な生活ができるみたいなので、他の整備業に比べて貰いがいい造船業かなと。」

「そんなに贅沢してるように見えるか?」やや不満げな顔をするデービッドを宥めるような口調でドゥエインは答える。

 「いい靴を履いてるんですから、それなりにはいい暮らしをしてるでしょ?」まぁそうだが。とデービッドは少し語気を弱めた。

 「現場監督ってのは何を見てわかった?」

「それも手を見てわかりました。右手は汚れているのに、左手はあまり汚れていない。これは、左手に設計図を持って、右手で部品などの確認をしているから。違いますか?」するとデービッドは、うーん。と唸った。

 「ギリギリ及第点と言ったところか。」何が駄目だったのか、あからさまに不満げな顔をするドゥエインを諭すように、デービッドは言う。

「造船屋は造船屋だが、残念ながら俺は現場監督じゃない。蒸気機関の研究開発をしてるエンジニアだ。」惜しかったな。とデービッドは、やや嫌味っぽく笑った。しかし、ドゥエインは屈託のない笑顔を浮かべた。

 「あなたが僕に正解を話したことで、僕はあなたの職業を知ることができた。つまり、最終的には僕の勝ちです。」






 「奥様は昨晩、何か不審な物音を聞いたりしませんでしたか?」

「いいえ。夕食後すぐに寝てしまったから。」アルフォンスの妻リリーは、咳をしながら首を横に振った。

 「お体の調子が悪いようですね。また後にしましょうか?」

「いえ、気にしないで。生まれつきだから。」ガイアは、そうですか。と相槌を打った。

「旦那様とは病院でお知り合いに?」するとリリーは、深呼吸なのか溜息なのか、大きく息を吐いた。

 「あの人とは、あの人が病院で働くようになる前に知り合ったわ。」

「旦那様は前は何を?」休む間を与えずしゃべらせるガイアに、今度ははっきりそれとわかるように溜息をついた。

 「軍医だったわ。」

「ということは、旦那様はアフガンへ?」リリーは咳をしてから、ええ。と答えた。

 「マイワンドの戦いで怪我を負ったのを機に、除隊して病院で働くようになったの。」

「後遺症がないようで、よかったですね。」リリーは左手で唇を撫で、小さくええ。と返事した。その手に目をやると、夫アルフォンスと同じく、指輪の輝きが見受けられなかった。

 「奥様は、お仕事をなさっていますか?」

「時々ね。」イエスかノーのどちらかしか答えがないと思っていたガイアは、思わず時々?と聞き返した。

「そう、時々。」ガイアは、この言葉の意味するところを考える。

 「縫い物屋の・・・オーナー?」リリーは咳をした後、自信なさげに尋ねるガイアに、それが限界?と言わんばかりにクスリと笑った。

「単に縫い物と言っても、世界中に星の数ほどあるわよ?」

「候補ならいくつか。」リリーは、興味深そうに僅かに体を前のめりにした。

 「まず1つは靴。」ガイアは、リリーの動きをよく観察する。今は左手をジッと見ている。

「若しくはドレス?」今度は、一瞬ガイアと目を合わせ、すぐに視線を逸らした。

「それとも帽子?」そして、今度は咳をしてから、ガイアの目を見て首を傾げた。すると、ガイアは大きく息を吐き、わかりました。と呟いた。

 「帽子屋ですね?」リリーはまた咳をし、お見事。と手を叩いた。

「どうしてわかったの?」

「まず、縫い物をしているというのは、指輪をされていないことからわかりました。裁縫するのに指輪は邪魔でしょうから。」リリーは、黙って頷いた。

 「でも、奥様はお仕事は時々と仰いました。職人が時々しか仕事をしないというのは考えづらい。それで、職人ではなくオーナーかと。」

「じゃあ帽子屋というのはどこで?」

「それは、奥様の癖です。」癖?とリリーは首を傾げた。

 「無意識なのか、図星をつかれてお体の負担になってるのかはわかりませんが、俺が正しいことを言い当てると、奥様は咳をされました。」リリーはまた咳をした。

 「あなたと居ると、咳が止まりそうにないわね。」






 「奥様は昨日の夜、何をしていましたか?」

「マギーと部屋でお茶をしていたわ。」デービッドの妻ヒルドガードは、ドゥエインの後方をキョロキョロ見回すと、ドゥエインの顔をしっかりと見て答えた。

 「ここに来たときはいつもそうしてるんですか?」ヒルドガードはゆっくりと首を横に振って答える。

「いつもはポリアンナたちに料理を教えていたんだけど、もう必要なくなったって話を昨日してたところ。」ドゥエインは適当に相槌を打つと本題に入った。

 「そのとき、物音を聞いたりしませんでしたか?」ヒルドガードは右手を頬に添え、記憶を呼び起こす。

「確か、12時頃に何かを引き摺るような音がした筈よ。」

「それはマギーさんも聞いていましたか?」ヒルドガードは、今度は思い出すまでもなく、ええ。と即答した。

 「他には何かありませんでしたか?」今度は、棚の方をチラッと見て、いいえ。と答えた。

 「そうですか。ご協力ありがとうございました。」ドゥエインがそう言うと、ヒルドガードは椅子から立ち上がり、一礼した。

 「最後に1つ。」不意を突かれたヒルドガードは、驚いて体を跳ね上がらせるように顔を上げた。

 「普段からよく、お掃除はしてますか?」は?とヒルドガードはキョトンとして、目線を右往左往させる。

「さっきから隅っこを見たり、棚を見たりしてたので、埃が気になってるのかなと思いまして。」

 「ええ。家政婦をやってるから、どうしてもね。」ヒルドガードは合点がいったようで、落ち着きを取り戻し、部屋を後にした。






 「お久しぶりです。」次男ジェームズの部屋を訪れたガイアは、まずジェームズと握手を交わした。

「いよいよ君の仕事を見ることができそうだな。」ジェームズは、うれしそうな表情を浮かべ、ガイアに期待の眼差しを向けた。

 「そんな顔をしていたら皆さんに疑われますよ。」

「さっきハリソンにも、そのことで怒られたよ。だが、戦争省で働いているんだ。このくらい神経が図太くないとやっていけないよ。勿論、悲しくないと言ったら嘘になるが。」ジェームズの顔は、余裕を感じさせる穏やかなものだった。だが、その目の奥は、決して笑ってはいなかった。

 「絶対に犯人を突き止めてみせます。」

「期待してるよ。」ジェームズと視線を交わすと、ガイアは聴取を始めた。

 「昨晩、夕食が終わった後、何処で何を?」

「部屋で書類に目を通していたよ。レコードを流しながらね。」ジェームズはそう言うと、テーブルの上に置いてある蓄音機を手で示した。

 「そうだったんですか?部屋の前を通っても、全く気付きませんでした。」

「そうだろうね。部屋の中に居ても、鳥の囀り程にしか聴こえないからね。」ジェームズはレコード盤をセットし、蓄音機を起動させた。すると、大勢の人々がタイルの上を歩く足音、汽笛の音など、宛らロンドンの駅のような騒音を奏で始めた。ジェームズにとっては聴き馴染みがあり、落ち着くのかもしれない。しかし、幾ら音量が小さいからといって、この騒音に鳥の囀りという比喩は相応しくないだろう。

 「音こそ小さいが、騒がしくてね。廊下の音は全然聴こえないんだよ。」

「つまり、何も聞いてない?」

「そういうことだ。」ジェームズは大きく、そしてゆっくりと頷いた。

 「脅迫状の送り主に、心当たりはありますか?」

「いいや。愛も金も、みんな十二分に持ち合わせている。」

「ご家族以外では?」すると、ジェームズは左手を顎に当て、少し考え込んだ。

 「父のこっちでの交友関係はよく知らないが、なにぶんこんな辺鄙な場所だ。周りに知人なんていない。信頼されることがないにしても、恨まれるようなこともない筈だ。」ガイアは、そうですか。と相槌を打った。

 「では、何か思い出したことがあればお伝えください。」






 「久しぶり。元気にしてた?」ジェームズの妻マギーは部屋に入るや否や、ドゥエインに駆け寄って、息子に久しぶりに再会した母親のように、ドゥエインの肩を叩いた。

「奥さんも変わりないようでなによりです。」するとマギーは、そうでもないわ。と首を横に振った。

 「あの一件で解雇した家政婦の代わりに新しく雇った人とは、なんだか合わないし。今日なんかは、お父様が亡くなられるし。もう大変よ。」マギーは目頭を押さえると、何かを思い出したようで、さらに口を開いた。

 「そうそう。今度ポリアンナが恋人を連れてくるって言ってるんだけど、あなたにも見てもらいたいの。ほら、私って人を見る目がないでしょう?この前だって―」そこでドゥエインは、マギーの話を遮った。

 「悪気があって近付いてくる人には気付かないならまだしも、悪気がなく一瞬魔が差す人は予言者でもない限り見極められません。だから、奥さんの見る目がないわけじゃありませんよ。」そうかしら。とマギーは満更でもない様子で微笑んだ。

 「そう言えば、奥さんは昨日は何時頃まで起きてらっしゃいました?」ドゥエインが本来の話題に移すと、マギーはすっかり忘れていた様子で、そうそう。と手を叩いた。

「昨日はお姉様と部屋でお話していたわ。久しぶりに会うものだから、ついつい話し込んじゃって、気付いたら明け方になっちゃってたわ。おかげで今日は寝不足よ。でも、こんなことがあったから眠気はすっかり吹き飛んでしまったけどね。」

 1聴けば3答える。そんなタイプの人間に苦手意識を持つ者は少なくない。かく言うドゥエインもその1人だ。それでもマギーと楽しく話せている訳は、彼女がまず結論から話し、それから無駄話を付け足すため、大半を聞き流せるからだ。

 「そのとき何か物音を聞いたりたりは?」

「確か・・・」マギーは目線を左にやり、しばらく考える。

「確か、12時ぐらいに奥の部屋の方から、ギーッって音がしてたわ。」

「それは、何かを引き摺るような音ですか?」マギーは、多分そう。と頷いた。

 「他に気になることは?」

「そうね・・・」2、3秒の間を置いた後、マギーはドゥエインの顔を見てにっこりと笑った。

 「あなたの恋愛事情かしら?」

「それは僕にもわかりません。」






 「ごきげんよう。」

「どうも。」ポリアンナは部屋に入るや否や、そそくさと椅子に腰を下ろした。

 「やっとあなたとお話しできてうれしいわ。」

「ゆっくり話したいのは山々だが、後が閊えてるんだ。手短に済まさせてもらう。」すると、ポリアンナは残念そうな表情を浮かべ、唇を尖らせた。ガイアは、それを無視して聴取を始める。

 「昨晩、あの後どこで何を?」

「すぐに部屋に帰って寝てたわ。」どうせそんなことだろうと思っていたガイアは、特に咀嚼することなく次へ移った。

 「何か物音を聞いたりは?」ガイアの勢いに押されたように、ポリアンナは思い出す間もなく首を振った。

 「そうか。ご協力ありがとう。」そう言うと、ガイアは扉のところまで歩いて行き、扉を開け廊下の方を手で指し示した。

 正に一瞬と表現するに相応しい速さで聴取が終わり、ポリアンナは当然驚いた。

 「えっ?終わり?」戸惑いながらそう尋ねると、ガイアは当然と言わんばかりに、終わりだ。と返答する。

 「伯父様達にはプライベートなことも聴いてたみたいだけど?」

「興味があったんでね。」プライベートなことに踏み込まれるのは快くないが、面と向かって自分のことには興味がないと言われるのもまた快くない。ポリアンナはムッとして、語気を強くガイアに語り掛けた。

 「ドゥエインとはもう長いの?」

「それなりに。」

「じゃあ、彼と私の関係は知ってる?」すると、ガイアは肩を竦め、ふぅっと息を吐いた。

 「依頼人と探偵。それ以上でも、それ以下でもないだろ。」

「どうしてそい言い切れるの?」興味を示さないガイアに苛立ち、ポリアンナはさらに語気を強めた。すると、ガイアは鋭い眼光をポリアンナに向け、彼女の抱いているイライラを、そのまま返すように言葉に乗せた。

 「あんたよりも幾らかドゥエインと長い時間を過ごしてるんだ。あいつが人間を男とか女とかで分けないタイプだってことはよく知ってる。」

「女は、男の心を変えることができる。」直ぐさま反論するが、更にそれに対しての反論を、ガイアは口にする。

 「人の本質は、そうそう簡単には変わらない。変わっているように見えたとすれば、それはあんたが上っ面にコロッと欺されてるか。若しくは、中身なんか最初から見ちゃいないかだ。」






 「さっきは手伝ってくれて、ありがとうございました。」四男ハリソンは、か細い声であぁ。と言いながら、疲弊した様子で椅子に腰を下ろした。

 「犯人の見当はついたのか?」その問いかけに、ドゥエインは首を横に振る。

「まだガイアと情報の共有をしてないので。」そうか。とハリソンは残念そうに俯いた。

 「話を聴かせてもらってもいいですか?」ハリソンは再び、か細い声であぁ。と返事した。

 「昨日の夜は何処で何を?」

「ガイアの奴が下に降りた後、父さんと部屋で話してた。」

「何時頃までですか?」すると、ハリソンは左手を顎に当て沈黙する。次に口を開いたのは2、3秒後だった。

 「確か・・・2時過ぎまでだったか。」

「その間、何か物音を聞きませんでしたか?」ハリソンは、今一度顎に手を当て、僅かに俯きながらドゥエインの左耳の辺りに目線をやる。

 「いや・・・何も聞いてないな。」

「そうですか・・・」

 暫く静寂が続き、気まずい雰囲気が流れ始める。2人は互いに、この静寂を打ち消す打開策を模索するが、どちらにも暫く妙案は降りてこなかった。そうして、静まり返ったまま1分強の刻が経ったとき、ハリソンが先に口を開いた。

 「ガイアの奴と仲はいいのか?」これは、空気に耐えきれずに発した、その場しのぎの質問だ。だが、ハリソンの予想に反し、うーん。と唸りながら、ドゥエインは真剣そのものといった様子で答えを考えた。結果、再び沈黙が部屋を包んだ。

 次にこの空気を壊したのは、質問の答えを導き出したドゥエインだった。

 「悪くはないと思いますよ。ただ、ガイアのことを信頼はしてません。信用はしてますけど。」

「どういう意味だ?」

「彼は、僕以上の変わり者だ。この先、何をしでかすかわからない。ガイアが今までやってきたことは信用に値するけど、これからのガイアを信頼する気にはならない。」ハリソンは、その言葉の真意をよく咀嚼した。三度みたび空気は膠着状態に陥り、2人は再び口を開くタイミングを探る。

 「ガイアとはいつからの知り合いですか?」

「俺はレースを生業としていてな。何もないときはこの家で過ごしているが、何分なにぶん遠方で開催されることが多い。それでロンドンに行く機会があったんだ。」レースという言葉で、まず子豚の競走を想像してしまい、ハリソンがレースに参戦している姿が想像できなかったドゥエインは、考えることをやめ、直接聴くことにした。

 「レースって馬ですか?自転車ですか?それとも裁縫ですか?」すると、ハリソンは両手に拳を作り、何かを握るようにハの字型に構えてみせた。

 「これからは自動車の時代だ。自動車はいいぞ。馬より速く、自転車より楽だ。五月蝿いのが玉に瑕だが、みんなが乗るようになればそれも気にならなくなるだろう。」普段、これほどまでにレースに興味を示してくれる人間と出会すことがないハリソンは、つい話に熱が入り、本筋から脱線した無駄話を長々と続けた。

 「そろそろ話を戻してもらってもいいですか?」ドゥエインがそう言うと、すまない。と我に返ったようにハリソンは話を戻す。

 「前々から、よく父さんがあいつのことを話していたんで、ロンドンに行くなら会っておこうと思ったんだ。それであいつと会ったのが4ヶ月前だ。あいつも父さんのことを覚えていて、ロンドンにいる間、何度も会いに行ったよ。」先程までとは打って変わって声のトーンを落とし、悲しげな表情を浮かべるハリソンを見て、ドゥエインは何かを思い、目を伏せた。そして、四度よたびの静寂が訪れる。






 時刻は正午を迎え、一家はダイニングの中央に置かれた円卓に、昨晩と同じ配置で着席した。だが、正面に鎮座している筈の主人の姿はない。

 重苦しい空気に纏われながらも、執事のトラヴィスは昼食を運ぶ。円卓の上に、マッシュポテトが添えられた鱒のソテー、マッシュルームのスープ、そして、籠に盛られたチャバッタが並べられた。

 「そう言えば、トラヴィスさんは何処で食事を?」ワゴンを押してキッチンへと引き上げようとするトラヴィスに、ガイアはそう尋ねた。

「キッチンで御座いますが。」

「ご一緒させていただいても?」予想外の申し出に、困惑しつつも首を縦に振る。するとガイアは、たった今運ばれたばかりの料理を、再びワゴンの上に載せ、自らキッチンへと押していく。

 そんなガイアの背を、一家は全員で見送った。ダイニングには、先程までとはまた違った重い空気が流れる。

 「それじゃあ、いただきましょうか。」ドゥエインは、ナイフとフォークを持ち、全員にそう促した。






 ガイアはナイフとフォークを持ち、鱒を切り分けた。一方のトラヴィスは、余ったマッシュポテトにソテーの油をかけただけの簡素な賄いを、フォークで掬い上げ口に運ぶ。

 「私に聴きたいことがあるんですよね?」ガイアは、正に今口に入れようとしていたた千切ったチャバッタを鱒の皿に置き、ナプキンで口元を拭った。

「お忙しい様なので、手短に済ませますね。」トラヴィスは頷き、フォークを置いた。

 「昨晩は何時頃に床に就かれましたか?」

「旦那様がお休みになられてからでしたから・・・3時頃でしたでしょうか。」

「それまでの間に、何か物音を聞いたりは?」トラヴィスは腕を組み、やや俯いて記憶を呼び起こす。

 「いえ、特には。気付かなかっただけかもしれませんが。」

「床に就かれるまで、何をしていました?」

「10時頃まで夕食の後片付けを。それから旦那様の寝床の支度をしておりました。昨夜の最後の仕事は、旦那様に寝酒をお持ちすることでした。それが2時頃です。それから、自分の寝支度を済ませ、床に就きました。」そうですか。とガイアは独り言のように相槌を打ち、目線を逸らした。

 すると、トラヴィスは空っぽになった皿を流し台へと持って行き、水に浸した。

 「では、私は仕事がありますので。」そう言って、廊下にでの扉の前までワゴンを押していく。

「ごゆっくりどうぞ。」トラヴィスはノブに手を掛け、下に押し下げる。その瞬間、ガイアはあっ。と声を上げトラヴィスを呼び止めた。

 「ご主人の部屋を調べたいんですが、鍵はお持ちですか?」トラヴィスがゆっくりと振り返ると、ジャケットの内ポケットから鍵の束を出してみせた。

 「シミオン様の部屋に鍵は掛かっておりません。」

「では、遠慮なく。」






 扉を開けると、昨晩訪れた時と何も変わっていない空間が広がっていた。右手には高級感のあるベットが、正面にはきちんと整理された執務机がある。そして、その天板の上には昨日見た脅迫状が置かれている。窓には、体当たりで突き破ったらしい痕はなく、昨晩とまるで変わっていない。

 カーペットの上にもガラス片1つ落ちておらず、トラヴィスの仕事に対する情熱を窺わせる。あまりに綺麗過ぎて証拠が遺っているのか、不安を覚えるほどに。

 部屋に踏み入り、机の角に合わせて綺麗に積まれた便箋を1枚1枚手に取った。銀行からの金利低下の通告や、大学からの寄付募集の案内といった、裕福ならではの手紙が大半を占め、残りは息子たちからの現状報告の手紙や新聞だ。

 次に、机の引き出しを開ける。が、1番上の引き出しには鍵が掛かっており開けることができない。2番目の引き出しは、容易く開き、その中を覗かせる。

 中には、オルゴールと思しき木の箱と、切手も何もない古い封筒が入っている。中身は、イニシャルG.Pなる人物からシミオンへ、誕生日プレゼントとしてオルゴールを送る旨が書かれている手紙だった。G.Pとはポリアンナ・ゴーストンのことだろう。

 箱を開けると、中に入っていた鳥の人形が羽ばたきながらクルクルと回り始めた。囀る音も聞こえ、まるで本物の鳥のようだ。

 ガイアはそのオルゴールを天板の上に置き、1番下の引き出しを開ける。そこには、側面に文字が刻まれた円筒形の何かが入っていた。持ち手らしき細い棒も付いている。手に取ってみると、文字の入った円筒形の部分を、持ち手らしき棒が貫いているような形で、円筒形の部分の部分が回る構造になっているようだ。刻まれた文字は読めず、その用途も不明だ。

 さらに引き出しを覗くと奥の方に、緑色の物体が見える。引き出しを限界まで引き出すと、台座に載った石製の置物だとわかった。

 蛇に手足が生えた様な胴体で、頭部にはナマズのような髭と、角が生えている。背中は鱗模様に覆われ、何に似ているとも言い難い生物だ。だが、光沢のある緑色をしていることから、石の正体は翡翠だということはわかる。

 持ち上げると、翡翠の重さと同時にその価値を感じた。だが、どうしてこんなところに?

 用途不明の円筒ならいざ知らず、飾っておく物を引き出しの奥にしまい込んでおくことに違和感を覚え、置物を隅から隅まで見回す。そうして置物の底面、即ち台座の裏側を見たとき、その理由が判明した。






 「昨晩不審な物音を聞いたのは、2時前に何かを落とすような音を聞いたデービッド。12時頃に何かを引き摺る音を聞いたヒルドガードとマギーの3人。逆に何も聞いてないのが、夕食後直ぐに眠ったリリーとポリアンナ。部屋でレコードを聴きながら仕事をしていたジェームズ。デービッドと話していたアルフォンス。そして、最後にご主人の部屋に居たハリソンとトラヴィス。」自室に戻ったガイアとドゥエインは、それぞれが行った聴取の内容を共有し、不審な点を挙げていく。

 「まず確実におかしいのは、何も聞いてないって言ったアルフォンスだね。一緒に居たデービッドは物を落とす音がしたって言ってたからね。」ガイアも概ね同意見だが、デービッドが間違っている可能性もある。

 「単純に考えれば、ご主人と最後に会ったハリソンとトラヴィスも疑いが強いな。」

「あと外部犯の可能性もなくはない・・・よね?」脅迫状の送り主が不明な以上、この可能性も捨てきれないが、2人とも頭の隅に置いておく程度の認識で一致した。




 「凶器はこれだろうな。」ガイアは、テーブルに置いた翡翠製の置物を指差した。

「これは・・・」

「龍。東洋の神獣だ。」ドゥエインは、へー。と無関心な様子で声を上げた。

 「他には何かあった?」

「いや。部屋中が綺麗さっぱり掃除されてたからな。それこそ、窓が割れたなんてわからないくらいに。」そっか。と相槌を打った後、ドゥエインは目を伏せ考え事を始めた。

 ガイアはこれを好機とみて、自分の好きなように役割を振り分けることにした。今までドゥエイン中心だった捜査をガイア中心にするべく、鍵となりそうな疑わしい3人への再度の聴取を自分で、その他のことをドゥエインが調べる。そう提案したところ、予想通りドゥエインは二つ返事で了承した。




 「発見当時、部屋は密室だったんだよな。」

「ドアには鍵がかかってたよ。」小説でしか見掛けない密室殺人という状況に、思いもよらないところで出会うことになった2人は、頭を悩ませていた。

 「部屋の鍵は、前にご主人が捨てたらしいから、外から鍵を掛けるのは無理だね。窓も僕が蹴破るまでは嵌め殺しだったから、こっちからの出入りも無理。後は隠し扉が有るかどうかだけど、確認はもちろん―」

「してない。」だよね。とドゥエインは苦笑する。ガイアの頭に、僅かでも隠し扉の存在があったとすれば、寧ろそちらの方が驚きだ。何せドゥエイン自身が、突拍子もないと思っているのだから。

 「それじゃあ、僕も一応ご主人の部屋を見てみるよ。」





 「なんだ、お前か。」ガイアは、ダイニングの隅に椅子を置いて寛ぐデービッドの元を訪れた。

 「犯人の見当はついたのか?」ガイアは静かに首を振ると、デービッドは脚を組み、失望した様子で溜息をついた。

 「やったのはジェームズだ。あんなことがあっても顔色一つ変えずに過ごしてるんだからな。」ガイアはデービッドの心情を噛みしめながらも首を振る。

「仕事柄、感情を顔に出さないだけですよ。」すると、デービッドはふん。と鼻で笑った。

 「何時でも仕事、何処でも仕事。子供が産まれるってときもいつも仕事。たまの休日に家族みんなで集まっても仕事。お袋が死んだときも仕事。おまけに親父が殺されても仕事ときた。ほんとに働き者だよ。毎年家に集まるのが嫌で殺したって不思議じゃない。」家族だからこそ生まれる憎しみがあることを、ガイアは重々承知していた。だが、ジェームズがそんな人間ではないことを知っている。誤解から生まれた憎しみは晴らさなくてはならない。

 「ご主人の無念も、ジェームズさんの疑いも、あなたの誤解も全部晴らします。だから、あのときのことをもう1度聴かせてください。」デービッドは、もうどうにもならないだろうと、半ばやけくそのように昨夜のことを再び話し始めた。

 「夕飯が終わってお前のツレが脅迫状のことを色々聴いてきた。それが終わってアルの部屋に行ったのが、だいたい11時だ。それから1時頃に誰かが階段を降りてきた。その辺からはあまり話さずに、2人で模型の修理をしてた。それだ。」デービッドが指を指した先には、長さ60センチ、高さ80センチほどの巨大な帆船の模型が置かれていた。バウスプリット(船首の先から伸びる棒)がポッキリと折れ、帆を繋ぐ紐が宙ぶらりん状態になっている。

 「昨日はもっと酷かったぞ。マストがほぼ全部折れていた。あれが本物の船なら買い換えを薦めてたな。」

「一晩でここまで直したんですか?」するとデービッドは立ち上がって模型を持ち上げた。

 「そこの鑢を取ってくれ。」三角錐のような形状の鑢を手渡すと、デービッドは折れたバウスプリットの断面を削り始めた。

 「この船は、俺が餓鬼の頃に親父にあげたものなんだ。俺は昔から船が好きだった。暇さえあればフォートジョージの塀の上から、軍艦が往き来するのを観てた。時々、兵士に見付かって摘まみ出されたりもしたが、それでもあそこから観る船の影が好きだった。それを親父もちゃんと憶えててくれたみたいだ。あんなにボロボロになっても、この船をずっと手元に置いててくれた。」一通り削り折れた面が真っ平らになると、模型をテーブルに置いた。話が逸れたな。と一言詫びを入れ、話を戻す。

 「それでマストを接着して乾燥させてたときだったよ。上で物音がしたのは。」

「どんな音でしたか?」デービッドは顎に手を置き、しばらくうーん。と唸った。

 「そうだな・・・重い小石を落としたような音。か?」

「お兄さんも、それに気付いていましたか?」すると、デービッドは肩を竦めて答える。

 「さぁな。特に何も反応しなかったが、気付いてたんじゃないか?俺だって気付いて騒ぎ立てたわけじゃないからな。」そうですか。とガイアは相槌を打ち、椅子から腰を上げた。

 「ありがとうございました。」深々と頭を下げ、部屋を後にする。と、その時・・・

 「頼んだぞ・・・」デービッドは、ガイアに届くか届かないかくらいの声でそう呟いた。






 「今よろしいですか?」

「ええ。」トラヴィスはガイアに座るよう促し、自身も腰を下ろした。

 「昨晩、ご主人に寝酒を持って行ったとき、部屋に誰か居ましたか?」トラヴィスは静かに首を振る。

 「直前までハリソン様が居られたそうですが、私が伺った際にはシミオン様お一人でした。」そのときのご主人の様子を尋ねると、特に変わったことはなかった。と模範のような回答を受けた。

 「寝酒を持って行った後、他に何かしませんでしたか?例えば、机の位置を移動させたり。」すると、トラヴィスは怪訝そうにガイアの顔を見た。

 「もしもその様なことをするなら、日中にそうしております。皆様のお眠りの妨げになりますので。」そう。普通、力仕事は日中に済ませておくものだ。家具を引き摺って動かすなら尚更に。つまり、奥方2名が聴いた物音というのは重要な鍵だ。

 「今日ご主人の部屋を掃除されたとき、何か違和感はありませんでしたか?それこそ、家具が動いていたり。」トラヴィスは首を振る。

「いえ。もし動いていたならとうに気付いている筈です。この部屋はすぐに埃が溜まりますから。」ガイアは心底落胆した様子で、そうですか。と呟いた。

 「お力になれず申し訳ありません。」そう言いながらトラヴィスは立ち上がる。

 「仕事がありますので。これで。」一礼すると玄関の方へと足先を向ける。そのとき、ガイアは気になることを思い出し、トラヴィスを呼び止めた。

 「これからどうなさるおつもりですか?」

「これから考えます。今はまだ、シミオン様の従者ですから。全部済んでからでないと。」






 「どうだい?捜査は順調か?」アルフォンスは、的に刺さった6本のダーツを抜き、ガイアに3本手渡した。

「まだまだ、わからないことだらけですよ。」アルフォンスはそうかい。と呟いて、ガイアに投げるように促した。

 それに従い、ガイアは1投目を投げる。中心を狙って投じられた矢は、やや右下にずれ、17のシングルに達した。

 それを踏まえた2投目。左右のずれは修正されたが、今度が中心の上、20のトリプルの若干下に突き刺さった。

 3投目。最後は上下左右のずれをきっちりと合わせ、ど真ん中へと旗を立てた。

 「ご家族の中で、今朝から様子のおかしい人は居ませんでしたか?」アルフォンスは静かに首を振った。

「単に動揺しているというだけならみんなそうさ。ジェームズは落ち着いているように見えるが、実際は飯も喉を通らないくらいだし、ハリソンはドゥエイン君と話してからは落ち着いたようだが、それまでは酷く当たり散らしていた。」当のアルフォンスも沈痛な面持ちだ。

「そんな家族を、私は疑う気にはなれんよ。」この言葉を聴き、ガイアは心に痛みを感じた。だが、ここで止める訳にはいかない。主人シミオンの無念を晴らすためにも・・・

 アルフォンスは表情を僅かながら緩め、テンポよく矢を投げた。20のトリプル、20のシングル、そしてブル。一挙130点を挙げる。

 「うまいですね。」ガイアが独り言のように呟くが、アルフォンスは何も言わず矢を回収する。

 「あなた自身は、思い出したこととかはありませんか?」

「今朝話したことが全てだ。」そう言うと、アルフォンスは手で的を指し示し、第2ラウンドの開始を合図した。

 今度は間髪入れずに3本の矢を放ったガイア。1投目、2投目ともにブル。3投目は中心から矢2本分外れ、5のシングル。

 一方のアルフォンスは60、60、20と安定感を見せ、2ラウンド計270点を挙げた。

 その後のどんどん差を広げ、8ラウンド合計576対999で終戦。敗北を喫したガイアだったが、人生初の500点越えに満足していた。片や、勝利したアルフォンスは惜しくも1000点を逃し、悔しさを滲ませていた。

 ガイアは、的に刺さった矢を回収し、ケースにしまうアルフォンスの肩をトントンと叩いた。

「1つだけ聴いてもよろしいですか?嫌なことを思い出させるかもしれませんが・・・」






 これで証言の食い違いの謎は解けた。問題は密室の謎だ。鍵が存在しない部屋の鍵をどうやって締めた?窓は嵌め殺しで、中から鍵を掛けて脱出するのは不可能。かと言って、ピッキングした形跡もない。こうなってくると、真っ先に否定した隠し扉説を検証する必要が出てくるかもしれない。

 「ただいま・・・」ご主人の部屋の調査から帰ってきたドゥエイン、何やら不機嫌そうな顔をしている。

 「ねぇ、ちゃんと触った物を元あった場所に戻した?」ドゥエインが何時になく怒気を含有させた声でそう尋ねると、ガイアは、ああ。と頷いた。

 「だとしたら、戻し方が雑すぎるよ。ペン立ては倒れてるし、手紙は床の上に落ちてるし、引き出しは半開きだし。カーペットは真ん中の方が弛んでるし。」確かに、触る前そっくりそのままの状態に戻したかと言われると、おいそれとは肯定はできない。ペン立てを動かした際にバランスが悪くなり、出て行った後に倒れたかもしれないし、手紙も一応角に合わせて積んだが、少しずれていて落ちたかもしれない。

 だが、少なくとも引き出しを半開きにしたままにするという失態は犯すはずがない。常日頃から開けたら閉めるを徹底している。その上、半開きの状態というのがガイアにとっては何よりのストレスだ。そんな状態のまま放っておく筈がない。

 それ以前にトラヴィスが掃除をした直後、綺麗に敷かれたカーペットを弛ませることなど不可能だ。何故なら、ガイアは机の上や引き出しの中など、家具の中にある物は動かしたが、家具そのものは動かしていないからだ。家具を引き摺りでもしない限りカーペットが弛むことなどない。

 「俺の後に誰か入ったんじゃないか?」

「全員隣の物置部屋でご主人の遺品整理してたよ。君が呼び出した人たち以外は。」そういうことなら、部屋に入ったのはトラヴィスかガイアしか居ないが、トラヴィスが荒れた状態を放置するとは考えられない。かと言ってガイア自身は絶対にやっていないという、自分の中だけにしか通用しないながら絶対的な、記憶と呼ばれる証拠がある。

 「お前大袈裟に言ってないか?」

「そう言うなら見てみる?そのままにしてるから。」ガイアは、他人に散らかっていると文句を言うのなら、その前に自分で片付けろ。と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、ドゥエインの背を追った。






 自分たちの部屋の扉を開け、一旦右手に出た。そして、通路を確保するために扉を閉めてから目的地であるご主人の部屋に足先を向ける。突き当たりまで歩みを進めると、ドゥエインは左に、ガイアは右にそれぞれ踏み出した。

 「そっちじゃないだろ。」「逆だよ。」2人の声が同時に廊下へと響き渡る。その声に連れられ、すぐ隣の部屋に居たマギーが扉から顔を出した。

 2人は沈黙し睨み合っている。その光景にただならぬ雰囲気を感じ、マギーが歩み寄ってくる。

 「どうしたの2人とも?」そんなマギーの声も届かず、2人は未だ睨み合う。一触即発かと思われたその時、突然沈黙の堰が切られた。

 「君の考えてること当ててもいい?」

「それよりもどっちが犯人か当ててくれ。」すると、マギーが驚いた様子で2人に語りかける。

 「犯人がわかったの?」今度はその声が届いたようで、2人はマギーの方へと振り返り、特にドゥエインはうれしそうに頷いた。






 ダイニングに集められた9人は、この屋敷を訪れた当初と同じ配置で座った。ぽっかりと空いた正面の椅子が寂しさを感じさせる。ガイアは扉の正面に立ち、全員の顔を見渡す。

 「これから話す事件の真相は、恐らく皆さんにとって受け容れがたいものだと思います。でも俺はご主人の依頼を、ご主人の最後のお願いを果たします。覚悟して聴いてください。」全員、言葉こそ発しなかったが、ガイアの目をしっかりと見詰め真実を受け止める意思を見せた。

 ガイアはその1人1人と目を合わせた。そして、最後にシミオンが居た椅子に目をやり、大きく息を吐いた。






 「事件が発覚したのは、今朝9時頃。ご主人が普段起床する時間になっても部屋から出てこないのを不審に思い、トラヴィスさんが呼び掛けましたが応答がなく、部屋の鍵もご主人が破棄したと言うことで、ドゥエインが窓から侵入。ご主人の死亡を確認しました。検死の結果、死因は後頭部を殴打されたことによる脳挫傷と思われます。凶器は、ご主人の部屋にあった、この翡翠製の龍の置物。」ガイアは、テーブルの中央に龍の置物を置いた。アルフォンスはその置物を凝視し、口を開く。

 「これは、ハリソンが父さんに贈った物だったな。」

「ああ。東アジアに行ったときに買った龍の置物だ。捨てられたと思ってたが。何処にこれが?」引き出しの中だと伝えると、今度はマギーが口を開いた。

 「お父様はどうして引き出しの中になんて仕舞っておいたのかしら?置物なんて飾っておく以外にどうもしようがないのに。」そこでガイアは、部屋の隅に佇むトラヴィスの方へ体を向けた。

 「あの置物、事件前は何処に?」

「記憶が確かなら、シミオン様の部屋には、少なくとも見える場所には置いておられませんでした。引き出しなどには私は触れておりませんので確かなことは分かりませんが、恐らく引き出しの中に。」ガイアは再び正面に向き直ると、ハリソンと目を合わせる。

 「この置物をご主人に贈った後、この家で見たことは?」ハリソンはすぐさま首を振る。つまり、この置物はずっと引き出しの中に封印され、その場所を知っている人物は限られている。

 「つまり、その場所を知っていた奴が犯人だな?」この場に居る全員が、その言葉の出所であるデービッドの方を見た。当のデービッドは、何をそんなに注目されることがあるのか、不思議に思いながら自分の考えを述べる。

 「だってそうだろ?親父の部屋には目に付く場所至る所に殴り殺せそうな物があるのに、わざわざ引き出しから引っ張り出したんだ。場所を知ってたに決まってる。引き出しに戻しておけばすぐには発見されず、怪しまれる前に証拠隠滅ができるしな。」ガイアはここで、主導権がデービッドに渡る前に、一旦話題を変え切り直しを図る。

 「核心に迫るのは後回しにして、一度みなさんの証言をまとめてみましょう。」夕食後、アルフォンスとデービッド、ヒルドガードとマギー、以上2組はそれぞれ部屋で話をしていた。ジェームズは執務を。リリーとポリアンナはすぐに就寝した。ハリソンは、ガイアがシミオンと話し終わった後にシミオンの部屋に行った。そしてトラヴィスは、夕食を片付けた後シミオンの部屋へ寝支度を整えに行った。

 「遅くまで起きておられた人によると、深夜に不審な物音がしたそうです。例えば、デービッドさんが2時前に聴いた、何かを落とすような音。それと、マギーさんとヒルドガードさんが1時頃に聴いた、何かを引き摺るような音。」マギーはうんうん。と頷き、ジェームズは腕を組み左手を顎に当てながら、黙って俯いている。アルフォンスは微動だにせず、デービッドは天井を見上げた。といった具合に、それぞれ様々な反応を見せる。

 「では、みなさんの証言と物音が聞こえる位置関係から、昨晩の深夜みなさんがそれぞれ何処に居たのか推理してみましょう。」一見、自己申告で事足りるように思えるが、すぐに正誤を判断できる事象を言い当てることによって、後の推理に説得力を持たせることができる。その作用を期待して、ガイアは推理を述べ始めた。

 「まずジェームズさん。あなたは証言通りご自分の部屋にいらっしゃいましたね。ロンドンの駅の音が入ったレコードをかけていたため、ご主人の部屋の真隣にも拘わらず物音には気付かなかった。」するとジェームズは、静かに、そしてゆっくりと頷いた。

 「次に、ジェームズさんがご自分の部屋にいらっしゃったことで明らかになったのは、マギーさんとヒルドガードさんがいらっしゃった部屋です。ジェームズさんがお仕事をされていたわけですから、必然的にマギーさんの部屋の可能性はなくなる。つまり、ヒルドガードさんの部屋だ。」ヒルドガードはうんうん。と頷いたが、一緒に居たはずのマギーはきょとんとしている。

 いきなり簡単な推理を外したのかと、ガイアは寒心した。が、それも杞憂に終わる。口を開いたマギーは、言ってなかったかしら?と、自身の証言の不正確さを憂いていた様子だ。

 「そして、ご婦人お2人が部屋に居たことにより自分の部屋で話すことができなくなったのが、ご主人のデービッドさん。あなたが居たのは話し相手のアルフォンスさんの部屋だ。」これに対し、デービッドもアルフォンスも反応を示さない。そこで、ガイアは念を押すようにハッキリとした口調で、ですよね?と尋ねた。すると、アルフォンスが、そうだ。と頷いた。

 「ここである問題が生じます。リリーさんとポリアンナさん、夕食後すぐに寝付かれたそうですが、リリーさんのお部屋にはアルフォンスさんとデービッドさんが。ポリアンナさんの部屋にはジェームズさんが居ました。そのお三方は、それなりに遅くまで起きていました。とてもじゃないが安眠できる状態じゃない。特に、体調を悪くされたリリーさんは静かに眠れる場所が必要だった。なら、お2人は何処で寝ていたのか?」ガイアは一度に喋り過ぎたと感じ、単調になって話が入らなくなるのを防ぐと共に、息継ぎを兼ねて、一度言葉を切り間を置いた。1人1人の目を見て、話を聴く意思があることを確認すると、ガイアは再び口を開いた。

 「状況から言って、2人とも同じ場所で寝ていたと考えるのが自然です。2人で寝られて、且つ比較的静かな場所。」ふと視界の端に目をやると、俯いて足下を見ているトラヴィスの姿が目に入った。ガイアの話から外れたトラヴィスの意識をこちら側の世界(会話の中)に引き戻すべく視線を送る。

 「この屋敷の客室の数はいくつですか?」トラヴィスはビクッと跳ね上がらせると、目線を右上に向け、えー。と声を漏らした。

 「ハリソン様のお部屋を含めて7部屋です。」

「その内訳は?」トラヴィスは引き続き右上を見ながら、絞り出すように暗唱していく。

 「1階は遊戯室の向かい側に2部屋。それぞれハリソン様とアルフォンス様(とリリー)のお部屋です。2階は階段を上がって奥から、ジェームズ様(とマギー、ポリアンナ)のお部屋、次があなた達(ガイアとドゥエイン)のお部屋、次がデービッド様(とヒルドガード)のお部屋です。1番手前の部屋は空室になっております。」その時、ガイアは指を鳴らし、芝居がかった所作で全員を見回した。

 「上からの騒音に悩まされることもない2階、それも空き部屋ときた。静かに眠るには絶好の場所ですね。どうですか?」リリーは軽く咳き込むと、ポリアンナに目配せする。そして、2人は顔を見合わせると静かに頷いた。

 「残るは、昨晩ご主人の部屋に行ったハリソンさんとトラヴィスさんのお2人です。まず、もう1度確認します。お2人は、昨晩何か物音を耳にしましたか?」2人は証言通り、聴いていないと首を振る。

「昨晩お2人は、ご主人の部屋でお会いしましたか?部屋の前ですれ違ったとかでもいいです。」それもないと再び首を振った。そこでガイアは今一度全員を見回し、もう1度昨晩の物音について確認をとることにした。

 「マギーさん、ヒルドガードさん。昨晩、何か物音を耳にしましたか?」2人は即答で肯定する。

 「それは、何時頃。そして、どんな音でしたか?」

「12時頃に、机か何かを引き摺るような音だったわ。」ヒルドガードがそう答えると、マギーもうんうん。と何度も頷いた。

 「では、デービッドさん。あなたは昨晩、物音を聴きましたか?」デービッドも前の2人と同様に、すぐに頷いた。そして、ガイアは同様の質問をする。

 「物を落とした音だ。時間は確か、2時前だな。」そうですか。と相槌を打ったガイアは、視線をアルフォンスの方に向ける。

 「アルフォンスさん。あなたも昨晩、何か物音を聴かれましたか?」デービッドと同じ時間、同じ部屋に居たのだから、当然聴いているというのが大方の予想だ。だが、アルフォンスは証言の通り、聴いていないと首を振った。

 すると、全員の視線がアルフォンスに集中し、ジェームズは大きく息を吐き、リリーは顔を強張らせる。他も各々、動揺を感じさせる表情を見せた。特にデービッドは顕著で、椅子から立ち上がり全員を見回しながら狼狽した。

 「違う!アルは犯人じゃない!俺とずっと一緒に居たんだ!」そんなデービッドを宥めるように、ガイアは言う。

 「その通り。アルフォンスさんは犯人じゃない。音を聴かなかったのには理由がある。」アルフォンスに集中していた視線が、今度はガイアに集まるデービッドはまだ気が済まない様子だが、ヒルドガードに宥められ、再び椅子に腰を下ろした。

 「その理由は・・・奥様のリリーさんなら、ご存じですよね?」リリーはあっけらかんとした表情を見せたが、1度咳き込むと、意を決したかのように口を開いた。

 「アルフォンスは・・・難聴を患っています。先の戦闘で負傷してから日に日に悪化していて、今は辛うじて会話を聴き取ることができますが、音を失うのもそう遠くはありません。」

「今まで、些細な物音に気付かなかったことはありましたか?」リリーは1度アルフォンスの顔を見ると、フッと笑った。

 「何度もありました。先日は、目の前のコップを落として割ってしまった音にも気付かなかったわ。」

「それでも会話できるのは、何か訳があるんでしょうか?」リリーは、答えありきの質問を投げ掛けるガイアを見て、今度は高笑いをした。

 「微かに聴こえる音と読唇術を使って、なんとか会話をしているわ。あなたの考えの通りに。」ガイアは少しおどけてみせると、アルフォンスに顔を向けた。そして、ゆっくりとはっきりとした口調で言う。

 「これでよろしいですか?」すると、アルフォンスは大きく息をついて、ありがとう。と声を漏らした。

 「どうしてそんな大事なこと黙ってたんだ!」デービッドが力一杯テーブルを叩くと、アルフォンスはゆっくりと顔を上げ、周囲を見回した。怒りを露わにするデービッドを見付けると、その姿を注視した。

 「自分だけで抱え込んで辛い思いするなよ。俺達、兄弟だろ?」

「長男として、兄として、守らなければならないものがある。」守らなければいけないもの?デービットは頭にクエスチョンマークを浮かべた。そして、先ほどまで自分に注がれていた視線が、今は他にあることに気付く。アルフォンスの視線を辿ると、守らなければいけないもの、その正体、その理由を理解することができた。

 「そうか・・・ジェームズか。」戦争省に務めるジェームズが、直接的な権限はなくとも、軍医であった兄を戦地へと送り込んだ組織の一員として、負い目を感じているのではないかと考えたアルフォンス。一見すると、図太い神経を持っているようだが、実際は兄弟の誰よりも神経質なジェームズの、その性格を熟知した上で秘密にしていたが、思わぬ形で真実を知ってジェームズはどんな顔をするだろうか。アルフォンスは恐る恐るジェームズの顔を見た。

 「家族の問題にどうこう口を出す気はありませんが、こちらにもあまり時間がありませんので、進めさせていただきます。」ガイアはひと言断りを入れると、次の話へと移った。

 「これで、眠っていたり特別な事情がない限りは、みなさん昨晩の物音を聴いたことになります。」ガイアは視線を左にずらし、視界の中にハリソンとトラヴィスの両名を捉えた。

 「もう1度伺います。ハリソンさん、あなたは昨晩何処で何をしていましたか?」

「正確な時間まではわからないが、多分12時前だ。父さんの部屋で話していた。」次にガイアは、後方のトラヴィスに焦点を合わせた。

 「トラヴィスさん。あなたがご主人の部屋を訪れたのは何時でしたか?」

「私も正確な時間はわかりませんが、確か2時を過ぎていたと思います。」

「そのとき、ハリソンさんと出会いましたか?」その問いに、トラヴィスはゆっくりと首を振った。すると、今度はマギーの方へ顔を向けたガイア。

 「昨晩聴いた音は、何処からの音かわかりますか?」

「さぁ?音がしたというのには気が付いたけど、場所までは気にしなかったわ。でも、奥の部屋というのは確かよ。」奥と言えば、ジェームズかご主人の部屋だ。チラッとデービッドの方に目線をやると、デービッドの目はジェームズに向いていた。ますますジェームズへの疑念が深まったといった様子だ。

 「デービッドさん。あなたが聴いた音は何処からか、"正確"にわかりますか?」

「さぁな。2階なのは間違いないが。」デービッドはジェームズに睨みを利かせるが、当のジェームズはその視線に気付いても、まったく意に介さずといった様子だ。それを見たデービッドは聞こえるように舌打ちをした。

 次の瞬間、この重苦しい空気に一石を投じる、ドンッという音がダイニングに響き渡った。






 「よいっしょっ!」ドゥエインは目一杯力を込め、机を引き摺った。ギーッという音と共に振動、そして、カーペットに弛みが生まれる。

 続いて、ギッチリ詰まった本棚から20センチはあろうかという分厚い本を取り出した。空いた20センチの隙間に両サイドから別の本が倒れ込んでくる。

 それを気にも留めず、ドゥエインは分厚い本を胸の高さにまで持ち上げ、その両手を同時に開いた。

 本は床目掛けて真っ直ぐ落下していく。床に到達すると、ドンッと音を立てた。

 直ぐさまその本を拾い上げ、本棚に押し込むと、次は机をもとあった場所に再び引き摺り、カーペットを端から引っ張り、弛みを戻す。

 最後に、自身に付いた埃を払うと、ドゥエインは板で窓が塞がれた部屋を後にした。






 この場にいる者全員が一斉に天井を見上げる。賺さずガイアは手を叩き、逸れた全員の視線を下に戻した。

 「この通り、物を落とした音は下の部屋に響きます。ではみなさん、今何かを引き摺る音が聞こえましたか?」各々顔を見合わせ、口々に否定の意を示した。デービッドただ1人は、目線を左上に置き、何かを思案しているといった様子だ。

 そこでガイアは、デービッドの名をアルフォンスにもわかる口調で、はっきりと呼んだ。

 「あなたに1つクイズを出します。よーく考えてください。」デービッドがガイアに向き直ると、返事を待たずにガイアは喋り始めた。

 「何かを落とした下に響く音、そして、何かを引き摺る横に響く音。この両方が聴こえない場所は何処でしょうか?」デービッドは左手を顎に当て、考えに考えある1つの答えに辿り着いた。その時間は、デービットにとっては、熟考と言うに足りる程長い時だったが、ガイアたちにとってはほんの一瞬。即答と言って差し支えない短い間だった。

 「そんな場所あるわけないだろ。この家には屋根裏部屋もなければ、防音設備もない。」その言葉を待っていたとばかりに、ガイアは指を鳴らし、人差し指を突き立てた。

 「そう。そんな場所、この屋敷にはありません。」その返答に、デービッドは思わずハァ?と声を上げた。他の面々も溜息をついたり、肩を竦めたりと落胆した様子だ。

 そんな悪い空気を、ガイアは一言で打開させた。

 「なら、お2人は一体何処に居たんでしょう?」そう言うと、ハリソンとトラヴィスに視線を送る。周りもそれに倣うように顔をそちらに向けた。

 「あなた方は、どちらにいらっしゃいましたか?」改めて2人の顔を見て尋ねると、先にトラヴィスが口を開いた。

 「あなたにお伝えした通り、音がした時間はそれぞれキッチンとシミオン様の部屋に居りましたが、何も聞きませんでした。」それに続いて、ハリソンも答える。

 「時間は知らないが、お前が父さんと話し終わってから、エドウィンが来る直前まで父さんの部屋に居た。」ガイアはそうですか。と相槌を打ち、大きく息を吐いた。

 そして、もう1度口を開くと、その鋭い眼光を2人に向けた。

 「お2人とも嘘をついていませんか?」いや。ガイアはたった今自分で言ったことを訂正する。

「お2人とも嘘をついていますね。」

 突然嘘を指摘された2人は、顔を見合わせることもせず、ただ飄々と佇んでいる。

 「まずハリソンさん。あなたは、俺と入れ替わりでご主人の部屋に入り、トラヴィスさんが来る直前まであの部屋に居たとのことですが、即ち、少なくとも11時過ぎから2時前まではあの部屋に居たということ。12時頃にマギーさんたちが聴いた何かを引き摺る音。それが聴ける場所に居た筈です。でも、あなたは何も聴いていない。」

「それがなんだって言うんだ?」ガイアの勿体振った言い方に、デービッドが痺れを切らし横槍を入れる。

 「もしその時にハリソンが親父の部屋に居なかったらなんだ?嘘をついていたとしても、親父が殺されたのはあの部屋だ。寧ろ犯人じゃない証明になるだけだろ。」すると、ガイアはわざとらしく溜息をつき、やれやれと首を振った。

 「なにも偽証できるのは場所の話だけじゃありませんよ。物音を聴いていない。この部分も嘘をつくことができる。仮にその部分が嘘だとしましょう。何故何も聴いていないと言ったのか。考えられる理由は・・・」ガイアは全員の顔を見回し、また横槍を入れられないか確認した。

「音を出した張本人だから。違いますか?」話が飲み込めないのか、本日何度目かの沈黙。騒然とすると予想していたガイアには、虚を突かれる形となった。それと同時に、この先話す内容がちゃんと耳に入るのか、危惧していた。

 少し間を置いて顔を見回すが、指摘されたハリソンを含め、全員が何も言おうとしない、目を合わせることすらしようとしない。

 どうしたものかと打開案を練るガイア。そのとき、思ってもみない方向から救いの横槍が投げ入れられた。

 「ハリソンさんが音を出したとして、なんでトラヴィスさんまで嘘をついてるのさ?」その声は、ダイニングとキッチンの間を繋ぐ通路から発せられた。その声の方に視線をやると、先程まで姿を消していたドゥエインの姿があった。

ドゥエインの質問によって話を進めるタイミングを得た。数名はドゥエインの存在をよそに、未だ耳がお留守と言った様子だが、進めていくうちに耳を傾け、結論に辿り着くまでには話を再度飲み込んでくれるだろう。そう踏んで、ガイアは話を進める。

 「ハリソンさんが、俺がご主人の部屋を出てからずっとあの部屋に居たのなら、トラヴィスさんの証言と矛盾します。夕食後、寝支度を整えに行ったとおっしゃいました。なのに、ずっとあの部屋に居たはずのハリソンさんとは会っていない。そう言いました。おかしいですよね。それとも、寝酒を持って行くまで寝支度をしに行かなかったんですか?」ガイアがトラヴィスの顔を見ると、トラヴィスは目を逸らし足下を見詰めた。

 「では何故そんな嘘をついたのか・・・」また全員の顔を見回すと、今度は数人と目が合う。それを見て、ガイアは1度大きく息を吸い、1、2秒の静寂を作り出した。そして、蛇口を捻り徐々に水が出るが如く、溜まった言葉を吐き出していく。

 「ハリソンさん、トラヴィスさん。あなたたちは、昨晩あの部屋にいましたね。2人とも同じ時間に、同じ目的のために。」

「同じ目的だと?」ここで漸く、長らく口を閉ざしていたデービッドが口を開いた。

 「2人掛かりで親父を殺したって言うのか?何のために?」ガイアには、デービッドの声が少し怒気と悲しみを纏っているように思えた。その心中は察するに難くない。しかし、まだ結論の方向へは導けていない。ガイアは、デービッドに応答する形で違う方向に穂先を向ける。

 「2人はご主人を殺害しに行ったわけじゃありません。寧ろ逆の目的を持っていました。そうですよね?」ハリソンとトラヴィスに顔を向けると、初めて2人がお互いの顔を見合わせたのが見えた。そして、トラヴィスに目配せすると、ハリソンは口を開いた。

 「父さんは、脅迫状の差出人を普段はこの家に居ない者だと踏んでいた。だから、俺とエドウィンは、今は物置になってる母さんの部屋と父さんの部屋を入れ替えようと提案した。そして、俺が父さんの部屋で待って犯人を突き止めようとした。」

「あの物音は、入れ替えるときに出た音ですね?」ハリソンは、そうだ。と頷いた。

 「ベッドはなんとか2人掛かりで持ち上げたが、机を移動させるときはエドウィンが下に降りて居なかった。だから引き摺って動かした。それと、本棚を動かしたときに、上に載っていた物が落としてしまった。そのときの音だろう。」それを聴いて、全員納得した様子だ。

 「そして、待った結果は・・・言わなくてもわかると思うが、朝になっても誰も来なかった。やっぱりただの脅しだったか。そう思って、父さんの部屋に行ったら・・・」ハリソンは目を涙ぐませると、俯いて目頭を押さえた。家族全員同じ気持ち、無念で無念で仕方なかった。マギーも涙を流し、デービッドは伏し目がちに顔を曇らせた。他も見てそれとわかるくらいに悲しみ、悔しさを浮かべていた。

 それを見たガイアは、唇を噛み締めた。依頼人であり、懇意にしていた人物を、自分が居るところで見す見す殺害されたのだ、ガイアにとっても無念で仕方がないことだ。だが、それ以上にガイアは怒りを募らせていた。見え透いた嘘に騙されて眼前で繰り広げられる茶番に・・・







 「いい歳して嘘泣きなんてやめましょうよ。」円卓を囲む人々にとってガイアのこの言葉は、悲しみに暮れる家族に水を差す恨めしい言動に思えた。だが、このまま茶番を押し通されては殺されたシミオンがあまりに不憫だ。そして何よりも、ガイアの腹の虫がおさまらない。

 「ねぇハリソンさん?」ガイアはハリソンを殺意に満ちた目で睨み付けた。ハリソンは俯いていた顔を上げると、ガイアのその瞳に恐怖を覚えた。

 「机を動かしてから本棚を動かすまでの約2時間。何をしていたんですか?物を1つ動かす度にチンタラくっちゃべりでもしていて時間が掛かったんなら、そりゃ犯人も来なけりゃご主人も殺されますよ。」すると、デービッドがおい!と声を荒げ、ガイアに突っ掛かった。

 「みんなが今どんな気持ちかわからないのか?!いくら親父の恩人とは言っても口が過ぎるぞ!」それに対して、ガイアも怒鳴り声で応戦した。

「自分を殺した人間がついた嘘にほいほい騙された家族が仲良く円卓囲ってお涙頂戴の茶番劇に興じていることをご主人が知ったらどんな顔をすると思いますか?!」デービッドは立ち上がり、怒りに満ち堅く握った拳をガイアに振り上げる。今回ばかりは妻のヒルドガードもそんなデービッドを止めようとはしなかった。

 狙い澄まされてはいないものの、怒りに身を任せ全体重を載せた重い一撃を左頬に受けたガイアは、吹き飛ばされるように2、3歩後退りすると、そのままの勢いで床へ体を投げ出した。

 殴られるとわかってはいたが、ガイアは呆然とし、天井を見上げた。視界の端にデービッドの怒りに満ちた顔が見えても動こうとしない。

 デービッドは、今度は脚を挙げ、高級感溢れる革靴の底を見せた。次の一撃は蹴りか・・・ガイアはとうに出来ている覚悟を改めて固め、視線を天井に向けたまま息を止めた。

 「やめないか!」勢いよく振り下ろされたデービッドの足は、アルフォンスの声でガイアの鳩尾ギリギリのところで止まった。

 「まだ彼の話は終わっていない。殴るのは最後まで聴いてからでも遅くはないだろう?」ジェームズもアルフォンスに便乗するような形でデービッドを諭した。すると、デービッドは浮かせていた足をゆっくりと床に下ろし、未だに天井を見上げるガイアに手を差し伸べた。

 ガイアはその手を取り、ゆっくりと起き上がる。しかし、頭に上っていた血が完全に引き、うまく話の続きを切り出すことができなかった。そこへ、ジェームズが助け船を出した。

 「それで君は、ハリソンが父の部屋に居る間に、母の部屋行き、そこに居た父を殺したのは誰だと考えているんだい?」

「まず、アルフォンスさんはデービッドさんと一緒に居た。同様に、マギーさんはヒルドガードさんと。リリーさんはポリアンナさんと。誰にも気付かれずにあの部屋に行ける人は限られます。」即ち、容疑者は二男ジェームズ、四男ハリソン、そして、執事のトラヴィスの3人に絞られた。

 「シミオン・トラヴィスを殺害した犯人。それはあなただ。」






 全員がガイアの指が差す先に視線を向けた。だが、何の目新しさもない。つい今し方もこの行動をとったのだから当然だ。

 ガイアは差していた指を下ろすと、手を後ろで組んだ。

 「誰にも気付かれずご主人を殺害できたのは・・・ハリソンさん、あなたしか居ない。」そのとき、ガイアは何かに猛烈な違和感を覚えた。この場の空気がそう感じさせるのだろうか。確実にそこに存在する違和感。だが、正体が判然としない。

 ガイアとは対照的に、この場に居る全員が顔色を変えることなく、違和感そのものに気付いていない様子だ。そこでガイアは、一先ず話を進めることにした。

 「俺が不審に思ったのは2点。何故部屋を入れ替える必要があったのか。そして、何故凶器に机の中の物を使ったのか。部屋の入れ替えは、一見するといい防御策に思えます。戦闘能力のない老人と対峙するつもりで入ってきた犯人を、30代の体格のいい男性が無力化するのは、そう難しくないでしょう。でもこれは、あくまで犯人が目的の部屋を知っていた場合だ。普段はこの屋敷を利用せず、部屋の場所を正確に覚えていない人物にはあまり効果的じゃない。年に1度来て、部屋に籠もって仕事をしている人には尚更に。」ガイアがチラッとジェームズの顔を見ると、ジェームズは眉をひそめた。

 「もう1つ。何故机の中に入っていた翡翠製の置物を凶器に使用したのか。わざわざ脅迫状を送り付けておいて自分で凶器も用意しない。剰え目につくところの鈍器は使わず、机の奥に入った石で殴り殺すなんて普通じゃ考えられない。」そこでガイアはひと息つき、周囲を見回した。正体の片鱗すら現れない違和感を未だに感じる。

 「この2つの謎も、ハリソンさんが犯人だと仮定すると納得がいくんですよ。」ガイアは1度、正体不明の違和感のことを頭から追い出した。

「まずあなたは脅迫状を送り、ご主人とトラヴィスさんを警戒させた。そして、防御策と称して部屋の入れ替えを提案。殺害後は、攪乱のためにそれを隠していた。」ハリソンの顔を覗うが、未だ焦りも危機感も驚きも感じられない。一方、トラヴィスの方は対照的に驚きの表情を浮かべていた。そこでガイアは、暫定共犯者のトラヴィスから攻めることにした。

 「トラヴィスさん。あなたはハリソンさんから口止めをされていませんでしたか?俺達(探偵)2人が怪しいから、尻尾を出すまで部屋のことは黙っておけって。」トラヴィスはハリソンの方をチラッと見ると、意を決したように重々しく頷いた。すると、ハリソンの目を瞑り、息を吐きながら項垂れた。その様子を見たデービッドは、まだ納得いかない。とガイアに異議を申し立てた。

 「動機はなんなんだ?そこまでして親父を殺す動機は?俺達兄弟がこの家から出て行った後も、ずっと親父と一緒に住んでたんだ。ずっと一緒に居た家族を、そう簡単に殺せる訳がないだろ?」デービッドの瞳は、今まで見せたことがない涙で潤んでいた。ガイアはそんなデービッドの姿に、心を痛めた。だが、こうなる覚悟はしていた。覚悟をした上で事件を解決すると誓った。

 ガイアは、重くなかなか思うように動かない唇をなんとか動かし、デービッドの求めている答え。且つ、デービッドの望んでいない答えを伝えた。

 「動機は恐らく、その翡翠の龍です。」ガイアはテーブルの中央に置かれた凶器を指差した。デービッドは訳がわからず、龍の置物を凝視した。長子であるアルフォンスは何かを悟ったようで、後悔の念を浮かべるように険しい顔で目を閉じた。

 「どういうことだ?」震えた声でそう尋ねるデービッドに、この先を伝えるべきなのかガイアは迷っていた。そうしているうちに、ジェームズが諭すようにデービッドに語りかけた。

 「父さんは、みんな分け隔てなく平等に愛してくれていたと思うか?」

「なに?」デービッドは、ジェームズに諭されたこと自体が気に入らず、言葉の意味など禄に考えもせず睨み付けた。ジェームズは気にせず話を続ける。

 「親になってみてわかったよ。家族全員を平等に同じだけ愛するなんて不可能だ。最初は平等に接しているつもりでも、いつか必ず優劣が生まれる。次に一家を支える長子に愛着を持ち、上を見て育った中間子に期待を寄せ、家の枷なく自由に過ごす末子に面白さを感じる。それが親というものだ。だが、自由に過ごす子と、子の将来を想像する親との間に隔たりが生じることがある。親は無意識のうちに、思い通りにならない子に期待するのを止め、期待通りに育った子に愛情を振りまく。これもまた親というのもだ。」

「それが何だってんだよ?」すると、ジェームズは呆れた様子で大きな溜息をついた。アルフォンスも同じような意図で、息を吐く。そして、ジェームズに目配せすると、話し手がアルフォンスに変わった。

 「父さんはな、ハリソンを毛嫌いしていたんだよ。」それを聞いてデービッドは、なんで?そう尋ねようとした。だが、デービッドがそうするよりも早く、アルフォンスは再び口を開いた。

 「父さんの理想は、この家を出て、社会的地位の高い職に就き、家庭を持ち、金に不自由なく人生を送ることだった。だから私はその理想を叶えるため、お前達が父さんの理想に縛られなくてもいいように、医者になった。だが、父さんは全員にその理想を求めていた。理想の根幹に、経済的に縛られず幸せになってほしい。という願いがあったからだ。だから、ジェームズは国を動かす官僚に。お前も国を支える歯車の一部になった。そうだろ?私は、これで父は満足していると思っていた。だから、ハリソンには何も言わなかった。」アルフォンスは、目を瞑り俯くハリソンの方を見た。ハリソンもその視線を感じ取ったのか、顔を上げ、アルフォンスに視線を向けた。

 ハリソンは、アルフォンスに向けて手を上げ制止すると、自らの口で語り始めた。

 「兄さん達のおかげで、俺は自分のやりたいことを見つけ、それを仕事にすることができた。レースで余所に出て行くことが多くなったが、それでも1年の半分はこの家で過ごした。兄さん達が出て行って寂しいだろうから、せめて暇なときは一緒に居てあげよう。そう思った。でも、父さんはそれを快く思っていなかった。いや、それが原因じゃないな。昔から、俺のことを嫌ってた。兄さん達に愛想を振りまきすぎて、俺の分は残ってなかったんだろうな・・・」

「だから脅迫状を送り、守ろうとする姿をご主人に見せようとした?」ガイアがそう言うと、ハリソンは目頭を押さえた。

 「お見通しかよ・・・」

「最初は純粋に防御策として、部屋を入れ替えた。マッチポンプではあるけど、ご主人に見直してもらおうとした。でもそのときに、あなたは見付けてしまった。引き出しの奥深くに仕舞い込まれた、あなたがご主人へ贈ったアジア土産を。」ハリソンは手を堅く握り締めた。

 「あのとき、それを見せて理由を聞こうとした。でも、それを見ても悪びれる素振りすら見せなかった。それどころか、俺がそれを贈ったことすら覚えていなかった。そこで、もうどうやっても俺を愛してはくれないと悟った。」

「だから殺したのか!?」デービッドは拳を天板に向けて力一杯振り下ろすと、そのままテーブルの上に蹲った。

 嗚咽を漏らしながら、何度もテーブルを叩くデービッドを見て、彼は自分の行動に対して理解を示してはいないだろう。そう考えたハリソンは、今まで見せたことない程涙を流す兄に、囁くように自信の苦悩を伝える。

 「兄さん達にはわからないだろうな。ずっと前から愛してほしいと思いながらも、この先一生愛されることはないと知ったときの気持ちは・・・」

 ハリソンは、自分を決して受け容れようとはしなかった父、そして、そんな自分の気持ちに気付いてくれなかった兄達へ、恨み辛みを伝えると、椅子から立ち上がった。

 「さぁ、警察へでも何処へでも突き出してくれ。」そう言ってガイア達の方へ体を向けるハリソンの表情に悔いはなく、喜びすら感じさせた。それとは反対に兄達の表情は、後悔と悲しみ、自身への怒りに満ちていた。






 事件は、後悔と憎しみを露呈し、解決となった。

 だが、未だガイアは違和感を抱いていた。それはドゥエインも同じだった。

 ドゥエインはガイアに歩み寄ると、耳打ちをした。

 「さっき全員上を見てた?」さっきとは、上で音を立てたときのこちだろう。ガイアが首肯する。すると、ドゥエインの中で疑いが確信に変わる。

 「ハリソンさん、座ってください。僕からも話があります。」先ほど意気揚々と立ち上がったばかりのハリソンは、すっかり白けた様子で再び腰を下ろした。テーブルに突っ伏していたデービッドも顔を上げ、怪訝そうにドゥエインを見た。

 「僕が穿りたい話は1つ。」ドゥエインは顔の高さで、指を1本突き上げた。

「アルフォンスさんとジェームズさんのお2人が、昨日の夜本当に何も聴いてないのか。」つい数10分前に済んだ話。それも、物音は聴こえなかったと結論が出て、それでみんな納得した話だ。再び蒸し返されるのは快くはない。只でさえ、目の前で家族の自白を聴いた後で、各々気持ちの整理がついてない。とてもじゃないが話には付き合っていられない。

 ドゥエインはそんな状態を気にも留めず、話を始める。それを見て、ガイアは大きく溜息をついたが、言っても聞かないだろうと黙って見ていることにした。

 「まずジェームズさん。あなたは耳障りな音のレコードを聴いていたそうですね。音量は外に漏れないくらい小さくして。」

「音が小さいからといって、外の音が聞こえるとは限らないよ。」

「まぁ今はそういうことにしときましょう。」反論するジェームズを適当にあしらうと、話題はアルフォンスの方に移った。

 ガイアにはドゥエインの姿が、宛ら自分だけ満足して他人を置いてけぼりにする名探偵のように見えた。

 「アルフォンスさんはどうですか?」この疑問の意図を読めないのか、将又ドゥエインに置いてけぼりにされているのか、誰もが沈黙を保ち口を開かない。ガイアは見かねてこう言った。

 「会話をするのも困難なのに、聞こえていた訳がないだろ。」この返答は、正にドゥエインが求めていたものそのもので、ドゥエインは用意していたかのように、素早く首を振った。

 「それが気付いてたんだよ。ね?アルフォンスさん。」よく聞こえなかったのか、聞こえた上で明言を避けたのかは判然としないが、アルフォンスはドゥエインの問い掛けに小首を傾げてみせた。

 「何時まで茶番に付き合わせるつもりだい?」ジェームズは苛立ちを隠さず、誰が見てもそれとわかる口調で呟いた。それに対しドゥエインは、指先でトントンと何度か顎を叩きながら、そうですね・・・と周りを見渡した。

 「僕がこれから言うことをみなさんがちゃんと聴いてくれたら、すぐに済みます。」だそうだ。とジェームズは手を叩いて全員の視線を集める。周りに合わせる形で、アルフォンスが遅れてジェームズの方へ顔を向けた。

 「客人達が速やかに帰路につけるように話を聴いてやろうじゃないか。」一家は沈黙で答えると、デービッドは、不快感が現れた顔を。ヒルドガードは今後を案じる様な顔を。ポリアンナは窮屈感を感じさせる顔を。リリーは憂いを含んだ顔を。トラヴィスは悔恨を滲ませた顔を。ハリソンはすっかり冷め切った顔を。ジェームズは焦りを窺わせる顔を。そして、アルフォンスは覚悟を決めた顔をドゥエインに見せた。全員ドゥエインを敵対的―少なくとも友好的ではない―な眼差しを向ける中、唯一マギーだけは、母親のような優しい笑み、そして、悦びと思しき涙を見せた。

 マギーへ微笑みを返すと、ドゥエインは深く息を吸った。そして、一家の人生の岐路となるであろう事実を突き付けた。






 「アルフォンスさん。あなたは間違いなく昨日の夜、2階から物音がしたことを知っていた。」ドゥエインは何度も言ってきたことをもう1度言うと少し間を置いた。まさかこれで終わりではないだろうと、一家は口を閉ざして、次の言葉を待った。

 すると、ドゥエインはガイアに目配せをした。合いの手を入れろという意味だろうと解釈して、何故その結論に至ったのか問い質す。

 「何度も言うが、アルフォンスさんが音を聴いていた可能性はかなり低いぞ。」何故音を聴いたと言い切れるのか。そう尋ねる前に、ドゥエインは得意気に口を開いた。

 「そう、音は聴いてないんだよ。」ガイアは思わず、は?と声を上げた。一家も口には出さなかったものの内心は同じことを思っただろう。しかしながらドゥエインは、疑問を口にする間も与えず、再び口を動かし始める。

 「みんなの言うとおり、耳が聞こえにくい。それは事実だと思う。実際に音が聴こえていなくても不思議じゃない。でも、上で物を落としたことに気付くことはできた。」全員が頭の上に?を浮かべている。ガイアもドゥエインが意図するものが何なのか、未だ理解できない。

 するとドゥエインは、先程デービッドがしようとしていたように、突然脚を持ち上げ、床を力一杯踏み付けた。絨毯が敷かれていたため、耳を劈くような大きな音は鳴らなかったが、それでも全員の耳に届くには十分すぎる音だった。

 ますます置いてけぼりにされる周囲を尻目に、ドゥエインは引き続き話を進める。

 「音というのは、空気の振動を耳の中が感知して聞こえるものだ。今の場合は、足と床が衝突したことで起きた振動を耳が感知した訳だね。」

「つまり私は、蝸牛を損傷したため、その振動を感知することができなかった。」アルフォンスはドゥエインの目を見て訴え掛けると、ドゥエインは目を閉じ、うんうんと頷く。

 再びその瞳が現れたときには、眼光がアルフォンスを突き刺していた。

 「そう。"音"はね。」ドゥエインは再び足を床を踏み付けた。先程とまったく同じ、鈍い音が屋敷中に広がる。

 「今振動してるのは空気だけじゃない。床を踏んだら、当然床板も振動する。」それを聞いて、ガイアは漸くドゥエインがの意図、そして、先程から抱いていた違和感の正体を理解した。

 「そうか。それでさっき・・・」ドゥエインはにっこりと笑うと、大きく頷いた。

「自分達だけで勝手に納得するのは止めたまえ。この場に居るのは君達だけじゃないんだぞ。」ジェームズは心底苛々した様子で、自分達だけで勝手に納得してにやついている2人を睨んだ。

 そんなジェームズの姿をらしくないと思いながら、ガイアは一言告げる。

 「こいつはさっき俺にこう聴きました。音を立てたとき、全員が上を見上げたか?とね。俺は、そうだ。と答えました。」

「それがどうしたと言うんだ?音がしたらそちらを向くのは当たり前だろ。」普段の冷静なジェームズなら、この意味がすぐにわかっただろう。だが、今のジェームズは違う。冷静とは程遠く、焦りと不安を感じさせる。ガイアは何が彼をそうさせるのか考えた。

 「アルフォンスさんにも聞こえていたと言うんですか?」ドゥエインはじわじわと首を絞めるようにジェームズを追い詰めていく。ジェームズは一瞬言葉に詰まりかけたが、尚も抵抗を続ける。

「君が言うように聞こえていたとして、嘘をつく理由が何処にある?」これに対し、ドゥエインは間髪入れず切り返す。

 「事件の手掛かりを少なくし、僕らを間違った方向へ導くため。事実僕らはたった3人の証言と、2階の廊下でハリソンさんとすれ違ったという記憶だけを頼りに推理せざるを得なかった。」

「そんな状況で君達は見事真実に辿り着いたわけだ。」この言葉にドゥエインは若干の苛立ちを覚えた。そんなドゥエインの感情は、周囲から見てもわかるぐらいに表情や仕草に表れていた。

 殴りかかるのも時間の問題か。そう考えたアルフォンスは口を開いた。

 「もういいジェームズ。どれだけ言い訳しても、彼らには敵わない。」そう言われ、ジェームズはすごすごと引き下がる。その顔からは悔しさが見て取れた。

 一方のアルフォンスは、落ち着いた様子でドゥエインの方に視線を戻すと、再び口を開いた。

 「君の言うとおり、私は昨晩あの音に気が付いていた。私はそのとき悟ったよ。家族の誰かが脅迫状を送り、実行したのだと。脅迫状を送ったのが赤の他人なら、殺害されたのが赤の他人なら、私も正直に話しただろう。だが、被害者も加害者も両方とも家族だ。それならば、生きている、まだ未来のある家族を守りたい。そう思った。とは言っても嘘をつくといずれかは綻びが出る。だから私は知らないフリをすることにした。黙っているだけなら簡単だからね。それで君達が間違えてくれることを、ただの事故として片付けてくれることを期待した。だがそれは、君達を甘く見すぎていたみたいだ。」すると、アルフォンスはゆっくりと立ち上がり、ドゥエインたちに頭を下げた。

 「ジェームズの偽証は、私に付き合ってくれてのことだ。だから、罪は私にある。警察にも是非そう言ってほしい。この通りだ。」長男として、家族を守ろうとする気概を示した。そんなアルフォンスの姿を、他の者は何も言わず黙って見守る。

 次に口を開いたのは、兄に庇われた弟、ジェームズだった。

 「偽証は私が勝手にやったことだ。それ相応の罰は受ける。」アルフォンスは咎めるように、ジェームズ!と弟の名を呼んだ。

「法を守るのは役人として当然のことだ。」兄の独善的な優しさを突っぱねるとドゥエインと、その1歩後ろで考え込むガイアに視線を送った。アルフォンスもまた、懇願の眼差しを向ける。

 ドゥエインは2人の目を交互に見て、どちらの主張を受け入れるべきか考えた。2人の顔が頭の中で混ざり合うほど、考えを巡らせた。

 しかし、ドゥエインは結論を出すことができなかった。髪の毛を手でぐしゃぐしゃにし、左右に頭を振った。いくらそうしたところで結論は出ない。けれども、そうしてしまうほどにドゥエインは迷っていた。

 ふと背後に居る、考え込んでしまったきり動かないもう1人の探偵の存在を思い出し、後ろを振り返った。

 そこには、迷いのない瞳で真っ直ぐと円卓の方を見詰めるガイアの姿があった。

 「君だったらどうする?君ならどっちを助ける?わからない・・・どうすればいいのか。僕にはわからない・・・」ドゥエインは迷いに満ちた目を1度下に向けると瞼を閉じ、ガイアの答えに全てを託した。

 「俺なら・・・」






 「俺ならどちらも救わない。今どちらかを選ぶということは、まだ出ていないもう1つ選択肢を捨てるということだ。俺にはそんなことできない。」ガイアは自信に満ちた瞳で、ドゥエインを含めた全員の顔を見回す。ガイアのその顔は、少し笑っているように見えた。

 「危うく騙されるとこでしたよ。」ガイアは1歩、また1歩と歩みを進め円卓の前までやって来た。すると、ガイアは両手を固く握り締め、天板に勢いよく振り下ろした。

「あなた達、ゴーストン一家全員にね。」手をついたまま、一家1人1人の顔をゆっくりと見回す。

 「全員で嘘をついて、全員で事実を隠されたら、俺達赤の他人にはどうしようもありませんよ。ねぇ?―」そのとき、ガイアはある1人に視線を向けた。その人物は視線に気が付くと、やや俯いていた顔を上げ、ガイアの目をジッと見詰めた。

「―マギーさん。」ガイアのその声に反応し、ドゥエインはハッと顔を上げた。

 「そりゃあ義弟(おとうと)を助けるためだもの。みんなで協力しないとね。」マギーは人差し指を下唇に宛がい、柔やかに小首を傾げた。

 「まだ惚けますか?」

「あなた達の言うとおり、ハリーを守るために家族みんなであなた達を惑わせようとしたわ。何も惚けてなんかない。」憂いのない真っ直ぐな瞳でガイアを見詰めるその姿は、端から見れば、真実を訴えかけているように見えた。しかし、違う真実に辿り着いたガイアからすれば、それは嘘を信じ込ませようとする悪魔の所作にしか見えなかった。

 ガイアはもう1度、全員の顔を見回した。今ここで誰かが素直に白状すれば、わざわざ部外者の口から語られるなどという屈辱を味わなくて済む。そんな配慮からの最後通牒だったが、願いも空しく、ゴーストン家は部外者2人と共に心中することを選んだようだった。

 ガイアは、真相を語るその前に、最後にドゥエインの方を振り返った。

 「それでは・・・大変不本意ながら、この屋敷の主人、シミオン・ゴーストン殺害事件の真相を語らせていただきます。」






 「発端はシミオン・ゴーストン宛に送られた脅迫状でした。我々は、その差出人を突き止めるべくこの屋敷に呼ばれました。そして今朝、自身の部屋で撲殺されたシミオン・ゴーストンが発見されました。捜査の結果、現場から血が付着した翡翠製の置物が発見されました。証言により、それがハリソン・ゴーストンがご主人に贈った物だということ。そして、殺害されたであろう時刻に、ハリソンさんが殺害現場に居たことが判明しました。ハリソンさんが脅迫状を送り、自身が守ってみせることで父からもう1度愛されたい。そういう思いから仕組んだ自作自演。その結果、起こった事件でした。―」ここまでは、最初にガイアが明らかにした真実の1つだ。次に語るのは、先程ドゥエインが明かした真実。

 「つい先程言った通り、捜査の段階での証言に不審な点があったとドゥエインが指摘しました。それは、耳が聞こえにくく昨晩の物音に気付かなかった。そう言っていたアルフォンスさんが、先程ドゥエインが上で鳴らした音に反応したことです。これは、我々の捜査を攪乱するためについた嘘でした。同様の理由でジェームズさんも、レコードを流していて聞いていなかった。と証言しました。お2人は、ハリソンさんが犯行に及んだことに気付いて、ハリソンさんを守るために黙秘した訳です。」ガイアはここで1度発言を止め、周囲を見渡した。さっき明らかになったことのまとめでしかないこの時間を、全員が実に神経質に過ごしていたように見受けられる。しかし、マギーだけは余裕を感じられる、リラックスしたような表情をしていた。

 ガイアは、獲物に狙いを定める猟師のような、鋭い眼光をマギーに向ける。そして、背後に居るドゥエインへの意識と決別し、大きく息を吸った。

 「今からお話するのは、まだ明らかにしていない真実。あなた達がその身を犠牲にしてでも隠し通そうと真実です。」






 「先程、アルフォンスさんはこう仰いました。俺達がこの事件を事故と見誤ることを期待していた。だから物音のことは黙っていた。と。しかし、脅迫状が届いていて、そのことで呼ばれたその日に起こった出来事です。子供でもまず事件だと疑います。そんな中でのあの言い分は腑に落ちません。そしてもう1点、事件当夜違う部屋に居たジェームズさんも、同様の理由で同様の行動をとりました。お2人が物音を聴いたときに、家族への愛故に同じ思考に至った。そうも考えられますが、俺は1つの違う仮説を立てました。お2人が予め示し合わせていたのではないか。という仮説をね。この仮説を元に考えるならまず、何故示し合わせることができたのか?の話からです。俺が思うに、予め事件が起きることを知っていたのではないかと思います。では何故止めなかったのか?お2人にも殺したい動機があったのでしょう。しかし、お2人の性格から言って、自分の感情で家族を悲しませることをするとは考えにくい。つまり、家族のほとんど、若しくは全員がご主人に殺意を抱いていたということになります。家族全員が殺意を抱くなんて並大抵のことではありません。一体何があったのか?鍵はジェームズ夫妻にあります。」そこでガイアは記憶を振り返った。

 あれはデービッドに聞き込みを行ったときだった。デービッドは、仕事を優先して家族のことを顧みないジェームズに立腹した様子でこう言った。

 ―何時でも仕事、何処でも仕事。子供が産まれるってときもいつも仕事。たまの休日に家族みんなで集まっても仕事。お袋が死んだときも仕事。おまけに親父が殺されても仕事ときた。ほんとに働き者だよ。毎年家に集まるのが嫌で殺したって不思議じゃない。―

 記憶のまま、ジェームズが家族より仕事を優先しているという具体例を挙げた言葉だが、注目するのは―子供が産まれるってときもいつも仕事―この部分だ。

 何時でも何処でもに加え、出産のときでさえ仕事を優先した。という意味にとれる。が、これがもし、何度かあった出産の機会の、そのいずれも仕事をしていた。という意味ならどうだろうか。

 次に、ドゥエインがヒルドガードに何気なく、普段この屋敷でしていることを尋ねたときに聴いたこの言葉。

 ―いつもはポリアンナたちに料理を教えていたんだけど、もう必要なくなったって話を昨日してたところ。―

 例年は家政婦としての経験を生かし、ポリアンナに料理を教えていたが、そのポリアンナが嫁に行くことになり、もう教える必要がない。という話だが、ヒルドガードはこう言った。―ポリアンナ"たち"―と。

 そして、ガイアがシミオンの部屋で見付けたオルゴールとシミオンに宛てた手紙。封筒にはイニシャルでG.Pと書いてあった。

 一見するとゴーストン(Gorston)・ポリアンナ(Pollyanna)が祖父に向けて送った手紙だ。しかし、もしそうならおかしな点がある。それは、姓のイニシャル"G"が名のイニシャル"P"が先にきている点だ。本来ならP.Gが正しい表記だ。幼いポリアンナが間違えて表記したのか。それとも、別の理由があるのか。

 前述の仮説を元に考えるなら、後者だろう。では、別の理由とは何か?

 イニシャルのGとPが、それぞれ姓と名ではなく、両方が名であり、2人の連名だとしたら。ゴーストン家にはGのイニシャルを持つ人物は居ない。"現在"は・・・





 「俺が立てた仮説と、3つのヒントから考えられる真実は1つ。」ガイアはもう1度、一家の顔をゆっくりと眺めた。長男アルフォンスとその妻リリー。三男デービッドとその妻ヒルドガード。四男ハリソン。執事のトラヴィス。二男ジェームズと妻マギー。そして、その娘ポリアンナ。全員の顔を、その心中を想像しながら見回すと、1度顔を下ろし深く息を吐いた。細く、長く、体の中に存在した空気を全て吐き出した。

 「この事件の真相は・・・」そして、ダイニングの凍てついた空気を体に取り込むと、顔を上げた。

「ジェームズさんとマギーさんとの間に生まれた、もう1人の娘の復讐・・・違いますか?」すると、マギーは落ち着いた様子でこう言った。

 「詳しく聞かせてもらえるかしら?」ガイアは自信有り気に頷いた。しかし、内心では推理が正しいという確証がなかった。その上、仮に正しかったとしても、もう1人の娘と家族との間に起こった出来事の手掛かりは何一つない。しらを切られればそれまでだ。

 だが、後戻りはできない。ガイアは、想像の及ぶ限りの可能性を全て考え、その中から自分なりの答えを組み立てた。そして、ガイアは語り始めた。自分で作り上げた物語を・・・






 「ある日、ゴーストン家に待望の初孫が誕生しました。名前はジーナとポリアンナ。元気な双子でした。息子しか居なかったシミオンさんは女の子の誕生を大層喜び、2人の孫を溺愛しました。それから、クリスマスに息子達と孫が家に来る日ががシミオンさんの1番の楽しみとなりました。自分が死ぬその日まで、この楽しい時間が続くと思っていました。しかし、ある年のクリスマスに事件は起きました。不幸な事故により、ジーナを失ってしまったのです。家族は悲しみに暮れました。それから数年間、悲しみを抱えながらも毎年クリスマスにはこの屋敷に集まっていました。しかし、母親であるマギーさんには耐え難かった。この屋敷は、娘を失った忌々しい記憶を呼び起こす地獄のような場所でしかなかった。そんなあるとき、マギーさんは娘の死について、ある疑念を抱きます。事故ではなく、シミオンさんによる殺人なのではないか。と。そしてある日、疑念が確信に変わると、マギーさんは復讐を考えました。そんなマギーさんの様子を、夫であるジェームズさんは見逃しませんでした。そして、ジェームズさんは兄弟たちに、そのことを相談しました。兄弟たちも同じ気持ちだったことを知っていたからです。アルフォンスさんとリリーさんは、病弱なために子供に恵まれず、姪であるジーナを大切にしていました。デービッドさんとヒルドガードさんは、特にヒルドガードさんが姪2人にお料理や家事などを教え込むなど、娘のように接していました。ハリソンさんは親子ほど年が離れておらず、叔父というよりも兄妹のような間柄でした。そして、トラヴィスさんも、自分の孫のようにジーナを気にかけていました。全員に復讐したいという気持ちがありました。犯行はジェームズさんが計画しました。まずは、シミオン真意を探るために脅迫状を送りました。そして、そのことによって、探偵を呼ぶことを聞かされます。そこで、実行はハリソンさんに任せ。トラヴィスさんには証拠となりそうな物を綺麗さっぱり処分してもらい、アルフォンスさんとデービッドさんには探偵を撹乱させました。もし、ハリソンさん以外の関与がバレてしまっても、マギーさんにだけは絶対疑いの目が向かないように、マギーさんには何もさせませんでした。何があっても、罪に問われるのはゴーストン家の人間だけになるように・・・」そこまで言うとガイアは目を伏せた。もしも間違っていれば、家族のそう思っての咄嗟の行動だった。そんなガイアに気付いたのかはわからないが、マギーは穏やかな様子でガイアに語り掛けた。

 「グロリアーナよ。」ガイアはハッとして顔を上げた。

「あの子の名前は、グロリアーナ。」マギーは優しい笑みを見せると、家族の顔を見回した。

 「だから言っただろ?ガイアを騙すなんて無理だって。」ハリソンは笑いながらジェームズの方を見た。

 「指輪のことと言い、よくそこまで想像が及ぶな。驚きだよ。」アルフォンスは感心した様子で両手を顔の高さに挙げた。

 「どうりでジェームズが気に入るわけだ。」デービッドは疲れた様子で天井を見上げた。

 「私は、親心を持って君のことを見ていた。だからこそ、何処かで君が間違えてくれるんじゃないかと、君の弱いところを見れるんじゃないかと考えていた。だが、君は私たちよりよっぽど大人だったみたいだな。私の負けだよ。」口ではそう言ったが、ジェームズの顔は晴れやかで、まるで子供の成長を喜ぶ父親のようだった。

 「なんでですか?」ガイアは拳を握りしめた。

「なんで人を、父親を殺して笑ってられるんですか?」怒りではなく、単純に不思議に思った。

「なんで罪に問われるかもしれないのに、そんなにうれしそうなんですか?」ガイアの頬を大粒の滴が伝っていく。

 不思議だった。何故笑っているのか。何故うれしそうなのか。そして、何故自分が泣いているのか。何もかもが不思議だった。そのとき、背後から聞きなじみのある声で、その答えを告げられた。

 「みんな最後まで悩んだんだ。全部忘れて生きていくのか、もっと背負って生きていくのか。忘れれば苦しむことなんてない。だけど、身勝手な理由で理不尽に殺された家族のことを忘れて生きていく人生なんて、身勝手な理由で理不尽に人を殺した家族のことを忘れて生きていく人生なんて、ない方がましだ。そんな結論に至った。だから僕も君には黙ってた。昨日起こることを。みんなが1つになって決めたことだから・・・」

 家族全員で重い荷物を持って未来へと進んでいく。家族の覚悟と下した決断を、ドゥエインは伝えた。ガイアは袖で涙を拭い、一家に目を向けた。

 「だったら・・・俺はあなた達に罰を与えます・・・」ガイアは一家に背を向けると、ゆっくりと1歩ずつ踏み出した。

「あなた達がこれからどうするべきか、どう生きていくべきか。よく考えてください。大切な人のために大切な人を殺めたことを・・・」ドゥエインを一瞥すると、帰るぞ。と言って、ダイニングの扉を開けた。

 「あなた達が、誰かから大切な人を奪ったということを・・・」





           「よく考えてください。」

書き上げるのに8か月有しました。あとからあとから色々思い付き、話がまとまりませんでした。もっと精進していきたいと思います。


P.S

しばらく現代ものを書きたいと思っているのでしばらく、このシリーズをお休みさせていただきます。また頭の中で19世紀の探偵達が事件を解決したら続きを書きたいと思います。

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