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形なき狙撃手

 期待せずに読んでいただくと幸せな人生を過ごせます。




 降りしきる雨の中を少年は駆け抜けた。硝煙を纏ったジャケットを覆う外套は、火に照らされ輝いている。

 やがてその輝きは、少年の姿とともに闇へと消えた。






 「おはようございます。」少年は、朝7時より丁度5分早く、職場である探偵社に出社した。

 少年の名は、ガイア・ゴールディン。半年前に見習いを卒業したばかりの新人探偵だ。とは言え、既に数々の依頼をこなし、国内ではそれなりの評判で、彼の力を求めて、わざわざウェールズから訪ねてくる者も居るほどだ。その反面、評判を聞いて訪れた者の中には、彼の年を知って、信用できずに何もしないまま帰って行く者も少なからず居る。そして、警察や同業者の間でも、半年前の鮮烈なデビュー戦で名前が知れ渡り、悪い意味で評判になっている。

 同僚達も、煙たがる者と関わりを持とうとしない者の2者が9割を占めている。その証拠にさっきも、誰一人挨拶を返さなかった。






 そんなこんなで、時刻は始業時間の7時を迎えた。そしてガイアは、事務員―前述の2者に属さない稀有な存在―のいる机に行った。

 特に指名のない依頼は、時間以外持ち合わせのない暇人、金に魅了された悪魔憑き、若しくは、仕事をすることが生き甲斐になっている病人が、ここで内容を確認し取り掛からることになっている。

 「ご指名だよ、英雄殿。」この呼ばれ方はあまり好きじゃないが、いちいち否定するのも面倒なので放置した結果、ほぼ全員が嫌味なのか何なのか、そう呼ぶようになった。

 それはさておき、ガイアは事務員から手渡された依頼書に目を通した。




 :前略 数々のご活躍が鼻に付きましたので、調子に乗っているあなたにこの依頼を送らせていただきます。


 11月17日(翌日)、朝2時にクラッパムコモンのマウント池に来てください。:




 「なんだこりゃ?」ガイアは思わず声を上げた。事務員に依頼主、もとい差出人のことを聞いたが、返ってきたのは知らないという一言だけだった。

 そして、ガイアはもう1度声を上げた。

「これじゃあ怪文書じゃねぇかよ。」

「前金が払われている以上、正真正銘ちゃんとした依頼だ。」賺さず事務員に尤もらしいことを言われ、ガイアは返す言葉を失った。






 朝っぱらからごねにごねた末、社の方から特別賞与を提示され、ガイアはのこのこと指定された場所に赴く結果となった。

 とは言ったものの、飲んだくれでも寝ているこの時間、おまけに、今朝まで降っていた雨のせいで泥濘んでいる公園。当然人など居るはずもなく、ただ報酬のことを考えながら時間が来るのを待った。

 しかし、2時になっても、待てど暮らせど、人の姿どころか物音すら聞こえなかった。

 そうして時刻は5時。日の出までまだ3時間弱あるが、眠気の限界を迎えたガイアが帰宅を決断するのに時間はかからなかった。



 帰宅したガイアは、出社までの僅かな時間だけでも睡眠をとろうと図ったが、怪文書もとい依頼書のことが頭から離れず、結局一睡もできないまま出社することとなった。






 「金を払って嫌がらせとは、手が込んでるな。」出社したガイアは、窓ガラスを割る虞のある欠伸を堪え、報告を済ませた。

「これじゃあボーナスはなしだな。」そんなことわかってる。欠伸と一緒にこの言葉も飲み込む。

 すると、事務員は紙切れの山の中から1通の封筒を引っ張り出した。

「また同じ依頼人からだ。」即ち中身は怪文書だ。

「パスしていいか?」

「罰金を払うならな。」ガイアは、溜息代わりの欠伸をつき、おめおめと封筒を開いた。




:言われたとおりにのこのこと出向いてくれたようで感動しております。 それはさておき、今度はバッターシーパーク、レディース池に来てください。次も2時です。


 P.S 報酬の1ペニーは封筒に同封しておきました。:






 午前2時数分前、バッターシーパーク。ガイアは前回と同じように、無人の公園を訪れた。

 前回と同じように約束の時間が訪れ、そして、前回と同じように時間が過ぎていく。

 そうして時刻は5時。今回は眠気よりも退屈の方が早く限界を迎え、帰宅を決断した。






 3度目ともなると、事務員は何も言わずに怪文書を差し出した。それに対してガイアも何も言わず、ただ心中でまたかと呟くだけにとどまった。




:今回も出向いてくれたようで感謝しています。さて、今度は午前2時にブロックウェルパークの池に来てください。これで最後です。:

 封筒には1ペニーが同封されていた。





 依頼主の目的はなんだ?ガイアはそれだけに考えを巡らせ、またも時刻は5時を迎えようとしていた。相も変わらず、公園には人影1つない。

 またかと大きく溜息をつき、帰路につく。そのとき、公園の入り口で男とすれ違った。ガイアは念のためと思い男の顔を凝視、脳裏に焼き付けた。

 あの顔、どっかで見たな・・・






 今回の封筒には、何も書かれておらず、ただ1ペニーのみが入っている状態だった。

 「貧乏クジをひかされたね。」まったくだ。手中でコインを転がしながらデスクに戻ったガイアを、同年代の少年、ドゥエイン・スクワイアが迎える。

 「明け方まで起きて1ペニーなんて割に合わねぇよ。」ガイアがコイントスをしてコインを机の上に落とすと、部屋中に高音が響き渡った。

「それっぽっちじゃ新聞しか買えないね。」ドゥエインは、そのコインの刻印をじっと見つめている。

「社会勉強しろってか?」






 所変わって、ガイアが立ち去った後5時間が経過したブロックウェルパーク。午前10時にもかかわらず、その時と様子は変わらず人影は1つもない。

 その理由は、公園への入り口全てにバリケードテープが張り巡らされているからだ。そして今、そのテープをくぐって、漸く公園に人影が現れた。

 現れた男達は、1人を除いては警察の制服を着ており、1人はスーツの上からコートを羽織っていた。

 スーツの男は4、5人を引き連れて、正にガイアが居た場所を取り囲んだ。その場所には人、正確には人だったモノが横たわっていた。

 「こんな時期に水浴びとはな。」スーツを着た男こと警部は、水死体のポケットに手を突っ込み、指を掛けて引っ張った。

「弾痕か?」ポケットには穴が開いており、ジャケットからシャツ、おまけに体にまでその穴は達していた。

 「事件でしょうか?」

「十中八九間違いないだろう。だが、自殺の線も無くは無い。判断は検死待ちだな。」






 あれから2週間、怪文書が届くこともなく、ガイアはいつもの下らない事件を調査する日々を送っていた。だがそれが、余計にガイアの心を惑わせている。何故、あの場所にあの時間呼び寄せたのか。怪文書を送るのに1ペニー、依頼料は1件につき10シリング。つまり30シリングと3ペンス、少なくともこれだけの費用をかけている。絶対にただの悪戯ではない。しかし、いくら灰色の脳細胞を働かせようとも、その答えは考えつかない。

 「ただいま~」報告書を打つ手を止め考え込むガイアの、感覚が留守になった耳を暢気な北風が吹き抜けた。驚いて肩を震わせ顔を上げると、そこにはドゥエインの顔があった。

 「どうしたの、そんなに思い詰めて?」

「最近あの怪文書が来なくなってな。」

「よかったじゃん。」確かに、たかだか1ペニーのために深夜2時から明け方まで待たされる苦行からは解放された。しかし、

「なんかモヤモヤするんだ。」無意味の裏を捲れば有意味。そんな確信がガイアにはあった。

 「そう言えば今朝はやけに早いな。」報告書を後回しにして、ドゥエインの方に話題を移した。すると、ドゥエインは人差し指を突き立て、ちっちっちっと舌を鳴らしながら指を振った。

「今日の朝が早かったんじゃない。昨日の夜が遅かったんだ。」つまり、今帰ってきたということだろう。

「昨日、急に警部に呼ばれてね。事件のことを聞かされたんだ。」

「どんな事件なんだ?」すると、ドゥエインは、さぁ驚け。とでも言いたげな顔になった。

 「ブロックウェルパークの池から死体が揚がったらしいんだ。」ガイアは、ドゥエインの期待に反して驚いた様子を見せない。それどころか、出てきた名称自体にピンときていない様子だった。

「君が最後に呼び出された場所だよ。」

「あぁ。あそこか。」

「多分もう少ししたら君のとこに警部が来ると思うよ。」

「そうか。」特に興味をそそられなかったガイアは、適当に聞き流し、再び報告書を打ち始めた。






 「事件のあった日、あの公園に居たそうだな?」

「そうらしい。」ドゥエインの預言通り、警部がガイアを訪ねて来たのは、正午を迎える少し前のことであった。

 「何をしていた?」まるで俺が容疑者かの物言いだ。

「言う必要あるか?」

「警察への協力は国民の義務だ。言えない理由があると言うなら話は別だが。」やはりこの言い方は、少なくとも事件に関係があると思ってのことだろう。

 「依頼があった。とだけ言っておく。」

「都合の悪いときだけ守秘義務を盾にするのは卑怯だぞ。」

「わかった。次からは都合が悪くなくても守秘義務を盾にするよ。」守秘義務とは本来そうすべきであるものだが、今のように、国家組織との駆け引きを有利に進めるためには盾の使い所が肝心である。と、それらしい理由を付けて、今回もまんまと逃げ果せたのだった。






 「聴くだけ聴いといて、俺には何も教えないだな。」ガイアは、警部が退室したドアを見詰め恨み言を漏らした。

「そりゃ、教えたら君が首を突っ込むからでしょ。」

「くだらねぇ殺人事件に興味なんかねぇよ。」すると、ドゥエインの鋭い眼光がガイアを捉えた。

 「ほんとにそうかい?」ガイアの背筋が無意識に直立し、全身に鳥肌が立った。

「あの怪文書と何か関係がある筈。そう思ってる君は、事件の概要が気になって気になって仕方がない。違うかい?」9割9分図星だったが、ドゥエインに、見透かしている気にされるのは癪に障る故、心にもない適当な言葉で言い繕う。

 「事件にも、あれっきり届いてない怪文書にも、もう興味はない。」ガイアはそう言って、次の仕事を取りに、事務員の元へ向かった。

 「何かおもしろそうな事件の依頼はないか?」

「何だよ?藪から棒に。」そう言いつつも、事務員は机の引き出しを開け、中から一通の手紙を取り出した。

 「おもしろいかは知らないが、事件の依頼には間違いない。」




 :前略 ガイア・ゴールディン様

 急ぎのため前置きを省かせて頂く失礼をお許しください。

私の知人がブロックウェルパークの池から死体となって発見されました。今回はその調査を依頼したくこの手紙を送りました。詳細は直接会ってお伝えします。この依頼を引き受けてくれるのなら、12月7日(翌日)の午後3時にバッキンガム宮殿の前のカフェに来てください。よろしくお願いします。:




 「今度こそ、ちゃんとした依頼だな。」目を通すまでは、また怪文書かと疑いを持っていたが、ちゃんとした依頼だとわかり安堵する。

「受けるか?」

「当たり前だ。」






 午後2時50分。ティータイムの隙間に位置するこの時間のカフェは、席はほぼ埋まっておらず、観光客と見られる数人が居るのみだった。

 3時を告げる鐘の音が響き、ガイアはコーヒーを飲み干した。

それから約5分が経過し、1人の男がガイアの前に座った。

 「驚いたな。」この言葉には2つの意味が込められている。まず1つは、目の前に座った男が、ガイアと同じくらいの歳の少年だということ。もう1つは、その少年が、宮殿の前に立っている近衛兵と同じような真っ赤な服を、ジャケットの下に着ていること。

 「待たせて申し訳ない。交代に手間取ってね。」

「その格好を見れば急いでいたのがよくわかるよ。」初対面だが、お互いにお互いが同年代だと認識したのだろう。図ったかのように、敬語ではなく砕けた口調で言葉を交わした。

 「俺はジョシュア・ガーランド。見ての通り衛兵をしてる。」そう言うと、ジョシュアはジャケットを捲って、制服を強調した。

「知ってるとは思うが、一応念のため。ガイア・ゴールディン、探偵だ。」ガイアは、梟と鷹のシルエットが描かれた名刺をジョシュアに渡した。






 「レオは親の知り合いで、俺がガキの頃によく猟を教えてもらってた。親が死んでからは疎遠になってたんだが、事件の2日前になって急に、会いたいって連絡が来たんだ。でも仕事があるから無理だと連絡して、それからは音信不通になっていた。」ガイアは、今回の事件の被害者、レオナルド・シアラーの話を相槌も打たず、ただただ黙って聞いていた。

 「連絡が来たとき、何か聞かなかったか?」

「なにも。俺の予定すら話題にしなかったくらいだからな。」ジョシュアは肩を竦めた。ガイアは自分で聞いておきながら、あまり興味なさそうな様子でふぅんと頷いた。

 「それで、依頼はこの事件の調査でよかったんだよな?」

「ああ。手紙にそう書いてあったろ?」何を改めて聞く必要があるのかと、ジョシュアは首を傾げた。

「いや。ただの確認だ。気にしないでくれ。」






 「警部は居るか?」調査に必要な準備を終えたガイアは、まず手始めに、今現在事件を1番よくわかってる人物を訪ねた。デスクに向かう制服警官は、顎で警部の居所を指す。

 「何のようだ?」指された場所に行くと、ガイアの予想通り、厄介なものに対峙している顔の警部が鎮座していた。因みにこの場合の厄介なものとは、ガイアのことである。

「事件の概要を聞きたい。」

「それは仕事か?それとも趣味か?」

「正式な依頼だ。」そう言うと、ガイアは内務大臣印の入った捜査許可状を、警部の視線の前で右往左往させた。警部は、それをまじまじと見回すと口を開いた。

 「やけに許可が出るのが早いな。いつ申請した?」

「つい今し方だ。」

「内務大臣に気に入られているようだな。」

「羨ましいか?」警部は、まさか。と声を漏らした。

「気を付けるんだな。いつか厄介ごとを押し付けられるぞ。」

「ご忠告どうも。」




 「見難いかもしれんが、一通りのことは全て書いてある。」警部は紙束を投げ渡した。

「これは、あとで返した方がいいか?」

「必要ない。部外者に漏れ出ないように処分しておいてくれ。」

「それじゃあ、ありがたく。」ガイアは、警部に軽く礼をすると、その場を後にした。

 「あぁ、そうそう。」何かを思いだし振り返る。

「もし捜査に行き詰まったら、ベイカー街じゃなくてウチに来てくれよ。」






 被害者:レオナルド・シアラー 酒類製造会社社長 マフィアとの接点あり? 

 現場:ブロックウェルパーク 池で沈没しているところを発見 胸部には弾痕 公園付近の道路から銃弾を発見 拳銃は発見できず

 死亡推定時刻 11月19日午前1時から6時  

 目撃者:なし




 情報と呼ぶより無能の証明書と呼んだ方が適切な、そんなお粗末な内容の5枚にも及ぶ紙束の必要なところだけを抜き出すと、ざっとこんな感じだ。

 中でも警察の功績と呼べるのは被害者の素性くらいなものだ。2週間かけてこの有様なら、これ以上何も期待できないだろう。






 糞の役にも立たない税金強盗団に代わり、1から調べ直しを図るガイアは、まず現場の池を訪れた。

 死体が沈んでいたという池には、鴨が僅かに数羽泳いでいるのみで、水は淀み、池底は水草が生い茂っている。よく死体を発見できたものだ。

 池を覗き込むガイア。そこに、鴨が1羽泳ぎ寄って来る。徐にポケットと言うポケット全てに手を突っ込み、何かを探すガイア。直後、ガイアは頭を垂れた。

 「何をお求めかな?」4、50代の男と思しき声に振り返ると、そこにはパン屋の袋とバタードフィッシュの包み紙を持った、よく知る顔があった。

 「そのパンの切れっ端を頂けるとありがたいんですけど。」

「お安い御用だ。」そう言って、内務省職員であり、ガイアの古くからの友人であるガイア・トレンスは、袋からヴァイツェンブロートを取り出し、ガイアに手渡した。

 受け取ったパンの端をちぎり、鴨に向かって放り投げる。すると、鴨は大きく口を開け水面に浮かんだパンを丸呑みした。

 「それで、俺に何の用ですか?」

「たまたま通りかかった公園で、たまたま君を見かけたから声を掛けたまでだけど?」

「そんな都合よく、ついこの間殺しが起きた場所に、俺が調べに来たタイミングでたまたま現れますか?」しばらく目を合わせ睨み合うと、トレンスはうーんと唸り声を上げた。

 「君に隠し事は出来ないね。」両手を挙げて降参の意を示す。

「親父の指示ですか?それとも・・・」

「それともの方だね。」トレンスはじゃがいものフライを口に運んだ。こちらから口を開かずに済むように、ガイアもパンを口に含んだ。

 「君が受けた3件の依頼のことを警察に素直に話していれば、わざわざ君に会いに来る必要なかったんだけどね。」何の前触れもなく繰り出された不意打ちに、ガイアは口に入れたパンを喉に詰まらせた。

 「何処でそれを?」

「そりゃあ、受理した依頼は内務省を通すんだから、把握してるに決まってるだろ。」この一言で形勢は一気に逆転。今度はガイアが両手を挙げ、降参の意を示した。




 「と言うわけです。」

「それは大変だったね。」ガイアは、深夜に3カ所の公園に行ったことと、そこで何も見なかったことを話した。

 「君は、この事件とその依頼、関係があると思うかい?」ガイアは首を横に振る。

「もし関係があるとすれば、最初の2件は何の意味があるんですか?偶然、3件目の場所と殺人が起きた場所が一緒だったと考える方が自然ですよ。」トレンスはうんうんと頷くと、懐中時計を見遣った。

 「それじゃあ、君は本当に何も見ていないんだね。この場所でも?」

「はい・・・」トレンスは、そうかい。と微笑み、ベンチから立ち上がった。

 「もう行かないと。これ、あげるよ。」そう言って、冷めたバタードフィッシュをガイアに手渡した。

「飯くらいゆっくり食えばいいのに。」

「それなりに偉くなると、食う寝る遊ぶができなくなるものなんだよ。悲しいことにね。」そんなトレンスの言葉とは裏腹に、歓びすら感じさせる背中を見送りながら、ガイアは魚のフライに齧り付いた。






 翌日。ジョシュアから、思い出したことがある。と連絡を受け、先日と同じカフェに向かうガイア。

 その道中、右手に見えるセントジェームズパークは人の出入りが、市内のほかの公園よりも多い。散歩をする老紳士、公園を突っ切って近道をする学生、昼休憩を終えようとしている労働者など、その内訳は様々だ。しかし、普段彼らが交わることは決してない。彼らはそれぞれが全く違う世界に存在しているからだ。

 ただし、ある事象が彼らを交わらせることがある。例えば、目の前の光景などが良い例だ。

 湖沿いに敷かれた遊歩道。そこから少し、湖寄りに外れたところに数名の人集りがあった。それも、普段交わることのない様々な階級の人々だ。ガイアは、その人集りに惹かれ、公園内に足を踏み入れた。

 その時、公園から出て行こうとする1人の男とすれ違う。初対面のはずのその顔に、妙な既視感を覚えつつも、人集りの寸前まで辿り着く。

 「誰か警察を呼べ!」中の1人が周囲に向かって声を上げる。ガイアは、その人々の視線の先を視認した。

 そこには、うつ伏せで辺りの芝を血染めにしている人型が横たわっていた。






 現場に到着した警部が、発見者数名の中に紛れ込んだガイアの顔を凝視した。

 「言いたいことはわかる。でも俺は偶然通りかかっただけだ。」

「その様だな。偶然がそう何度も続くとは思ないが。」

「まったくもって同感だ。」ガイアは肩を竦めた。

 「まぁいい。話くらい聞かせてくれるだろう?」

「これから会う予定の知り合いをここに呼んでいいなら、喜んで。」






 「突然悪いな。」

「いや、今日の勤務は終わったから全然構わない。」ガイアは、ジョシュアを公園に呼び出し、2つの用事をいっぺんに終わらせることにした。

 「それで、思い出したことってのは?」すると、ジョシュアはスーツの腰ポケットから、皺のついた手紙を取り出した。

 「4週間前に届いてたみたいだ。その時は読まずに適当に置いてたが。」手紙に目を通すと、危ない連中から金を借りていることと、その返済の催促が来ている旨が書かれていた。

「これで、理由はわかったな。」






 「聴くことだけ聴いて、警部には大したこと話さないなんて、君も(わる)だね。」

「この前の仕返しだ。」ジョシュアと会った後、警部の聴取に応じたものの、他の発見者と同じか、それ以下のことしか話さなかったガイア。現在は社に帰り、ドゥエインと情報共有と称した雑談に興じていた。

 「そういえばお前が調べてた事件、"あっちの警部"が引き継いだらしいな。」

「今日そっちの警部に会いに行く予定だったんだけど、なんでも、ホワイトホールで銃の暴発事故があったらしくて、明後日にスライドすることになったんだ。」ドゥエインは、内容物の7割以上をミルクが占める紅茶が入ったカップを、口に運んだ。

 ガイアから見れば、それはチャイと呼んだ方が適切な飲料だったが、ドゥエイン曰く、チャイではなく、あくまで紅茶だそうだ。

 「それで、君はこれからどうするの?」

「ちょっくら挨拶回りに行ってくるよ。」






 「とても金に困ってるようには見えないが?」

「見掛けで判断しないでもらいたいもんだ。こう見えて、これからでっかいことをやろうと思ってるんだ。」ガイアは、街中の金貸しの元を巡っている。勿論言うまでもなく、金を借りに来たわけではない。通常の金貸しの10倍の利子で借りるくらいなら、日雇いの肉体労働をしたほうが遙かに楽だ。しかし、世の中には1日の猶予もなく、金銭を必要としている人間もいる。レオナルド・シアラーのように。

 「それで今すぐ金が必要だと?」

「そういうことだ。一応参考程度に、何をしようとしているか聞いとくか?」

「いや、結構。」金貸しは、左手を挙げ、ガイアを制止した。

 「それで、いくら借りたい?」

「100万ポンド。」さも当然と言った口振りで、とんでもない金額を口にしたガイアを見て、金貸しは別の目的で訪れたことに感付いた。

 「今すぐ帰れ。」

「おいおい、俺は本気だぜ?」

「よしんば本気で言ってるとして、うちにそんな金はない。」金貸しは睨みをきかせるが、尚もガイアは引き下がらない。

 「あんたの親に言って、片っ端から掻き集めさせればなんとかなるだろ?」

「貴様、警察の犬か?」金貸しは、机の引き出しから拳銃を取り出し、その銃口をガイアに向けた。

 「俺は別に、あんたらに引導を渡しに来たわけじゃない。ただ、金が必要なだけだ。」怯むことなく向き合うガイアのその視線は、金貸しが向ける拳銃に集中していた。

「わかった。大人しく帰るよ。」そう言って、ガイアが両手を挙げると、金貸しも引き出しに銃をしまった。

 「でも、ここまで来て手ぶらで帰るのも申し訳ないんで、少しばかり借りていこうか。」そう言うと、ガイアは出入り口の扉を開ける。すると、スーツの上にコートを羽織った男を先頭に、数人の警官が入場してきた。

 「顔を貸してもらえるか?」警部はそう言うと、にっこりと笑った。






 :先日のような、子供でもできるおつかいばかりではさぞ退屈でしょうから、今回はきちんとした事件の調査を依頼します。

 セントジェームズパークで起きた殺人事件の犯人を突き止めてください。:




 久しぶりの、とても他人様に物を頼む態度とは思えないこの文面を見て、ガイアは胸を躍らせた。

 「今抱えてる依頼でいっぱいいっぱいなら、他の奴に回すが?」

「いや、受ける。」普段とは比較にならない程、食い気味なガイアに対し、事務員は些か驚きを隠せない様子だ。

 「どういう風の吹き回しだ?」

「ちょうど退屈してたところだ。」明らかに嘘だとわかるが、追及しても特に旨味はないため、事務員は黙って手続きを済ませた。






 「やぁ、君か。」

「どうも、先生。」ガイアは、死体安置所を訪れ、何時ぞやの医者と挨拶を交わした。

 「近頃忙しいそうだね。」医者はガイアに、賞賛とも嫌味ともとれる言葉と、検死報告書を渡した。

「おかげさまで、ね。」




 下顎の銃創は大脳を介し後頭部を貫通しており、これが死因と見られる。

 頭部の損傷が激しく、前頭骨の一部、頬骨の一部、大頬骨筋、笑筋、口角腱筋が露出している他、眼球破裂も認められる。




 「顔を見ても?」

「構わないけど、しばらく食事できなくなるよ。」それでも構わない。と、ガイアは死体の頭部に掛かっていた布を捲った。

 そこには、本来存在する筈の鼻などの突起が凹みに変わり、顔中は陥没、筋肉や骨も露出し、身元はおろか、顔かどうかすら判別が困難な状態の頭部。平たくいうと、ぐちゃぐちゃになった顔が置かれていた。ガイアは布を顔に戻し、医者に向き直った。

 「死んだ後に岩で殴られたんだろう。」ガイアは、何度も何度も殴打する姿を想像し、顔を歪めた。そんな姿を見て、医者は次の話に意識を移させた。

 「私の見解では、騎兵銃程度のサイズの銃で顎を撃ち抜かれた後、身元を隠すために顔を潰した。と睨んでいる。」

「騎兵銃なんて、そうそう一般人が持ってるもんじゃない。ガイシャの特定は諦めて、凶器の方を調べた方がいいですかね?」そう言うとガイアは、足早にこの場を離れようとした。しかし、話を聴くだけ聴いて、自分は何もせずに帰る。そんな都合のいいことが何度も罷り通るわけがない。

 「まだ話は終わってないよ。」その声にガイアは、あからさまに嫌な顔をした。

「友人に、君と会ったら聴いてほしいことがある。と言われててね。」医者の友人というのは、イギリス随一の顧問探偵だ。そんな人が聴きたいことと言えば十中八九事件のことだ。そして、わざわざ俺に聴くということは・・・

 「単刀直入に言うと、君があの公園で不審な人物を見掛けていないか?ということだ。」ガイアの予想は見事に的中。そして質問の答えは、記憶を見直すでもなくイエスだ。

 しかし、医者の友人が事件に興味を示しているという今の状況は、ガイアにとって芳しいものではない。怪文書の送り主と接触する機会を掴み直したにもかかわらず、先に事件の真相解明をされれば、せっかくの機会が水の泡になる恐れがあるからだ。

 「さぁ?見たかもしれませんけど、なにぶんあの時は結構人が居ましたからね。見たとしても、記憶から流れてますよ。」

「そうか・・・」医者は顎に手を当て、ガイアの目をジッと見た。

「なら、彼にはそう伝えておこう。」






 一先ず、ここまでのことを整理しておこう。まずは、ジョシュアに依頼された事件。

 11月19日の早朝、ブロックウェルパークでレオナルド・シアラーが池に沈んでいるところを発見された。胸には弾痕があり、銃殺されたものと見られる。

 ガイアは、デスクの間仕切りに警部から貰ったメモを貼り付けた。

 次に、怪文書の送り主に依頼された事件。

 12月9日の昼頃、セントジェームズパークで身元不明の死体が発見された。顎から後頭部にかけて銃弾が貫通した痕跡があり、こちらも銃殺されたものと見られる。

 さっきと同じように、今度は検死報告書の写しを間仕切りに貼り付けた。

 さて、この2つの事件にはある共通点がある。1つは、両方とも俺が訪れた場所だということ。そして、不審な人間を見たということ。

 場所の話は言わずもがな、不審な人物。両方とも見覚えのある顔だが、それぞれ違う人物。見覚えはあれど、どこで見た顔なのか、一体誰なのかは一向に思い出せない。

 今調べるべきはこれだな。だが、どう調べようか・・・






 「君の言うその不審な人物が、犯人だって考えていいのかい?」

「さぁな。だが、誰かがわかれば答えは見えてくるだろ。」ガイアとドゥエインは、揃って欠伸をした。

 「新聞読む?」ドゥエインが力無く差し出した朝刊を、ガイアも力無く受け取る。受け取っても尚、手を差し出しているので何かと思えば。金を寄越せとのことらしく、1ペニーを掌の上に置いた。

 新聞を広げると中には、セントジェームズパークの事件のことがでかでかと書かれていた。だが、新聞屋よりもよっぽど事件の情報を知っているので、碌に読まず、他の記事に目を移した。

 次に視線に入ったのは、質屋からトンネルを掘って銀行から金品を盗み出そうとした強盗を、ベイカー街の探偵が阻止した。という記事だ。が、興味がないので、これも見送る。

 次は、隅に小さく書かれた記事に目を遣った。内容は、ホースガーズの衛兵が銃の暴発により死亡したという物だ。銃の整備中に暴発し、頭部に弾が当たったらしい。これが、ドゥエインの言っていた事件か。

 他の記事は、政治やら、経済やら、競馬やらで特に興味を引かれず、新聞を閉じ、半分に折り畳み、デスクの上に放り投げた。

 その時、新聞の裏面。広告欄の写真が目に飛び込んだ。






 「お忙しい中、突然申し訳ありません。」

「こちらも、丁度誰かと話しをしたいと思っていたところなんですよ。」ガイアが訪れたのは、とある邸宅の書斎。彼らの業種では仕事場と呼ばれる場所だ。

 「散らかっていて申し訳ない。」

「とんでもない。先生の作品が誕生した場所に踏み入ることができて感激です。」そんなこと微塵も思っていないが、以前表紙に釣られ、彼の本を手に取ったことがあったので、なんとか話は続けられそうだ。

 「以前『解放された世界』を拝読させていただきました。原子の力の可能性を感じると同時に、恐ろしさも確認させられました。あれは後世に語り継いでいくべき作品ですね。」

 そして、お世辞を並べること10分。漸く、話題が作家先生自身の方へと動いた。

 「先生は普段、どんなことをして息抜きをしているんですか?」

「そうですね・・・」作家先生は、顎に手を置き少し考える。

「公園に散歩に行って、鳥に餌をやることですね。」ガイアがへぇと相槌を打つと、さらに追及していく。

 「先生ほどの有名人なら、静かに散歩なんてできないでしょう?」

「無論、日中には行きませんよ。深夜にガス灯を頼りに公園に行って、餌をまくんですよ。すると、朝起きた鳥たちがそれを食べる。この目で見なくとも、餌をやるというのは楽しいものですよ。」うんうんと頷くと、主導権が作家先生の方へと移った。

 「次は、あなたの解決した事件の話を聞いてもいいですか?執筆の参考にしたくてね。」

「えぇ、喜んで。」






 「その小説家、事件に関係あるの?」

「ないんじゃないか?人目を避けてあの時間に公園に行ったのも筋が通ってるし、何よりも事件のことを知らなさそうだった。」

「じゃあただの偶然か。」ドゥエインは、残念そうに自分のデスクに引き上げていく。

 「そういえば、この前パクった金貸しはどうなった?」

「拳銃は未使用の新品だったらしいよ。」これは、殺人犯ではないということを意味する。

「それに、貸してたのは10ポンドそこそこだってさ。」ドゥエインは、デスクに突っ伏し、両手を挙げた。

 「また振り出しだよ。」確かに、拳銃を使用していないとなると、あの金貸しは少なくとも実行犯ではない。その上、10ポンドそこそこしか貸していないとなると、殺し屋を雇った可能性もほぼ皆無だ。そうなると、怪しいのはあの作家先生だが、だとしたら動機はなんだ?女癖が悪いことで有名で、自殺した女も居たらしいが、そうだとして、レオナルド・シアラーと何の関係がある?






 調査の経過報告という口実で、ジョシュアと食事をすることにしたガイアは、ロンドン中心部の少し外れにあるレストランを訪れた。

 「鴨のローストとサーモンのムニエル、あとサラダとバゲットを。」

「俺にはコーヒーも付けてくれ。」ガイアは、食事中にコーヒーを飲むのか。と少々驚いたのと同時に、これにオレンジジュースを付けた奴のことを思い出し、心中で苦笑した。

 「それで、どこまでわかった?」

「犯人だと思ってた奴が、犯人じゃなかった。ということくらいだな。」

「まぁいい。気長にやってくれ。」そう言うとジョシュアは、サーモンを1口大に切り、口に運んだ。すると、何かを思い出したように、顔を上げた。

 「誰か怪しい人間は目撃されてないのか?」ガイアは、フォークに刺した鴨肉を口に入れる寸前で止め、どう返答するべきか考える。

 作家先生を見掛けたことを言うべきか。しかし、この事件を調査させた理由が、犯人を特定して復讐するためだとしたら?犯人だと断定されなくてもその疑いが強ければ、凶行に及ぶ可能性は十分にある。そうなると、俺があの公園に居たことも言わない方がいいかもしれない。

 「いや。目撃情報はない。」

「そうか・・・」ジョシュアは、ナイフとフォークを持ったまま、考え事をするように固まっていた。それを余所に、ガイアは料理を口にする。

 そのまま2人は黙って食事を終えた。支払いを終え、店を出た2人、ジョシュアは夜空を見上げ、ガイアは懐中時計を見下げた。

 「酒でも飲みに行くか?」

「時間はいくらでもある。」






 ジョシュアに連れられ訪れたパブは、地上階と地下階が吹き抜けで繋がっており、上のパブから、下の賭けボクシングのリングが見下ろせるようになっている。

 「ゲーリックコーヒーを、コーヒー8、スコッチ2の割合で。」ここでもコーヒーを飲むのか。ジョシュアのコーヒー愛飲家ぶりには、最早驚きを通り越して感心の域にまで達していた。

 「お前はどうする?」

「じゃあ、ウイスキーの水割りを。氷を入れて、ウイスキーを冷やした後に水を入れて、ゆっくりステアしてくれ。ウイスキーはダブルで。」ジョシュアは、その指示の細かさにギョッとした。

 「すげぇ拘りようだな。」

「お前にとってのコーヒーと同じだ。」




 2人は、グラスを持ってバルコニーに出た。12月ともなると、冷えたグラスを持って夜風に当たるという行為は些か寒すぎるかもしれないが、2人は気にする様子もなく、グラスに口をつけた。

 「衛兵の仕事を始めてどれぐらいだ?」

「丁度1年ぐらいだな。」

「1年で、今までと何か変わったか?」辛気臭い問いかけに不思議そうにしながらも、ジョシュアは答える。

 「あぁ、変わったさ。何もかも・・・」ジョシュアは、口籠もるためかグラスに口をつけ、残っていたコーヒーの半分を流し込んだ。

 2人の間にしばしの沈黙が訪れ、ガイアはそれに耐えきれず、ウィスキーで唇を濡らした。

 「あぁそうだ。」沈黙を破ったのは、ジョシュアだった。

「最近、ホワイトホールの辺りを前科者が彷徨いてるらしい。あの辺で事件を調べるなら、注意したほうがいい。」ジョシュアは、ズボンのポケットから折り畳まれた紙切れを取り出し、ガイアに手渡す。そして、グラスに残っていたコーヒーを飲み干した。

 「少し体を暖めてくる。俺に賭けてくれよ。」そう言って、建物の中へと入っていった。






 怒号が飛び交う下層のリングを、ガイアは上から見下ろしていた。

 丁度今ジョシュアが、脂肪の鎧で身を固めた大男と殴り合いをしているところだ。殴り合いと言っても、リーチが短い上に動きが鈍い大男を、身軽なジョシュアが一方的に殴っている現状だ。とは言え、ボディーへのパンチは全くと言っていいほど効いておらず、唯一効きそうな頭部への攻撃は、大男の剛腕を警戒して踏み込めていない。ジョシュアが負けるのは時間の問題だ。何故なら奴は・・・

 次の瞬間、下層は歓声と怒号が入り交じった騒音で飲み込まれた。






 「うぅ・・・まだクラクラする。」ジョシュアは、一発のパンチであえなくKOとなった。厳密に言えば、パンチは上手くいなしたのだが、それ故に地面と対面することとなった。

 「悪いが、賭けには勝たせてもらった。」

「あっちに賭けたのかよ!?」ジョシュアは、ふらつく頭を抑えながら声を荒げた。

 「当たり前だ。酒を飲んだ直後に暴れ回って、ぶっ倒れない訳ないだろ。」

「くそぉ・・・」ジョシュアは、カウンターに突っ伏した。が、直ぐに上体を起こした。

 「俺のおかげで勝ったんだから、半分寄越せ!」






 「もう始業時間だよ。」翌朝、応接室のソファで寝ていたガイアは、ドゥエインに体を大きく揺さぶられることによって目を覚ました。

 酔ってはいないため、それほど悪くない目覚めだ。体を起こし、デスクへと歩いて行く。途中、脚に何かが当たる感触を覚え、脚を探り回した。

 犯人は、ポケットに入った、折り畳まれた紙切れだった。ジョシュアから渡された物だ。あの口振りからすると、恐らく中身はお尋ね者の顔写真だろう。用心のためにも、一応中を見ておこう。

 ガイアは、椅子に座り、デスクに紙切れを広げた。






 男は手際よくアパートのバルコニーを登っていく。窓を覗くと、中は真っ暗で住人が起きている気配はない。

 男は先の細い工具を取り出し、窓枠とガラスの間に差し込むと、ガラスに僅かながらヒビが入った。男は、少し位置をずらし何度か繰り返した。

 すると、窓ガラスは微かな音をたて、手を入れられるほどの穴を空けた。男はそこから手を入れ、窓の鍵を開け、中に侵入する。

 手際よく室内を物色し、キッチンの引き出しの底から、ヘソクリと思しき数ポンド。そして、テーブルの上の小銭数ペンスを懐に仕舞い、アパートを後にした。

 「みーつけた。」不気味な声に振り返ると、そこには不敵に笑う少年の顔があった。






 「確かに金は盗んだが、人殺しなんかしちゃいない!」男は声を荒げ、取調室の机を叩いた。

 男は、名目上は窃盗の容疑でしょっ引かれたが、本当に探りたいのは殺人の容疑だ。

 この男は、ジョシュアに渡された顔写真の男であり、ガイアがセントジェームズパークで見た、不審な男だ。公園で見たときに覚えた既視感の正体は、手配写真だったようだ。

 そうして、手掛かりとなる人物を特定したガイアは、男が盗みを働く瞬間を虎視眈々と狙っていた。そして現在に至るという訳だ。

 しかし、取調は平行線を辿っていた。男が言うには、2週間前に出所して、しばらくは仕事を探していたが結局見つからず、盗みを働いたそうだ。それも、昨日(今日)が出所後初仕事だったらしい。

 「なら、盗みのことを詳しく聴かせてもらおうか。」警部は、話題を変えた。外で聞いていたガイアは、溜息をついた。






 「進んでるのか止まってるのか、わかんねぇな。」ガイアは、体を椅子に投げ出した。

「警察もお手上げ状態らしいよ。依頼も取り下げられた。」ドゥエインも落胆しているのか、気怠そうにしている。

 「諦めるにはまだ早くねぇか?」

「捜査に進展が見られないから規模を縮小する。そう言ってたよ。実際のところ、諦めるってことだろうけど。」

「まだ何かあるだろ?」

「君が例の小説家のことを話せば、進展があると思うけど。」それを言われると、ガイアは引き下がるしかなかった。確証もない(無実である可能性が高い)現状、捜査線上に登場させるのは、混乱を招くだけなため、警察には作家先生のことは話さないのが得策だろう。

 「君に何か手があるってなら協力はするけど。」

「手がありゃ、とっくにやってるよ!」ガイアは机を叩いた。ドゥエインとの間に気まずい空気が流れる。それに耐えきれず、ガイアは立ち上がった。

 その時、まだやり残していることがあることに気が付いた。コートを着て、首にマフラーを巻き、ガイアは歩みを進めた。

 ベイカー街へと。






 「君の方から訪ねてきたのは初めてかな?」

「もうなり振り構っちゃいられないんでね。」ガイアは、初めて自らの意思で221Bの扉を叩いた。

 「折角来てもらって悪いんだが、彼なら今は居ないよ。」

「先生は何か知りませんか?彼から何か聴いたりしてませんか?」このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。少しでもいいから、何か新しい情報を・・・

 「残念ながら何も。」医者は、申し訳なさそうに首を振った。しかし、まだガイアは引き下がらない。

 「警察から何か聴きませんでしたか?池に沈んでいた死体のこと。体にあった弾痕のこと。なんでもいいんです。」しかし、医者の答えは変わらない。

 「そうですか・・・」こうなったら本人に聴くしかない。ガイアは、部屋のドアを開けた。

 「ちょっと待て!」珍しく語気を強める医者に驚きつつ、ガイアは振り返った。

 「今、死体は池に沈んでいたと言ったか?」ガイアは、恐る恐る頷いた。

 「死体が沈んでいたということは、肺に水が入っていたということだ。つまり、死因は溺死だ。」

「じゃあ、弾痕は?」

「撃ってからわざわざ溺れさせるとは考えづらい。死んだ後に撃たれたと考えた方がいいだろう。」ガイアは考えを巡らせる。しかし、考えれば考えるほど頭がこんがらがっていく。

 「ちょっと待ってください。つまり、どういうことですか?」

「私にはわからない。あとは自分で考えるんだ。時間ならたっぷりある。」






 デスクに戻ったガイアは、ひとまず現状を整理することにし、事件の考察をした。

 ブロックウェルパークの池から、レオナルド・シアラーの遺体が発見された。遺体の胸部には弾痕が存在したが、直接の死因は溺死。弾丸が池の底から発見されたが、拳銃は発見されず。公園内で作家先生と遭遇したが、自分から深夜に公園に行く日課がある。と発言したことから、事件とは関係がない可能性が高い。数日後、ジョシュアから調査を依頼された。

 これだけでは、まだ何が何だかわからない。しかし、1つ追究すべきことがある。

 それは、事件が発生した日、少なくとも3人があの公園に居たことだ。被害者レオナルド・シアラー、日課の餌やりに来た作家先生、そして、怪文書によって呼び出された俺。

 まったく接点のない3人が、まったく違う理由で、まったく同じ場所に居た。俺と作家先生に至っては、まったく同じ時間に。これは偶然だろうか?

 少なくとも、俺があの時間、あの場所に居たことは偶然ではない。仕組まれたものだ。そう、あの怪文書によって。

 合計3通届いた怪文書。最初は、クラッパムコモンに。次は、バッターシーパーク。最後は、事件が起きたブロックウェルパーク。

 一見、脈絡なく深夜に彼方此方たらい回しにしているだけのようだが、もしも、これにちゃんとした意味があるとしたら?最初の2通が、3通目への布石だとしたら?

 1通目、2通目が誘いに乗るのか、何時間粘るのかの確認だと仮定すれば、本命であるブロックウェルパークで、作家先生と鉢合わせしたことは偶然ではなかったということになる。

 では何故そう仕向けたのか。

 作家先生を、殺人犯と誤認させるため。濡れ衣を着せ、刑務所にぶち込む。それが怪文書、いや、依頼書の差出人の目的だ。

 そして、この殺人事件の犯人は・・・






 「自殺・・・」ガイアは、ジョシュアに結論を伝えた。

「肺に水が入っていたと推察できることから、死因は溺死。体にあった銃弾の痕は、死んだ後、何者かに付けられた。事件とは直接的には無関係。これが俺の出した結論だ。」ジョシュアは、そうか。と腑に落ちない様子で呟いた。

 「それは誰がやったかわかってるのか?」ガイアは首を横に振る。それを見て、ジョシュアは顔を曇らせた。

「だが手掛かりはある。これから調べるつもりだ。」もう1度、ジョシュアはそうか。と呟いた。

 「ありがとな。」

「こっちこそ。おかげでもう1件抱えてる事件の手掛かりが見つかった。礼を言う。」

「それじゃ。そろそろ仕事に行かないと。」そう言ってジョシュアは去って行った。






 これで1つは決着した。だが、まだセントジェームズの事件が残っている。

 あの盗人が犯人だと断定するには、まだ根拠が弱い。折角運に恵まれて手掛かりを掴んだんだ。みすみす逃してたまるか。

 今回は、本当に運がよかった。偶然にもジョシュアが盗人のことを知っていたおかげで、セントジェームズで見掛けた男の素性がわかった。あいつには感謝しかない。

 思い返せば、事件に遭遇したのも偶然だった。ジョシュアに呼び出され、偶然セントジェームズの前を通りかかった時に、騒ぎを聞いて死体に出会った。

 突如、ガイアは警察署へと赴く足を止めた。

 今回は偶然だらけだ。怪文書によって訪れたブロックウェルパークで事件に遭遇し、その調査をジョシュアに依頼された。そして新聞で偶然、公園ですれ違ったのが小説家だと知った。

 セントジェームズパークの事件は、ジョシュアのもとに向かう途中、通りかかったところで偶然遭遇し、調査の依頼が怪文書の差出人から届いた。そして、不審な男の素性は、ジョシュアから知った。

 何かおかしくないか?並べてみると、両方の事件にジョシュアと怪文書の差出人が関わっていることがわかる。

 ブロックウェルは、怪文書の差出人に呼ばれ、事件の依頼はジョシュアから。セントジェームズは、ジョシュアに呼ばれ、事件の依頼は怪文書の差出人から。と、お互いに、お互いの事件において同じ役割をしている。

 そして、盗人の素性はジョシュアから貰った手配書。作家先生のことは新聞で。一見関連がないように見えるが、最初の2通の依頼の報酬は、1ペニーだった。

 もしも、2人が同じ役割を担っているとすれば、この1ペニーは容疑者へのヒント。つまり、俺がしたように新聞を買わせるため。ということになる。

 こうして見れば、2つの事件、2人の人物は共通の動きをしている。果たしてこれは偶然だろうか?1回や2回なら偶然かもしれない。だが、1件で3回。計6回の行動の一致が見られる。

 警部の言葉を借りるとすれば"偶然がそう何度も続くとは思えない"






 鐘の音が5回鳴り響くと、ジョシュアは本日の業務を終え、更衣室へと向かった。

 赤いジャケットとシャツ、そして、拳銃の入ったホルスターをロッカーに入れた。

 「結構シャワーが長いんだな。」突如背後から聞こえた声に、肩を震わせる。恐る恐る振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。

 「なんでここに?」ジョシュアはガイアに、2通りの意味での疑問を投げかけた。

「さすがは内務省の管轄と言うべきか。大臣の印があればすんなり入れてもらえたよ。」1つの疑問は解消された。そして、直ぐにもう1つの疑問の答えも帰ってきた。

 「死体損壊の犯人がわかったんで、一応報告に来た。」

「わざわざ大臣印入りの書類を見せて押しかけてくるようなことかよ?」ジョシュアはフーと息を吐いた。

 「やきもきしてるんじゃないかと思ってな。早く伝えてやろうと思って。」そりゃどうも。ジョシュアは余計なお世話と思いながらも、軽く礼を言おうとした。その時

 「隠し事にも疲れただろ?」思いもよらない一言に、ジョシュアは再び肩を震わせた。






 「偶然が何度も起きるって偶然があってもいいんじゃないか?」

「偶然は、たまにしか起きないから偶然なんだ。」ガイアは、先程考えていたことをジョシュアに話した。

 「そうか?偶然なんてよく起こると思うけどな。」

「偶然に見えて、実は必然。そんなことの方が多い。」

「それで?これが必然だったとしたら、一体何なんだって言うんだ?」

 わざわざ2人の怪しい人間の素性に導いたんだ。目的は恐らく、奴らを逮捕させること。理由は・・・

 「復讐。」

「復讐?」ジョシュアは両手を大袈裟に広げた。

 「盗人は前科があって、小説家は女癖が悪いという噂だ。制裁を下そうと思っていても不思議じゃない。」

「つまり、そいつらに罪を擦り付けるために人を殺した。そう言いたいのか?」

 レオナルド・シアラーは、自殺した後に銃で撃たれた。セントジェームズパークの死体は、顎を撃ち抜かれた後、顔を潰された。ここだけ一貫性がない。

 もしも、顎を撃ち抜いたのがジョシュアだとしたら、わざわざ殺す理由がない。どうせ殺人を犯すのなら、盗人を撃ち殺した方が遙かに楽だ。

 この問題にはさっきから頭を悩ませていた。しかし、ジョシュアの終業時間を待っている間に、あることを思い出した。

 それは、セントジェームズで警部の聴取を受けた後、デスクに

戻って話していたときにドゥエインが言っていた、あることだ。


 "今日そっちの警部に会いに行く予定だったんだけど、なんでも、ホワイトホールで銃の暴発事故があったらしくて、明後日にスライドすることになったんだ"


 暴発事故で警部と会う予定がズレた。という旨の話だ。警察が動いているということは、この暴発事故で死人が出たということ。じゃあ、その死体は?

 もしも、あの死体が暴発事故で出たものだとしたら、顔を潰したことも、ジョシュアが利用できたことも説明できる。その上、死体を利用して殺人に偽装した。という共通点も見えてくる。

 「そんなことして、俺に何の得がある?」そこだけ納得いく理由が見当たらず、触れられないように祈るしかなかったが、そううまくはいかなかった。こうなってしまえば、できることはただ1つ。

 「これ以上はお手上げだ。」開き直る。これが、今できる唯一にして、最善の一手だ。

 「今言ったのも、状況から判断した憶測だ。証拠はない。警察に言ったところで、何にもならない。だから・・・」ガイアは1度言葉を切った。そして、ジョシュアの意識をこちらに集中させる。

 「だから頼む、教えてくれ。お前は一体、何をしたんだ?」ガイアはジョシュアの目を見詰めた。そして、とどめの一撃。

「頼むよ。友達だろ?」相手の痛いところを追及し、どんどん追い詰めていく。次に優しい言葉をかけて、緊張の緩和。警察が取り調べで使う常套手段だ。これで4割の犯罪者は自白する。

 ジョシュアもその4割に含まれていたのか。それとも、俺のことを友人だと思って、頼みを聞いてくれたのか。どちらかはわからないが、ジョシュアは口を開いた。






 「お前の言うとおりだ。まず依頼を送って、ちゃんと指定した場所に来るかを確かめた。1回きりのチャンスだ、念のために2回な。」ジョシュアは、脱ぎかけのワイシャツをロッカーに入れた。ガイアは拳銃を取るのではないかと警戒したが、そんな心配を余所に、ジョシュアはこちらに向き直った。

 「そして本番の時。小説家が何時にあの公園に来るのか掴めず、神頼みするしかなかった。それでも、運良くお前と接触してくれたみたいだな。誤算だったのは、お前が警察にあいつのことを話さなかったことだ。それで計画が台無しになった。」なんともお粗末な計画だな。

 「それで切り替えて、次は強盗犯に標的を変えた。何時になるかと思っていたが、目の前で同僚が銃口を顎につけて引き金を引いた。これはチャンスだと思って、そいつの死体を利用した。強盗犯に手紙を出して公園に呼び出し、身元が割れないように顔を潰して公園に捨てた。」とてもじゃないが、前々から計画したものとは思えない。それが率直な感想だ。

 「お前の言う通り、あいつらにお灸を据えてやろうと思ってやった。強盗犯は、何度も強盗を働いた。でも、たったの5年でムショから出てきやがった。小説家は、まるでおもちゃのように女を使い捨てるような真似をした。結果、何人か自殺した。」語弊があるかもしれないが、動機としては妥当だ。

 だが、本当にそれだけの理由で、ジョシュアはこんなことをしたのだろうか?

 「あいつらは仕返しされたって仕方ない人間だ。」そうだ。確かに、仕返しされても仕方のない人間だ。だが、

 「それはお前の役目じゃない。警察と裁判所の仕事だ。」

「本当に守るべきはルールじゃなくて人間だろうが!?」突如、ジョシュアがガイアの胸ぐらに掴みかかった。

 「人間はルールを守る人間を、ルールが守ってくれるとは限らない。そんな人間はどうすればいい?誰かが守ってやらなきゃなんないだろ?」守る?何のことだ?ガイアは考えを巡らせる。そして、漸く真相へと辿り着いた。

 「そうか・・・そう言うことか。」






 「警部。大至急調べて欲しいことがある。」ガイアは、警察署を訪れた。

 「生憎だが今忙しいんだ。」

「そうか。だったらもう1人の方に頼むよ。」そう言うと、警部は慌てて呼び止めた。

 「わかった。話だけなら聴いてやる。」




 「こっちが自殺者の名簿。こっちが被害者の名簿だ。」警部はガイアにファイルを2冊手渡した。

「ありがとうございます。」珍しく頭を下げ、警察署を後にするガイアの背を、警部は見えなくなるまで見送った。






 「アラン・スミシーさんですか?」

「そうですが、あなたは?」ガイアは、スコットランドはダンネットにある小さな村、そこにある小さな民家を訪ねた。

 「一応探偵をやっています。ガイア・ゴールディンと申します。」

「探偵さんが、私に何のご用ですか?」通されたこの1部屋のみからなるこの家を見回す限り、楽な生活はしていないようだ。

 「探偵としてではなくある男の友人として、あなたに会いに来ました。」ガイアは、深く息を吸った。そして、息を吐く勢いで、重い口を開いた。

 「あなたがジョシュア・ガーランドに頼んだ復讐の依頼を、取り下げてください。」ガイアは深々と頭を下げた。

「あなたの奥様が、強盗の被害に遭い亡くなられたことは知っています。あの日、あなた達家族の財産の全てが奪われたことも知っています。あいつが、あなたと時間をかけて話している内に、親密になり、あなたの恨みを晴らそうとしていたことも聴きました。俺はとある殺人事件を調査していて、その強盗犯を逮捕することになりました。でもそれは、あいつがもとあった死体の顔を潰して捏ち上げた殺人事件だったんです。直ぐに強盗犯は釈放されます。あいつは、復讐のためなら何でもやります。次はきっと、強盗犯を殺す筈です。あいつを殺人犯にしたくないんです。だから・・・」ガイアは、もう1度頭を下げた。その瞳は涙で溢れていた。

 「私はね、この恨みを晴らすために、全てを捨てたんだ。この家も、妻の形見も。僅かだが、金に換えて、私の願いと一緒に、彼に託したんだ。もう私には何も残っていない。この命も復讐が済めば絶つつもりだ。」アランは笑った。

「そう、どうせ死ぬんだ・・・だから、せめて彼だけは、不幸にしたくない。」アランはペンを取り、紙に何かを書いた。

 「彼には、もういい。と伝えてくれ。」

「わかりました。」ガイアは、手紙を受け取った。

 「1つだけ、約束してくれ。あの男(強盗犯)に、法の下で正当な裁きを下すと。」ガイアは何かを噛みしめるように、ゆっくりと頷いた。






 「判決言い渡し期日が決まった。多分有罪だろう。」数週間後、ガイアはあのカフェでジョシュアと話していた。

 「お前、どうやってあいつを吊し上げたんだ。」

「簡単なことだ。あいつが今までに盗んだ金品の分の脱税だ。これであいつは、全財産を手放すことになるだろ。」

「これで、アランの恨みを少しは晴らせるな・・・」ジョシュアは空を見上げた。

 「なぁガイア。俺は、他人のためになることができたと思うか?」ガイアは、少し返答に困りながらも答える。

「知らねぇよ、そんなこと。自分がそれでいいと思ったんなら、それでいいだろ?他人のためと言いながらも、結局のところ、自分がそうしたいと思ってるんだ。他人のためだろうが、そうじゃなかろうが、どっちでも一緒だ。」そうか。とジョシュアはボソリと呟いた。

 時計塔の鐘が何回か鳴り、時を告げた。

 「それじゃあ。そろそろ行かないと。」ジョシュアは立ち上がり、ジャケットのボタンを閉めた。

「またな。ヨルムンガンド。」

「なんだそりゃ?」

「北欧神話に出てくる蛇だ。自分が死にそうになったときは、相手に毒を浴びせる。お前の行動からそんな感じがしたよ。」

 ジョシュアは、宮殿の門の前に立っている間。自分の行動を省みながら、ずっとこの言葉の意味を考えていた。






 後日、ガイアのデスクに2通の手紙が届いた。両方とも、知った相手からの手紙だ。それぞれ、20ポンドが同封されている。




 :前略 ガイア・ゴールディン様

 依頼にお応えいただき、ありがとうございました。不本意ではありますが、この調査結果を受け入れ、今後は穏便に生活していこうと思います。

 またお会いしましょう。:




 :依頼をこなしてくれて感謝しています。思い描いていた結果とは違いましたが、ひとまず、このまま大人しくしていようと思います。

 また呑みに行こう。次は俺に賭けろよ。:

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