最終話 光と調和の交響曲
最終話というのは呆気ないものなのかも知れない
後日譚へと続く過程とも受け取れる
だがここより先に進むことは決してない
ダンジョン最深部。輝く武者姿の男が槍を片手に戦場を疾走する。
オークやオーガーが犇めく間を縫うように駆け抜ける。だが、その男の行く手には雲つくような巨人が群れをなしていた。
「サイクロプスだ! とてつもない数だぞ」
白銀の鎧に身を固めた聖騎士が鎧武者の後方から声をかけた。輝くように美しいエルフのバルブレアだ。
領域を侵犯する2人を赤く燃える単眼がねめつけ、そこかしこから雄叫びが上がった。
「ひるむなバルブレア! オーラ“集中”を展開しろ」
「馬鹿なレンバ殿?! サイクロプスを相手に被弾覚悟か!?」
コンセントレーションは聖騎士が発するオーラの一つだ。このオーラに包まれていれば、敵の攻撃を受けても動作を中断されることがない。つまり秋は被弾覚悟で目的を達するということだ。
聖騎士は眉をしかめつつも、 オーラ“集中”を放った。
「ィエエエエエエエイ!!」
先頭のサイクロプスが大木のような棍棒を振り下ろすと、秋は稽古槍を上げ頭上でこれを受け止める。
流れるような動きで穂先を回転させると、十字状になった鎌部分が棍棒をからめとり、石畳に叩き落とした。
驚くサイクロプス達に秋は連続で槍を突き入れ、次々と昏倒させた。驚くべき技と膂力だ。
「スキャパ、プルトニー、支援を頼む!」
秋の呼びかけに応えるように、後方から2人の魔法職が現れた。一人は骨の装飾をまとった死霊使いのスキャパ。もう一人は女魔法使いのプルトニーだ。
「視界よ呪われよ‥‥“ディムビジョン”!
(よいか? わかっておろうな?!)」
「(・・・本当にやるのか? やらないといけないのか?
オーケーいっくよ~~!! 炎の壁!!」
スキャパのギャルギャルした口調に目を剥くオーバンと重装騎士。秋も様子のおかしいスキャパに首を傾げていた。
「(でかしたぞ!)」
「(これでいいのか?! 上手くいったのか?!)」
スキャパの動揺をよそにサイクロプスの群れは混乱の極致にあった。暗雲が立ち込め視界が奪われていく。そして暗闇を切り裂くように、炎の壁が群れを分断した。
それはまるで二条のレールのように燃え立っていた。
「バルブレア、一気に駆け抜けるぞ」
「オーラ“俊足”!!」
混乱するサイクロプスをよそに、2人は炎で彩られたハイウェイを超高速で疾走する。それは神話の時代に謳われた二騎の戦神のようでもあった。
……シュンッ!
その時、後方から輝く矢が放たれた。ただの矢がこれほどまでに光を放つものなのか。
放物線を描き、秋達の行く手へと伸びていく。
「蓮華殿の合図だ! タイムアップまであと1分! レンバ殿と最期まで戦場を駆けられること、嬉しく思うぞ!」
「縁起でもない。絶対に‥‥」
その時、ダンジョン全体が揺れ動き、最奥の部屋から光が迸った。
辺り一面が光に包まれる。秋もバルブレアもサイクロプス達も、皆が光に包まれていった。
◇
「長いこと待ったんだよ」
一面、白い光が埋め尽くすなか“到達者”の声が静かに響いた。
「ダンジョンは経過があるように感じるけど、本当は時なんて流れてやしないだろう?」
“到達者”に答えたのは秋の声だった。だが2人の姿は見えない。光の明るさに違いがあるだけだ。
「それは解釈の違いさ。永劫とまでは言わないが10万年もの時が経っているように感じるよ」
秋は答えない。
「僕の世界は壊滅した。美しい景色も大切な人々も皆、消滅してしまった。もっとも僕はダンジョンの中にいたんだけどね」
乾いた笑い声をあげる。
「気付けば僕は、女神前にいたんだよ。語られる言葉はとても残酷で、これが女神の仕事なのかと絶望したぐらいさ」
「まあ、そこは同感するかな」
「そして僕が得た加護は“情報開示”だった。レベルが上がれば何でも開示させることができる。それが女神の内心であっても、ダンジョンの秘録であってもね」
「状態表示ではないのか?」
それには答えず“到達者”は話を続けた。
「女神よりも残酷だったのは、このダンジョンそのものだったよ。これは新たな“神”を産み出すためのシステムなんだ。滅んだ世界の失敗や成功をランダムに引き寄せ、統計をとって分析するんだ」
“到達者”の口調が険悪なものに変わる。
「分析って意味が分かるかい? データに基づき仮設をたてて論ずることなんかじゃない。ここでAとBを突き合わせたらどうなるか、殺し合うのか、食うのか、どうなるかを試すってことなんだ」
しばしの沈黙が流れた。
「その結果をもとに新たな神を構築していくんだ。結局は、最後まで生き残った者の要素が大きく反映される。つまりは、他者の生を吸って1つの個性が勝ち残るってことさ」
「神になるために全てを食らうってことか?」
「そうだね。君たちが蟲毒に例えたように、これはまさに呪いなんだよ」
次第に光が集まり“到達者”の身体を形成していく。
「僕は大切だった人を取り戻すため、神になる道を選んだんだ」
“到達者”に対抗するように、その正面にも光が集まり、秋の身体を形成していく。
「さっきも言ったように、どのようなデータを吸収したかで神のカタチは変化する。僕は確実に取り戻すことができるよう、より、相応しい因子を持った個性を集めることにしたんだ」
「それが俺なのか?」
「ちょっと違うね。正確には君の隣にいる聖騎士さ。その姿は僕が憧れたあの人に生き写しなんだ。でも、それだけでは足りない。君の存在が不可欠なんだ」
いつの間にか、秋の横にはバルブレアの姿があった。その戦女神のような姿を眩しそうに“到達者”が見詰めている。
「これが難しいんだよ。探索者はダンジョン馬鹿ばかりで、全く僕の望む未来に向いていない。頭にきて全部石化したのに、また元に戻すヤツが現れるとは思わいもしなかったな」
“到達者”は舞台役者みたいな大仰な仕草で笑う。
「だが、君はとてもいい仕上がりだ。まず、元の世界を取り戻したいと思っている。あの小川の景色は感動したよ。よくぞそこまでの力をつけてくれたと振るたなあ。そして、子供を大切にし、人を殺めようとしない。僕が望んだ以上の要素だよ」
「お前にも大切なものがあったのなら、俺と同じじゃないのか。お互い争わなくてもいい道が見つかるんじゃないかと思う。その情報開示の力だって、全ての手立てが読みとれる訳じゃないんだろう?」
「そうなんだよ・・・敢えてここは“友”と呼ばせてもらおう。僕たちはとても似ているんだ。人を愛し、元の世界を愛している」
“到達者”と秋の視線が交錯する。
「だから・・・そんな君を吸い込むのはとても残酷で胸が痛いんだよ」
とても冷たい視線が秋を射抜いた。“到達者”の瞳は暗く、とても昏く、全ての光を拒むかのような色をしている。
「君の加護は眩しいよ。だけど君は“非破壊属性”の意味を勘違いしているんだと思う。破壊されないのはその槍なんかじゃない・・・君の心さ」
“到達者”は白い指先を槍と秋自身に向ける。
「それは、これから僕の世界をつくるのに欠かせない“決して壊れない柱”なんだよ」
秋の表情は暗かった。黙っていると、隣のバルブレアが口を開く。
「貴殿の事情はお察しする。大変な不幸を背負っていることが分かった。だが敢えて言わせてもらおう。自身が狂っていると思ったことはないのか?」
「はははは! これは素晴らしい。君は僕が知っている聖騎士に本当によく似ているよ。顔は似ていないが、物怖じしない態度。前を向く様がそっくりだ」
“到達者”は破顔し、楽しそうに声をあげて笑う。
「だが、それは愚問だね。10万年もこんなことをやっているんだ。
祈りは呪いに変わり、願いは呪詛へと変わる。抱いた夢なんて妄執と変わりがなくなる。
“到達者”の声は低く、その身からは凶々しい波動が湧き出ていた。
「いいかい聖騎士、加護もなしに歪まない魂などある筈がないだろう?!」
その絶叫はバルブレアに向けられたものか秋に向けられたものなのか。
「死呪士を見たか? 僕は彼と気が合うんだよ。彼を見れば僕の魂がどうなっているかよく分かるだろう? ここ1000年ぐらいは彼と一緒に行動しているが、実にいい。彼は僕の夢を肯定してくれたよ。彼も自分の欲望に生きているのさ」
“到達者”の手には長い槍が握られていた。これまでの槍とは違い神気を放っている。
「さあ、話をそろそろ終わりにしよう! 10万年も待っていたのに、このわずか30分が我慢できないんだ」
「だから時間を切ったのか?」
「そうだよ友よ。時間なんてものはもうないも同然なのにね」
“到達者”は長槍をすうっと上げる。対する秋は腰を落として下段の構えをとった。
「ィイイイイイヤアアアアアア!!!!」
「ッィイイイイイイエエエイ!!!!」
回転しながら迫る長槍。どこから突かれるか全く分からないのに秋は戦慄した。長槍から発せられる波動が強く、攻めの強弱が読めない。
余分な力を入れず、秋は自然な流れにまかせ槍を動かした。穂先が触れた瞬間、自然に鎌が回転して長槍をからめる。
だが、長槍はまかれることなく逆に秋の稽古槍を抑えつけ攻めてくる。接触面がたわみ、そこに抵抗が生まれ、逆に秋の槍が相手に持っていかれそうになった。
「危ない!」
その鬩ぎあいが分かるのかバルブレアから悲鳴のような声が漏れた。
「ッィイイイイイイエエエイ!!!!」
咄嗟に秋は歩を進め、抵抗できる位置・角度に身を置き、押し返した。
「ちいい!!」
幾ら“到達者”が押しても秋の心が折れることはない。そのまま長槍を引き落とし、胸元に稽古槍を突き付けた。
“到達者”は長槍から手を放すと右手を伸ばし、秋を吸おうとする。その顔は歪な笑みを浮かべていた。
「レンバ殿!!」
バルブレアは叫ぶと駆け出していた!
“到達者”の右手から禍々しい力が溢れ、秋から力を吸い取ろうとからめとる。
だが、しばらくたっても何も変わらない。何も吸えないまま“到達者”は秋を見詰めていた。
秋は胸元に突き付けた稽古槍をさらに押し“到達者”を圧倒する。
「友よ、自分で言ってたじゃないか。破壊不能だと。本来の力を発揮すれば、手を触れることはできないんじゃないかな」
「・・・・。戦う前から、勝負は決していたのか?」
「俺にはずっと女神がついていたからな」
『(そうよ! 感謝しなさいよ!)』
「(お前じゃねーよ)」
秋は涙を浮かべるバルブレアを指さして“到達者”に示した。
「“俺の女神”って表示がずっと出ているぜ」
『(ウソつき! そんなの出てないじゃない!)』
“到達者”の昏かった瞳が少し明るくなり、呆気にとられたような表情をしている。
「友よ、僕はずっと無駄な努力をしていたのか?」
「さあ、そこまでは俺には分からない。ところで、何で俺にその表示する力をわたしたんだ?」
“到達者”は遠き日々を思い起こし涙を浮かべた。姿こそ変わっていないが、憧れを抱いた少年の頃に戻っているのだ。
「僕は名前を捨てたんだ。自分のことが表示されるのが嫌だったんだよ。新しい神に名前なんて必要ないだろう。君もレベルがあがれば… いやもう神になるのか。そうなれば状態表示から情報開示へとランクアップするに違いない」
秋の目には最深部が蟲毒であると表示されていた。既に情報開示へと進化しようとしているようだ。
「おう! 確かに表示能力があがっている。ここが蟲毒だと見えるぞ。見えるからには破壊できそうだな」
「馬鹿な?! 君は神にならないのか?! 何のために苦労してきたというのだ」
「女神!」
『・・・何かしら? 吸われたら怖いから呼ばないでくれる?』
女神が槍から姿を見せた。
「お前はどんなヘタれだよ。これから槍で蟲毒を破壊する。そこに居たらどうなるか知らんが戻るか?」
『いやいやいや、出させて下さい!』
呆気にとられた表情で秋と女神を見る“到達者”。信じられないといった表情だ。
「友よ。僕もそうした関係を気付けばよかったのかい?」
「なんだったら、女神はお前にやるぞ。煩くてかなわん」
眉をしかめる秋に女神がぎゃーぎゃーと噛みつく。その様子も眩しそうに“到達者”は眺めていた。
「蟲毒を破壊しても、力は使えるかな?」
『知らないわよ。そんなことする神いなかったんだから。でも、大丈夫なんじゃない? なんとなくだけど』
「信じるぜ、ダメだったら後で責任とれよ! あいつに吸わせるからな?」
『ぎゃー!!』
秋は息を吸い込んで腰を落とす。そうして右手に力を入れ、槍を突いた。回りの人にも女神にも見えない“表示”を目がけて。
「ッィイイイイエエエイ!!!!」
槍は見事に蟲毒を貫きその呪いを消し去った。
そうして“終わりのダンジョン”が崩壊していく。
秋を、バルブレアを、“到達者”を、そして皆を飲み込んで。
次回、後日譚




