閑話 到達者
広大な迷宮とも言える深いダンジョン。
魔獣の真新しい死体が無数に転がるなか、傷ついた聖騎士を僧侶が回復呪文で癒していた。
「バルヴェニー、これで大丈夫だよ」
「ありがとうタリス。いつも助かるわ」
プラチナブロンドをなびかせ、聖騎士のバルヴェニーは僧侶のタリスに微みを向けた。その華やかで美しい顔を見て、タリスは耳まで赤くなった。
まだ若いタリスにとってバルヴェニーは憧れの存在だ。聖騎士として前衛の中心を務め、身を擦り合わせるほど接敵して戦鎚を振るう。まるで神話に登場する戦女神のようであった。
これに対しタリスは回服役だ。後衛であり、いつも“バルヴェニーに守ってもらっている”と感じていた。
「いつも最前線で大変でしょう」
「あら、私たちのお守りをする後衛達こそ大変じゃないかしら?」
バルヴェニーは同じく前衛を務める野蛮人と格闘家を見て笑った。
「皆、頑固でチームワークもそっちのけ。そんな前衛が敵を討ちもらしたら、貴方達が囲まれちゃうのよ?」
タリスは前線が崩壊する様子を想像して身震いした。後衛職の自分は敵に近づかれたらどうしようもない。とはいえ戦女神のごときバルヴェニーを見ていると、そんなことは訪れる筈がないと思ってしまうのだった。
だが、現実はそう甘くはない。遂に“その日”は来てしまった。
深きダンジョンの最奥。隠された部屋にたどり着いた一行は、大きな宝箱を発見した。特段、罠もなかったので蓋を開けたところ、目も眩むような財宝、伝説級の宝剣や防具が現れた。
長いダンジョン探索が報われた瞬間だ。
皆、笑みを浮かべ、財宝の搬送にばかり気を奪われた。
そこまでは良かったのだが、帰ることは出来なかった。
財宝を持ちだそうとすると悪魔達が現れたのだ。宝を守護する役割を持っているのだろう。最高レベルの敵の出現にパーティーは慌てふためいてしまった。
野蛮人と格闘家は明後日の方向を向いて闘いだし、前線は初っ端から崩壊していた。前衛、後衛に関係なく悪魔達が襲ってくる。頼みの綱だったバルヴェニーは、悪魔の一撃で床に転がり、タリスの眼前で白目を剥いていた。
「バ、バルヴェニーさん?!」
タリスは急いで回復魔法を行使し、なんとか命の危機はとりとめることができた。だが、目覚めたバルヴェニーの瞳に炎はなく、戦意が甦ることはなかった。
「あ、あんなのに勝てる訳がない。に、逃げなきゃ……」
震えるバルヴェニーには、パーティーの盾たる聖騎士ではなかった。涙と小水を流しながら、這ってでも逃げようと本能だけで動いていた。
この様子に、動揺していたタリスの心は落ち着き、まるで他人事のように戦局を見ている自分に気がついた。
バルヴェニーのこの哀れな姿を目にしたが、幻滅することはなかった。恐怖にさらされれば誰しもそうなるだろう。だが、自分が憧れた、輝くような姿を取り戻すことはもう出来ないだろうと感じ、とても悲しくなっていた。
バルヴェニーは火花の飛び散る悪魔に焼かれ動かなくなった。自分の前にも龍のような悪魔と逞しい上半身をした悪魔が迫っていた。
(これがダンジョンというものか)
そう感じた瞬間、ダンジョンが・・・いや世界が揺れた。
とても長く大きな揺れが起こっている。さしもの悪魔達も不振そうに様子を伺っている。
そのとき周囲は掻き消え、自分は女神の前に佇んでいた。
凛々しいバルヴェニーとは対照的な、ゆったりとした印象の女神だ。
「ここは?」
『残念ですが貴方は不幸にしてこの世を去ることになりました。幸いにして貴方は選ばれました。“特別な力”を得て別の世界へと転生することができます』
女神は抑揚のない声でタリスに答えた。
「もとの世界には戻れないんですか?」
『繰り返しになりますが、“この世界”であなたは死を迎えました。特別な力選び次なる世界の女神へとつながなければなりません』
タリスは輝いていたバルヴェニーを思い浮かべて言った。
「真理を見る力を。何事があっても挫折することなく真理へと到達できるそんな力が欲しい」
女神“ベル”は微笑みを浮かべ、タリスを祝福した。




