第4話 決闘演奏会
“話をつける”という言葉は、
たびたび武力行使の別名として使われる。
行使はともかく武力なしに話がつくことは稀なのだ。
「あ、バルブレアさん!
勇者さん達の死体、どうしましょう?」
「私が戻れば協会で復活できる。
だから置いといても大丈夫なんだ」
あ、そういうゲーム的な世界なんですね。
やけにあっさりしていると思ってたけど。
さて、師範達にどう説明したものか。
首を傾げつつ、もと来た道を引き返す秋。
その後ろを、あたりを警戒するようにバルブレアがついてくる。
破損した兜は捨てたので頭部は剥き身だ。
不安なのか盾を上げるように構えている。
「しかしレンバ殿は豪胆だな。
“終わりのダンジョン”に居ながら、布のみの軽装。
かといって周囲を警戒するでもない。いや感服する」
・・・豪胆か。
女騎士とともに道場に戻るのだ。
しかも金髪のエルフだぞ。これ以上に豪胆なことなどあるまい。
ふっと笑みを浮かべ秋は目を閉じた。
平穏な日々よサ・ヨ・ナ・ラ。
「しかし、どこに向かっているのだ。そろそろ教えてはくれないか」
おかしい。
角を曲がったが、道場の入口が見えてこない。
歩けど、歩けど、石畳が続くばかりだ。
遂には武装した集団まで見えてきた。
「ありゃ」
秋は、気の抜けた声を漏らす。
怪物に遭遇するという危機感より、やはり道に迷っていたんだという落胆が上回っていた。
今度の集団はゴブリンではない。
背丈は秋に近いぐらいあり、筋骨は隆々としている。
「むう、凶悪なオークが4体か。
卑劣なゴブリンであれ程だったのだ。
やつらがどれだけの力を持っているのか想像もつかんな」
バルブレアは剣を抜き放つ。その切っ先が微かに震えている。
「バルブレアさん。ちょっといいですか? 出来れば戦闘を避け対話で・・・」
なんとも緊張感のない声で秋はバルブレアを振り返った。
その様子にバルブレアは慌てる。
「レンバ殿の腕前は分かるが、敵に背を向けるのは感心しない。
やつらは我々に気付いているようだ」
先頭のオーク2体は、槍と斧が混ざったような長柄の武器を手にしている。
ハルバードというヤツだろう。
後方の2体は両手剣を構え、雄たけびを上げた。
「GAAAAAAAA!!」
「GAAAAAAAA!!」
これは話になりそうもないな。
秋はバルブレアやオーク達との対話を諦め、ダンジョンの中央に腰を落とし、稽古槍を構えた。
ハルバードも稽古槍とほぼ同寸か。
薙刀のように中ほどを握っているから、こちらの方がリーチがあるな。
秋は槍の端・・・石突あたりを右手で握り、接近するオークを見つめていた。
「半分は私が受けもとう。
オーラでの支援も行うぞ」
ふわっとバルブレアから紫色のオーラが立ち昇った。
その途端、身体が少し軽くなったのに秋は驚いた。
本当にパラディンなんだ。
「ありがとうございます。でも、バルブレアさんは下がっていて下さい。
こちらで対処してみます」
「無茶な!」
バルブレアが戸惑っている間に、オークは近づき、ハルバードを突いてくる。
互いの武器が触れ合う間合いだ。
「いええええい!!」
向かって左側のオークが突いてきたハルバードに沿わせ、稽古槍を回転させる秋。
穂先の下部にある“鎌”部分が相手の柄をとらえ、回転に巻き込んだ。
そのまま右側のオークの進路にハルバードを叩き落す。
「GAAAA!!」
落とされたハルバードに足を引っかけ、右手のオークが転倒し、もんどり打つ。
左側のオークは驚き、目を見開いている。
「ええい!!」
続いて秋は、棒立ちのオークの喉を突き、悶絶させる。
ついでに、転がっているオークの腹にも稽古槍を突きいれた。
「す、凄い・・・」
たちまちのうちにオーク2体を戦闘不能にした秋の技術に驚くバルブレア。
狭いダンジョンでは、この2体が邪魔になって後続のオークは前に出られなかった。
さらに秋は腰を落としたまま、歩を進め、
後続のオークにも稽古槍を突きいれる。
「いえええい!!」
後続の1体の顔面に稽古槍がヒットする。
2体目は剣で顔をガードし、秋の攻撃を凌いだ。
あ、やっべ・・・。
稽古槍の鎌と剣の刃が接触する。
鎌の材質は竹だ。刃に触れれば切れ落ちるだろう。
ガキッ!
不可思議な音が鳴り、金属の刃と竹の鎌が咬み合った。
鎌は折れず剣と拮抗している。
あれ? 折れてない。
秋は穂先を引き戻し、相手の剣に触れないよう稽古槍を連続で突き入れた。
「GYAAAA!!!」
オーク達はひるみ、武器を手から離し後ろを向く。
「ほら、お前もだよ」
地面で呻くオークの背にも軽く突き入れ、退散するよう促す。
自分を殺そうとしない秋を訝しむオーク。
稽古槍を向けると、慌てて逃げていった。
「何故、殺さぬのだ? 仲間を連れてまた襲ってくるぞ」
いや、いきなり殺すとか無理でしょ。
普通の公務員なんだから。
でも、聖騎士には通じないかも知れない。
「不殺の誓いを立てているんです」
「なんと!!!」
がーんと驚いている様子のバルブレア。
立ち昇っていたオーラが消え、揺らめきながら片膝をつく。
「なんとも不思議な槍を使っていると思っていたが、
そうか・・・神の加護によるものだったか」
いや、これ稽古槍ですから。
「誓いとはかくも尊きものだな。
恐るべき戦闘能力だと思っていたが、神の加護に違いない」
オーラを立ち昇らせる聖騎士の方こそ神の加護だらけに見えるが。
秋は、内心の言葉を飲み込みながら、バルブレアの肩に手をおいた。
「さあ、まいりましょう」
「ああ・・・。」
神の使いを見たかのような眼差しをこちらに向けるバルブレア。
なんとも言えない表情で秋はダンジョンを進む。