第43話 闇の最終楽章
大いなる宇宙と人の営みを対比することがあるだろうか
このスケール感からすると神が個人に干渉するのは理解しにくい
むしろ節理や仕組みとして共存を感じるのが自然とも言える
長い激戦の末、バルブレア達探索者集団は、悪魔“長老”を撃退することに成功した。とりわけ空間を削り取る能力を持った“虚無の掌”には苦戦したが、どうにか斃すことができた。
だが、その立役者である死霊使いスキャパと|女魔法使いプルトニーの表情は明るくなかった。
「そういえばあのしつこいのがおらんの?」
「……子供を攫って消えた。盗賊も荷物持ちも皆殺し」
「そうか。しかし子供は不味いの・・・。“淫乱”にひどく怒られそうじゃ」
プルトニーは怒った秋を想像し嫌そうな顔をした。人を超えようとしている秋に畏怖のようなものを抱きつつあるのだ。スキャパが陰鬱な表情をしているのは別の理由だ。2人は大きなため息をついた。
◇
何もない薄暗い空間。“到達者”のもとに死呪士が子供を連れて現れた。
「ってことでガキを連れて来たぜ。で、このガキは一体どんな役に立つんだ?」
横柄な口調だが特に虚勢を張っている訳ではない。これが死呪士の“地”なのだろう。粗野だが裏表のない性格とも言える。
「対象に言うことを聞かせる命令という力を授けているのさ。とても便利そうだろう?」
「そりゃ無粋だな。言うことを聞かない女を屈服させるのがいいんだぜ?」
死呪士は小鼻を拡げて言った。プルトニーのムチムチした姿でも思い出しているのだろう。
「僕は手間のかかることが嫌いなのさ。いつだって最短ルートを進みたいんだよ」
「へえ? いつも、わざわざ面倒なことをしてるんだと思ってたぜ。まとめて吸っちまえばいいのにってな」
「それが必要な工程だからやってたのさ。それももう終わりが近い」
死呪士はニヤっとして身を乗り出す。戦いの予兆を感じているらしい。
「で、あとはどうするんだ?」
「最終決戦さ。これから全ての戦略が集まって激突するんだ。さぞ死体も多く出ることだろうね?」
「ほほう、そりゃいい! それと褒美の方も期待してるぜ?」
「任せておきたまえよ。幾らでも自由にできるさ。さあ、“フィナーレ”のはじまりさ」
意気揚々と“出て”行く死呪士。“到達者”はアードベッグ(プーカ)振り返って言った。
「さあプーカよ暗示を解いてやろう。お前には気性の荒いトロールの軍勢を支配してもらおう。さて、生き残る強者は誰かな」
◇
凍り付いた都市の一角で、探索者達が佇んでいた。
その足元には強力な悪魔“長老”の死体が転がっている。
「終わったか」
「あんたの罠が決め手になったな」
「誘導する囮がいてこそだ。老戦士こそ危ないところだった……な?」
老戦士オーバンの背中には、うら若い少女がしがみついていた。ある意味、今の方が危ないとも言える。
「よく見ると小僧、おぬしはなかなか可愛い顔をしておるな」
「あ、あんた、すまんが助けてはくれんか?! 誰でもいい!」
だがオーバンを救おうとする者は誰も現れなかった。皆が生暖かい目で2人を見守っている。
「おお! 門が開くぞ……?」
バルブレアの声で振り返ると、門が開こうとしている。
だが、扉は開きながら、だんだんと半透明になり、消えていこうとしてる。
「も、門が消えてしまうのじゃ!」
「あれだけ苦労したのに・・・」
「重装騎士殿は途中から気絶していたのではないか?」
「それなりに苦労したんですよ。バルブレア殿~」
長老戦では、転がるばかりだった重装騎士は情けなさそうな顔で抗議する。防御力は高いのだが、どうもその場で踏ん張る力量に欠けており、盾役としては微妙な印象だ。
先程からバルブレアは癒しのオーラを展開しており、探索者達の傷やダメージは少しずつ回復している。重症や身体の欠損までは治癒しないが、軽口程度なら叩けるようまでになっていた。
「皆の苦労が報われると良いのだが」
魔獣使いのロイドに支えられて弓使いの蓮華が合流する。タイタンスライムはさらに腕をあげたのか、蓮華の手の形状を見事に再現していた。
ロイドは、タイタンスライムの自己修復を一時的にストップさせ、そのエネルギーを蓮華の体力回復に回すよう指示している。
「……心配は不要。次のステージが始まる」
魔力の流れを感知しながらスキャパが説明する。本来は女魔法使いの専門分野なのだろうが、気分屋のプルトニーにこうした作業は向いていないらしい。
!
気付けば探索者達全員が小川のせせらぎが聞こえる桜並木の中にいた。転移した訳でも、周辺の景色が変わった訳でもなさそうだ。ただ、いつの間にかそこにいた印象だ。
「こ?! ここは!?」
さすがのスキャパもプルトニーも驚いている。魔族でもつなぎ目が感知できないほど空間の変化は流暢だったらしい。
「みんなお疲れさん! あれ? スキャパじゃないか! それにプルトニーも元気そう・・・で?」
秋の視線は老戦士オーバンにしがみつくプルトニーに釘付けとなった。オーバンは立派な体躯をしており、小柄なプルトニーはまるでオーバンの装備品のようにも見える。
「えっと、まあ色々あったみたいだね」
「なんじゃその物言いは。妾達は死ぬ思いで頑張ったのじゃぞ。褒められて然るべきなのに何か文句でもあるのか?」
「いや、オーバンが良ければいいんだけど・・・」
プルトニーにばかり秋が注目しているのが気に入らなかったのか、スキャパはその視界を塞ぐように前に立った。
「……私も頑張った」
「皆を助けてくれたんだね。ありがとうスキャパ」
肩に手をおかれ顔を赤らめるスキャパ。
「いやいや、そいつはむしろ‥‥もがもg…」
あまりの態度の落差に、思わず口を挟みそうになるプルトニー。だが、スキャパはその口を素早くスケルトンに封じさせた。最初は暴れたプルトニーだったが、氷のようなスキャパの殺意を受けて押し黙った。
そこにバルブレアが参加する。
「レンバ殿! さらに逞しくなったな。さしずめ例の“到達者”とやり合ったからかな?」
「いい勘してるよ。まあ前哨戦って程度だけどね。これから最終ステージが待っているらしい」
「いよいよ最深部で雌雄を決するのだな。それが終わればレンバ殿・・・」
なんだかモジモジしだしたバルブレアを押しのけ、スキャパが間に割り込んだ。これもまた戦いなのだろう。
「……子供が攫われた」
「え??」
スキャパに衝撃の事実を告げられ驚く秋。説明は蓮華が引き継いだ。
「……申し開きもない。弓を射ている間に子供が1人攫われてしまった。私の失態だ」
蓮華は深々と頭を下げた。全体を救うことを優先させたのだが、かと言って役目を果たせたということにはならない。後から合流したスキャパやプルトニーも秋の顔色を窺っていた。だが、秋は何やら考え込むだけで、とくに叱ろうともしていない。
「そうか“プーカの力”も使うのか。まあ仕方ない、子供が殺されるようなことはないだろうから、後で助け出そう」
「わ、私の力も役に立つと思うんです」
「お前はダメだ。今度こそ、この子達を捕まえといてくれないか。」
「しかと心得た。次は子供達を優先させる」
連華はとミルトン(バジリスク)とイシアンをぐっと抱き締めた。
「しかしどのような陣形で臨むのだ? どうやれば勝利できる?」
ようやくプルトニーから解放されたオーバンが秋とバルブレアを見ながら問いかける。
これからの戦いや勝利条件がよく見えないのだ。
「そこは女神から話を聞くべきだろうな」
暖かい光が集まり、緩やかなギリシャ風の衣装をまとった女神が空から舞い降りてくる。
女神は慈愛ともとれる微笑みを浮かべ、探索者達を静かに見詰めている。
『“終わりのダンジョン”最深部に進む探索者たちよ。その勇気を讃えましょう。あなた達の前には、大きな困難が待ち受けています。巨大な戦力、血も凍る魔法。・・・しかしあなた達の戦意は揺るぐことがないでしょう』
女神は一人ひとりの目の光を確認するように語っている。
『・・・しかし戦いに勝ってはなりません』
騒めく探索者達。疑問と驚きがあふれてくる。
「女神よ。我らの戦意は確かに揺るぐことはないだろう。しかし、何故勝ってはならんのだ?」
皆の疑問を代表してバルブレアが問いかける。こちらも女神に負けじと輝くオーラをまとっていた。
『この“終わりのダンジョン”は、新たな神を生み出す再構築のための“機能”だからです。
この世界の極点が集まり、それが混じって磨かれ、あらためて方向付けを行うものなのです』
「それって・・・誰かが“神”になるということ?」
『石化の力を秘めし少女よ。そなたも含め、この“終わりのダンジョン”で淘汰が行われる。そして一人が残ったとき、そちたちの認識での“神”と同等と言えよう』
「……つまりここは、蟲毒を行っている壺の中なのか。これは傑作じゃな」
『魔族の娘よ。そなたの例えは正しくもあり、正しくないとも言える。手順としては≒。しかし、これは呪術でも毒でもない。終わりを迎えたこの世界を再生する新たな“神”をつくる装置・仕組み・方程式・ルールだからだ』
「勝ってはいけないのは何故だ?」
『物分かりの悪いエルフの娘よ。勝利すればお前達の誰かが新たな“神”となりこの世界は終焉を迎えるからだ。仮に負けた場合は“到達者”が“神”となる』
「勝たない、そして負けない、そんな戦を続けるということか? 仮にそれが上手く運ぶとして、いつまで粘ればいいのだ?」
『東方から来た武家の娘よ。それは女神であるこの私にも分からぬ。だが決着が着けば蟲毒の呪いのごとく成就してしまう』
「つまりだ。戦いは避けられないが決着をつけさせない。答えを出さなければ俺たちの勝ちだ。そう持っていくしかない」
秋は平然とした顔で答える。とくに高揚感も悲壮感もないようだ。プルトニーは眉をしかめながら秋を見る。
「……結局は分からんと言うておるのと同じじゃ。まあ、全力は尽くそう。それにしても驚異的な敵の数よな」
いつの間にか秋が作った桜並木の向こうに、武装したオークやオーガー達の集団が見えた。空にも翼を持った魔物の姿がある。それはまるで蝗の大群のように視界を埋め尽くすほどの量だ。
「これはまさに“敵が七分に海が三分”というヤツじゃな。実に壮観じゃ」
「……オーガーの後方に巨人の姿が100体ほど見える。恐らくトロールだろう。1体1体が“龍の拳”並みの力を持つ強敵だ」
スキャパの声でさらに雰囲気が重くなる。
こちらの戦力と言え、壮健なのが、槍使いの秋、聖騎士のバルブレア、死霊使いのスキャパ、女魔法使いのプルトニー、そして重装騎士と女暗殺者ぐらいだ。老騎士オーバン、弓使いの蓮華、魔物使いのロイドは合わせてようやく1人分。ほかはミルトン(バジリスク)とイシアンの子供2人だけだ。女神は戦力として数えるのも難しい。
「ざっと11対1万ぐらいかの。まあ、さっきの罠でどうにかするんじゃろ? 女暗殺者殿」
「女魔法使いよ、そんなに罠の数があると思うか? それより魔法で一気に蹴散らせんのか?」
「蹴散らす、蹴散らすとな。ううむ・・・」
プルトニーはスキャパの方を見て、考え込む表情をつくった。
そこに“到達者”の声が響いた。
「蟲毒か。さすが女神だ。実に良いことを言うね。まさにここは壺の中だよ。強くなった君達を磨り潰して磨り潰して・・・強い。そう、とても強い究極の神をつくるのさ」
ルーンが刻まれた黒い衣装をたなびかせて“到達者”が空中に舞い上がる。
「さあ、持ち時間はあと30分としよう。最終ステージのはじまりさ」




