第42話 黒髪達の変奏曲
単体の「悪魔」ではなく「魔族」とはどのようなものか
人・神に敵対する勢力をさすのか、種族をさしているのか
案外、統一性のないものの集合体というのがしっくりとくる
目指すのは最下層だ。楽園を出る秋た秋の前には何もない空間が広がっていた。
「降りるという感覚じゃなかったが、ここがダンジョンの“最下層”なんだな」
「空間操作 場所は概念」
白い瞳で周囲を見渡していたイシアンがぼつりと答えた。
つまりは“空間魔法”が作用しており、ここでは“場所がどこか”というのは意味をなさないらしい。
「どういうことかしら?」
「“終わりのダンジョン”ではどこにいても一緒。意識すればそこが最下層だってさ」
「なんだか哲学的な話ですね。私にはサッパリです。秋様は凄いですね」
「そう、哲学的なものなんだろうね。認識するかどうかってことか。例えば“到達者”は、“吸い寄せる力”があると気付いたから、それを行使できたんじゃないかな」
「じゃ、“空間魔法”があることを認識して、楽園を作れたんですか?」
「“終わりのダンジョン”を形づくるものとして“空間魔法”の存在を認識した。そして試しに楽園を作ったということだろうね」
「じゃ、秋様も楽園をつくれるんですか? 私、こんな殺風景でなく、もっと暖かい雰囲気の方がいいです」
秋が微笑むと、いつの間にか周囲の様子が変わった。柔らかな木漏れ日と川のせせらぎ・・・まるで春の小川のようだ。
ミルトン(バジリスク)が目を丸くしていると、淡いピンク色の花びらが空に舞いはじめた。
「綺麗…… 何の花かしら」
「楽園とは違うけど、故郷の風景だよ。いいものだろう? 認識できればこうしたものを作ることができるよ」
「え! 私には難しそうです」
「ははは。簡単に作られては僕の立つ瀬がないよ」
いつの間にか隣に“到達者”の姿があった。口元に微笑みを浮かべている。
「自然な感じで会話に入ってくるなよ」
「ここでは場所の概念がないからね。一緒にいたとも、いなかったとも言える」
秋は顎に手をあてて少し考える。果たしてそうなのだろうか。
「それはどうかな。そもそもお互い同じものを認識しているかどうか分からないしな」
「・・・やはり君はここまでやってくるだけのことがあるね。もっとも取り巻きまでいるとは思わなかったけど」
“到達者”は驚いたように秋に答えた。
そして子供達の方を一瞥する。口元は笑みをつくっているが、もはや笑ってはいなかった。
「取り巻きなんかじゃない、それぞれが世界を認識している主人公なんだ。その認識に差があるのが面白いんだ」
「できればそうした不純物は取り除きたいんだ」
「この上、まだ何か力を得るのかい?」
「違うよ。まだ途中なのさ」
いつの間にか“到達者”は銀色に輝く長槍を抱えており、鋭い刃を秋に向けていた。秋の手元には稽古槍がある。刃はないが神の加護を受けた神器のようなものだ。
互いに槍を構えて睨み合う2人。そして示し合わせたかのように同時に動き出した。
「ィヤァアアアアア!!」
「ィエエエエィイイ!!」
裂帛の気合とともに繰り出される“到達者”の長槍は、秋の裏面(後頭部)に突き刺さろうとする。秋は稽古槍の穂先を左方向に傾け、長槍の穂先を払い頭上で受ける。そのまま稽古槍を回転させ、鎌部分で巻き落とそうとするが、素早く長槍が引かれて空振りした。
空振りしたといっても、稽古槍の位置はホームポジションとも言える中段の構えだ。
「ィヤァアアアアア!!」
「ィエエエエィイイ!!」
遅滞なく長槍が秋の心臓を貫こうと凄い早さで突き入れられる。これを秋は中段に構えたまま、鎌部分を使って長槍を引き落とし、逆に“到達者”の心臓に突き入れた。
秋の稽古槍が突き刺さる瞬間、“到達者”の顔がはじめて苦しそうに歪んだ。
!
勝負は決まったかに見えたが、瞬く間もなく2人は、槍を突く前の位置に戻っていた。
「ちょっとやり直すよ。・・・ここだな」
長槍が秋の心臓を貫こうと凄い早さで突き入れられる。これを秋は中段に構えたまま、鎌部分を使って長槍を引き落とそうとする。
その動きを読んでいたかのように、長槍は既に引き戻されており、今度は前面(顔面)に突き出された。
「う!」
この突きを首を傾けてギリギリ回避する秋。危なく串刺しにされるところだ。
「……時間」
そこにイシアンの声がとんだ。注意を喚起しているらしい。
時間、時間、時間…… イシアン。 ……そうか、これは時間操作か。
秋は半眼にして認識を広げる。
前面(顔面)に突き立てられようとする“到達者”の長槍が逆再生のように巻き戻っていく。
「こ、これは?!」
「空間が操れるなら、時間も操れるってことなんだな」
「それをこの場でやってのけるとは・・・」
「お手本を見せてくれたから認識するのは訳なかった。・・・というかイシアンのお蔭で気付けたんだけどな」
“到達者”は長槍を納め、忌々しそうに身を震わせている。
「どうした? 続きをやらないのか?」
「お互い時間に干渉できるということは、お互い干渉できないのと似たようなものさ。ただ槍で突き合うことになる」
「最高にいいじゃないか。槍で決着をつけよう」
「……“到達者”同士の戦いに相応しいステージを用意しよう。究極の真理に辿り着くためのね」
“到達者”は首を振って背を向け、そしてゆっくりと姿を消した。秋と子供達は消えてゆく姿をじっと眺めていた。
「吸収。そして時間・空間でつなぎとめるか……」
「吸引って、そんなに力を集めてどうするのかしら?」
「うーん。どうなんだろう。
到達者がどうのじゃなく元々、このダンジョンはそういう風になってるんだよな?」
イシアンはただ黙って秋とミルトン(バジリスク)を見詰めている。3人の周りでは桜の花びらが風に舞っていた。
◇
こちらは門の前。視力を失った長老“虚無の掌”と探索者達が対峙している。
「おうおう。さしもの“虚無の掌”も満身創痍じゃの」
「…………空間を削る力は健在だ」
「分かっておるが、考えれば気が滅入るでな」
先程、プルトニーは得意の魔法炎の壁を放ったのだが、呆気なく削りとられてしまったのだ。この様子では切り札である多頭炎竜も通用しまい。
「妾の魔法は文字通り火力に溢れておるが発動は遅い。奴とは相性が悪いのじゃ」
「…………スケルトンである程度は牽制できる」
「私は雷を落とそう」
「まあ、それがええじゃろ。“変態”はとくに足が遅いからやつに近づいてはならぬ。犠牲が増えるばかりじゃ」
「だが囮は必要だ。後ろに罠を張ったのでやつを誘導したい」
「女暗殺者の罠か。それは恐ろしそうだのう。どれ、囮役ぐらいならわしにもできるだろう」
老戦士オーバンが声をあげる。黒焦げになった右手は包帯でぐるぐる巻きに固定しており、左手に抜き身の剣を携えていた。
「撹乱を頼む。そうして私が待つ前にやつを連れてきてくれ」
「決まりじゃ。囮がやられんよう“同志”殿はスケルトンで邪魔をする。“変態”は足が早うなるオーラで全体を支援じゃ。妾は魔法で攻撃しよう。まあ気休め程度にしかならんのじゃがな」
“虚無の掌”が迫っている。それぞれが急いで持ち場に散っていった。
プルトニーはさっそく多頭炎竜を召喚し、相手の注意を引き付けることにした。
GGGGGGGH!
「うわ! これはライフが少なくなると、力が増して狂暴になるタイプじゃろうの!」
多頭炎竜を召喚したものの、炎を吐き出す前にかき消されてしまった。そのまま凄い勢いでプルトニーへと“虚無の掌”が迫る。
「早々に出した必殺技は破られるというヤツか?! こりゃ妾が危ないわ」
慌てて短距離転位で難を逃れるが、まだまだ危険な間合いから出られた訳ではない。
「この木偶の坊が! ほれ、どうした!」
プルトニーに迫る“虚無の掌”にオーバンが剣を投げつけ注意を引く。
利き腕でないせいか投げた剣はかすりもしなかったが、大きな音を立てることには成功した。視界を失った“虚無の掌”は音に敏感になっている。プルトニーの存在を忘れたかのように、次はオーバンを敵認定し追いかけだした。
「成功か?」
疑問形なのは、あまりに“虚無の掌”の動きが早く、自分が助かるかどうか分からないからだ。剣もナイフもなく丸腰となったオーバンは、必死になって女暗殺者の方に駆け出した。結構な歳なのだが、なかなかの健脚なようだ。
「……スケルトン」
そのオーバンを逃がすため、スケルトンが次々と涌き出ては“虚無の掌”の邪魔をする。だが意に介した様子もない。
「なんだ。ほとんど障害になっておらんではないか! このままでは小僧がやられてしまうぞ!」
いつの間にか短距離転位で戻ったプルトニーがスキャパに噛みつく。
「……もしかして小僧とはあの老人のことか?」
「妾達の年からすれば、ほんの赤子じゃろうが」
「…………見た目こそ最重要だ」
「外見を言えば妾は“小娘”なので困るのじゃ。ほれ、それよりあの小僧をはよ助けんか」
「……ちっ」
スキャパは“虚無の掌”を邪魔するのを諦め、代わりにオーバンをスケルトン達に担がせることにした。
「おわ?! なんだ。なんだ!」
スケルトンは御輿のようにオーバンを担ぎ上げ、凄い勢いで走り出す。これなら追い付かれることはないだろう。
「ちょっと待て! このままでは老戦士が罠にかかる!」
女暗殺者は慌てて声をあげた。自分から罠の存在を教えるのもどうかと思うが、それだけスケルトンの御輿に驚かされたのだ。
「いかん。止めるんじゃ!」
「……人使いが荒い」
スキャパは瞬時にスケルトンを解除する。オーバンはギリギリ、罠の手前で地面に転がった。そのオーバンのもとに迫る“虚無の掌”。絶体絶命のピンチだ!
シュン…!
皆が息を飲んだ瞬間、一本の矢が戦場を駆け抜けた。
手を振り上げる“虚無の掌”。その脇腹に矢が突き刺さった。そう、蓮華の刀を受け、自ら削った脇腹にだ。
GHAAAAA!
苦悶の声をあげる“虚無の掌”。慌てて次の矢を払おうと両手を動かし、周囲の空間が削られていく。
「小僧よ安心せよ。これで作戦成功じゃ!」
プルトニーはオーバンの元に短距離転位し、オーバンを抱き締めて女暗殺者の元に転移した。
オーバンは少女に小僧と呼ばれたことより、抱き締められたことに驚き目を丸くしていた。
女暗殺者が振り返ると、腕を失った筈の蓮華が、魔物使いの男に支えられて弓を引き絞っているのが見えた。
「まさか・・・」
蓮華が無くした筈の手は、タイタンスライムが貼りついてその代用をしていた。タイタンスライムはとてつもない力があるうえスキルとして麻酔効果も持っている。ロイグはこの力を使って蓮華の激痛を取り除いたのだ。
「ロイグ殿。もう少し強く支えてくれぬか。タイタンスライム殿の力が強く反動で揺れるのだ」
「中年のおじさんが娘さんの身体に触れるのは抵抗があるんです」
「さっきは無理矢理、私の衣服を剥いでいたではないか。……あのような乱暴さで頼む」
「人聞きの悪い。服じゃなくて鎧でしょうが」
蓮華は楽しそうに笑みを浮かべ次の矢を引き絞った。タイタンスライムもご機嫌なのか、蓮華の動きを上手にサポートしていた。
シュン…!
放たれた矢は女暗殺者の罠の範囲を通過し、まっすぐに“虚無の掌”に向かう。耳がいいのかこれを難なく消し去り、一歩、また一歩と前に進む。
シュン…!
シュン…!
シュン…!
蓮華は罠を消されないよう矢を上体に絞って射かけ続けた。矢を放つたびに長い黒髪が風に揺れる。
「ここまでだ悪魔よ」
女暗殺者は腕を組んだまま“虚無の掌”を見上げて宣言する。その瞬間、“虚無の掌”の足元で死の罠が炸裂し、爆風を受けて女暗殺者の漆黒の黒髪が舞い上がった。
カッ!!!!
巨大な稲光と爆発! “虚無の掌”は足元から幾度もの衝撃を受けて膝をついた。そのまま身体が崩れていく。そこにバルブレアの雷やスキャパの骨の槍も降り注ぐようにぶつけられていった。
「おお!!」
プルトニーははしゃぐように罠の様子を見詰めている。抱きつかれたままのオーバンはバツが悪そうに恥ずかしそうにしていた。
「ようやくじゃな。長い戦いじゃった」
「犠牲は多かったが、報われよう。我らは遂に“虚無の掌”を討取ったのだ。ところで娘さんよ。そろそろわしを放してはくれんか」
「小僧よ、妾はこう見えてお姉さんなのじゃ。しばしこうしておるがいい」
助けられたのが気に入ったのか、プルトニーはオーバンに引っ付いたまま、花火のような光を散らす女暗殺者の罠を眺めご機嫌そうにしていた。
※何ヶ所か文字修正、表現修正をしました




