第39話 殺しの分散和音
昨日の敵は今日の友、昨日の友は今日の敵
立場により関係が変わることを指している
これが恋敵の場合は、気付いていることが前提だろう
悪魔“長老”に飛び掛かった5人の戦士が、その長老ごと千切れられる凄惨な光景は、歴戦の探索者達にも少なからず動揺を与えていた。長老“虚無の掌”が腕を振った瞬間、何の抵抗もなく戦士達はバラバラと崩れてしまったのだ。
「あれは・・・」
「空間を裂いている」
ミルトン(バジリスク)の言葉にイシアンが返答した。
その言葉に反応したのは、弓使いの蓮華であった。
「お前たち子供を巻き込まぬためにここに来たつもりだったが、あれを見る限り我らの犠牲はさらに大きくなるだろう。全滅を避けるため、加勢せざるを得ない。すまぬが荷物運び達と逃げてくれぬか」
「虚無は強い。生存率は同じ」
「イシアンの言う通りだわ。ここで逃げたところで多分、生死に影響はないわ。蓮華さん、気にせず戦って下さい。あいつを倒さないと、きっと誰も生き残れないんでしょう」
「逃げぬと言うのか。これは肝の座った子供達だな!」
目を開いて蓮華は子供達を見詰める。蒼ざめていた顔に元気が戻ったかのようだ。
「うむ。うむ。子供達が頑張っておるのに、これは不甲斐なかったな。では子供達よ、そこで見ておるがよい」
「はい」
武士的思考の蓮華は、感涙しながら前線に向かって走った。弓使いとして敵に近付くのはどうかと思うが、その場の雰囲気に押されたのだ。こうした点はバルブレアの聖騎士的思考と非常に似通っている。
「まあ、近付くのも良かろう。多少、危険は増すが、使える技に幅も出る」
子供達に負けないよう腹をくくろうと考える蓮華であった。
一方、子供達はそうした殊勝な考えをしている訳ではない。お荷物になる気はさらさらないのだ。
「蓮華さん行ったね。今なら秋様を追えるわ」
「そんなこと考えてたの?」
「ほっとけないの! 私達、今は能力が使えないけど、きっと何か手助けが出来ると思う」
「ぼ、ぼくはここで待ってるよ。…怖いわけじゃないけど」
「そうね。プーカ…アードベックはここにいて。私は門に行ってみる」
「門の向こう イシアンの力に繋がっている」
「あら! イシアンも行ってくれるのね! じゃ行きましょう」
言うが早いか2人は蓮華に見つからないよう遮蔽物をつたって門をめざす。アードベックはドキドキしながらその様子を見守っていた。
◇
GRRRRRR!
“虚無の掌”の低い唸りが戦場に響く。体格は他の長老よりずっと小さいぐらいだが、あまりにも危険な技を持っていた。
「盾も鎧も関係なく無くなっている。千切られたように見えたが、全く無くなってしまっているみたいだ!」
老戦士オーバンは大きな声を張り上げ見たままを全員に伝えた。情報共有が重要だ。
「前衛はとにかく距離をとれ! 魔法使いは“虚無の掌”に援護攻撃を! 残る後衛は“龍の腕”への攻撃をお願いする!」
悪魔“龍の腕”を正面に見据えながらバルブレアは指示を飛ばした。秋が離れているいま、自分がこの集団を守らねばならない。その声を受けて魔法使いは攻撃魔法を飛ばし、盗賊や魔物使い達はスリングショットで石を飛ばした。
バルブレアは前衛と言ったが、戦士・格闘家は既に討たれており、オーバンも利き腕をやられた状態だ。残るは重装騎士1名と魔物使いが操るタイタンスライムが1体あるだけだ。
「重装騎士殿! 来るぞ!」
ガガガガ!!
“龍の腕”の剛腕と重装騎士の盾がぶつかる。そして音をたてて、重装騎士は転がっていった。返す腕でバルブレアの盾を抑え込む。
「天の裁き!」
超至近距離でバルブレアは“龍の腕”に落雷を落とした。バランスを崩した“龍の腕”は前のめりに倒れ、かえってバルブレアに覆いかぶさるようになってしまう。
その瞬間、巨大なあばら骨が出現して“龍の腕”をバルブレアから引き剥がしその場に固定する。
ゴオオっと音を立ててそのあばら骨が燃え上がる。これは炎の壁を応用しているらしい。
「こ、この骨と炎はまさか?!」
「いいところで登場かの?」
プルトニーはさらに火力を強め、“龍の腕”を焼いていく。以前とは段違いの魔力の強さだ。一方で“虚無の掌”は、長槍を持ったスケルトンが十重二十重に取り囲んでいた。
「……前衛はまかせろ」
バルブレアは重装騎士を助けおこしながら癒しのオーラを放った。そのオーラの暖かさと援軍の到来が探索者集団を元気づけていた。
「死霊使い殿! 女魔法使い殿! よく生きておられた!」
「いや、それはおぬしじゃろうて。よくこんなごつい悪魔を相手に頑張っておったもんじゃな。さすが“変態”じゃ」
どうやら突然現れた死霊使いと女魔法使いはバルブレアの知己らしい。強力な戦力の到来に驚きつつも探索者達は、バルブレアが“変態”と呼ばれていることに驚いた。
「変態?」
「変態ですって?」
「…あのバルブレア殿が変態」
口々に“変態”の言葉が伝播していく。結果的に、凶悪な敵への怯えが払われ、士気を高めることにつながっていた。
「いや、“変態”はやめてくれぬか。指揮しにくいのだ」
バルブレアは複雑な表情を浮かべ、スキャパとプルトニーに懇願した。
◇
「これは凄いことになっているな」
黒髪の暗殺者ヘーゼルは戦いの様子を見降ろしてぽつりと言った。
長老“虚無の掌”と“龍の腕”は、何十ものスケルトンが取り囲み、魔法による攻撃が行われていた。時折、一際大きな炎の魔法が炸裂し大地が揺れる。見れば、死霊使いと女魔法使いが戦線に加わっていた。
「暗殺者さん!」
ヘーゼルは思いもかけぬ方向から声をかけられ驚いた。何故、ここに子供達がいるのだろう。あの弓使いは何をしているのか。
「どうしたんだ?」
「暗殺者さんこそ門に入らないんですか?」
痛いところを突かれヘーゼルは苦笑いを浮かべる。入りたくても入れないのだ。
「まあ、戦況を見定め、ここぞという時に敵を討つのが私の仕事だからな」
「なるほど! そうなんですね」
無邪気に応えながらミルトン(バジリスク)とイシアンは門に向かう。
「ちょ、ちょっと待った! どこに行くんだい?」
「門の中です。秋様を助けないと」
「いや、その門は・・・」
ヘーゼルはどう伝えたものか言い淀んでしまう。その間に2人は門へと行ってしまった。
「門よ・・ ΑΒΓΔ ΤΥΦΧ」
イシアンは門に何かを告げた。何を言っているのかは分からない。だがミルトン(バジリスク)は気にする様子もなく、さっさと門へと入ってしまった。
「え?!」
「イシアンは行く 弓使いに危機 暗殺者が支援」
あっけにとられるヘーゼルを置いてイシアンも門に入ってしまった。自分は門に入ることが出来ないのに、これはどういうことか。ただ、こうしていても仕方がない。どうやら弓使いのサポートを任されたようだ。
「まいったな・・・」
ヘーゼルは音もなく戦場へと戻っていった。
◇
GRRRRRRRR!
“虚無の掌”の腕がまた振られる。その瞬間、スキャパが召喚したスケルトン達は、胴部分が掻き消え、崩れ落ちてしまう。
ズカ! ドカ!
だが、すぐさま後衛のスケルトン達が長槍を“虚無の掌”に突き刺した。大してダメージはないようだが、削っても削っても次のスケルトンが現れ、四方から突かれることに苛立っている様子だった。
「おお! 死霊使い殿! 腕をあげられたな!」
「・・・いいからオーラ支援。足をひっぱれ」
「そうだったな! まかせておけ!」
バルブレアは聖なる零域を展開し、長老達の動きを阻害する。これまでは防御力を高めるオーラ“反抗”が主体だったがスケルトン達の耐久力を上昇させても意味がない。“虚無の掌”に一瞬で消されるからだ。
あからさまに“龍の腕”は動きが鈍くなり、集中砲火を浴びている。そこにバルブレアも天の裁きを叩き落した。
「……なんだ、少しは賢くなったのだな」
「愛が私を成長させたのだ!」
その言葉にスキャパとプルトニーが凍り付いた。
「……愛、だ、と?」
「そう愛だ! 私は遂に王子の愛を射止めたのだ! 嗚呼! 世界は素晴らしい!」
オーラを全開にして輝くバルブレアは満面の笑顔だった。反対にスキャパの表情には陰惨な影が差している。
「ま、まさかあの朴念仁を篭絡したのか? これは“変態”をみくびっておったわ」
「……おい まさかとは思うが」
スキャパの瞳が赤く燃えていた。その視界には長老は入っておらず、バルブレアだけを睨みつけていた。
「“同志”殿! さすがに今はまずいぞ! もし? 聞いておるのか、おい!!」
必死で呼びかけるプルトニーの声は届いてないようだ。スキャパには凶悪な魔力が集まり、まるで別の生き物のようになろうとしていた。




