第38話 誕生歌2
「軽率」となじられたことがあるだろうか
行動性や積極性が裏目に出た場合だけでなく
リスクヘッジしていても結果で判断されるものだ
GAHHHHHH!!!
悪魔“龍の腕”が叫び声をあげる。一撃を浴びて転がる重騎士に向け、追撃の手が振り下ろされた。
ギイイイン!!!
唸る剛腕を逸らしたのはバルブレアの盾だった。力に抵抗せず、斜めに受け流すことで非力なエルフの身でも十分な盾役を果たしていた。
「す、すまんです」
「気にするな。早く盾を拾え!」
重騎士は頑丈だが鈍重だ。慌てて飛ばされた盾を拾って“龍の腕”の前に立つ。その間、バルブレアは目眩ましに雷を落として牽制。詰め寄られないように立ち回っていた。
「気に入らんな・・・」
バルブレアは眉間にシワを寄せて唸る。“龍の腕”のことではない。先程、暗殺者と並んで走る秋の姿が見えたからだ。何故、あのような輩と一緒に行くのかと、バルブレアは気をもんでいた。
何やらメラメラした気持ちになり次々と雷を落とす。だが、いずれも“龍の腕”に躱されていた。
「何があったか知らぬが、今は目の前の敵に集中されるが良かろう」
オーバンの言葉を受けバルブレアは我にかえった。
それはそうだ。あれだけの艱難辛苦を乗り越えて結ばれたのだ。あのような者など敵になるまい。
ちなみにバルブレアの脳内では、秋が並みいる強敵を討ち果たし自分を救い出したエピソードに仕上がっている。大筋は外していないが、脚色が物凄い状態になっていた。
「そうだ。立派に務めを果たし、レンバ殿に褒美をもらうのだ!」
バルブレアはオーラの出力を上げて“龍の腕”の右腕に盾打ちをぶつける。
「どうだ“龍の腕”よ、貴様を討ち果たすのはこの私だ! 聖騎士の恐ろしさを知るがいい!」
剣を高く掲げバルブレアは“龍の腕”を挑発する。これに反応した“龍の腕”は、周囲の戦士に目もくれずバルブレアを粉砕せんとばかりに襲いかかった。
「み、見事です。さすがバルブレア殿」
盾役としての役目を果たすバルブレアに見とれつつも重騎士は、横合いから“龍の腕”の攻撃に介入し支援する。頑強な自分が軽く飛ばされるほどの攻撃だ。エルフの身では一撃ともたないだろう。盾役の盾役になるというのもヘンな話だが、バルブレアの代わりに被弾しながら、重騎士は“龍の腕”の正面役をどうにか務めていた。
「バルブレア殿に負けてはおられんな!」
オーバンは悪魔“火花の拳”の前に出て怒声を張り上げる。そして盾を構えながら右手の剣を突き出した。“火花の拳”の左手がその剣を素手で掴む。
バチバチバチバチ!!!!!
「ぐおぉおおお?!」
“火花の拳”の左手が触れた瞬間、閃光が巻き起こり、何も見えなくなった。オーバンは激痛に耐えながら地面を転がる。剣も右手も黒コゲになり、使い物にならなくなっていた。
「・・・くう、まさに“火花”よのう」
地に転がりながらもオーバンは“火花の拳”を睨みつける。その脇腹にはオーバンのナイフが刺さっていた。火花に焦がされながらも歴戦の技で一矢報いていたのだ。それが気に入らなかったのか、格闘家に群がられながらも“火花の拳”の視線はオーバンへと注がれている。
「格闘家は下がっとれ! 触れると危ない!」
バチバチバチ!!!!!
オーバンを助けようと思ったのだろう、横合いから格闘家が鉄拳を“火花の拳”に打ち込むが、その腕を掴まれ火花の餌食となった。
「ぎゃあああああ!!!」
瞬間、発火して全身焼かれていく格闘家。これを見たもう一人の女格闘家は、直接攻撃するのをやめ、足元の城壁の岩を蹴り飛ばして攻撃した。だが、飛んできた岩をものともせず、“火花の拳”は素早く手を伸ばし、女格闘家の脚を掴んでいた。
バチバチバチ!!!!!
「きゃあああああ!!!!」
火花の衝撃で地をのたうつ女格闘家。それもすぐに黒くなり、動かなくなってしまう。
「くそ! 年寄りのために2人も・・・」
女格闘家が焼かれる間にオーバンは立ち上がり“火花の拳”から離れた。だが、右腕には感覚がない。どうやって戦うか。
そこに後衛の魔法使い達の支援攻撃がはじまった。同時に戦士達が駆け寄り、オーバンを後方へと退却させる。この間にも戦士が一人倒された。
「あの左手を封じねば被害が広がるばかりじゃな」
オーバンが口にした瞬間、シュンっと空気を裂く音が響いた。
ツカッ!
“火花の拳”の左腕に矢が当たる。
「!」
驚く“火花の拳”。固い皮膚のためダメージを負うことはなかったが、虚をつかれて驚きを浮かべていた。攻撃を感知することに自信があったのだろう。
そこに第二の矢が飛ぶ。だが、これは余裕を持って左手の火花に散らされてしまう。
ツカッ!
その払った腕の下にもう一本の矢が走っていた。狙い過たず、オーバンが突き刺したナイフに矢がヒットし、その刃をさらに奥へと進ませた。
激痛で動きを止める“火花の拳”。そのひるんだ隙をつき、戦士達が一斉攻撃をしかけた。チャンスはここだろう。
「矢の影にもう一本の矢だと?!」
オーバンが驚き振り返ると、子供達を背にした蓮華が次の矢をつがえていた。
「皮膚に矢が刺さらんとは思わなんだ。あの状況で懐剣を刺してのけるとは見事だ」
「いやいや、お嬢さんこそ、わしのナイフに矢を当てるとは神業の域じゃ」
「褒め合っていても仕方ない。それにあまり注目を浴びると子供達に類が及びかねん。怪我をしているご老体には気の毒だが、けん制を続けてもらいたい」
「うむ」
オーバンは一言だけ答えて前を向いた。“火花の拳”はどうにかなりそうな状況だったが、バルブレア達は苦戦を続けている。倒れた戦士の剣を左手で拾い上げ、オーバンは“龍の腕”へと向かった。
「蓮華のお姉さん、弓、凄いんだね」
アードベッグ(プーカ)とミルトン(バジリスク)は驚いた表情で蓮華を見ていた。イシアンは無表情に白い瞳で戦局全体を見詰めていた。
「“虚無の掌”が動く。全てが消える」
イシアンが声に出した瞬間。“火花の拳”ごと5人の戦士の姿が千切れた。
◇
扉を抜けた秋を待ち構えていたのは、花びらが舞う美しい庭園だった。妖精が踊り、女神が音楽を奏でている。
「なんだここは?」
さすがに呆気にとられた秋だったが、気をとり直してステータスを確認した。
シルフ、ウンディーネ、パン……。 女神“デュワー” 女神“ベル”……
「全部、本物なのか?」
『(げ! カティーの奴、返事しないと思ったらこんなとこで何やってんのよ?! これはちょっとガツンと言ってやらないといけないわね……)』
「(おいおい。隠れてなくていいのか?)」
秋がステータスをよく確認すると、女神“バランタイン”の怒りの矛先が向けられている相手は、囚われの女神“カティー”とある。ともあれ勝手に出ていこうとするのを止めて本物かどうかを確認した。
「(この女神ってのは本物か? お前みたいな“まがい物”じゃなく)」
『(とことん失礼ね。ワタシみたいに皆、本物よ! でも、囚われの女神って何なのかしら)』
「(大体、想像つくけどな)」
秋は恒例の念話を交わしつつ、女神達に近寄っていった。
「ご機嫌よう、女神“カティー”」
『あら、ご機嫌よう。あなたをこの“楽園”で見るのは初めてですね。どちらの女神の子供なのかしら』
「女神“バランタイン”です」
『あらあら、貴方に祝福を与えているのは軽率と増長の女神“バランタイン”でしたか』
「(おい、軽率とか増長って女神が司る必要、あんのか?)」
口元に手をあて、コロコロと女神“カティー”は笑う。
「(ち、無視しやがったか)
ところでカティー。囚われの女神とは一体、何なのでしょう?」
その言葉を聞くと女神は、沈鬱な表情となり、俯いてしまう。
『私達の世界は崩壊しました』
『そしてあの者に吸われ囲われてしまったのです』
俯いているカティーに代わり、デュワーとベルが返答した。一体どんだけ力を持っているんだあいつは・・・。
「それであの者・・・“到達者”はどこに?」
『『・・・』』
無言の返事をする女神達。その視線の先に黒衣の若者が現れた。姿を見せるときまでステータス表示がされないところをみると、瞬間移動をしているのだろうか。
「おかしいなあ。長老達を倒さないと門を通れない筈なんだけど」
薄い笑みを浮かべ“到達者”は小首を傾げる。芝居かかった仕草だが、これが“地”のようにも感じる。
「門の前では長老達がまだ戦っているようだけど、君はよくここまで来れたね。君には資格があるみたいだね」
「何の資格なんだ? 大体、女神をはべらせるってのは趣味が悪いな」
驚いたような表情で両手をあげる“到達者”。作り笑いだったのが、素の苦笑いに変わったようだ。
「これは痛いところをつくね。せっかくの能力を試してみたくて“楽園”をつくったんだ。いやあ、趣味が悪いと言われると、言い返す言葉がないなあ」
「人間が女神を従えるってのは不遜じゃないか?」
「そうでもないさ。例えば君らの世界の仏教では、悟りを開いた人間は最も偉くなるだろう? 元は土着の神様だったのを“天部”とか言って従えているじゃないか。人であったものがトップになって何の問題があるんだい?」
「ということは人でなくなる訳なんだ」
“到達者”からはじめて笑みが消えた。睨むでもなく秋を見詰める瞳には炎のようなものが揺れている。
「君、なかなかやるね。感情的なようで、実は狙いすました質問をしてくるんだ。まあ、隠すつもりもなかったんだけど、君のペースになっているのは気に入らないなあ」
「生殺与奪は“到達者”にあるようだし、それはどうかなあ。でも、単に殺したり奪ったりでなく、目的に沿ってやっているのが分かったよ。もっとも、不要になったらすぐ吸っちゃうようだけど」
「ああ、リザードマン神官のことかい? 邪魔になりそうだから退場してもらっただけだよ。こちらもシビアな状況なんでね」
「必要な駒を育成するのは大変だろう」
「なかなかいいところを突いてくるけど、鎌かけにはもう乗らないよ」
“到達者”はおもむろに秋へと右手を伸ばす。だが、しばらくすると、また小首を傾げた。
「今の君からはどうも上手く吸えないね。君も何かの力を持っているという訳か・・・。まあ後の楽しみにしよう。さて、長老達の戦いも佳境に入ってきたようだ。たくさんの悲鳴が聞こえてくるよ。人でなくなる僕のために、もっと皆に謳って欲しい」
「ここで戦うのは止せよ。女神が怯えている」
「“到達者”であるこの僕に対等な口をきくとはね」
「さっき聞いたんだが、我が女神が司っているのは“軽率”と“増長”らしい」
真顔で答える秋に“到達者”は噴き出す。そして身をよじって笑い転げた。
「いや、これはまいったな。
・・・認めよう、多分君が最後の相手になるんだろう」
到達者が右手を出すと、女神や妖精達が次々と吸われていく。
「いやあ!」
「ああああ!!!!」
『(あいつ、何てことを!)』
「(今は黙ってろ。お前も吸われるぞ)」
パン達妖精は逃げ惑うが悲鳴をあげて吸収されていく。女神達も恐怖の表情を浮かべているが、半ば諦めているような印象だ。
「うん、いい声だ。僕の新たなる誕生への序曲にふさわしいね。では・・・最下層で待っているよ」
そう言い残して到達者は消える。
秋は誰もいなくなった“楽園”にただ一人、ただずんでいた。
◇
「・・・見えた」
「おお、派手にやっておるようじゃな」
氷に閉ざされた都市にたどり着いたスキャパとプルトニーは、燃え上がる炎を見た。女が焼かれていく衝撃的な光景だ。
「あれは“変態”じゃなかろうな? さすがにあのプレイでは身がもたんぞ」
「・・・高レベルの長老だ。段違いの強さに見える」
スキャパはプルトニーの冗談に付き合うことなく、戦況を見極める。同時に、スケルトンの召喚を行った。臨戦態勢だ。
「それにしても人数が多いがどうしたものかのう。おお? “変態”もおったわ! 長老の正面でよくやるのう。
しかし“淫乱”の姿が見えん。これでは“同志”殿も張り合いがないじゃろ? どこにおるのかのう」
「……うるさい。合わせ技いくぞ」
スキャパとプルトニーはバルブレアの姿を見つけて駆け出す。
「骨の槍襖」
「炎の胸壁」
バルブレア圧し掛かる“龍の拳”の背後から、突然、巨大な肋骨が出現して身体を掴む。轟音をあげてその肋骨が炎を放った。
「こ、この骨と炎はまさか?!」
振り返ったバルブレアの視線の先にスキャパとプルトニーの姿があった。再会を喜ぼうとした瞬間、“火花の拳”ごと戦士達が千切れとんだ。
「“虚無の掌”か・・・」
誰ともなくその名を口にする。真打の登場に、皆が固唾を飲んだ。




