第34話 白き瞳の小夜曲
人を動かすのは感動だという
感動市場は5兆円などと吹聴されもする
だが手管を超えたところに感動はあるのではないか
広がる地下空洞。秋、バジリスク、イシアンは水音をたてながら遅滞なく進む。
水音だけが響く閉ざされた世界に、鍾乳石が無数に屹立していた。その鍾乳石には幾つか、輝き具合の違うものが何柱も見えた。透明度の低いクリスタルの中では、戦士、魔法使い、格闘家・・・様々なヒューマノイドの姿があった。いずれもが恐怖の表情を浮かべている。石化してしまった探索者達の姿だ。
秋は輝きの強い柱の前で立ち止まり、中の人物を見詰める。とても美しいエルフだ。その表情は他の探索者と異なり、喜びと悲しみが混じったように見える。そして涙を流していた。
「バルブレア・・・」
秋は、クリスタルごしにバルブレアの頬をなでる。石化されているので、涙を拭うことはできない。分かってはいたが、優しくなでずにはいられなかった。まだ1日も経っていないのに秋は、とても長い時が流れたように感じていた。
「イシアン、この人を10時間戻して欲しい」
呼びかけられた少年、イシアンは白い瞳を秋に向ける。
「10時間は神の領域。神の加護、女神の祝福、そして大地の子らの祈りで時は遡る」
イシアンは抑揚のない声で返答した。既に聞いている内容だ。
手に持つ槍には既に神の加護がある。大地の子らは自分たちのことだろう。複数形なのが気になるところだが、幸いバジリスクもいる。残るは祝福だけだ。
「ステータスを」
別段、声に出す必要はなかったが、秋は何となく右手の稽古槍に呼びかけた。
そうするといつものように、ステータスが表示される。“非破壊属性”“抵抗値上昇”“基本能力値上昇”・・・次々と文字が浮かび、最期に“女神:抵抗中”とあった。
「・・・抵抗中って何だよ」
秋は思わず穂先を床に叩きつけた。さすが非破壊属性とあって、木製なのに槍には傷一つつかない。叩きつけられた岩の方がえぐれるぐらいだ。
“女神:スト実行中”
「ふざけんな」
秋は槍の鎌部分を掴み、床にコンコンと叩きつけた。槍に刺さっている鎌を外すためだ。
だが、何度叩いても外れない。ステータス表示で会話しているかのようだ。
“女神:断固阻止”
額に青筋が浮かべた秋は、バジリスクとイシアンに離れるよう言いつけ、思いっきり鎌を床に叩きつけた。上昇している筋力を使ってのフルスイングだ。
ガスッ!!!!!!!
これまでとは異なる炸裂音が響く。見れば鎌部分は外れており、そこに貫頭衣姿の女が尻もちをついていた。
『痛~~~~い!! あんた、何てことすんのよ?!』
現れた女は眦を吊り上げて怒りを露わにする。ペプロスを纏ったギリシャ神話に登場する女神のような姿だが、両手で頭をおさえ、涙目になっており、そこに威厳は感じられない。
「何がストだこの怠け者」
『なんでそんな偉そうになってるのよ』
「悪人に襲われているところを死人に助けられ、さらに死人の持ち物の中に隠れてだんまりしてたろ。悪人に命を救ってもらって俺は蘇れたのに、女神のお前が寝ているとは何事だ?」
『ああ! “お前”って言った。私、女神なのにお前って言った!』
バジリスクはあんぐりを口を開けている。確かに女神らしい恰好ではある。
「め、女神様?! まさか女神様が現れるなんて・・・」
「この体たらくなのに、バジリスクはよくこいつが女神だと信じられるな」
『“お前”の次は“コイツ”呼ばわり!! うう・・・人間にまでそんな呼び方されるなんて』
「なるほど、女神仲間からは“コイツ”呼ばわりなんだな」
『しまった、バレた!』
「ほ、本当に女神・・様なんですか?」
「存在が女神であるか否かが重要。無能・有能に縛られない」
『肯定しつつ価値否定されてる?!』
イシアンには女神であることが認識できるらしい。秋は女神だと知っているから認めているが、初見なら絶対信じないところだろう。
「まあ取りあえず協力しろ、時間を戻すのにお前が必要らしい。言うことを聞かないと、あいつに吸わせるぞ」
『まじで・・・?!』
蒼くなる女神を睨みつつ、秋はトントンと鎌部分を叩き、槍に固定する。女神が逃げられないようにするためだ。
◇
バルブレアは夢を見ていた。“終わりのダンジョン”に突入したときの情景が映っていた。
モンスターが出てきたと思って緊張したらゴブリンだった。楽勝だと言いながら、勇者と女格闘家が突撃していく。聖女がその後ろで支援をする体制だ。必然的に残されたバルブレアは殿となる。
ぼうっ・・・
その時、ルーンが刻まれた黒い豪華な衣装をまとった若い男が横合いに現れた。とても禍々しい気配をまとった不気味な男だ。
「ほう。勇者に聖女か。なんと今日は良き日だろう」
黒衣の男が右手を振るうと、先行する勇者と女格闘家がフラフラになり、何やら光が力が抜け男の手に吸い込まれていくのが見えた。その様子に気付いた聖女が大声で注意を促す。
「何、この“到達者”って?! レベル表示が見えない。皆、気を付けて!」
後ろを振り返る勇者達にゴブリン達が襲いかかう。最悪の光景だ。しまったという顔をする聖女。その聖女の前には黒衣の男が迫っていた。パーティーの危機を感じたバルブレアは防御のオーラを発し支援を行う。
「そこの悪漢! 私が相手だ!」
剣を抜き近づくバルブレア。だが黒衣の男はバルブレアを無視し、聖女を見て目を輝かせていた。
「これは! 上級白魔法に慈愛のスキル・・・ほかにもありますね。勇者以上の収穫だ」
聖女が攻撃をするも黒衣の男は意に介さず、聖女の力を吸収していく。突然の脱力感に襲われ昏倒する聖女。一歩遅れて到着したバルブレアが黒衣の男を切りつけた。
「聖騎士か・・・それもエルフとは中途半端だな。さほど吸いたいスキルもない。せっかくだしレベルでも吸っておくか、まあ色々と失うかも知れんが、せいぜいあがいて見せてくれ」
黒衣の男はバルブレアのレベルを吸いその場に放り出す。バルブレアはふらふらと膝をつく。だが、朦朧とした意識のまま盾を構え、かろうじて立ち上がってみせた。オーラを輝かせ戦意を示す。
「ふむ。見事な意志の強さだよ。それなら深層で再会できるかも知れないね」
黒衣の男は笑いながら姿を消す。
その場に残されたバルブレアはパーティーに目をやった。
「殿を務めていた筈がどうなった? 勇者達がゴブリンにやられている・・・」
再びまどろむような感覚にとらわれるバルブレア。
何やら、ハンサムな若者が現れたような気がした。自分を救ってくれるのかも知れない。
「そこの方! 助力をっ!」
朦朧としたなか情景は変わり、今度はその若者が泣いているのが見えた。
自分を抱きしめて泣いている。
その思いに応えようとするのだが、身体が全く動かない。
そうか、この人を助けようとして自分は石になるのだ。
不意に色々な記憶が蘇ってくる。この若者のこと自分のこと。そして戦いの記憶も。
伝えないと・・・。
石になる前にこの気持ちを伝えないといけない。
遠くで誰かが謳っているような音が響くなか、バルブレアの意識は少しずつ覚醒しようとしていた。
◇
そう。詠唱はまるで音楽のようだった。
大地は震え、水面は波打ち、風が頬を打つ。そして心が躍動する。
ドヤ顔を決めて視線を送る女神を無視し、秋はバルブレアを見詰めていた。
その頬の涙が上がってゆく。それは石化する直前の状態だ。
バルブレアの石化がするすると引いてゆく。局所的に時間が戻っていくのだ。ステータスを表示させると“石化45%”とあり、その数字はどんどん小さくなっていった。
周囲の状況が見えたのか、バルブレアの表情には困惑が浮かんでいた。時が戻るとはどんな感覚なのだろう。
「止めてくれイシアン。もう十分だ」
イシアンは詠唱をとめ、白い瞳でこちらを見詰めていた。表情はないが、意識を向けてきているのがよく分かる。
だが、もう周りは目に入っていなかった。秋はぐっとバルブレアを抱きしめる。
「バルブレア・・・」
「おお! 貴殿から抱きしめてくれるとは思わなかったぞ。 何だ? まさか私のために泣いてくれているのか?」
バルブレアはぐっと両手で秋を抱きしめ返した。そして、やにわにばっと上体を離し言葉を続ける。
「あの時は最後まで言えなかったが、もう一つ夢があるんだ・・・」
「いいんだバルブレア。もう、いいんだ」
「いやいや良くない。身体が石化してしまう前に伝えなければならん。私は・・・貴殿のおよ んぐぐぐ」
バルブレアの口を自分の口で塞ぐ秋。その頬からはとめどなく涙が溢れ続けている。
自分を救ってくれたからだろうか。それとも苦労して助けたからだろうか。秋にはその愛おしさがどうして起きるのか分からなかった。
最初は抵抗したバルブレアだったが、やがて身体から力を抜き、秋にされるがままになっていた。
ああ、無理矢理というのは興奮するな。告白は出来なかったが、このまま世を去るのもいいものなのかも知れん。そんなことを思いながらバルブレアは、うっとりとした表情で秋の口づけを受け入れていた。
『うわー。見せつけてくれるわね。ギャラリーの前なんだけど』
「す、凄いです秋様。でも何か胸がザワザワします」
「ΑΒΩΔ ΤΥΦΧ ΠΨΛΞ ・・・・」
再び、イシアンが詠唱をはじめた。2人の邪魔をしないためなのか、それはとても静かな発声だった。まるでセレナーデのような詠唱だ。イシアンの声は地下空間に響き、やがて隅々にまで魔法の輪を起こしていった。




