第33話 トラップ4
言葉の壁は意志疎通の大きな障害となる
言葉が通じていなくても熱意が伝わることもある
伝える意志と努力がなければ同国人であれ思いは届かない
「氷河の棘!!」
その瞬間、神官の手から氷の呪文が放たれるのが見えた。冷気の塊が飛び出し、自分やイシアンの周囲を凍結していく。
とても聖職者とは思えない表情の神官。素早く離れる戦士達。無表情のイシアン。
秋は、これら全てが“止まった絵”のように感じ、無防備に見つめていた。
『10分 遡る』
抱きしめているイシアンから、音声ではないメッセージが伝わってきていた。
なるほど、これなら祖語はないのかも知れない。
そして目を開くと、怒りに震える神官がこちらを睨んでいた。
そのステータス表示は“魔力チャージ中 30秒”とある。振り返れば、槍で支えているプーカの姿がある。こちらのステータスは“失神中 60秒”だ。
「きっちり10分前 ありがたいねイシアン」
「イ、イシアンだと? 貴様、どこまで知っている?」
「“時を操る”とは言葉以上に見事なものだな。あんたは知らない。だけど俺は知っている。何故だろうね?」
思わず笑みがこぼれてくる。
神官より優位に立ったからではない。目的に一歩近づいた実感からだ。
「訳のわからんことを。いいか、貴様・・」
「悪いがチャージの時間は与えない。もう見てきたからね、この後の時間をさ」
秋はプーカをそっと寝かせ、槍をぐっと握る。
「ま、まさか貴様?! そんな馬鹿な・・・?!」
広いゲルとはいえ、所詮は屋内。既に十分な間合いの中だ。秋は下段の構えから、槍を神官に突き出す。
ギイン!!
胴体を突いた瞬間、神官の氷結の鎧が発動し、秋に霜を浴びせかける。
槍の表面が凍結していくが、秋は構わず頭部へと2撃目を放った。
ゴン!!
頭部を突かれ、もんどりうって倒れる神官。だが、意識は失ってないらしい“魔力チャージ中 5秒”とある。
秋は一歩踏み込んで、倒れている神官に止めの一撃を放った。
ゴスッ!!
ステータス表示から“魔力チャージ”が消え、変わりに“戦闘不能 82分”と表示されている。
少し強く突き過ぎたか。
「神官さん。あんたの言うように・・・“果実を摂るのに木を切り倒す”ことになるかも知れないけどさ…」
後の言葉を飲み込んだ秋は踵を返す。後には失神中の神官とコマンド受付中の戦士達が残された。
◇
「あれ?」
ゲルの様子を葦に隠れて伺っていたバジリスクは思わず言葉を漏らす。
まるで交渉をしているかのようだった神官と秋だったが、案の定、大立ち回りとなった。バジリスクは悩みつつも結局は、ゲルの近くまできてしまった。誰かに見つかるかと思ったが、不思議なことに誰も姿が見えない。
静かになったゲルから、秋がプーカを抱きかかえて出てくるのが見えた。
だが、ゲルの外には不気味な影がたくさんいる。何やら難しい顔をしている秋は気付いていないようだ。
「あ、危ない秋様!!」
思わず声をあげてしまうバジリスク。ゲルから出てくる秋に一斉に影が襲いかかろうとしていた。黒い布を被っているが、手に手に武器を持っているところをみると、あれも戦士なのだろう。
バジリスクの声に驚く秋。思わず、プーカを庇い片手のまま攻撃を槍で防ごうとする。
「ちっ!! 周囲のステータス確認を忘れていた!」
油断を呪いつつ、秋はステータス表示を周囲に広げる。手遅れかも知れないが、分からないまま殺られる訳にはいかない。
見れば、“隠密行動中”との表示が7つもある。潜んでいると“チェックしよう”という警戒意識からも外れるらしい。
「あれ?」
その表示が次々と“石化”へと変わっていく。
バジリスクが石化を発動してしまったのだろう。そこには湿地帯に不似合いな鍾乳石が7本、出来上がっていた。
「バジリスク、危険だと言ったろう?」
「でも・・・」
そう言ったままバジリスクは俯き、尻尾を巻いてしまう。恐ろしい能力を持っているが、極めてメンタルは弱いらしい。
秋は思わず、頭に手を置いて、優しく撫でた。
「まあ、お蔭で助かったよ。でも、後が面倒だから石化は勘弁してくれよな」
「・・・は、はい。ごめんなさい」
バジリスクは鍾乳石になった戦士達を見て、しまったという表情になっていた。
「ああ、今回は元に戻せると思うよ。ともあれ、イシアンのところに案内してくれ。どこにいるか分からないんだ」
どうしてあの“気味の悪いコ”のところに行くのだろう。バジリスクは訳が分からず、秋を見上げていた。
◇
イシアンのゲルは、村の外れに置かれ、いつも多数の大人達が監視している。だが何故か、村には人の姿が他にいない。
不安を抱きつつもバジリスクは、秋をイシアンの元に案内した。
2人がゲルに入ってみると、イシアンは分厚いカーペットの上に一人で座っていた。
暗い屋内のなか、イシアンの白い瞳がぼうっと光って見える。
「やあイシアン」
「ΑΒΓΔ ΤΥΦΧ」
ほら、イシアンはいつも何を言っているのか分からないのだ。バジリスクはイシアンのことを説明しようとするが、秋はニコニコしながらイシアンに近づいていく。そして何故か槍を握らせ出した。
「さっきは助かったよイシアン。待たせたね」
「・・・人は誰も救われない。だが、大地の子らにそれは不要」
「ええ?! イシアンが喋ってる?!?! しかもなんで秋様と仲良さそうなの?」
「言葉は何も伝えられない。 間違った問いには、答えがない」
驚くバジリスクにイシアンは無表情のまま答える。バジリスクは納得が言っていないようだが、これも秋の不思議な力なのかと納得することにした。
「イシアン、お願いが増えてしまった。10時間戻す前に、10分ほど前に戻してもらいたいものがある」
「時は・・」
「あ、ちょっと待ってくれイシアン。世界の時間を戻すんじゃなく、その物体だけ、時間を戻すことは出来るか?」
「世界の時間は戻らない。限られたなかでだけ時は戻る。対象物を限定しても同様」
「つまりさっきのは、世界の時間が戻ったんじゃなく、このあたりだけってことかな。ともあれ、神官のゲルに戻ろう」
「ちょ、ちょっと待って下さい。時間を戻るって秋様、一体?!」
「バジリスク。お前の石化を解除することは出来ない。どうも教皇が白魔法を駆逐しているみたいなんだ」
再び俯くバジリスク。まるで自分の存在が罪のようにも感じ、世界が重くなってくる。
「限られたなかで時は戻る。それが時の操り手」
「ってことだ。イシアンが時間を戻せばなかったことになる・・・多分な」
笑顔でバジリスクとイシアンを抱き寄せる秋。ぎゅっとされることで、バジリスクは何だかドキドキし、重い気分が晴れるようになった。見れば、同じように抱きしめられているイシアンも表情がないくせに心なしか嬉しそうに見えた。どうも“気味の悪いコ”という訳ではないらしい。




