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第32話 トラップ3

時への干渉で生まれたのが

タイムパラドックス・・・因果律の矛盾論だ

どうも時を超える力より、因果律を守る力の方が強いらしい

湿地のなかに点在する移動式住居“ゲル”。リザードマンの集落だ。なかでも一際大きいのが神官が祭祀を行うゲルだ。

そのゲルの傍では、背の高い葦に隠れるバジリスクの姿があった。神官と秋の男が話をしているのが入口から見える。秋に『ご武運を』と言って分かれたものの、何故かバジリスクはほっておけず、ついてきてしまったのだ。


はじめは大立ち回りの戦闘になるかと思っていたが、分からないうちに戦士様2人とプーカが無力化された。遂に神官様との戦闘かと不安になったが、一向に戦う気配はなかった。何やら難しい顔で話し込んでいる。商人との価格交渉をしている様子に近い。


だが、どうも様子がおかしい。あれだけいた村の人達は一体、どこへ行ったのだろう?

そしてゲルの周りで蠢く不気味な影。あれは何なのか。


やがて戦士の一人がうつろな様子で離れていった。何かを命令されたらしい。

しばらくすると、子供が連れてこられている。


あれはイシアン!


バジリスクはひどく驚いた。普段、外に出されることがない子供で、大人達が腫物に触るような扱いをしているからだ。

ただ、バジリスクからすれば、何を言っているのかよく分からない“気味の悪いコ”との認識だ。しかし何故、イシアンを連れ出してきたのだろう。


普段、自分も腫物のような扱いを受けているのだが、それにはバジリスクは気付かない。中の様子をもっと知ろうと、神官のゲルに少しずつ近づいていった。





秋の前に連れ出されてきたのは見たことのない種族の子供だった。少し人間離れしていて、しいて言えば、雰囲気はプルトニーのような魔族めいている。


「さて槍の男よ。これが“時の操り手”イシアンじゃ。見ての通りリザードマンではないが、あの方がこの村に連れてこられたのだ。わしが説明するより、イシアンの言葉を直接聞く方が早いじゃろう」


どれだけ緊張しているのか。神官は小刻みに震える手でイシアンの背を押す。

するとイシアンは数歩、近寄り、白い瞳で秋を見詰めた。

秋もイシアンを見詰めたが反応がない。その白い瞳は何も映していないかのようだ。


「こんにちはイシアン。連場秋(レンバアキ)だよ」


「ΑΒΓΔ  ΤΥΦΧ ΨΩΝΞ」


「えーとイシアン」


「Πλμνξ・・・」


イシアンは語り終わると真顔で秋を見詰めていた。白い目にも顔にも表情はない。かといって人形のようでもない。何らかの意志があるように感じる。


「いつもこうなのだ槍の男よ。あの方以外にはイシアンと会話が成立しない。貴様の言う切り札は、これでもどうにかできるというのかな?」


挑戦的な神官に対し秋は肩をすくめてみせた。そしておもむろに槍を握り、その柄をイシアンにも握らせる。

加護の力よ・・・。

秋は強く強く念じながらイシアンを見詰める。


「・・・言ってること、分かるかな?」


「Πλμνξ・・・・・・・。 言葉は何も伝えられない。 文字も何も伝えられない。 ただ、存在していることは伝わる」


「ば、馬鹿な?!」


神官は信じられないという顔をしている。

秋はほっとすると、イシアンへの語りかけを続けた。何とかいけそうだ。


「頼みがあるんだイシアン。時間を戻して欲しい。石化した人達を救いたいんだ」


「時は人を救えない。“ヒト”である限り救われない。ただ彷徨うだけ」


うーん。会話は出来るようになったが、これは意志疎通できているというのだろうか。

通じているのか、通じていないのか、非常に微妙な感覚だ。しばし考えてから秋は、少しだけアプローチを変えることにしてみた。


「救われないのは分かった。では、石化する前に時間を戻すことは出来るか?」


「正しき問いに正しい答えがある。間違った問いには、答えがない」


うーん。どういうことだろうか。何が間違っているんだろう?

神官は“結局は通じないではないか”といった顔でこちらを見ている。


「イシアン・・・時間を戻すことは出来るか?」


「限られたなかで時は戻る。それが時の操り手。それがイシアン」


「なら、石化してしまう前、そう10時間前に戻すことはできるか?」


「イシアンは半刻だけ。限られたなかでだけ時は戻る。10時間は神の領域」


「神・・・それは女神でもいいのか?」


「人は誰も救われない。だが、神の加護、女神の祝福、そして大地の子らの祈りで時は遡る」


どうやら光明が見えてきた。後はこの神官が問題だ。


「ここまでじゃな。あのお方の力があってはじめて時を操る魔法が使えるだと思っておったが、これは思ってもみないことじゃった」


神官の態度は大きく変わっていた。いつの間にか、戦士達も元に戻り、戦闘に備えた体制となっている。

秋がイシアンに集中している間に小細工をしていたようだ。


「だが、わずか半刻じゃ。これでは誰も石化からは戻せまい。残念じゃがあそこで眠る宝もそのままじゃ。どうやら無駄な努力じゃったようだな。まあ、はじめからそうだとは思っていたが・・・」


神官の周りに氷の輪が形成されていく。得意の氷魔法という訳か。


「だが収穫もあった。どのようになっても半刻ならイシアンが戻せる訳じゃ。その槍があればイシアンに命令できる訳じゃろう? 何かあっても戻してしまえばあの方にも気付かれまいて」


「何か勘違いしてないか?」


「どういうことじゃ?」


「半刻じゃないさ。時間を戻し、石化を戻してみせる。・・・ちょっと頼りないが、一応、女神がついているからな」


「『果実を摂るのに木を切り倒す』。まさに貴様のことを示す言葉じゃ。痴れ者とは思っておったが、よもや女神を騙るとはな・・・」


神官の魔力が増大していく。得られるだけのものを得たら、元から秋を殺すつもりだったのだろう。

リスクを避けるタイプだと思ってはいたが、到達者に気付かれず何かをくすねるリスクは構わないらしい。秋は他人事のように冷静に観察しつつ、イシアンを抱き寄せた。


「さてイシアン、少しだけ戻ろうか。ほんの10分前に」


イシアンは秋の顔を見上げ、その白い瞳に光を宿した。


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