閑話 バルブレア5 ~本編へ~
『気がつきましたか』
「あれ? なんでここに立ってるんでしょう?」
確か稽古前に掃除をする筈だったのに、何故か美人さんが目の前にいる。男だらけの道場に美人などいる筈はない。ならばここは一体、どこなのだろう?
『残念ですが貴方は不幸にしてこの世を去ることになりました。
幸いにして貴方は選ばれました。“特別な力”を得て別の世界へと転生することができます』
なんか昔、どこかで読んだような状況だ。
「もとの世界には戻れないんですか?」
『繰り返しになりますが、“この世界”であなたは死を迎えました。
私は神による特別な力を指定し、次なる世界の女神へとつながなければなりません』
なんだかよく分からない。
「一体、何があって死んだのですか?」
『大きな災厄です。空から死の影が次々と飛来し、たまたま貴方のいた場所が蒸発してしまったのです。
死の影が落ちた場所はどこも、まるで火の海のようになりました』
無言でいると、女神は優しい声で説明を続けた。
『次なる世界は科学技術が発達してません。このような惨劇はきっと起こらないでしょう』
戦争なんだろうか。脳裏に見知った顔がたくさん浮かぶ。その多くは道場の仲間達だ。
「・・・次の世界でも槍を続けたいです」
その言葉に女神は頷いた。
『いいでしょう。槍に神様のご加護を。
そして貴方の旅立ちに女神の祝福を贈りましょう』
女神が手をあげるとキラキラとした輝きが自分に集まってくる。気付けば、いつも道場で使っている稽古槍を手にしていた。光が身体を包み込んだかと思うと、ふわっと宙に浮かぶ。
「うわ?!」
浮いたかと思うと、また元の場所へと急速に戻された。
『え?』
女神がはじめて表情を崩した。
『あれ? あれ?』
動揺らしき感情が伝わってくる。
やにわに女神は両手を合わせたかと思うと、光を集めてそれを引き伸ばした。
『何これ…… こんなの聞いてないわよ』
横から女神の手元を覗いてみると、引き伸ばされた光は、タブレット端末のように平面の画面をつくりだしていた。
そこに映るのは、とてつもない数の魔方陣に包まれていく星の様子だ。
「何ですか、これ?」
やがて画像は乱れ、ふっとブラックアウトしてしまう。
『ちょ、ちょっとちょっと!』
女神は慌てて光のタブレットをぱんぱん叩き出した。どこか昭和臭のする動作である。
衝撃が奏功したのか、再び映像が映し出される。だがそれは先程とは異なる青い星の姿であった。
「これ、地球ですよね」
『やだ……』
北半球を中心に小さな光が起こったかと思うと、それが次々と連鎖して広がっていく。惑星サイズで見れば小さな光だが、とてつもない規模なのだろう。たちまち巨大な雲が立ち昇り、やがて地球は厚い雲に覆われていく。
『こ、こんな馬鹿な……』
ピシッ・・・
呆然としている女神の後ろで不審な音が鳴った。
振り返ってみると、そこには何もない空間に亀裂が入っている。やがて亀裂が広がり、そこに大きな扉が出現した。
『まさか! 女神の私室にまで“つながる”というの?!』
「どういうことですか?」
「世界が終わるとき“終わりのダンジョン”への扉が開くの。まさか、ここになんて・・・」
ゴゴゴゴゴゴ・・・
低い音を響かせて扉が開く。
「やあ! まさか女神の私室にお招き頂けるとはね」
扉の向こうから笑顔の男が手を挙げて現れ、爽やかにウインクをした。ルーンが刻まれた黒い豪華な衣装。一見、10代のようにも見えるが、その演技くさい振る舞いはもっと年齢が上なようにも見える。
「これは何たる行幸か。この力の限界を試すのにまたとない機会だよ」
『この無礼者!』
「さて、吸わせて頂くか、その女神の力を」
突き出された男の右手がグニャリと歪む。いや、歪んだのは手ではなく、空間のようだ。
『なんと恐ろしい力か!』
女神は必至になって吸い込もうとする男の力に耐えていた。
何故か自分はまるで平気だ。ぼんやりと男と女神のやりとりを眺めていると、女神がこちらを向いた。
『た、助けて……』
耐えきれなくなり、女神がこちらに手を伸ばしてくる。
なんだか気の毒に思ったので、すっと槍を女神に差し伸べることにした。
「槍に掴まりなよ」
『・・・。
助かるんだけど、なんで平気な顔してるのよ?!』
「なんでだろう。聞かれても分からないけど、神様の祝福とか女神の加護とかのお蔭かな?」
女神は槍を見つめはっとした顔をしている。
『ちょっと! 私は加護を与えたばかりで今、力が入らないのよ。力が戻るまでの間、この槍に隠れてるから、後で出してよね』
「え? どこに隠れるの?」
返事もせずに女神は、槍と鎌部分の間に入っていった。稽古槍とは言え十字槍だからつなぎ目はあるけど隙間なんてない。どこに入るのだろう。
“あれれ”と大袈裟な声をあげながら男は、こちらを見てニコニコとしている。
「女神には逃げられちゃったか。残念だけど思ったほど力は吸えなかったなあ。
それに君だよ君。君からは全然吸えないね。どうなってるのかなあ?」
「死んでるからじゃないかな?」
「そうか、死んで女神の前に召喚されたんだから道理だね。
いいね! それはこの力の限界の一つに違いない。いいことを教えてくれたお礼に、君を蘇らせてあげようか」
「そんなこと出来るの?」
「吸った命が沢山あるから、やってみる価値はあるだろうね。これも限界を知るチャンスさ」
男は嬉しそうに左手を伸ばす。途端に視界が真っ暗になり、意識を失ってしまった。
「さて、どうかな? 今は再起動中ってとこだろうな。運が良ければダンジョンの深みで再会できるさ。その時はもっと楽しませてくれよ。
おっと、名前を聞いておけば良かったな。まあいい、お互いに祝福があらんことを」
カラカラと笑いながら男は姿を消した。
主を失った女神の部屋は光を失い、やがて透けて消えていく。扉も消えるとそこはダンジョンの通路となっていた。
・・・。
連場秋はヒヤッとした風で我にかえり、辺りを見回した。
何故かそこは、見通せないぐらい遠くまで石畳が続いている。
「涼しい・・・。」
汗ばんだ肌に、冷気はとても心地良かった。だが、不安が心を占める。
「道場の掃除、どうしよう・・・。」
秋の右手で稽古槍が不満そうに身を震わせる。
何だろうと槍を見詰める秋。その時、威勢のいい女の声と金属がぶつかる音が響いた。
近くで何かあったらしい。
反射的に駆け出す秋。
石畳の通路の角を曲がると、そこではゴブリンに襲われる女の姿があった。
「そこの方! 助力をっ!」
騎士姿の女はゴブリンの攻撃を盾で防ぎながら、秋に呼びかけた。
兜の下で緑色に輝く大きな瞳。美しい顔立ちに女慣れしていない秋は真っ赤になっていた。
秋は神の加護を受けた稽古槍でたちまちのうちにゴブリンを撃退する。
女は危機に駆けつけてくれた秋の姿に感動を覚えていた。
このような殿御であったか!
“遂に出会えた!”との思いが身体を熱くする。身体の震えを抑えつつ、一つ呼吸を置いて秋に声をかけた。
「私の名はバルブレア。聖騎士をしている。
恩人の御名をお聞かせ願いたい」
しばしバルブレアと秋は互いに見詰めあっていた。
[設定]
神の加護 →稽古槍に非破壊属性付与、抵抗値上昇、ステータスの底上げ‥‥
女神の祝福 →気休め
尚、ステータス確認能力は与えられた命の元の持ち主の能力




