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第30話 トラップ

商人は腹を売り客は下より這う

交渉事の常道を指す言葉だ

だが探り合いにかまけ遠のくものもある

そこに青々とした湿地帯が広がり、遠くにはジャングルのような森が続いていた。

ダンジョン内にあるリザードマンの集落である。


背の高い葦の間を縫うように進む秋とバジリスク。葦が揺れる様から、多分、遠くからでも秋達の接近に気付くことだろう。


「接近戦ができるならいざ知らず、能力戦になるとやっかいだな」


独り言の増えた秋は思いを口にしつつ、かといって歩みを遅くすることなく進んでいた。秋の後ろをチョコチョコとバジリスクが進んでいく。歩幅がかなり違うので大変そうに見える。


「秋様は足が早いですね。道も知らないでしょうに凄いです。私はついていくのがやっとです」


「なんか強い圧力を感じるんだよ。その方角に進むから余計に足に力が入ってね。

 バジリスクは普段、身体を鍛えていないのか?」


「私は神職希望なんです。修行はしているのですが運動ではなく瞑想や“水ごり”が主体なんです」


水ごり? 秋は修行僧が水を浴びる姿、ついでトカゲが浴びる姿を脳内で再生してみた。そして疑問が浮かぶ。


「リザードマンが水を浴びるのは、何か宗教的な意味があるのか?」


「とても気持ちよくて落ち着くんです。沼に浸かるのとは大違いなんです。秋様も試されてはみませんか?」


人間の皮膚に潤いは必要だがそこまで水は要らない。だが、一生懸命なバジリスクの様子に秋は口をつぐんだ。

秋の気持ちの昂ぶりは収まっており、普段は優しいお兄さんなのだとバジリスクも理解したらしい。ここ1時間ほどは、やたら熱心に話しかけようとしていた。


「で、子供達を遊ぶと凄く喜んでくれて・・・。

 もしかして、私、煩いでしょうか? でしたら黙ります」


「バジリスク」


「は、はい!」


秋は振り返ってバジリスクを見詰めた。バジリスクは緊張して背筋を伸ばす。秋の様子がどことなくおかしい。その手が自分に伸びてきたとき、バジリスクは身を震わせた。

だが秋の手は優しく、自分の頭をポンポンとするだけであった。


「お前は遠くに離れていろ。戦闘になる可能性が高い。子供は巻き込みたくない」


バジリスクは目を見張った。大切な人を石化させた自分を殺すでもなく、危険だからとこの人間は逃がそうというのか。


「でも、秋様は誰が誰か分かりませんよね。私がいた方がいいように思うのですが」


「ふむ。お前が利発なのもいいコなのも良く分かった。でも、いくら道理だろうが、危険にさらす訳にはいかないんだ」


こういうとき聖騎士(パラディン)が何と言うか、その声が聞こえるんだよ。

言葉を飲み込み、秋はバジリスクを置いて進みだす。その背中にバジリスクは何を感じたのか。


「ご武運を」


間近に迫った集落に秋は正面から進んでいく。その正面には大柄な2体の戦士を先頭に何体ものリザードマンが待ち受けていた。

武者震いをしているのか、右手の槍はカタカタと鳴っていた。





「さて槍の男よ。ここへは何をしに来たのかな?」


白い神官服に身を包んだ老齢のリザードマンが秋に尋ねた。ここは集落の中軸に設置された神官のゲルだ。

秋は武装解除をされることなく、このゲルへと案内された。後ろには2人の屈強な戦士が睨みをきかせている。


「単刀直入に尋ねよう。バジリスクに石化された人を助けたい」


「一度石化したものは戻りませんな。神の御業でもない限り。して、バジリスクはどうしたのでしょう?」


「俺が倒した」


「なんと! バジリスクは“神にも等しいお方”に力を授けられた、いわば巫女なのですぞ。それを手にかけるとは、これは許しがたい行為ですな!」


「石化し放題はいいのか?」


「なんですと?」


「倒したとは言ったが殺した訳ではない。目が覚めたら、目につくものをみな石化して回っているぞ」


「そんな馬鹿なことが!」


「ひょっとしたら俺を追って、ここへも現れるかも知れんぞ? そしたら皆、仲良く石化だな?」


考え込む神官。慌ててはいるが恐れてはいない。ステータスには何も現れていない。こいつは冷気使いだと聞いている。液体を伴うバジリスクの石化は凍結により通用しないのだろう。逆に後ろの戦士達はひどく落ち着かなくなり、ステータスには“不安”が表示されていた。つまりこいつらは“石化を防ぐ手段”を持っていないということか。


狼狽(うろた)えるな。また捻ればいいんだ。プーカを!」


「捻る?」


バジリスク同様、能力でコードネームをつけているとすれば・・・プーカは姿を変える、もしくは人を操るってことだろう。

そこに少年が連れ出されてきた。バジリスクより幼く、見るからに子供といった印象だ。そしてプーカの上には“暗示”と表示されていた。


「さあ、いいかいプーカ。少し力を貸しておくれ。あの人間を“捻る”んだ。いいかい」


なんだか嫌な予感がするな。ステータス表示は見えても、魔法を防げる訳ではない。頷いたプーカには魔力が集まってきているのが見てとれた。


「プーカ、バジリスクが遊んでくれるそうだよ。そこのおじさんを捻ろうってさ」


「分かったよ・・・」


俺が身を翻した瞬間、プーカの力が放たれた。驚愕する神官と戦士達。だが驚きは続かず、すぐに戦士達はとろんとした目になり、手にしていた武器を取りこぼした。ステータス表示は“コマンド受付中”となっている。


流れるような動きで秋は、プーカのアゴ先を槍先で弾き意識を刈り取った。ステータスは“失神中 60秒”となっていた。バジリスクの例もある。“暗示”が解除されているのかも知れない。

プーカが倒れないよう槍先で支えながら、秋は神官をゆっくりと振り返った。


「凄い能力だな。ほんと(バジリスクがお喋りで)良かった」


怒りに震えつつ神官はこちらを睨んでいた。いや、ステータスが“魔力チャージ中 30秒”とある。魔力を振り絞るための振動なのだろうか。

まあすぐには攻撃してこないということだろう。


「さあて、取引をしないか?」


「・・・どこまで知っているのだ?」


当然、神官は乗ってくる。チャージ終了まで襲ってくることはない筈だ。問題は30秒の先にある。


「交渉開始だな」


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