第29話 裏切りの叙事詩3
女と男では“ムチムチ”のニュアンスが異なるという
“ガリガリ”も“ポッチャリ”も同様だ
数値化されないのにも意味があるという
死体はない。相手がゾンビなら倒しても蘇生出来ない。
かといって新しい技にはまだレベルが届かない。
スキャパは骨を鎧のようにまとわせ、ブードゥーを睨み付けていた。
「では、妾からじゃな。いでよ炎の壁!
横一線に炎の壁が立ち上る。向こう側が透けて見えるのだが、その炎の威力は凄まじい。炎の壁に触れたゾンビ達が瞬く間に燃え上がり蝋燭のようになった。
「ほほう・・」
死呪士がニヤリと笑うと、死セル勇者が手に持つ剣を一閃した。
ギィイイン!
物凄い剣圧が巻き起こり、プルトニーがおこした炎の壁が切り裂かれる。炎だけでなく、下の地面にまで大きな亀裂が走っていた。
「なんと凄まじいものじゃのう」
スキャパが他人事のような感想を口にする。まるで楽しんでいるかのような緊張感のない陽気な声だ。
さて、切り裂かれた炎の隙間にはゾンビが殺到し、次々と二人に襲いかかる。
ぼっ!
ぼっ!
だが、そこにはプルトニーが召喚した多頭炎竜が待ち構えていた。
「さあ、熔けろ熔けろ」
多頭炎竜は次々と炎の塊を吐き出す。細い突破口に集中していたゾンビ達は一気に燃え上がった。
「おお、まさに地獄絵図じゃのう」
「……油断するな。
上から来る」
ギィイイン!
はっとしたプルトニーが後ろに下がると、上空から剣が降り下ろされた。
まさに間一髪。髪をかすめる剣激にプルトニーの顔が蒼くなる。慌てて正面に炎を放ってさらに2歩3歩と飛びすさる。
「これはキツイ」
プルトニーの炎と同時にスキャパが骨の壁を張り巡らせていたが、死セル勇者は何の抵抗もなく踏み込んで剣を振るう。あまりのパワーにどんどん後退してゆく2人。だが、坑道のような地形では逃げ場が少なく、次第に追い詰められていく。
「おい、後ろは裂け目じゃぞ」
プルトニーの声にスキャパが後ろを振り返ると、そこは下の見えない大裂け目となっていた。秋達が落ちたのはこの上からだろうか。
裂け目を見つめるスキャパを余所にプルトニーは、多頭炎竜の大量召喚で死セル勇者を押し留めていた。
「おお! 幼女みたいなお姉ちゃんもなかなかやるねえ」
「ちっ、あの不細工な顔に一発、入れてやりたいもんじゃのう。ところで“同志”殿よ、ここは支援を願いたいのじゃがな。妾はもうすぐマナ切れになるぞ」
「……もう少し頑張れ
そしてゆっくりと下がれ」
「そうか」
協力を断るスキャパに、何の反論もなくプルトニーは同意した。心なしか口元には笑みが浮かんでいる。
「しからば、もうちと“きばろう”かの。“同志殿”。では魔力を全部使うとしよう。後はカラカラじゃで、まかせるぞよ」
プルトニーの目が一段と赤く輝いた。全身からマナが集まり、深紅の双眸から発せられる。
「多頭炎竜、多頭炎竜、多頭炎竜……炎の壁よ炎竜をつなぎて舞い踊れ」
プルトニーの呪文とともに、召喚する多頭炎竜が連なり、八岐大蛇のような巨竜の姿となった。その吐き出す壮絶な炎は、まるで世界を燃やし尽くさんとするかのようだ。
熱風を避け、裂け目沿いにジリジリと後退するプルトニー。魔力は全て使いきった。これで効かなければもう打つ手がない。
その幼女のようなあどけない顔に冷や汗が流れる。
「やはりか……難儀なことじゃな」
呟くプルトニーの前に死セル勇者が姿を現した。燃えるゾンビを体から引き剥がし、得意の剣を構える。
「そのゾンビ共は身代わりにも使えるのか。ずるいのう」
「ま、幼女の魔法も“なかなか”だったぜぇ。さ~て、追いかけっこもここで終いだ」
死呪士が死セル勇者の後ろから姿を現す。その身は幾十ものゾンビに囲まれており、つけ入る隙もなかった。
「……同感。
追いかけっこはここで終わり」
スキャパが近づきプルトニーの肩に手を置く。その顔には自信があふれている。
「……よくやった
ではショータイム」
「どこに隠れてたんだ? あれ、得意のスケルトンはどこだ?」
スキャパはゆっくりと裂け目の下を指差した。垂直に切り立つ崖の中腹には、まるで楔のようにスケルトンが刺さっている。何体も何体も刺さっており、それは死呪士のいる辺りにまで伸びている。
「……クラック」
スキャパの声でスケルトンたちは一斉に手の剣を自らに叩きつけた。ガンっとさらにその身は崖にささり、たちまちのうちに亀裂が伸びていく。
「こ、これは?!」
追いつめているようで、誘導されていることに気付いた死呪士は、隈取りをしていてもハッキリと分かるほど驚きの表情を浮かべていた。
そう、足元の地盤を支えている筈の岩盤は、今や滑り台のようなものだ。とてつもない自重があるうえ、これだけの数のゾンビが乗っているのだ、裂け目へ真っ逆さまに落ちていくだろう。
「やるなムチムチ! 死セル勇者と闘いながら、まさか罠を仕掛けているとはな」
「……ムチムチ言うな。
気にしている」
「褒めてんだけどな。まあいい。しかしその姿、あんたが魔族だったとは思わなかったぜ。正体を隠して人間と旅してたようだが・・・そうやって勇者も殺したのかい?」
スキャパは黙って死呪士を睨んでいる。それを肯定と受け取ったのか死呪士は楽しそうにゲラゲラ笑い出した。
「そうか。裏切ってのはいいもんだなあ。最も効果的で最も効率的だ。よく分かってねえ奴は卑怯って罵るが、俺には全く意味が分からねえ。なあ、あんたもそう思うだろう?」
「……ある面、私は裏切り者だ。
効果的かつ効率的とは私の美学でもある。だが、貴様の顔には虫唾が走る」
途端に死呪士達の足元が崩れ、地面もゾンビ達も轟音とともに裂け目に滑り落ちていく。
見えない裂け目への落下だ。ゾンビとはいえさすがに助かるまい。
そう2人が感じているなか、もうもうと立ち昇る砂煙の向こうから死呪士の声が響いた。
「やるなムチムチ! 今回はお前の勝ちだ。まあ、また会おうぜ!」
その一瞬、死セル勇者が死呪士を抱きかかえ、岩の間を裂け目の下へ飛ぶ姿が見えた。しばらく呆然と裂け目を見詰めるスキャパとプルトニー。下層からはずっと岩が転がる音がゴロゴロと響いている。
「しかし、なんともしぶとい奴じゃのう」
「……しつこい男ほど嫌なものはない」
「全くじゃ。しかし、あのネバネバはなんじゃったんじゃろうな」
2人は下層の階段を求め、裂け目を離れていった。




