第28話 裏切りの叙事詩2
心というのは案外侮れない
妄執は時に社会を変えることすらある
誰かの逆恨みの世界に我々は生きているかも知れない
鍾乳洞を進む秋とバジリスク。先程まで殺気だっていた秋だったが、バジリスクがまだ子供のリザードマンと知り、怒りの矛先が定まらず思考の渦に落ちていた。10歳とはリザードマンでも成人には達しない年齢らしい。
どうやってバルブレアを助けるか。このバジリスクをどうするか。村には何があるのか。・・・・。
「お前の能力について確認しておきたい。石化はどうやって発動しているんだ?」
不意に振り返った秋に、バジリスクはビクッと身を震わせた。秋が余程、怖かったらしい。慌てて身振り手振りを入れながら説明をはじめる。
「こ、こうやって目を閉じて念じるんです。そうすると水が滴るような感覚があって・・・それで目を開けると鍾乳石が出来てるんです」
「しれで何が鍾乳石になったのかは聞かないがな。ところで目を閉じていたら相手がよく見えないだろう?」
「いえ、熱を感じるんです。だから見えないけどそこに居るのが分かるんです」
ピット器官・・・いわば自然の熱センサーか。あれってトカゲにはないんじゃなかったっけ。まあ、バジリスクは爬虫類の王とか言われているから、ヘビでもトカゲでも構わないんだろう。要は、石化には「念じる」「滴が落ちる」というプロセスがある訳だ。
「で、村は誰が治めているんだ?」
「教皇様がいらっしゃらない間、村をまとめているのは“オラド”の神官様です。それはご立派なリザードマンで、氷の御業をお使いになります」
「氷・・・具体的にはどんな技なんだ?」
「技というのでしょうか。いつも氷の輪に包まれ輝いておられます。お許しなく触れようものなら、たちまち凍り付いてしまうんです。お怒りになって、その輪を放射されたこともありました。ああ! 私達リザードマンは寒さに弱いので、それはとても恐ろしい光景でした」
「水滴も凍らせられるんだろうな…」
「え?」
「いや、色々と統治するのに相応しい能力だと思ってな。教皇とやらは色々と考えているんだと思ってな。で、そうした能力持ちがゴロゴロといる訳か」
「いえ適正があったのは8人です」
「お前や神官はその数に入っているのか?」
「ええと。神官様、2人の戦士様。後は私のような子供です」
「ふむ。大人のリザードマンは氷を使う神官と、鋼でも傷つかない者、姿を作れる者ということか。しかし子供の能力も侮れないな。お前を“譫妄”状態にする能力のことも気にかかる。さて数の上では50対1。しかも能力持ちが3人+αときている。普通なら避けたいところだが、その神官には色々聞きたいことがあるしな」
考えを一つ一つ口に出しながら秋はバジリスクを見ていた。この能力を利用すべきかどうか・・・。
自然と目つきが険しくなっていたのだろうか、秋の視線を受け、バジリスクがまた怯えていた。嗜虐心をくすぐる光景かも知れないが、秋には少女を痛ぶる趣味はない。
「・・・できればこのやっかいな石化能力も無力化してやりたいが。困ったものだ」
バジリスクはその呟きを耳にし、ふと胸が温まるような不思議な気持ちになっていた。
◇
スキャパとプルトニーが降り立った階層では、まるで洞穴のような空間が広がっていた。これまでのように整備された石畳ではなく、自然にできた地下洞といった印象だ。ところどころ壁が何やらヌメヌメとし、キラキラと光っている。
「まるでナメクジが這った跡のようじゃのう。それに何やら湿度が高くてむっとするわい」
「……レンバ達も死体も見当たらない」
スキャパは不満を漏らしながら周囲を見回した。あの騒がしいバルブレアがいれば、離れていても気付くに違いない。だが、あたりには戦闘の気配はおろか、モンスターの熱反応すら全く感じられない。
「熱の視覚化か‥。人外の力を使っておるようじゃがバレても妾は知らんぞ」
「……気付く者がいたら生かしておかないから大丈夫」
「これで、好かれようとしておるのじゃから始末に負えんな」
プルトニーは“やれやれ”と声を両手を上げ、自分では魔力探知を発動する。魔力の波動を周囲に打ち込み反応を確認する技だ。
「おっと反応じゃ! これは・・・困ったもんじゃな」
プルトニーの視線の先から、幾つもの影が姿を現す。体温のない影、それは死呪士が生み出すゾンビであった。
「ちっ、せっかく潜んでいたのにバレちまったか。魔族ってのはやっかいなもんだな」
「なんじゃ貴様は。その醜悪なゾンビに包まれておったのか。これは驚きじゃな」
「ん? 初めてみる顔だがなかなかの別嬪さんだな。まだ幼いとは言え、これはこれはアリだな。後ろのお姉ちゃんを追いかけてきたんだが、こいつは嬉しいねえ」
死呪士は隈取りだらけの顔を晒し、舌なめずりをする。本当に涎が出ているようだ。プルトニーの後ろでスキャパは心底嫌そうな顔をしていた。
「“同志”殿よ、こんなのと知り合いとは思わなかったぞ」
「……下品極まりない。
見るのも苦痛」
「まあ、同意するがな。じゃが油断はできんぞ。ゾンビ共はひい、ふう、みい・・・150体はおるようじゃ。しかも凶悪な大物もおる」
スキャパの声に合わせるかのように、大きな影がずいっと前に出た。プレートアーマーから瘴気を立ち昇らせるその凶々しい姿、それは勇者のものだった。
「死セル勇者・・・俺の切り札だ。さ~てムチムチの死霊使いよ。ここには俺のゾンビ軍団以外に死体はないぞ? 大人しく可愛がられるかい?」
「……下卑たに相応しい顔だ。
早くレンバの顔で口直しがしたい」
「やれやれ戦いは避けたかったが、これは“同志”殿に同意するしかないのう」
スキャパもプルトニーも魔力を解放し怒りに震える死呪士と対峙する。プルトニーは魔法を振るうだけだが、スキャパはそうはいかない。真の実力は死体があってこそだ。残念ながら死呪士が蘇らせた死体は使えない。
「……ちっ」
スキャパは深紅の瞳を燃え上がらせ、対抗策に思いを巡らせていた。




