閑話 バルブレア
バルブレアは長い長い夢を見ていた。
自分がまだ少女だった頃の姿が見える。
遠くに聞こえるのは、母の声だろうか。
そう、あの頃は、好きだった本をいつも読んでくれていた。
・・・・
・・・
・・
「ううん。騎士になりたいの」
幼い少女は可愛らしく首を振る。思いっきり何度も振る。そのたびに絹のような金髪が揺れて輝く。少女の手には豪華な装丁の本があった。書かれているのは古代エルフ文字。表紙の絵からすると英雄譚のようだ。
「いい、エルフは人間と違って繊細なの。どんってぶつかったりしたら倒れてしまうのよ。
ごらんなさい。このご本でも、エルフは弓や魔法を使っているでしょう」
美しいエルフが少女を優しく諭す。困って表情を浮かべているが、楽しんでいるようでもある。その綺麗なエルフは、18歳ぐらいの容貌をしているが、実際には何百歳にもなっているのだろう。
「お母さん、それじゃ王子様の傍にいられないよ。私は王子様を守って戦いたいの。“我が盾とならん”って」
「あらあ、それじゃまるで王子様が2人いるみたいね」
「いいもん。王子様の傍にいたいもん」
少女はあくまでも王子の傍にいることに拘った。どうして自分は騎士になれないのか。身体が繊細なら鍛えればいいではないか。エルフには方法を考える時間も鍛える時間もいっぱいあるだろう。
「どうやらバルブレアは納得していないみたいだね。いいかい、魔法を使って強化する方法もあるよ」
「あなた!」
可愛い娘を喜ばそうと助言したのは父親のようだ。だが、すぐさま母親エルフに叱られる。基本的にエルフは暴力を好まない。幾ら娘の夢想だとて、騎士になるのを勧めるのは看過できないという訳だ。
「お父さん、そんな方法があるの?」
案の定、少女は期待に目を輝かせていた。母親はさらに困ったような顔をしている。何でも一度はじめたら辞めない性格なのはこの100年でよく分かっているからだ。できればそれは女の子らしい趣味に向かせたかった。
だが、父親はそうではないらしい。
「ああ。大きな盾を持った聖騎士という職業がある。オーラを使って仲間を支援する、とても頼りになる存在だ。お父さんもかつて何度も助けられたんだよ」
「お父さん、冒険してたの?!」
「もう! この子が夢中になるから、それぐらいにして下さい」
母親は慌てて少女を抱きかかえ、子供部屋へと連れ去っていく。
「やだー! もっと聞きたい!」
「お母さんがダメだって。お前がもっと大きくなってから教えてあげることにしよう。それまではいい子にしているんだよ」
「え~~~」
少女は不満を漏らしていたが、やがて母親に寝かしつけられてしまった。
娘が寝たことに安心しつつも、母親は眉間に皺を寄せ何かぶつぶつと不満を口にしている。
「寝てしまったようだね」
「どういうつもりテナニヤック?」
「いいじゃないか。窮地の仲間を支える聖騎士のオーラ。種族なんて関係なく皆の盾、精神的支柱になり得る存在だ。その輝きは心の希望であり、戦場に咲く一輪の華のようだったよモーレン」
テナニヤックはモーレンの肩を優しく抱く。モーレンは仕方ないというようにため息を一つ吐いた。
「あなたの矢が私を守ってくれたから出来たのよ。実際、白兵戦にエルフは向いていないわ」
「彼女がどのようなエルフに育つかは分からない。何に向いているかも分からない。どんな苦労をするのかも分からない。でも、その夢を支えてあげるのが私達、親なのではないかね」
「口ではかなわないわね。どうも私の家系はエルフらしくなく直情的でいけないわ」
モーレンはテナニヤックの口を唇で塞ぐ。
「あのコはそんな君にそっくりだよ。人間は“脳筋”って言うらしい。とても可愛らしい響きだね。きっと情熱的なエルフに育つに違いない」
「じゃあ、きっといい王子様を捕まえるわね。私みたいに」
モーレンはぐっとテナニヤックを抱きしめた。細い腰だ。しなやかな身体の感触が手に伝わってくる。
知的なテナニヤックに似ることを望んでいたが、あのコは日に日に私に似てくる。きっと細くて綺麗な王子様に夢中になるのだろう。まあ、私に教えてあげられるのは、めげずに追いかける強いハートぐらいなものだが、それも悪くないだろう。
「願わくばこのコの夢が叶わんことを。多くの幸せが訪れんことを。そして良い出会いに恵まれんことを」
モーレンとテナニヤックは、天使のような顔で眠る娘に祝福を送った。




