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第27話 裏切りの叙事詩

気が付かずに人を傷つけることは少なくない

気が付いていても止められないこともあるだろう

では、止められるのに傷つけてしまうのはどうしてなのか

石化・・・これが鍾乳石であるなら、要は炭酸カルシウムの塊なので塩酸があれば溶けるだろう。

酸を吐くモンスターを探す手もある。だが、実際のところこれは化学反応ではなく“魔法の効果”だ。バルブレアだけでなく皆、“死亡”ではなく“石化”状態となっている。


考えられる方法は、石化攻撃をしたバジリスクの殺害、もしくは石化解除の魔法を探すことだ。

秋は倒れたままのバジリスクを見詰める。状態異常表示は“昏倒”で、それまで表示されていた“譫妄”は消えていた。


バジリスクは、胸にはブラ状の布、腰にはパレオのようなものをまとっているだけで、肌の多くが露出している。筋肉質だが出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでおり、まるで水泳や陸上選手といった出で立ちだ。よくRPGで見かけたリザードマンではなく、むしろ人間よりの風貌をしていた。


「ん・・・」


表示が“覚醒まで20秒”と出ている。以前より表示が細かく読み取れるのは、習熟度によるものか、それとも能力が上がっているのか。

秋は、槍を構え、バジリスクが目覚めるのを待った。攻撃の意図があるならば、即、頭部を潰す。バルブレアの石化で気が立っているのを自身でも感じる。もう、殺傷をタブー視する感情は飛んでいた。


「気付いたか。へたに抵抗すれば殺す。聞かれたことに応えろ」


「ひっ・・・・ こ、殺さないで」


目覚めたバジリスクは、突きつけられた槍より、秋の刺すような視線に怯え、身体を震わせた。秋が想像していたより、ずっと若く女らしい声だ。ステータス表示は“心理的圧迫”となっている。“譫妄”はない。どういうことだろう。


「名前と所属は?」


「“オラド”のバジリスク・・・」


「“オラド”とは?」


「“天使の知恵を授けられた者”を意味する教団の名です。バジリスクは私の洗礼名です」


「天使の知恵とは何だ?」


「授けられた不思議な力です。人によって異なる力を頂いています」


「お前はそれが“石化”だったという訳か。これを解く方法は?」


思わず握る槍に力が入る。


「ひ・・・。どうして石化のことを知っているんですか」


顔を背けるバジリスク。後ろに下がろうとするが秋が喉元を槍で抑えつけていて動けない。


「どうして? どうしてだと?」


秋の声が一段と大きくなる。バジリスクのステータスは“恐怖”へと変わっていた。

震えるバジリスクの目には大粒の涙が浮かんでいた。どうも白を切っているようには見えない。


「これが目に入らんのか? 後ろを見てみろ」


ゆっくりと振り返るバジリスク。そこには、数えきれないほどの鍾乳石。いや石化した人の姿があった。


「こ、これは!! まさか!?」


「お前は大切な人を石化した。 解除する方法を教えればよし。 そうでなければ・・・」


「ご、ごめんなさい。ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」


秋が言い終える前にバジリスクは謝りだした。そう、ひたすら謝っている。まるで自分がしたことだと今、気付いたかのように。


「私が、やったんですね。・・・これ全部」


「・・・・」


「信じてもらえないかも知れませんが、覚えていないんです。

 指示を受けて、私はここに来ただけなんです。そうしたら頭がぼうっとして・・・」


ステータス表示は“不安”“後悔”となっていた。

もはやステータスの範疇を超え、感情まで表示されているんじゃないか。バジリスクが自分を謀っている訳ではないことが伝わってくる。怒りの治めどころが分からず、秋は無言でバジリスクを見詰めていた。


「申し訳ないです。でも、解除の方法、分からないんです。

 教皇様に聞けば分かるのかも知れません。

 お願いです。殺さないで・・・下さい」


無言で見下ろす秋がよっぽど怖いのか、バジリスクは目を合わせず、俯いたまま何度も命乞いを続けた。

あれだけ恐ろしい敵の正体がこれか。秋は言いようのない怒りを感じていた。この怒りをどこにぶつければいいのか。当然それは分かっている。このバジリスクを操ったやつだろう。秋は必至で怒りを抑えつけ、情報を得ようとする。


「その授けられた力は、人によって異なると言ったな。

 教団とはどれぐらいの数がいるんだ。それにどんな能力があるんだ?」


「私達、リザードマンの村は50人ほどです。オラドにはもっともっと多くの村があると聞いてます。

 時折、教皇様が訪れて力を授けていくのです。“天使の知恵”は色々で、鋼の剣でも傷つかなくなったり、もう一人の自分を作り出せるようになったり…」


ここでバジリスクは考え込み、ふと思い出したように顔を上げた。


「教皇様は適正があると仰っていました」


「では、その教皇は、お前らに能力を与えて何をしているんだ?」


「天使様のお導きと仰ってました。与えるだけでなく、お導きに従って、能力を取り上げることもありました」


「お前らは疑問を抱かなかったのか?」


「何にですか?」


秋は言葉を飲んだ。どう考えてもリザードマンたちの村は吸い取ったスキルの実験場だ。体力と魔力、何より人を疑わない素直さを備えていて、実験にはうってつけだろう。


「教皇はどんな姿をしている?」


「教皇様は・・・。黒いローブを羽織っていて、そのお顔を直接見ることはかないませんでした。

 しかし、そのご立派な出で立ち、偉大なリザードマンなのでしょう」


「見ていないのか。中身は人だとは思わなかったのか?」


「・・・何故、人がそんなことをするんですか?」


秋は槍を引き、後ろの様子を顎でしゃくった。


「ではお前は何故、こんな大量の石化をやったんだ? 何も疑問を感じなかったのか?」


「・・・・」


ようやくおかしいことに気付いたのか、バジリスクは押し黙り、また涙を浮かべた。

立派な体格をしているが、バルブレアより中身は子供のようだ。

・・・子供だって?


「お前、年は幾つだ?」


「・・・10歳です」


秋は心の中で空を仰ぎ、ため息をつく。

だがめげてはいられない。バルブレアを早く助けねば。





「お、時間切れかの・・・」


プルトニーが言うが早いか、スキャパが蘇生(レイズ)をかけた巨大なサンドワームが元の死体へと戻っていく。巨大な質量が倒れたことで、周囲の建物が倒れるほどの地揺れが起こった。


「今さらじゃが、何でその力を使わんのじゃ?」


「……膨大な魔力が必要になる。

 人の姿のままでは使いにくい」


スキャパは力を抜くように一呼吸ついた。する燃えるような深紅の瞳は黒くなり、逆立っていた白い髪は滑らかなストレートに戻り、角を隠してしまった。同時に、脈打つように活動的だった魔力も静まっていく。


「……本来はもっと早く正体を明かすつもりだった。

 長老達に襲われたとき、2人を安全な距離に置き、この力を使おうと思った」


「まあ、あいつらが“同志”殿を見捨てるとは思えんの」


「……。そうだ。危険を顧みず、私を救いにきてくれた。

 非論理的だが、正体を明かしにくくなった」


「妾には分かるが、それはまるで人間の考え方じゃ。“同志”殿は随分、染まってしまったようじゃ。このままの関係を続けたいというように思ってしまった・・・というところかの?」


「……それもある。

 だがそうでもないとも言える」


「なんじゃ、はっきりせんのう。まあそれはそれで良いとしよう。しかし、これからは、その力を発揮せねば、あやつらを救出するどころか我々が生き残ることも危ういぞ」


「……承知している。敵は思ったより強大だ。

 対抗するには、もっともっと“死体”が必要となる」


「さて、下の階段が見つかったぞ。妾はせいぜい“同志”殿のために死体をこさえるとしよう」


笑いながらプルトニーは怪談を下っていく。女魔法使い(ソーサレス)が先頭でいいのか、という疑問が沸かないほど堂々とした足取りだ。

さてもさても、嫌な予感がするぞ。堂々とした態度とは裏腹に、プルトニーの心は大きな不安が占めていた。

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