第26話 結婚行進曲3
結婚には“契約”と“制度”2つの側面がある
契約は個人が結ぶもので、これを制度として国が認めるというものだ
で、核心である筈の“永遠の誓い”は何故かどちらにも含まれていない
雷光が消えるとバジリスクの姿も闇に紛れた。その攻撃手段が視線であった場合は、むしろ見えない方がいいとも考えられる。バルブレアはもちろん秋もそうした知識を持っていたため息を飲みつつジリジリと後ろに下がる。オーラの光量は極限まで落とし、できるだけ有利な場所へと移動するのだ。
「バジリスク。爬虫類の王とも呼ばれる強敵。レンバ殿も聞き及んでいようが、その最大の武器は“石化”だ。攻撃方法は視線であったり霧であったりするらしい」
「石化はやっかいですね。スキャパさんは死霊使いだし、プルトニーさんは女魔法使いですし、我々のパーティーには呪いを解除する回復職がそもそもいない」
「さらにやっかいなことに、下がれば水音が響く。低い部分は水浸しだし、上がれば敵に姿をさらすことになる」
水面にはさざ波がたち、小さいが音も出る。これが人間なら反響で位置を特定することは困難だろう。だが、バジリスクの気配はどんどん近づいてくる。さすがは爬虫類だ。
「一つ朗報があります」
秋はそっとバルブレアの耳元で囁いた。
「理由は分からないんですが、僕は今、ステータスが見えるようになっています。相手に幾つも文字が見えるのです。つまりは影から近づいてきていても、そこにステータス表示が浮かぶのでバジリスクの位置が分かるんです」
「それは凄いな。先程のオークキング戦で私が聖なる零域を放ったとき、レンバ殿は相手の動きが“3割近く削られている”と言った。今、その意味が良く分かったぞ。見えないだけで我々には皆、ステータスが表示されているということなのだな」
「そのようですね。私にもバルブレアさんにも表示が出ています。そこの鍾乳石に閉じ込められた人達にも」
「うむ。奴と闘ったらどういうことになるのか良く分かったぞ」
2人は冷や汗を落としつつ、鍾乳石の裏側に回り込みバジリスクとの距離を保った。バジリスクは2人を探しつつ、時折、左右を確認するように動くものの、間違うことなく追跡してくる。
「ところでレンバ殿、どのようなものが表示されているんだ?」
「実際のところ小さくたくさん文字が表示されているのですが、ほとんど読めません。名前とステータス異常だけが大きく表示されているんです。例えば私の場合は、“ ”と空白になっています。何かのステータス異常なのでしょうが分かりません。バルブレアさんはいつからか知らないですが“情炎”状態になっているようですね」
「うむ。まさに私に相応しい言葉だ。常に燃えるような思いを抱いている」
「まあ、聖職にあるまじき状態な気もしますが、バルブレアさんの場合はそれが力の源みたいなんでいいとします。それより問題なのはバジリスクです。“譫妄”“興奮”となっています。つまりは、幻覚や錯覚で怒っているようですね」
ピチョン・・・
その時、バルブレアの左足に滴が落ちた。僅か1滴なのにも関わらず、何故かとても大きな音のように響いた。
「バルブレアー!!」
秋は考えるより先にバルブレアを押し倒し、一瞬でブーツを剥ぎ取った。秋の手の中でブーツが石化・・・いや鍾乳石のように蝋状に固まっていく。これはヤバイ。秋はすぐさまブーツを投げ捨てバルブレアの足を確認した。
「大丈夫だ。柔らかい」
「レ、レンバ殿~!!」
ほっとする秋の前でバルブレアは顔を赤くして身悶えている。乱暴にされるのが良かったらしい。だが、今はバルブレアの性癖に構っている暇はない。すぐさま抱え起こして、後ろに飛び退る。
ピチョン・・・
寸前まで2人がいた場所に滴がまた落ちる。これが攻撃方法か。秋は、すぐさまバジリスクのステータスを確認する。すぐ傍の鍾乳石の向こうに迫っていた。その僅かな間にも滴が降りかかってくる。これは、悠長に考えている余裕はない。
「バルブレアは左から行け! 止まると石になるぞ!」
「おお!」
どこか嬉しそうに応えつつバルブレアは走り出した。左足は裸足なので痛かろうに、興奮で痛痒を感じていないようだ。
同時に秋も槍を握って駆け出した。滴を回避し続けるのは無理だ。近くに敵がいるのなら、石化される前に仕留めるしかない。互いに鍾乳石を回りこみ、バジリスクに突撃する。
「聖なる零域!」
バルブレアのオーラが白銀の輝きを放つ。その眩しさに思わず目を背けるバジリスク。こちらを向くバジリスクのステータスが秋の目に入ってきた。
状態異常“譫妄”“混乱”“視力低下20秒”“攻撃速度低下33%”“移動速度低下33%”・・・。
表示を読み取りつつ秋は、槍をバジリスクの腹部に突き入れた。
GHHHH!!!
苦悶の声を上げ倒れるバジリスク。表示は“昏倒”となっていた。
だが、いつものようにバルブレアが駆け寄ってこない。不安を抱きつつ秋は、光源に近づいていった。
「おお。倒せたのか! さすがはレンバ殿だ」
バルブレアはオーラの光量を下げ、優しく微笑んだ。
「バルブレア・・・」
「すまんなレンバ殿。躱しきれなかった。でも、呼び捨てにしてくれて嬉しいぞ」
バルブレアの足は鍾乳石に取り込まれていた。それがだんだん腰にまで上がってきている。
「先ほどは押し倒してくれて嬉しかったぞ。それに、それに・・・」
バルブレアの頬を涙がつたう。その涙が落ちるよりも早く身体がどんどん石化してきていた。
「私は平気だぞ、何を泣いているのだレンバ殿」
「だって、だって・・・」
いつの間にか自分も泣いていたらしい。
「あの時は最後まで言えなかったが、もう一つ夢があるんだ・・・」
「バルブレア・・・」
秋はバルブレアを抱きしめる。だが、その背も胸も固い鍾乳石に覆われていた。
「・・・・」
秋はバルブレアの囁くような声を聴く。もう肺が石化していて声など出せない筈だ。だが秋は確かに聞いた。
秋の腕の中でバルブレアは一つの鍾乳石になってしまった。表示も“石化”となっている。
「待っていろ。必ず元に戻すからな」
秋は槍を握り、燃える決意をその目に宿す。後に残るのは、鍾乳石に閉じ込められたエルフ。まるでおとぎ話に出てくるようなとても幻想的で美しい姿だ。
だがそのエルフがとても感情豊かで、子供みたいに愛らしいのを秋は知っている。
・・・・。
「・・・お嫁さんになりたい」
バルブレアが言い残した言葉が秋の耳に木霊した。




