第25話 結婚行進曲2
奈落。仏教用語の地下世界、地獄だ
舞台の奈落には人の怨念が潜んでいるとも言われる
ではダンジョンの奈落にあるのは魔物か心か
「こ、ここは・・・」
うっすらとした光を感じ秋が目を覚ますと、そこは波打つ浅瀬だった。辺りは真っ暗で光の届かない部分がどうなっているのかは見えない。秋が光源に目を向けると、当然ながらバルブレアの姿があった。それも自分の腕の中だ。気を失っているようだが、微弱ながらオーラを発していることから、一応無事なのだろう。見えるようになったステータスも“昏倒”と出ている。
あらためて見ると非常に美しい姿をしている。閉じられているが大きな目、通った鼻筋、薔薇色に輝く唇(実際に本人が発光しているのだが)、金色の長い髪の横からエルフ特有の長い耳が伸びている。結構な落下時間だったが、顔に傷一つないのは行幸だろう。秋はそのまま抱きかかえて石畳の上におろした。少々固いだろうがいつまでも水に浸かっている訳にいかない。
「体は大丈夫なのか? 怪我してないかな?」
秋は自分のことはそっちのけでバルブレアの様子を確かめる。普段は緊張して近づくこともできないが、気を失っているので触れるのも気にならなかった。そう。女が苦手といっても嫌っている訳ではない。尋常でないぐらい緊張するからだ。
バルブレア自慢の鎧は割れてしまっているが身体に支障はなさそうだ。盾もどこにいったのかよく分からない。血が滲んでいるのでガントレットは外し、怪我をしている甲を水で洗った。自身もあちこち怪我をしてるが、浅瀬でじゃぶじゃぶしていても沁みなかったので、取りあえずは大丈夫だろう。もし毒性があればステータス異常が見える筈だ。
「まあ、毒の沼とかじゃなくて本当に良かった」
落下した時のことは良く覚えていなかった。バルブレアを抱き寄せた後、槍で何かをしたように思うが記憶はそこまでしかない。槍を引き寄せて見てみると相変わらず傷一つない。
「・・・? いや、鎌の部分が外れかかっているな。さすがに衝撃が大きかったのか」
稽古槍の鎌とは要は“竹の板”だ。これを樫の棒に開けられた穴に刺して固定している。緩んで外れるのは珍しいことではない。秋は鎌を直そうとするが一向に押し込めない。レベルアップで筋力が増しているにも関わらずびくともしないとはどういうことか。
「・・・ん・・・」
秋がバタバタしているとバルブレアが声を漏らした。どうやら覚醒したらしい。やがて目を開けると、ぼんやりした表情で周囲の様子を確認しだした。
「・・・そうか。これはレンバ殿が」
脇に置いてある割れた鎧を見詰めてバルブレアは語りだす。今の秋には大体、この先の言葉も予想できた。
「レンバ殿。せっかく、初めてを迎えたのに覚えていないのだ。
目が覚めた今、もう一度、刻ませてくれないか」
「相変わらずで何よりです。頭を打っていないようで安心しました」
「レンバ殿も変わらず連れないな。落下中は私を抱き寄せて守ってくれたのに・・・。
しかし、あれほどの落下から私を救ってくれるとは・・・。心から感謝する」
「まあ、無事で良かったですよ。具体的に何をして助かったのかは覚えていないんですけどね」
「貴殿の顔が近づいてきたのは良く覚えている。多分、唇が触れたのではないか?
案外、やってみたら思い出すかも知れないしな」
秋に手を伸ばすバルブレア。珍しいことに秋はその手を躱さず、バルブレアの唇を見詰めていた。そのままバルブレアは両手を秋の首に回す。
「私を避けないとは珍しいな。嫌われている訳ではなさそうで良かった」
「さっきお姫様抱っこして運びましたからね。子供のような表情で寝ている無防備な姿を見たせいか、いつもほど緊張を感じなくなったようです。これが保護欲をくすぐられるってやつでしょうかね」
「むう。 そこは“襲いたくなる”ではないのか? 私に女としての魅力が足らないのは承知しているが、それでも自信を無くすなあ」
実際、立場が逆なら襲われてそうだ。
秋は笑いながらバルブレアの手に自分の手を重ね、オーラを強めるよう要請した。何分この暗闇を照らす手段は、バルブレアのオーラしかない。バルブレアも無理に秋を口説こうとはせず、言葉に従ってオーラを強めた。
「これは・・・」
「おお・・・」
2人の声が重なって周囲に響く。青白い水面に写るのは巨大な鍾乳石。それが竜の顎のように幾千、幾万と連なる壮大な光景となっていた。どこまで続いているのか分からないが、オーラの輝きがつくる光と影は、絵画のような美しさとなり、2人の心に感動をおこしていた。
「奈落の底というのは、もっと恐ろしいものだと思っていた」
「ここが底かは分かりませんが、こんなにも美しい世界が待っているとは・・・」
◇
「ところでバルブレアさん達は、何故、危険と分かっていて、“終わりのダンジョン”に来たのですか?」
「魔王を倒したのだ。次の目標が必るに決まっているではないか。
何故そのようなことを、と言わんばかりの口調だ。まあ、基本“脳筋”なバルブレアらしい考えとも言える。
「では、ここに何があるんですか? 魔王を倒したんだから、大魔王ですか?」
「貴殿の世界には魔王のさらに上の存在があるのか?」
「そもそも魔王すら見たこともないですけどね。プルトニーさんも言ってように、実際、ここには魔王より上の存在がいるみたいですね。ともれあ、バルブレアさん達が何を目指しているのか、知りたくて聞いているんです」
「そうだな。目指すものは幾つもあるぞ。“終わりのダンジョン”を踏破することは、世界を知るということになるらしい。何故、モンスターが沸くのか。何故、神は直接手をくださらないのか。何故・・・、何故・・・、こんな湧き出る思いに応えてくれるそうだぞ」
まさかバルブレアが知識を欲しがっているとは思わなかった。意外な回答に秋は驚く。基本的には到達者が目指したものと重なるのかも知れない。
「もちろん財もある。遠征には大きな費用がかかる。王国に富を持ち帰らなければならないな。さらには栄誉だ。聖騎士の名を高めることも課せられている」
「栄誉は分かりますが、財宝は得られるんですか? ここで何体も凄いのを倒してきましたが、そうしたものは全く見ていませんよ」
「そこが問題だな。私の世界ではモンスターを倒せば何がしかのものを得ていた。コインであったり宝石であったり。宝箱なんてものもあった」
「それはいいですね。せっかくなら拝みたいものです。まあ、実際に見つけても荷物はそんなに持てないですけどね」
「それになレンバ殿、私にはもう一つ夢があるのだ・・・」
少し頬を染めながら語るバルブレア。ふいに2人の目に、何か輝くものが見えた。それも鍾乳石の中からだ。
「レンバ殿! 鍾乳石の中に人がいるぞ?!」
「うーん。鍾乳石みたいですが、違うようですね。半透明のクリスタルのようなものの中に、騎士や魔法使いが閉じ込められているような・・・?」
ふいに秋の目にステータス表示が浮かんだ。そこには“石化”とある。
「バルブレアさん“石化”です!!! 何か嫌な予感がしますよ」
バルブレアのオーラがつくる影。そこに何かが揺らめくような気配があった。
「嫌な予感がするな。これはまた大物のようだ。
レンバ殿、私が盾になる。石化したら熱いキスで目覚めさせてくれよ」
秋の前に出るバルブレア。鎧も盾もないのにどうしようと言うのか。
「天の裁き!」
バルブレアは手を掲げると、オーラがつくり出す鍾乳石の影に向け雷を落とした。一瞬の雷光に浮かんだのは薄着の女性のような姿だ。だがその顔は爬虫類のそれであった。
「リザードマンタイプだが、これはバジリスクか!!」
リザードマンの頑強な体躯に知恵も備えており、それが石化能力を振るう。秋は最悪の展開も考えつつ槍をぐっと握りしめた。




