第22話 砂嵐の回顧2
“強さ”とは曖昧で相対的な概念だ
他者との比較、過去との比較など、様々な対比から生まれる
不思議と対比がなくとも適用されるのが“弱さ”だ
「魔王だと?! 貴様らの王ではないのか?」
「ふむ。まあ、魔王の定義には色々ある。頂点である帝は別におって、地方を治める領主が何人もおると言えば分かるかの? “苦痛”もその一人なのじゃ」
「ここは“終わりのダンジョン”であると同時に、流れ落ちた妾の世界でもある。妾の世界から落ちた者を平らげねばならんのじゃ」
「平らげるのは良かろう。魔王はこの世から滅ぼさねばならん。だが、それはいいとしても、貴様はその後どうするのだ? 貴様も魔族であろう」
バルブレアは燃えるような視線をプルトニーに注ぐ。その視線と詰問する口調には、プルトニーが魔王になるのは許さんぞといった意志が込められているようだ。
だがプルトニーは、バルブレアの舌鋒をそよ風のように受け流し、飄然としている。いや、小首を傾げ腕を組む姿はとても困っているかのようだ。
「猛々しくなっているところ“変態”には悪いのじゃがな・・・。これが思い出せんのじゃ。とても大事なことじゃった筈なのに、何かこう、まるで記憶を吸われてしまったようでな」
「なんで知っている?!」
「吸われた?」
「……吸われた?」
バルブレア、そして秋とスキャパの言葉が重なった。
「そうじゃ、“終わりのダンジョン”に流されたことも、魔王を倒さねばならんことも覚えている。しかし、それが何のためであったのかはサッパリなのじゃ。モヤがかかったような朧気なものではない。もっとスカッと爽やかに何もないのじゃよ」
「困っている割には楽しそうですね」
「うむ、分からぬものは分からぬのじゃ。悩んでおっても仕方あるまい? それに妾は物事を楽しむ快楽主義者じゃ。“苦痛”の討伐も、“淫乱”らとのパーティー戦も実にワクワクしておる」
「……もう喋っている暇はない。
前衛に出る」
スキャパは槍持ちのスケルトンを繰り出し“苦痛”の接近を阻む。さらには骨の壁を足元に出現させて“苦痛”の機動力を削ぐ。その動きに合わせてバルブレアは防御力を高めるオーラ“反抗”を展開する。オーラの輝きと前衛陣の賑やかな動きにまぎれ、秋はいつの間にか“苦痛”の後方へと回り込んでいた。
「おう! 実に手慣れたよい動きじゃ! もっともその程度の前衛では“苦痛”は止められぬぞ。どれ、妾も参加させてもらうとしようかのう」
スキャパの言葉通り“苦痛”の突進は凄まじい。骨の壁もスケルトン達も簡単に壊されていく。気配にも敏感なようで、背後に回っていた秋の方を振り向くと、秋が攻撃する前にその巨大な爪を振り下ろした。
ガキーン!!!
秋は巨大な爪を稽古槍で受け止め、鎌部分で引っ掛ける。だが爪を巻き落とす前に、反対側の爪が横薙ぎに払われ、秋は慌ててこれを柄で受け止めた。これまでにない速さと鋭さのある二段攻撃だ。秋は続けざまに振り下ろされる2つの爪を、槍を駆使して回避していく。秋の稽古槍は9尺・・・約270cmの長さだが、“苦痛”の爪は実に4m近くもあった。
「おお! さすが“淫乱”じゃ、“苦痛”の猛攻を受けきるとはな! 汝こそ盾役に相応しいのではないか? どれ“変態”よ、オーラを信念に変えて敵の魔法抵抗を削れ、“同志”も呪いがあるじゃろ?」
「誰が“変態”か!?」
「……“ド変態”、私も呪いで魔法抵抗を削る。
天の裁きを打ち込め」
「貴様らは何なんだ! このー!!」
バルブレアは“苦痛”に雷を落とす。怒りが乗っているかのように、盛大な雷光が輝いた。スキャパは呪いをかけつつ、スケルトンを再召喚して的を増やし、秋の被弾率を下げる。プルトニーは笑みを浮かべつつ、多頭炎竜の呪文詠唱を行った。その女児のような声が幾つも重なり辺りに響く。
「……これは、多重詠唱か」
スキャパの言葉通り、“苦痛”の周囲には多頭炎竜が次々と召喚され、一斉に燃える顎を中心に向けた。
「先ほどは邪魔されて消化不良じゃった。今度は盛大にいく故、“淫乱”は少し離れておれ。多頭炎竜よ、汝が前の敵を焼き尽くせ!!!!」
ゴオオオオオオ!!!
ゴオオオオオオ!!!
ゴオオオオオオ!!!
秋が下がると同時に物凄い数の炎が“苦痛”へと放射される。抵抗力を削がれているためか“苦痛”には魔法が通用しているようだ。全身が焼かれ、物凄い叫び声をあげる。大ダメージを食らっているようだが、動きは止まった訳ではない。前に出て爪を振るう。燃える爪を振りかざす姿は、まさに地獄の魔王のようだ。
「ぃええええい!!」
秋は左右から繰り出される巨大な爪を払いつつ、“苦痛”の胴に槍を突き入れ前進を阻んだ。秋の動きをトレースするように、スキャパのスケルトンも周囲から槍を突き入れる。思うように動けないまま“苦痛”は焼かれ、また叫び声を上げた。この間も、多頭炎竜は炎を吐き続け、バルブレアは次々と雷を落とした。
「うむ。実に一方的な展開で満足じゃ。“淫乱”が支えてくれて良かったわい。本来は聖騎士が受け持つべき役目じゃが、そこの“変態”はちと打たれ弱そうじゃしの。それに“同志”の骨共は便利じゃが、このレベルになると物の役に立たぬ。強敵と対峙することを考え、役目を考え直すべきじゃろう」
「……“同志”よ、助言はありがたいが、脅威を感じる。
油断は禁物……」
スキャパが言うが早いか、いきなり“苦痛”が目の前に出現した。短距離転移が出来るらしい。これでは足止めの意味がない。凍り付くプルトニーに巨大な爪が振り下ろされる。だが、傍にいたバルブレアがその盾で“苦痛”の攻撃を防いだ。次々と振り下ろされる爪にバルブレアの身体も左右に振られる。
「確かに私では支えきれぬようだ。よくレンバ殿はこれを押し返せるものだな。エルフの身であることがとても残念だ」
「助かったぞ“変態”。実に危ないところでじゃった。まさか短距離転移してくるとはな。これは、前衛・後衛を完全に切り分けると危険じゃな。効率は悪いが、前衛・後衛機能を二重化するのが得策じゃ」
ピンチにも関わらずプルトニーの思考と呟きは止まらない。多頭炎竜を再召喚しつつ後方へと退避する。恐ろしいことに、その逃げ先へとまた“苦痛”が短距離転移した。“苦痛”は狙いをプルトニーに絞ったようだ。後方に下がったことで、秋からはさらに離れてしまっている。これは“詰み”だとプルトニーが思った瞬間、“苦痛”の身体がバランスを崩す。その腿には槍が絡まっていた。
「ぃええええい!!」
秋は引き戻した槍を今度は“苦痛”の上半身めがけて突き込む。連続で繰り出される穂先は肩に集中し、“苦痛”は腕を振ることも出来ず、後ろに転がされる。そこには、先程プルトニーが召喚した多頭炎竜が待っていた。
「これはいつの間に? ・・・そうか! “変態”がオーラを俊足に変えていたのか。悔しいが見事な連携プレイじゃ。妾も阿吽の呼吸でプレイしてみたいのう」
人格に問題はあるがプルトニーの火力は凄まじい。秋はプルトニーの言葉を無視しつつ、“苦痛”を炎に突き込み動きを封じ続けた。やがて苦悶の声をあげると“苦痛”は炎の中に崩れ落ちていった。ヒヤッとするシーンは多かったが、勝利を得たようだ。
「見事な槍ばたらきじゃ。課題も多く見つかったが得るものも大きい。そもそもの問題もあるが、これからの経験が解決してくれるじゃろう」
「ようやく勝利したところ、あまり聞きたくないんですけど・・・」
「そもそもの問題とは何なのだ?」
「うむ。実はここまで苦戦するとは思わなんだ。“苦痛”はただの三下魔王じゃからのう」
ふうっと、秋、バルブレア、スキャパの周りを小さな砂塵が舞う。まるで大きなため息のように。




