第20話 神殿突破武技2
左右非対称は日本で好まれる美意識だ
実は左右対称を貴ぶ西欧でも評価されている
これを“未完成を愛でる”と言うと印象が変わるのは何故か
長老“悪しき手”が倒れると地響きが鳴った。
秋、バルブレア、スキャパの三人の身体も揺れる。何ごとが起こったのか身構えるが、それ以上は何も起きなかった。
状況に変化に気付いたのかスキャパが口を開いた。
「……“悪しき手”を撃破したことで下層へと入れるようだ」
スキャパの前には下層へ続く階段があった。いつの間に出現したのかは分からない。
元々は祭壇があった場所だ。祭壇は崩れ、その下におどろおどろしい石段が見える。暗くて下層はよく見えないが、叫びとも風のうねりともつかない気持ちの悪い音が響いている。
「ようやくこの神殿も突破ですね。次へ行きましょうか」
しばらくの休憩で秋はすっかり回復していた。気持ちも充実しているようだ。
だが恰好はそうは行かない。
道着が燃えてしまったので上半身は裸になる。仕方ないので、素肌の上にバルブレアのマントを巻いていた。
「それにしても死霊使い殿が、あのような行動をとるとはな」
ニヤニヤしながらバルブレアはスキャパの方が振り返った。
「……単なる気まぐれ。
次は先に逃げる」
スキャパは動揺を悟られないよう顔を見せずに答えた。
「どうだかな。
だが、レンバ殿は譲らんぞ」
「……先に降りるぞ」
スキャパは取り合わず、スケルトンを先行させて階段を降りて行った。
その後に秋も続く。バルブレアは殿だ。
「ところでバルブレアさんはエルフでしょう。
凄く綺麗なのに、何で僕の肌を見たがるんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。それは私も話がしたいと思っていたのだ。
まあ私の顔を見てくれ、完全な左右対称だろう?」
細い顎が特徴なアーモンド型の輪郭。大きく綺麗な瞳。通った鼻筋。どこを見ても非の打ち所がない。
控え目に言って絶世の美人だ。
「人間離れした美人ですよね。実際、エルフなんですけど」
「そうなのだレンバ殿。実にエルフ的・・・つまりは“つまらん”のだよ。
一体、誰が左右対称なんて望むのだ? 完成されたものに価値などあるのかね」
急に饒舌になったバルブレアは不思議な持論を展開する。
「綺麗でいいんじゃないですか?」
「レンバ殿、エルフは皆、綺麗なのだ。
分かるかね、言ってみればみな同じなのだよ」
バルブレアは手を顔にあて、絶望するような仕草をする。一々大袈裟になるタイプだ。
「その点、レンバ殿は違う。
左右が微妙に違う。顔も身体つきもだ。
ああ! なんと魅力的なのだ! 非対称で完成されてないのだよ?!
未完成とは何だ! 私の心はかき乱されっぱなしだ!」
なんか身悶えするように語るバルブレア。目を閉じ、秋の裸体を反芻しているようだ。
「今もいいが、幼くなるという変化もまた良かった!」
「……変態」
「う! いや、死霊使い殿、これは普通だぞ。
わ、我々エルフは皆こうなのだ。きっと、皆、未完成に飢えているんだ」
慌てるバルブレアは段々、表現が曖昧になる。
「バルブレアさん、変態だったんですね。なんか良く分かったような気がします」
「! いや、レンバ殿、変態ではない。
レンバ殿が知らないだけでエルフは皆こうなんだ」
じと目の秋に必死で抗弁するバルブレア。変態の自覚は多いにあるらしい。
「ついでに聞きますがバルブレアさん。
人間好きってのもエルフではマニアックなんじゃないんですか?」
「いっ いやそんなことはないぞ。
カップルの例も多いし、満足しているとも聞いている。
こう、お互いを知り合って、互いに惹かれていくのは自然なことであろう?」
「……ガツガツし過ぎ。
惹かれる前に退かれる」
「ええええええええっ!
ちょ、ちょっと待ってくれ! 違うんだ! 誤解だ! チガウンダ」
なんか、ボロボロになっていくバルブレアを見て、秋は心からの笑みを浮かべた。
完璧揃いのエルフのなかで、バルブレアは相当の異端児なのだろうか。それとも皆が変態揃いなのだろうか。
秋には分からない。
だが目の前のバルブレアは、自分を抑えられないほどの感情の豊かさがあり、精神的には相当“不完全”な部類であることがよく分かる。
「確かに不完全なのは愛おしいですよね」
秋の言葉に目を輝かせるバルブレア。
「そうなのだレンバ殿!
貴殿は未完成故に愛おしいのだ。これはエルフにとってのアキレス腱だな」
エルフ界にもギリシア神話みたいなのがあるのか、と思いつつ秋は微笑んだ。
秋の言葉の意味に気付かず、バルブレアはテンションマックスで語り続けた。
「……なんかうざい」
どことなく不機嫌になったスキャパは、バルブレアに盲目の呪いを飛ばしつつ、石段を降りていった。
◇
「ふうん。思ったより早い回復だな。あれだけ吸ったのにおかしいね」
髪をかき上げ男が呟く。
「さっき、彼らにも言ったけど、
真理の一つに到達したに過ぎないかったのかな。まだ分からないことがあるね」
ルーンに彩られた豪華なローブをなびかせ到達者は独白を続ける。
「自由に吸えると思っていたけど、思っていたほど自由ではないのかな。
まあいい。ゆっくりと検証させてもらおう」
首を捻りつつ到達者は階段へ向かう。その姿はふっと闇へと溶け込んでいった。




