第16話 戦場の鎮魂歌
一度敗れた相手に再び挑む…お話なら盛り上がるシチュエーションだ
だが実際には苦手意識や恐怖心が沸き、戦う前に負けることが少なくない
何度敗れたとしても、それでも心折れずに挑むのは、真の勇者であろう
バルブレアは物陰から石造りの寺院の様子を伺っている。
こじんまりした宿坊のようなものがあり、その中には何かの儀式を執り行う祭壇が見えた。
「幾つもの赤い供物が並べられているな。まあ、供物が何なのかは考えない方がいいだろう」
祭壇の前にはフードを被った神官らしき姿がたく並び、その中心に大きな角を生やした悪魔が見える。先日、電気を飛ばしてくれた“長老会議議員”だ。鎧なのか高質化した肌なのかよく分からないが、無骨に盛り上がったシルエットが印象的だ。
「いかにも強そうに見えるな。聖なる裁きを食らわしてやりたいところだが、今回は斥候役だ」
よく見れば宿坊の周囲には、無数の武具や人骨が積み重なっている。多くの戦士が挑み、散っていったのだろう。
「無念であろうな。だが、あの勇者や騎士のようにゾンビとなるのは救われない。
いまに我々が敵を討つ。どうか安らかに眠っていて欲しい」
バルブレアはそっと呟いた。あんまり真剣に祈りを捧げると、オーラが漏れ出てしまうからだ。
さて、その宿坊の奥にはさらに同サイズの宿坊が幾つも見える。それぞれに“長老会議議員”がいるのだろうか。だとすれば非常に厄介である。
「うまく誘い出せるといいのだが」
敵に気付かれないようバルブレアはそっと寺院を離れた。
◇
「……もう一度、やってみせろ」
骨が重なった恐ろしげな槍を振り回し、スキャパは秋を振り返って言った。
その向かいには、同じような骨の槍を持ったスケルトンが立っている。
軽く頷くと秋は稽古槍をしごき腰を落とす。
そこにスケルトンが槍を突き出した。
2つの槍が交錯する瞬間、秋の稽古槍が頭上まで上がり骨の槍を遮る。
稽古槍を斜めにして攻撃を受けたかと思えば、その槍は時計回りに回転して骨の槍を床に叩き落す。
流れるような動きで淀みがない。
「……分かったような気がする」
スキャパが指を鳴らすと、今度は別のスケルトンがスキャパに槍を突き入れた。
スキャパは秋と同じように、頭上で槍を斜めに構えて攻撃を受け、十字に飛び出ている骨で相手の槍を引っ掛け床に落とす。
「動作は大体、合っているんですが、相手の穂先を外さないと先に刺されますよ」
「……ううむ。分かっているのだが難しいな」
スキャパは巻き落とすことにばかり気をとられ、相手の穂先を危険な角度から逸らすことにまで気が回っていない。
「よく分からないのですが、スキャパさんが覚える必要あるんでしょうか?
スケルトンにやらせればいいのでは?」
「……レンバ達の言葉で言うなら半自動なのだ。
勝手に動いてくれるのだが、私自身の技術も反映される」
「なんでそんな言葉を知っているんですか」
秋は呆れつつも感心した。死霊使いなのに、死霊任せではなく、自分の武を磨こうとしている。
大したものだ。
「あれ? スキャパさん、死霊使いなのにスケルトンしか使いませんよね」
「……うむ。死霊使いは毒・骨・死体・魔法・呪いその他と様々な呪法を駆使する。
だが、私は骨に特化する道を選んだのだ」
「いや、それって何の縛りなんですか。バルブレアさんに色々やらせているのに、スキャパさん酷いですね」
「……うむ。レンバに褒められるのは悪くない」
呆れ顔の秋をよそに、スキャパは無表情ながらなんだか嬉しそうだ。
「……さて、続きをしようレンバ。
今度は私の後ろに来て、教えてくれ」
「身体を触らせるのはやめて下さいね」
スキャパは身体をしならせる。死霊使いとしては珍しく、生気に溢れてムチムチなのだ。
そして秋のように腰を落とし、骨の槍をしごいて構えた。
「……師となったからには、責任をもってやってもらう。
腰を持って動きを教えよ」
「腰じゃなく腕です。
相手の槍の切っ先が当たらないよう、こう回して下さい。そうそう」
「……互いの槍が平行になる位置で落とすのだな?
……ほら、もっとぐっと握れ」
「ほんと大丈夫かなあ」
言葉では遊びつつも、スキャパは真剣に習得しようとしていた。
秋もそれが分かるので、からかわれつつもスキャパの稽古に突き合った。
「……安心しろ。
一定、技を覚えたら、呪法を使った運用を行う。
レンバと違い、私は死霊使いとして戦う」
スキャパは“長老議会議員”の放電を思い出しつつ秋に宣言した。
◇
さて、数百のモンスターを斃し、3人は寺院へと現れた。
バルブレアの情報で聞いてはいたが、何ともおどろおどろしい場所だ。
あちこに黒くなった血の跡があり、武具、人骨が散乱している。
時折、フードを被った神官の姿がちらちらと見える。
「あれは攻撃魔法を使う、邪教の神官だ。
それほど遠方までは届かないが、身体が凍り付くやっかいなものだ」
「バルブレアさん、斥候の範囲を超えてませんか?」
バルブレアのことだ。おびき寄せて対戦してみたのだろう。
「一体、一体は大したことがないのだが、集まってくると脅威になる。
私は“斥候”ゆえそこで撤退したが、のんびりしていると“長老”達も出てくるに違いない」
「……“長老”を破るため、これまで“特訓”を積んできた。
各自、自分の役割を果たせば必ず勝利できる」
「いつの間にか死霊使い殿がリーダーのように振舞っているが、
私はレンバ殿がリーダーだと思っているぞ」
「ちょっと待って下さいバルブレアさん!」
秋は慌ててバルブレアを止める。
「……それで私も構わない。
だがレンバが元に戻るまで、暫定リーダーだと認識しろ」
「それは今回の戦果次第だ」
スキャパは手を高く掲げ、指を鳴らす。青白い光が広がり、スケルトン達が無数に沸いて出てきた。
よく見ると、骨の槍を掲げたランサータイプ。大きな盾を構えたナイトタイプの2種が陣形を組んでいる。
「……話は後だ。作戦を開始する。
各自持ち場について突入の合図を待て。特に聖騎士は気付かれないようオーラを控えていろ」
「おお!」
「はい!」
さあ長老戦のリターンマッチだ。
秋は、震える心を落ち着け、スキャパの作戦を心の中で復唱した。