第15話 失われたレベルの遁走曲
亭主関白の癖に尻に敷かれていると嘯く
かかあ天下の癖に3歩下がって旦那を立てる
案外、互いに満足しているようで実に複雑怪奇だ
「レンバ殿。私が抑えている。大丈夫だ」
バルブレアは3体のゴブリンに突進し、盾で1体を弾き飛ばす。
残る2体が斧で攻撃してきたが、これを軽々と盾でいなした。
これまでと見違えるような動きだ。
「えーいぃ!」
秋はバルブレアの背後から、隙だらけのゴブリンを突く。
ゴブリンは頭部に一撃を食らい、そのまま昏倒した。
「もう1体だ」
バルブレアは、幼くなった秋の声を可愛いと思いつつも、顔には出さず声をかけた。
秋が突きやすいよう身体をズラし、ゴブリンには睨みをきかせている。
「はい!」
秋は、慎重に槍を繰り出す。
またもや頭部に突きが入り、1体目同様、白目を剥いて倒れた。
残る、盾で弾き飛ばされたゴブリンは、形勢不利とみて脱走を図った。
「……残念」
スキャパが手の平を上に向け力を注ぐとゴブリンの足元でゴボっという音がした。
瞬く間に駆けるゴブリンの足首を骨だらけの腕が掴みひきずり倒す
驚くゴブリンの足元からさらに4体のスケルトンが沸き出てきた。
そのままゴブリンを担ぎ上げる。
「レンバ殿、あいつも倒すんだ!」
「もうスキャパさんがキャッチしてるじゃないですか」
「……駄目。経験値を稼ぎなさい」
スキャパはスケルトンにゴブリンを投げ飛ばさせた。
秋は自分に向かって飛んでくるゴブリンに顔をしかめつつも、頭部に突きを入れた。
「ほう! 飛来する敵に対しても正確に突けるものだな。
見事なものではないか」
「……技の冴えがなっていない。
精神面、肉体面、技術面、全てレベルダウンしている」
「死霊使い殿は厳しいぞ。
一つ一つの戦いを通じて取り戻せば良いではないか」
「……聖騎士はレンバを甘やかし過ぎる」
スキャパの指摘にバルブレアはニヤッとした笑みで応えた。
言われるまでもなく秋は、著しいレベルダウンを感じていた。
苦心して身に着けた技が思い出せない。かろうじて覚えていた技にも、なかなか身体が応えてくれない。
そうした状況にも不安を頂いていたのだが秋は、何より槍自体に不安を覚えていた。
何か槍が自分をせかしているかのように感じる。まるで槍が今の秋にもどかしさを感じているようだった。
◇
「ぐわっ!」
秋が突いた敵から電撃が迸った。背中の曲がった年寄りのようなモンスター・通称“長老議会議員”だ。
放電の塊が三日月状に舞い飛び、秋の身体を焼いていく。
「……スケルトン」
「癒しのオーラ!」
すぐさまスケルトンが盾となって秋を庇うと秋から声が漏れ出た。
「ぐう・・・」
危険な状態だったが、癒しのオーラが秋を回復させていく。
スケルトンを囮にしつつバルブレアは、秋を担いで長老議会議員から離れた。
囮がいなかったら助け出すことは困難だったろう。
スキャパは戻ってきた秋に変わらぬ口調で指示する。
「……被弾で放電するモンスターは珍しくない。
まずは回復。それから対策会議」
「はあい」
どうしたものかと考え込む秋の頭を、バルブレアが優しくなでた。
◇
「長老からは撤退したものの、この4時間ほどでゴブリン30体、オーク23体を撃破している。
逃走した敵も少なくなかった。十分な戦果ではないか?」
バルブレアは励ますように切り出した。
戦闘結果は昏倒か逃走だったが、敵を殺したのと同等の経験値を得ているようで、3人ともそれなりのレベル上昇を感じていた。
「死霊使い殿はレンバ殿に厳しいが、実際のところレベルは皆、同じぐらいなのではないか?」
「……同意する。
今の3人はほぼ同レベルと見ていいだろう」
「そうですか? なんかお二人の方が強く感じるんですけど」
座ったままの秋は不思議そうに2人を見上げた。
「レンバ殿、それは貴殿が気弱になっているからだろう。
それ以上に、役回りによるものだとも思うがな」
「……では対策会議をはじめよう」
「そうだな 死霊使い殿!
本来のレンバ殿をどう取り戻すかだ」
「……嘘つき。
聖騎士は今の方が良さげに見える」
にまっと笑ってバルブレアは秋の頭をかいぐりする。
そうするとスキャパは間に入って秋を自分の方に引っ張り込んだ。
「……今の課題は戦力の正しい運用。
つまりは聖騎士の役割の見直しだ」
スキャパはバルブレアを指さす。
「何を言う? 私はいつもパーティーの盾であるぞ」
「……壁だけ数が揃っても効率が悪いだけだ。
聖騎士は後衛に回るがいい」
「何を言う・・・!」
声をあげるバルブレア。考え込んでいた秋は何かに気付いたような表情になった。
「なるほど、天の裁き・・・つまりは魔法で狙撃し、
オーラによる支援に徹するということですか」
「……頭脳まで弱ってなくて良かった。いいコだ。
壁役は私のスケルトンが受け持つ。
攻撃役はもちろんレンバだ。殲滅力が物足りないが、堅牢になる筈だ」
スキャパは秋の頭を数度なでた。
それから首に両手をからませる。
「……それとレンバ。
私にも槍を教えて欲しい」
「ちょ、ちょっと近すぎです!」
慌てる秋にスキャパはぐいぐい近づく。
そして右手を離すと手のひらを開けた。
「……ボーンスピア」
スキャパの右手が発光し、そこに足元から骨が伸びてくる。
骨の槍を投擲する魔法スキル“ボーンスピア”だ。
「ほう、面白そうな趣向だな! 私も手取り足取り教えてもらいたいものだ
年下に命令され指導されるのも悪くない」
「……聖騎士の性癖はともかくとして、先ほど手に余った長老会議議員達だが、何体もいるようだ。
……新たな編成がどれだけ通用するか楽しもう」
「いや、別なこと楽しもうとしてないですか?!」
手から逃れようと暴れる秋を見て、普段は無表情なスキャパが珍しく笑みを浮かべた。