第10話 亡き勇者の遅拍子1
“死”の否定たるアンデッドと異なり
イモータルは“死すべき運命”の否定だと言う
本邦ならどちらも神の領域だろうがさて…
シュシュシュシュシュンッ……
弓兵が一斉に矢を飛ばす。狙いは先頭を行くバルブレアだ。
「盾だ!」
バルブレアが叫ぶとスケルトン達が密集し盾を重ねてガードする。身動きは出来ないが上下左右に隙はない。
「うお!!」
雨のように降り注ぐ矢。矢。矢。
だが、バルブレアはこれに耐え切り、挑発するようにオーラを輝かせた。
◇
「ほう・・・」
敵陣の後方から感嘆する声が漏れた。
ルーンが刻まれた黒い豪華な衣装。陣形の中心に敵軍の指揮官なのであろう。
指揮官は、右手を顎に添え、考え込むように戦局を見つめている。
やがて指揮官は右手を高く掲げ、パチンと指を鳴らした。
音が戦場に響くと、弓兵は無言で後退し、すれ違うように魔法使いが前に出る。
「では、魔法はどうかな?」
指揮官はフードを払って楽しそうに声を出した。
現れた顔は青白いが若い男のようだ。年の頃は17~18歳。とても端正な容姿をしている。
といって非人間的な美貌という訳でも牙が生えている訳でもない。
ただ、その指揮官は、人間とは思えない禍々しいオーラをまとっていた。
◇
ᛪᛔᚰᚩᛗᛞ ᛤᚱᚠᚸᛏ ᚶᚳᚯᛀ᛭ ᛮᛰᚲᚲᚲ
風の唸りとも呪詛ともとれる不快な音が辺りに響いたかと思うと、バルブレアの足元に無数の魔方陣が浮かび上がった。
「うおお?!」
魔法陣の光に照らされてか動揺からか、バルブレアの表情が青くなる。
対照的にスキャパは顔色一つ変えず、召喚呪文を実行した。
「……召喚、スケルトン」
敵陣内に次々とスケルトンが湧き出て剣を抜き放つ。そして詠唱中の魔法使いに襲いかかった。
詠唱を阻害されたことで、バルブレアの足元の魔方陣がかき消えていく。
カッ!!
それでも幾つかの魔方陣が発動し、バルブレアの足元で稲妻が煌めいた。
小さな稲妻が周囲にまき散らされる。
「ぐむむ?!」
稲妻の衝撃にさらされるバルブレア。
痺れて身体が思うように動かないようだ。
「レ・ジ・ス・ト」
なんとかバルブレアはオーラを耐電に切り替える。
途端にす~っと痺れも衝撃も薄らいだ。
だが、敵陣に突入させたスケルトン達がたちまち駆逐されてしまう。
バリン、バリン・・・
スキャパが追加で召喚するものの、攻撃を受けると簡単にスケルトンが砕けてしまう。
「……おい」
「すまんネクロマンサー殿。次は我慢する」
「……当然」
すぐさまオーラを反抗に戻すバルブレア。
スキャパは淡々とスケルトンを敵陣に湧かせ出した。
「足元から電撃されたらたまらんな。範囲魔法を防ぐってのは厳しいなあ」
「……方法、なくはない。
……だが阻害するのが手っ取り早い」
スキャパは魔法使いを狙って自分のスケルトンを動かしている。魔法使いは近接攻撃に弱いようで、次々と切り伏せられていく。
だが、近接戦用の兵士もいるので、スケルトンも半数以上討たれていた。
「ス・マイト!!」
バルブレアは敵陣が混乱する隙を突いて、盾持ちの兵士に襲いかかっていた。
敵兵の大盾とバルブレア自慢の盾がぶつかり、あたりに轟音が轟く。立ちのぼるオーラと相まって、バルブレアは敵の注意を集めることに成功していた。
「で、僕の役割は?」
秋はスケルトンのコントロールに集中するスキャパに尋ねた。スキャパはスケルトンアーチャーも召喚し、矢を射かけるなど、さらに高度な技を展開していた。
「……先ほども言った。
阻害するのは手っ取り早い。それは敵も同様」
言うが早いか、スキャパの周辺に骨が湧き出てきた。槍や斧を持ったスケルトン兵だ。
「なるほど。じゃ、防衛しないとね」
秋は腰を落として稽古槍をしごいた。
◇
「うん。思った通り手応えがあっていいね。
では死霊使い君には死呪士を、聖騎士君には死ノ騎士。そして、問題の槍術士君には彼だな。では、不死の軍団の力を味わってもらおう」
指揮官の口元が吊り上がる。
右手をあげると、またパチンと音を響かせた。
◇
秋は不思議な感覚に包まれていた。
今まで、感じなかった違和感。いや正常な感覚と言っていいかも知れない。
スケルトンが突き出す槍を、稽古槍の鎌部分で捉えて巻き落とす。
あらゆる方向から突かれるが、それを次々と弾き、からめ、無力化していくのだ。
まるで相手の力の流れや武器同士の抵抗・摩擦まで視覚化されているようだ。
「いえええーい」
顔に向けて突き出される敵の槍を鎌部分で引き落とし、そのまま稽古槍を突き入れる。
スケルトンは身体の中心を砕かれ、そのまま崩れおちてしまった。
実際、戦場では穂先が折れた槍で戦い、勝ち残った例が幾つもある。刃がなくても十分威力がある武器と言えるだろう。
ガチンッ!!
だが、秋の稽古槍は異常だ。
横合いから振り下ろされた戦斧を柄部分で受けきっている。柄はしなるものの傷一つついていない。
「いええい!」
戦斧を受けたまま槍を回転させ、上からスケルトンの頭部に稽古槍を振り下ろす。
ぐしゃっと上から潰れていく。
槍は樫なのでそれなりに固いが鎌部分は竹製だ。もう頑丈を通り越して不可思議な領域と言っていいだろう。
ザン・・・。
その時、潰れたスケルトンの後ろに大柄な全身鎧が現れた。
漆黒に輝く鎧、血で染まったようなマント。
そして抜き放った大剣には稲妻が輝いている。
「これは?!」
秋は思わず距離をとった。今まで感じたことのない威圧感だ。
「……まさか!
……レンバ、これは危ない!」
スキャパが驚愕の表情を浮かべる。
そのあまりの焦りように秋は危機感のレベルを上げ、槍の穂先を石畳に突き入れた。
『雷泥陰』
バリバリバリバリ―――――――!!!
全身鎧が大剣を振るうと、巨大な稲妻が秋とスキャパを襲った。
雷撃が走ると、周囲一帯に光が走り、衝撃と黒い煙が起こった。
先程の自爆の比ではない。
「ぐあああ!!」
畳起しで石畳を防御壁とした秋だったが、雷撃はそれを破壊し、秋にも衝撃を伝えていた。
「なんという破壊力だ! レンバ殿に渡り合える敵がいようとは!」
振り返ったバルブレアが驚きの声をあげる。
「………当然。これは勇者だ。
………しかも死から蘇り、桁違いに強くなっている」
煤だらけのスキャパはアンデッドとなった勇者を見詰めている。
秋は稽古槍を杖にしながらフラフラと起き上がり、スキャパを庇うように死セル勇者の前に立った。
「なあ、勇者って皆を助ける救世主じゃなかったのか?」
秋は死セル勇者に呼びかける。
「死の淵から這い上がって、助けてくれるもんじゃないのか?」
だが応えはない。
「………レンバ。
………無駄とは言わない。だが、次が来る」
死セル勇者は大剣を上段に構え、先ほどよりもさらに大きな雷をまとわせた。
「これ、やばいかな」
「……!」
「レ、レンバ殿ー!!!」
『偽餓泥陰』
死セル勇者の詠唱が呪詛のように響いた。