#1 偽り続ける私から
気色の象徴 #1 偽り続ける私から
「ねえねえ、聞いてる?栄治君。異世界物のライトノベルの素晴らしさを語っているのに。」
「ああ。聞いてますよ。」
本当は聞いていない。俺はライトノベルなどという部類の小説は読まないのだ。彼の言っている「異世界物」は、主人公があの世へ行った後、能力を発揮して活躍するものらしい。俺は正直、あの世なんて、絶対に信じたくはないし、この世界では、そんな話、不吉だ。
「ねえねえ、今日の君は少し、ぼーっとしてないか?学校では、そんな姿見せないのに。」
ああ。学校という単語はあまり聞きたくはない。学校というものは、疲れるし、教科書を読めば、済む話ばかりだ。彼は、クラスメートで、中村光樹という。高校二年生だ。彼は、俗に言う、オタクという部類に入るらしく、そのような世界のことにさっぱりな俺になぜそんな接点があったかと言うと、それは、僕の友人を通じて知り合ったからである。
「そんな優等生な君が、そんな風だと、今日は不吉なことが起こりそうで不安じゃないか。今日は、柳井くんの誕生日なのに。」
柳井 駿。そう。中村と知り合う際に通じた友人でのことである。今日は彼の誕生日であり、彼と知り合った日でもある。
彼は、出会った、当初、馴れ馴れしく、あまり気が合わなそうな人間だったが、今ではもう打ち解けて、昵懇の間柄になっている。そして、彼は、根暗で、理屈っぽい価値観を持つ私を大きく変えさせれくれた人間である。だから、俺は彼を大きく尊敬している。
俺と柳井は、今日の為に、1週間ほど前から感謝の気持ちを込めて、計画して、今いる喫茶店へケーキを注文しに来たのだ。
「僕だって人間さ。疲れている時だってある。昨日は模試だったからね。僕を何だと思っているのさ?」
そういうと、中村は、手を首に触れながら言った。
「うーん、君をひとことで表すとすれば、「偽り」さ。君は、人間関係でも、自分自身にも、偽っていると思うのさ。だって、君は、模試で疲れているといったが、実はたいして、疲れてはいないのではないか?だって、君は、毎回、模試で満点と全国トップを取り続けているだろ?こういうもんて、全力を尽くして、勉強しても、いくら、そのようないい結果を必ず残せる訳では、無い。僕には、到底できないさ。だから、君は、地頭が良い、天才なのさ。勉強なんか、少しで足りているのではないか?本当に疲れているのは、僕のマニアックなオタク話だろう?」
彼は、凄まじい炯眼で、僕についてのことを豪語していた。だいたいは当たっていた。だけど、それを口頭で肯定してしまったら、何か申し訳のない気がする。だけど、一体、たった約一年間で、どれくらいの観察眼で見られていたのだろうか。全てを見通されている感じで、少し不気味だ。いや、かなり不気味だ。そして、「偽り」という言葉。この言葉は、柳井にも出会った時に言われた言葉でもある。私は、そこまで、あからさまに自分に仮面をかぶせて、他人に振舞っているだろうか?これまで、友人関係には、あまり気を使いすぎず振舞ってきたつもりだが、そこまで知られていると、なんだが気を使わせている気がして、また、申し訳ない。でも、疲れていたことには変わりはなかった。テストは、とても神経の使う作業だし、いくら、勉強ができる人でも、疲れると思う。彼は、僕のことを天才といったが、それは大きな間違いであろう。だって、まだ、このようなレベルの範囲では、頭のいいだのは、関係しないと思う。どれだけ、勉強したかで、やはり、全てが決まる。知識だって、知らなければ、わからないのだ。この世に大きな影響を与えた偉人、トーマス・エジソンの言葉だ。”天才は、1%のひらめきと、99%の努力である。”そう。勉強には、その1%は必要がないだろう。全部、努力で成し遂げてきたのだから、言うならば、秀才といったほうが、正しいであろう。
僕は、彼からのいくつかの質問への返答を考えている間に、彼は如何にも、図星だろうという表情で僕を見つめながら、僕よりも先に口を開く。
「図星だねぇ。でも、気持ち分かるよ。だって、死後の世界なんて、この世界からしたら、とても、不気味で、恐怖なものになってしまったからねぇ。今でも、多くの人が生贄に捧げられているだろう。創造教によってね。あの宗教は、多くの人間を傷つけ、恐怖までも与え、大きな社会問題を巻き起こしている。」
創造教。そう。彼が言う通り、とても恐ろしい宗教だ。現在では、圧倒的に信者が多くの信者と、広い範囲、大きな勢力までもが増し、今ではもう、キリスト教を抜かして、世界三大宗教のトップになっている。そして、それと比例して、死者までもが増えていっている。なぜ、この宗教がここまで大きく広まったのかをいうと。それを説明するには三十年前に遡る。
これは、書籍で読んだ内容で、間違いはないだろう。とある蛙島という島に、神創洞窟という洞窟あった。その洞窟は、今まで、土砂に埋もれていて、存在すら知られていない場所だった。この洞窟が発見された三十年前は、技術が進む一方、資源に枯渇しかけていた。だから、今まで目を向けていなかった、無人島に目を向け、資源発掘へひたすら急いでいたのだ。そして、発見されたのが、とある石碑だった。そして、その石碑は、だだの石碑ではなかったのである。無造作に、名前と思われる文字を刻み続けている謎極まる石碑だったのだ。そう。これが全ての引き金になったと言える。その石碑は、何の機械でもなく、人の手も、機械の手も、まったく使わないで、ただ、勝手に名前を刻んでいるのであった。この石碑のことは、世界に瞬く間に広がり、各国の専門家が集まって、正体を解明するのに急ぎ、また、民衆にも知れ渡り、様々な憶測が広がった。まず、一つ目に解明されたことは、刻まれている名前が現在の死者の名前ということだ。その名前を、生まれた人、死んだ人間、色々な人と照らし合わせて解明されたことだ。これによって、ますます謎が広まった。なぜなら、そんな今現在の死者の情報を即座に拾得し、記録するということなんて、今の技術を使ったって、出来やしない。二つ目に解明したことは、それが300年以上前のものということ。これによって、ますます、謎が深まる。それ以上前の時代に、このような今の技術さえも超越した技術があったなんて、驚異に満ちている。そして、国家も迂闊だった。このような情報が知れ渡った後、またさらに、新たな情報が発見されたのだ。それは、石碑周辺でこの石碑を作ったと思われる宗教団体のものである。そう。それが、創造教。この宗教の教典に示されたものは、このようなものだった。大きく一つだけ。それは、“生贄をあの世へ捧げた数ほどあの世で幸せになれる。”というものだった。おそらく、これだけでは、信者は増えないだろう。だがしかし、あの石碑によって、“あの世”の信憑性も増し、信者が劇的に増えたのだ。
「じゃ、そろそろコーヒーも飲み終わった頃だし、もう行こうか。」
空になったカップを机に置き、リュックを担ぎ、彼はそう言った。俺たちは、返事をし、喫茶店を後にした。この喫茶店は、ショッピングモール内に設置されており、この店を出た後は、広間があり、とても、賑わっている。
なんだ?一人、いや、二人か。広間二階でとても、挙動不審な行動を見せている人間がいる。片手に、教典。もしや。
「創造教の名の元に!」
そう、もう一人の男は、片手に爆弾を持ち、叫んだ。そうすると、その男は、爆弾を思い切り投げ、そして、さらに持っているたくさんの爆弾までも、スーツケースごと、投げ込んだ。大きな爆発音、衝撃と共にそれによって生じた煙が辺りにたなびき、瓦礫が俺にも襲い掛かり、瓦礫が俺に腹部を大きく当たる。俺は、痛みと衝撃のあまり、膝から崩れ落ちて、そして、血反吐を吐き続けた。視覚と嗅覚が煙のみに遮られ、聴覚のみが残り、周りの悲鳴、銃声のみが響き渡る痛々しい状況となっている。しばらくすると、辺りの煙は引き始め、俺は咄嗟に中村の居場所を探し続けた。すると、ガサガサと音が鳴りはじめ、辺りの瓦礫を取っ払うシルエットがうっすらと見える。
「やあ、栄治くん。大変なことになっているねぇ。」
俺は、そのいつもと変わりのないトーンの中村の声を聞くと、安心して、そのシルエットの方にまっすぐと向かっていった。
「あっ、生き残りみーつけった。」
ハンドガンのような銃声が鳴り響くと共に、俺自身の体も反応し、振り返り、そのころには、自身の腹部に銃弾がめり込んでいた。そして、俺はまた、大きく血反吐を吐き、その場に倒れこんだ。本日二度目の血反吐だった。だが、それは、先ほどのものとは、大きく違い、2倍近く、多い量、長い時間吐き続けているだろう。すると、向こうから、中村が駆け寄って来る。
「大丈夫かい?栄治君。」
大丈夫なわけがないだろう。ああ。この俺の出血によって出来た、血の水たまり、大きく負傷した腹部。
「これ…以上……」
あれ、なんて言おうとしたのだっけ。痛みのあまり、言おうとしていたことを忘れてしまった。ああ。俺らしくない。そんな様子を俺が見せていると、中村はにやにやと笑い、俺を見つめた。そんな、俺のこの姿が無様か。そうか。冷たい奴だな。
「今、君は、限りなく、“本物“に近いよ。」
何が本物だよ。こんな状況でも、そんなことが言える中村のことが、俺にとっては、とても不気味で、恐ろしく見えた。なぜ、今の姿が本物なのか、よく分からない。変わっている奴の感性は、最初から、最期まで、変わっているのかもしれない。だけど、俺は、今の瞬間、一番疑問に思っていることがある。それは、“なぜ、お前は、そんなに、笑い続けているんだ?”