1.
隣を歩く黒髪の少年はやや嬉しそうな表情に変わった。
それを見たシエルは疑問に思ったがあまり気にしない事にした。
なんの変哲もない通りに差し掛かった。
そこでリアンは足を止めた。彼の視線の先を見ると、そこには一人の少女がいた。
髪はシエルよりも若干長め。ロングの部類に入るだろうか。色はリアンと同色の漆黒の黒。流れるような黒髪は傷んでおらず、みずみずしい印象をシエルに与えた。
着ている服は上下ひとつなぎの緑のチュニック。足元から覗く素足は真っ白、まるで深雪のように透き通っていた。
少女は十四歳程度に見えた。
「お………兄ちゃん?」
少女は持っていた籐カゴを落としてしまうが気に留めていない。その可愛らしい双眸はまっすぐリアンを見つめている。
「よ、近くまで来たから会いに来たぜ」
リアンは軽く手を振る。
その時、唐突に少女がリアンに抱きついた。
「会いたかった……お兄ちゃん」
その目には涙がわだかまっていた。
「紹介するよ、俺の妹のイリナ」
リアンに紹介を受けたクリスと呼ばれた少女はペコリと頭を下げた。
「イリナ・ディールです。よろしくおねがいします」
「あたしはシエル。シエル・ラーグナー。それでこっちが……」
シエルの言葉を遮り、アイゼンがどんと胸を張って一歩前に出た。
「俺がリアンの相棒のアイゼンだ。よろしくな嬢ちゃん」
イリナはリアンの影に隠れ、顔を半分覗かせる。
「おい、アイゼン。怯えてるだろ」
リアンはやや口を尖らせて言った。
そりゃないぜ、とアイゼンは笑う。シエルの顔からも自然と笑みがこぼれていた。
街並みに溶けこむ古い木造建築だった。
極々一般的な木造家屋で、窓の数も平均的だ。
煙突から煙を吐き出し、何か芳ばしい、良い香りを撒き散らしている。
「母さん!! 父さん!! お兄ちゃんが帰ってきたよ!!」
イリナの声と共にドアが大きく開け放たれる。
リアン、イリナに続いてシエルとアイゼンも玄関をくぐった。
「リアンが帰ってきた?」
怪訝な表情を作る男性は父親なのだろう。すぐにその曇った表情が晴れ、笑顔で出迎えた。
「おや、まぁ。リアンじゃないか? 久しぶりだねぇ」
続いて通路の奥から顔を出した、包容力MAX(ふくよかな体)の女性がリアンの頭を掴んでワシャワシャした。
「やめてってば」
リアンが嫌がりつつも笑って抵抗していた。
その光景を見て胸がキュッと締め付けられたシエルは胸元に手をやり落ち着かせる。
「(俺たちはもう失ったモノなんだよな)」
改めて言うアイゼンの目はどこか遠くを見ているようだった。
シエルも幼い頃の記憶に思いを馳せ…………ようとした。
シエルのその手を握って引っ張るのはイリナ・ディール。彼女はニッコリとした笑顔で言った。
「早く入ってください。ご飯の準備もうすぐですから」
「うん」
リアンたちの待つ部屋へとイリナを先頭にシエルとアイゼンは歩を進めた。