5.
薄暗いトンネルの通路。
明かりは手元のランタンと等間隔に吊るされたランタン。そして入り口からの僅かな日の光。
それぞれが淡い橙色の光を放ち、周囲を照らす。
無言だった。
支配するのは静寂。
俺とシエル、アイゼンの足音が薄暗い通路を反響し、沈黙を促していた。
しばらく歩き続けていた。既に前方も後方も闇に包まれ、光は手元と壁のランタンだけ。しかも壁のランタンは左右両方に付いており前後が分からない。
何回か回転し、目を回してしまえば方向感覚などなくなってしまう。最悪、もと来た道を迷わず戻っている事もあるかもしれない。
その時、唐突にシエルが口を開いた。
「アイゼン。なんでそんなに興味あるの?」
言葉が足りない。俺の脳内で補完されていく。
ねぇ、アイゼン。なんで大会に対してそんなに興味を持っているの?
これで合ってると思う。
アイゼンも同じ様に補完に成功したのだろう。静かに答えた。
「俺の、小さい頃からの夢だったんだ」
歩きつつアイゼンの方を振り返ると、俯いたその表情ははにかんだように笑っていた。
「いつか、出場して優勝したい。ホント憧れだったんだ」
そっか、とシエルは端的に応じる。あまり深く詮索しないつもりだったのだろうが、アイゼンは自分から話し始めた。
「俺の出生、言ってなかったよな。隠してたワケじゃねぇんだ。ただ、タイミングっつうか、なんというかな」
アイゼンは後頭部を掻きながら笑った。
俺とシエルは立ち止まり、真剣な面持ちで耳を傾ける。そして続く内容に衝撃を受けた。
「俺の故郷は、無い。俺はエルル族の末裔なんだ」
エルル族とは、かつて帝国に物量で負けた戦闘部族だ。侵攻戦の時、決死の抵抗も圧倒的な物量の前では虚しく、敢え無く殲滅された。
その小さい村の住人は驚異的な戦闘力を誇り、現在の一般兵士、十人程の戦力を持つらしかった。
「エルルって、あの伝説の!? だって、いなくなったんじゃ?」
アイゼンはゆっくりとかぶりをふった。
「何人か生き残ったんだ。そいつらも、細々と頑張ってるってワケだ」
アイゼンは俺とシエルを越し、前に立つとニヤリと笑った。
「俺が小さい頃に開催された時の優勝者はエルル族だったんだ。独特な空気を見ての直感だけどな」
苦笑し、続ける。
「だから俺、決めたんだ。憧れの優勝者になるって。小さい頃の俺にとってのヒーローになるって」
アイゼンは強く拳を握っていた。その決意を示すように。
俺とシエルもその緊張した顔つきは崩さなかった。
「出来るって。大丈夫」
俺はアイゼンの胸板に拳を軽く押し付けた。
シエルもアイゼンの肩に手を置く。
「出来るよ。その為にこの道を歩いているんだから」
アイゼンは左手で目頭をしばしつまんだ。
そして少しの間を置き、頷いた。
「サンキュ。ありがとな」
アイゼンは俺たちの手を払った。
「俺の夢だったからな。頑張るぜ」
アイゼンはトンネルの奥へと進む。
俺とシエルもそれに従って進んだ。
彼の夢の手助けの為に、その決意を胸に秘めて彼の後に続いた。