2.
外は闇が支配している。この部屋はランタンによってオレンジの明かりが灯されていた。
「今日は鍋にしてみました〜。口に合うかな?」
シエルがアッツアツの鍋を抱え、パチパチと音を立てて煌々と燃える暖炉の方へ来る。
鍋を暖炉にひっさげると、キッチンに向かう。今度は食器を三人分持ってきた。
俺はシエルに食器を渡され、三人分の料理を食器に移す。
スプーンや食器は木製だった。元の持ち主はいい趣味をしている。
木の香りは、さすがに残っていないが気分が温まる。
最初に鍋料理に口をつけたのはアイゼンだった(しかし手伝い等は何もやってない)。
「うん。美味い!! さっすがシエルさんっすね。ホント料理がお上手で」
アイゼンはまだ口に物を含みつつも無条件に褒め称える。
「それじゃ、俺もいただきます」
スプーンで白いスープをすくい口に運び入れる。
シエルは俺の一動作を固唾を呑んで見つめていた。
口の中にほんのりとした甘さと野菜の風味が広がる。肉の出汁も効いているのかもしれない。
「美味しい」
そのまんまだが、それしか感想が無い。正直、『美味しい』以上も以下の感想は俺の語彙量から出てこなかった。
「良かったぁ」
彼女は胸をなでおろし、自分の取り分にもスプーンを入れた。
俺たちの悪い癖である。
食事には、食べ始め、食べてる途中、食後がある。
俺たちは食べてる途中の会話が無い。
各々が自分の料理に夢中になってしまう為、会話が限りなく零に近くなってしまうのだ。
現に今、お皿とスプーンが当たる音しか無い。
「あ、おかわり? 俺が盛るよ」
さんきゅ、とアイゼン言って俺に渡す。
受け取った俺はおかわり(三杯目)を盛った。
「いやぁ〜美味しかったな」
空になった鍋を片付けつつ俺は呟いた。
「こんなご馳走をお作りいただいたシエルさんに感謝だな」
アイゼンも応じる。
皿を洗いつつそれを聞いたシエルは、はにかんだように笑った。
「そんなに美味しかったの?あんまし自信無かったんだけどね」
片付けを終わらせた俺たちはソファに座ってくつろいでいた。
俺はランタンに油が入っている事を確認し、火を点けて(こんな事に魔法力を使うのは勿体無いのでマッチで着火する)中央のテーブルに置いた。
「俺ぁそろそろ眠くなってきたな」
アイゼンは両腕を頭の後ろに回し、ソファに寝転がった。
俺はシエルを見て言った。
「ベッドは君が使いなよ。疲れてるんだし」
シエルは眠そうに目を擦りながらコクリと頷いた。どうやら相当疲れが溜まってるらしい。
彼女はソファから立ち上がるとベッドルームへとフラフラとした調子で歩いて行った。
(アイゼンじゃないけど。ホント、カワイイな)
俺はそこまで眠いというワケでは無いので、ランタンの火を二つ共消し、ソファから立ち上がってドアノブ辺りに向かう。
完全な闇では無かった。
埃っぽい部屋に月光が窓から差し込んで、闇の中に薄く蒼いベールが漂っているようだった。
俺はノブを回して外に出た。
外も同じ様に花粉やらなにやらに月光の薄蒼い光が当たり、空間そのものが光っているようだった。
(綺麗だな)
俺はその視線を南方の天に向けた。
そこには、薄い紫の闇を切り裂くように屹立する真っ黒な物影。
(あれから二ヶ月か。あっという間だったな)
とある異教徒との決戦から二ヶ月余りの時が過ぎようとしていた。死者の弔いは終わり、人々は生活の営みを再会させる。しかしその傷跡はそうそう消えるモノでは無い。今俺が見上げているそれも傷の一つだ。
数多の命を吸ったその大樹は、術者を失ってからもその巨躯を朽ちらせない。
雷撃の砲撃は無い。そして今は、その身を少しずつ崩していっているという状態だった。王国軍の術者の話だと、あと数年は残るらしい。
(あれの影になってる集落とかは日の光を浴びないんだろうな)
ポツリと思ったが、言葉にするのはためらわれた。自分でも何故だか分からなかった。
「まぁ、いいか」
俺は踵を返し、廃屋のノブを回した。