Fifth Crystalline: Nasty Beef
かくして親にちゃんとした突進作法を学ぶ機会の与えられなかったミノタウルス、もとい私は水仙の畔、と個人的に名称を付け親しんでいる所の領域へと何百回目かになる進入を果たした。あれだけ方向感覚の不明だったろう状態から何故こんなにも地理明るくして目的地を探り当てる事が出来たのかと言えばそれは私の頭脳にはこの世界における方位磁針が埋め込まれているからである。もう少し言葉を開拓すると、私の意志は私が目的地として設定した場所へ体が吸いこまれていく一事の為に地に見えざる不可避の足場を浮き上らせる事が出来る、その切れぬ一線以外の地形を架空の池沼として水没させる事が出来る、そうして意志の親心に何もかもお膳立てされた自律歩行化の赤子は何の心曇りも無く晴れ晴れと向かうべき光の外灯へと真夜の蛾として舞い行く事が許されていると言う事だ、人にあまり好かれる所の印象を宿さない巨大羽を手にしてしまった蝿の狂乱とでも言った醜さで修飾される偽りの蝶の舞、それを、己にとっての頭上になってしまっている地平、その地平が空に一面張り巡らされた障壁であるとすればその地平に立つ生物にとってその場が雨を凌げる屋根の下を意味する事が可能であると思われるがその空想上の屋根まで先程口の端からシャボン玉をボタボタと飛ばしてはそれがぐしゃっと壊れて消えていくのを心に毎回思い描いていたミノタウルスの珍妙な混乱したとても走行が主目的だとは考えにくいながらも指向性を孕んでいた動作と並べて語っても何人も異論を挟むまい。私の意志は地理を包括している、が、だからと言って私がこの世界における籠の鳥である事実は一寸も薄れない。そういう事を加味すると私という存在は意志の下に赤子をやっているのではなくもはや幼虫位に落ち込んでいるのではないかと思えてならない。架空の池沼に一線伸びる確かな足場、それは普通の人が歩む分にはとても十分と言える幅が用意されては無くなかなか安定して進むのは骨だろうが、私は手足無く体全てを普通の人にとっての平均台位に頼り無く不親切な足場に任せる事が出来る芋虫が如き存在でしかないのでやる事為す事スケールが小さくて良くて、世界の有るべき枠組みから出るなんて大それていて逆に楽なのだ、殆ど全てを諦めてしまっているから、本当は芋虫ではないのに手足が無い位に非力で詰まらない存在だと知ってしまっているから。何時人間の食欲に求められ畜殺されるか知らないが、それでも牛は己の運命に疑問を差し挟む必要など無いのだ、そんなもの持った所で、きっとストレスで早死にしてしまう。ただその時思ったのは、いつか人で人形遊びする素敵な紳士淑女に私を適正な人徳の及ばぬ黒い悦びに満ちた宴における一品目としてご賞味頂ける機会が有るのならせいぜい飛び切り不味く成長してやろうと言う精一杯の反抗の事だった。その血肉で煌く地底の天国に住まう堕天使の姿も屋根の向こうに隠れてしまっているが、そんな敵の事なんて知っていない方がいい、きっとストレスで美味しいうちに死んでしまう。




