Second Crystalline: Third Eye
見えぬ異界の門を幾度も潜り抜け常態御辞儀の慇懃無礼者は予め収穫する事になるやも知れぬ遠くない未来の一時における妻の胃袋の住人として足る少女候補らに安っぽい感謝と哀悼の意を撒き散らかしつつ練り歩く、少女ら一人一人の吟味をしつつ御辞儀の表明する所の心に無さを顔に張り付けられた苦痛が描写する表情画で証明し蹌踉めきうろつく。妻の胃は私の胃でも有りそろそろ新たな生命力補給への一式が揃えられぬのならば花と人とが空間を越えて重なり合って出来ている人花また同時に花人と呼ばれなくてはならない怪物の首が支える所の頭にして茎が支える所の花である部位が重たかったのだ、知らず知らずこんな時にさえ私は常態の平常を無視し切れなかった、少女らに囲まれた一人の祭りの心躍り様がひたすら胸を捉えて離さず首折れの私に有るべき危機感を麻痺させた。もう私に一刻の猶予も許されては居なかった、危機的状況を分かっていた筈ながら限界まで少女らと楽しみ過ぎた罰と言うべき物であろう、とにかくも次に繋がる尊い犠牲を探し出し抜き取り丸め運び出しそして愛の巣に帰って私の愛の確かさをそれによって提示せねば命は無い様だった。そうと分かっても中々行動らしい行動には移れないのが実情で、私はこれと言う少女の亡骸を見つけ出す為に瞑想にも似た途方も無い神経集中を必要とされる。しかもその沈思黙考は花の各々に対し成されなくてはならない、私の神経の網はその広がりを目の前の少女にだけしか生かす事が出来ないと言う訳だ。ただこれだけ膨大な数の花を完全に一つずつ相手にしなければならないのなら私は疾っくに花の一つに「花に与えるべき水仙に拘り過ぎて倒れた人」として刻まれ果てているだろう、或る程度の絞込みまでなら対複数に有効な勘が働くのはその時までの経験から熟知していた、そしてその勘の精度は良くて五分、当たるも八卦当たらぬも八卦のちょっとした賭博の体裁をこの花選びの儀は持っているのだ、賭けられているのが私の首で有ったと言うのがまた笑えない。
研ぎ澄ます、精神を、私と水仙以外絶対零度を脱する有限事象の何も無い無限の凍て付く広がり、宇宙空間さえ暖かく潤った常春と囁かれる程の夢か悪夢か定かではないがともかくも幻に満ちた純粋虚無帯に在る事を目指す為に。幻の透明に首折れによる苦痛の黒が滲み込んで行くがその影響の程が分からない、人間に透明自体を直視する能力など無いからだ、その透明の向こう側に透かし見える何物かを知る時に人は透明と言う不明を察知する事が出来るだけで結局透明が不明である事実を払拭出来る状況はまず皆無である、加えて私も幻に包み込まれてしまおうと必死で第三の目を抉じ開けようとするがそれは幻を幻として見るだけの目で有るしまた初期より在る人の二つ目とは現実を見据えるだけの道具で有るので幻の向こう側に現実を探り当てる事また現実を幻の壁の向こうに感じ取る事双方適わぬ。以上二重盲によって私には幻の透明に満ちた空間の示す黒と幻などではない首折れの苦痛がこの透明幻想の領分に流れ込んで行く為の必然である擬似無色を宿した空想上の血としての黒の違いが見えない、私はこの時淀んだ現実と幻の混ざり合う狭間での混濁の中心点にて確かに透明の不明を感知していた。見つけるのだ、恒星を、私の第三の目に映る幾つかの煌きから月を除外し、月を月として照らし出している太陽を。




