第1話 八雲の朝
早朝太陽が昇りだした頃、私は庭先に出て木刀を振っていた。
「ふっ、はっ」
短く息を吸い込み、気合とともに木刀を振り下ろす。
一つ一つの動作に意識を集中させ、剣先まで魔力がいきわたるようにする。
魔力とは大気中にある微量な魔素を、体の中にある魔器と呼ばれる場所に取り込むことで使うことができる力だ。
魔力を大量に使いたいならば、それだけ大きな魔器が必要となり、魔器の大きさは鍛えれば大きくすることができるので、日々こうした訓練が必要なのだ。
そうして魔力を効率よく使うことを魔法という。
今私が使っているのは身体強化と武器強化、そして重力負荷の三つの魔法だ。
身体強化と武器強化は戦闘を行う者なら一番最初に学ぶ魔法で、魔力を込めれば込めただけ威力が上がる。
そして重力負荷は特訓のためわざと体に負担を掛けている。
木刀を振り始めて30分ほどだろう、まだ寒い時期ということもあり、体からは湯気が立ち上る。
その湯気を断ち切るかのように掛け声とともに、最後に気合のこもった突きを繰り出し動きを止める。
そんな私の後ろ姿に声をかけられる。
「今日も精が出るな」
背後から低い声をかけられ、私は突きの構えを解き後ろを向くと、声をかけた人物に頭を下げる。
「おはようございます。父上」
「おはよう八雲」
私の挨拶に父も挨拶を返す。
「だいぶ動きにキレが出てきたな。あの重力負荷の中技の一つ一つによく練り込まれた魔力がこもっていた」
「まだまだですよ。最後の方になると集中力が切れて、技が鈍ってしまいます」
父の褒め言葉を私は首を振って否定する。
「父上の領域にはまだ遠く及びません」
私の返答に、父は苦笑を浮かべ、
「当り前だ。竜騎士の小隊の隊長を任されたばかりの娘に簡単に追いつかれたら、さすがに私も立場が無いからな」
竜騎士団の四人しかいない大隊の隊長を務める父上はそう言い、
「心、魔、技、体まだまだお前は伸びる。これからも精進を怠らないようにな」
「はい!」
気合の込めた返事に父は満足げに頷き、
「さて、そろそろ母さんが朝食を作り終えるだろう。お前も早く着替えてきなさい。そしたらみんなで一緒にご飯を食べよう」
そう言って、父は食卓に向かって歩き出す。
その背を見送ってから、私は急いである場所に向かう。
自分の部屋ではない。母屋の隣にある大きな竜舎だ。
扉を開け中に入ると、そこには数体の竜が藁の上で寝ていた。
「みんなおはよう」
挨拶をしながら左右にある窓を開け、朝の日差しと新鮮な風を部屋に入れる。
日差しや風を受け竜達が目を開けたり、体を伸ばしたりする。
そんな姿を見ながら、部屋の一番奥まで進み一段と広くなった場所にいる竜に挨拶をする。
「おはよう風様。ご気分はいかがですか?」
呼びかけられた竜は、閉じていた目をゆっくりと開けて私を見ると、その鋭い牙が生えた口から出たと思えない優しい声で小さく鳴く。
風と呼んだ竜は父の相棒で、我が家の竜の一番上の存在だ。
鱗は空の色と同じ蒼色で、長年父と戦場を共にしてきただけあり、体のあちらこちらに傷があるが、それでもその姿を落すことは無く逆に、威風堂々とした姿に拍車をかけている。
「昨日よりは体調は良さそうですね。でもまだ寒い日が続くから、体調が悪かったらすぐに言ってね。すぐに竜医を呼ぶから」
そう風と呼んだ竜に告げると、他の竜達を見渡し、
「君達も同じだよ。体調が悪かったら無理しなくていいからね」
そう言い竜舎から出ていこうとしたときに、一つだけ空いた場所に目を向ける。
本来ならば、その場所に相棒である竜がいるはずなのだが、今は体調を崩し竜医がいる建物で過ごしている。
早く戻ってきて欲しい。そう思いながら母屋へと戻る。
竜舎を出た後、急いで自室に戻り、用意していた濡れタオルで体を拭いてから服を着替え両親が待つ食卓に向かう。
「遅くなってすみません」
食卓にはすでに料理が並んでおり、そこに両親が座って私のことを待っていた。
「大丈夫、今母さんが料理を運び終えたところだ」
「八雲ちゃんは今朝も早くから頑張っていたみたいだから、ご飯大盛りにするわね」
私が席に着くと、母がのんびりとした笑顔でみんなの分のご飯をよそい、みんなで一斉に合掌して食べ始める。
朝からかなり汗をかいたから、母が作ってくれた味噌汁や焼き魚がかなり体に染み込む。
運動したおかげでもくもくとご飯を食べるため、すぐに茶碗が空になる。
ご飯をよそいながら、ついでに少なくなったおかずを母に頼む。
「母上、すみません焼き魚のお代わりありますか?」
食べ終わった焼き魚の皿を見せながら母に聞くと、
「ごめんなさい。焼き魚はもうないの、最近入って来る食材が減ってしまって、すぐ品切れになってしまうの。卵焼きならお代わりあるけど、どうする?」
「そうですか…、なら卵焼きください」
母が席を立ち卵焼きを取りに行くのを見て、あらためて食卓の上を見る。
意識しなかったが、まさかこんな所にすでに弊害が出ていたとわ。
「八雲。今は自分の仕事のことだけ考えておけばいい。お前が心配していることは今私達が全力で事に当たっている」
食卓を見ながらそんなことを考えていた私に、目の前に座った父が、優しい声で私を安心させてくれる。
「はい…。ですが、あの病が出てからもう半年が経とうとしています。私の相棒だけでなく、部下の中にも大事な相棒の竜が病に罹った者もおります。何か解決策はないのでしょうか?」
今朝風様の体調をすごく心配したのも、最近流行っているこの病が原因だ。
原因不明で竜だけに罹り、症状は最初体調の不調を訴え、眩暈、吐き気などを起こし、やがて体中に激痛が走り、魔力不順が起こり、最後は苦しみの中で死んでいく。
私達もなんとか治療しようとしたが上手くいかず、すでに半年が経った。
「今日族長である天空様のもとに、一族の主だった者たちが全て集合するように言われている。きっと天空様が何かしら解決策を見つけてくれたのだろう。だから、お前は自分の仕事だけに専念しなさい」
「……はい」
私は相棒である竜の嵐も心配だが、それと同じぐらい他の竜達も心配なのだ。
三年前先代の風様が亡くなり、父上の相棒の竜が風様の名を受け継いだ。父上と風様は父上が竜騎士になる前からの付き合いで、何年も一緒に空を飛び回っている仲だ、心配していないはずがない。だがそれを多くの部下を率いるものとして表に現すことはないだろう。
その後、不安が解消されないまま母上が持ってきた卵焼きを食べ食事を終えた。
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