プロローグ:3ヶ月前、彼らの仕事
一話目に比べてだいぶ長くなりましたが、
読んでいただけると嬉しいです。
「これで終わりかな?」
血に濡れた刃を振り、血を払いながら男は周りを見渡す。
広い部屋の中には、老若男女関係なく数十人が血塗れで転がっていた。
「依頼された人達は全員殺したと思います。依頼主もどうやら目的を達成されたようですから、じきにここにこちらに見えると思います」
窓辺に立った私は、そこから屋敷の外を観察する。
真夜中なのに燃え上がる炎で辺りは昼のように明るく、街を赤く染め上げる。
そんな街からは、逃げまどう者や手に剣や槍をもって暴れる者の雄叫びや、子供の名前を叫びながら探す親の声、何が起きているのか分からず泣き叫ぶ子供の泣き声などが混ざり合い混沌とした状況が聞こえてくる。
「……見慣れた光景ですね」
「いつの世も、私達は争いなしには生きていけないってことだよ」
窓辺に立つ私に近づき同じように、屋敷の外を眺めた男は平然とした様子で、
「でも、たぶんこれでこの国は少し落ち着くんじゃない?」
そう言われ、私は心のどこかに刺さった小さな刺が、何か言いかけたが男が言うことは間違いではないので、小さく「…そうですね」と頷く。
そのまま屋敷の外の光景を二人で見ていると、部屋の扉が勢いよく開き二人の人影が部屋に入ってくる。
「お疲れ様じゃ。どうやら黒達の方が速く片付いたようじゃな」
雪のような真っ白な白髪に赤い瞳の少女が、部屋の様子を見ながら窓辺に立つ男、黒に話しかける。
「そうだね。こっちの方はそこまで強い相手がいなかったから、思ったより早く片付いたよ。そっちはどうだった?」
「こっちもたいしたことはなかったのう。まぁ所詮は裏で他国と内通していた者たちを始末するというものだからのう、正面切って戦うのには慣れていなかったのじゃろう」
「暗殺してくれと言う依頼に対して、正面切って戦う私達もどうかと思うけどね」
「カッカッカッ、その通りじゃな」
白髪の少女が愉快そうに笑う。その笑みは年相応なのに、やっているのは人殺しなのだから善人からしてみれば笑えないが、あいにくここには善人などと言う優しい存在はいない。
「それにしても、いくら内通者だからといって一族郎党皆殺しですか。今回の依頼者は容赦がないですね」
「そうかのう鉄よ。ワシは正しい判断じゃと思うぞ」
そう言いながら、近くに転がるまだ年端もいかない男の子の死体の影に隠れていた女性の背中を踏みつける。
「い、いや…。助けて、死にたくない」
両足を断たれ、腹は裂け大量の血が流れ死を目前としているが、それでも女性は目から涙を流しながら助けを求める。
涙を流しながら懇願する女性の言葉を無視して、白髪少女はその細い首めがけ足を踏み下ろし、頸椎を折る。
枯れ木が折れるような音と短い呼吸音と共に、女性は息を引き取る。
「ここで変な情けをかけてみろ、いつまた反乱の芽になるかわからん。それならばここで後腐れなく殺した方が、後顧の憂い無く先に進めるというものじゃ」
「……情けは、人の、ためならず」
それまで黙って白髪少女の背後に立っていた、顔の半分を目隠しで隠した少女が口を開く。
彼女が言った言葉『情けは人のためならず』は、よく間違えられて覚えられているが、情けをかけることは人のためにならないという意味ではなく、他人にかけた情けは巡り巡って自分に返ってくるという意味だ。だが目隠し少女は正しい意味を知っていて、それでも両方の意味を込めてその言葉を言ったのだろう。
「……ここで情けをかけて復讐の芽が出る前に、何も知らないまま殺すことが情けというもの、それとそれが暗殺対象に対するせめてもの温情、そう言いたいわけですか」
目隠しをした少女はコクと頷く。
彼女の意見もわからなくはない、だがその考えはどこか独善的ではないか?
悩む私の肩を黒が叩く。
「悩んだって仕方無いよ。それにいくら悩んだところで、これはもう終わったことなんだから」
そういくら悩んでも、この部屋にある死体が雄弁に教える。
悩んでも無意味だと。お前は殺したのだろうと。
だが黒の言葉には続きがあった、
「でも考え続けるのはありだと思うよ。終わったことは戻らないから、もしこの状況に悩むなら次に同じ思いにならないように考えておかないと」
その言葉を心に刻む。
私が今いる場所は今回のような仕事ばかりなのだ、毎回悩んでいたら剣の腕も鈍ってしまうし、何より仲間に危害が及ぶ可能性もある。
私が表情を引き締めたのを見て、黒が笑みを浮かべ力強く肩を掴み「頼りにしているよ」といい入口の方に顔を向ける。
「どうやら彼らも仕事が終わったようだね」
黒と同じように入口に顔を向けると、この部屋に向かって来る血で汚れた鎧を着込んだ集団が見えた。
戦闘してきたせいだろう、彼等から洩れる殺伐とした空気に、思わず腰に差した刀に手を伸ばすが、それを黒が止める。
集団が部屋に足を踏み入れ、先頭に立つ見事な金髪をなびかせた人物が部屋を見渡し、転がる死体を確認した後に黒に笑顔を向ける。
「依頼通り全員始末したようだね『便利屋』」
男の堂々とした口調と雰囲気は血で汚れた部屋の中でも、陰ることは無い。
「もちろんだよ。依頼を受けたからにはしっかりとやり遂げるのが私達『便利屋』のポリシーだからね。
それでレオン様、あなたがこちらに来たということはそちらも無事にやり遂げたのかい?」
「あぁ、これで長く続いた内乱も終結するだろう」
「それは良かったね。これで晴れてあなたがこの国の王となるわけか、レオン様」
依頼主である金髪の男レオンがここに来た時点で、彼がこの国の新しい王になるのは決定した。
そもそも私達は彼が国王になるために雇われていたのだから、国王程度なってもらわないと働いたかいがない。
「それで国王陛下となる方がわざわざ忙しい時にこちらに来たってことは、裏で仕事してきた私達を始末するつもりかい?」
笑顔のまま表情を変えず黒がそう尋ねると、レオンの背後にいた騎士たちが反応し、武器を持つ手に力が入る。
だがそんな騎士たちとは裏腹にレオンは、
「まさか、君たちはただ私の依頼に応えただけだろう?この国のために影ながら働いてくれた君たちを殺すはずがないじゃないか」
笑顔を浮かべ、これから王となるとは思えないほどフランクな口調で私達に話しかける。
「別にこの国のために働いたつもりはないですよ。私達はただ金で雇われて、金のために仕事をしただけですから」
黒の率直な言葉にレオンは声を上げて笑う。
「ハッハッハッ、君は本当に率直にものを言うね」
「報酬を上げてくれれば、いくらでも言葉を飾りますが?」
「いや必要無いよ。下手に言葉を飾り、媚を売るよりも君のその率直さは信用できる。この国での仕事内容も他に漏らさないだろう?」
「仕事内容には守秘義務があるからね」
黒の無遠慮な言葉にも、レオンは気を悪くした感じはなくむしろ好感を持っているようだ。
それから黒は懐から契約書を取り出し、内容を見直した後にレオンに投げ渡す。
「これで君に頼まれた仕事は終わりかな」
レオンも渡された契約書に目を通し頷く。
「そうだね。君に最初に頼んだ契約はこれで終わりだね。ところで、先程叔父上の執務室を調べたときに新しい厄介事が出てきてね。よければまた君達に仕事を頼みたいのだけど、受けてくれないかな?」
「申し訳ないけど、もう仕事の先約が入っていてね、私達はすぐにこの国を出ないといけないんだよ」
まだ正式に国王となっていないが、それでも国王となるレオンの依頼を黒は簡単に断る。
黒が断ることを予想できていたのだろう。レオンは別段気を悪くした感じもなく、
「そうなんだ。裏で仕事している割に君たちは人気者だね。一体今度はどこの国で仕事するんだい?」
「先ほども言ったけど、仕事内容には守秘義務があるって、だから秘密だよ」
「そうだったね。ならもし仕事場所がここから北上方面に行くなら、ついででいいからやってくれないかな」
「ついでで仕事するほど、私達の仕事は安いと思っているのかい?」
笑顔のまま黒はわずかに目を細め、国王の表情を観察しその真意を探る。
「もちろん、俺は君らの仕事が安くないのは知っているよ。何せ王様になって最初の仕事は、君達に支払った金を補完することになるだろうからね。
でもね、俺はわかっていて、その上でついでになると思うからお願いしたいんだよ」
レオンの表情はこの部屋に入ってきたときから全く変わらず、真意を探ることができない。
「仕事内容を聞いてもいいかい?聞いてついでにできるなら受けるよ」
表情からはレオンの真意を探ることができないと悟り、とりあえずその仕事内容を聞いてみる。
「ありがとう」
そう小さく言ってレオンは追加で頼む仕事内容を話す。
「―――――」
話しを聞き終えると、私は眉をひそめ、白髪少女が吐き捨てるように鼻を鳴らし、目隠し少女が口を引き締める。
そして黒は、うれしそうに笑う。
「仕事の内容はわかった。だがその仕事の内容だと明確な証拠がないと、さすがに私達もうかつには動けないよ」
「安心していいよ。証拠はちゃんと押さえているから」
レオンがパチンと指を鳴らすと、背後にいた騎士の一人が、手に持った紙の束を黒に渡す。
それを受け取り、パラパラとめくっていき、一通り目を通すと黒は溜息をつく。
「……なんでこんなものを残しているんですかね」
「そんなものを残しているほど無能だったんだろう。だから無駄に内乱が伸びてしまったと言えるけどね」
思わず出た皮肉に、レオンも同意するように苦笑を漏らす。
そしてもう一度大きくため息を吐き出し、
「わかりました、その依頼受けましょう。棺『契約書』を作ってくれ」
後ろに控えていた白髪少女、棺が眼前に魔法陣を生み出し、契約書を生成したあとに、今回の仕事内容と条件、報酬を焼き付け黒に渡す。黒はその内容を確認してからレオンに手渡す。
「確認をお願い。異存が無ければサインしてくれ」
レオンは契約書に目を通し、間違いがないのを確認した後、懐から出したペンを指先に押し付け、滲んできた血で自身の名前を書き込み、黒に契約書を返す。返された契約書に黒も同じように自身の血で名前を書き入れ、契約書を筒状に丸めその片方を片手で持ち、そしてもう片方をレオンが持つ。
そして、
「契約を確認した」
レオンが楽しそうに、
「契約を受理した」
黒が笑いながら、
「「ここに契約が結ばれたことを、双方了承する」」
二人が同時に言った瞬間、契約書が金色の糸状に変わり、互いの契約書を握っている手首に巻きつく。
手首に巻き付いた金色の糸は、やがて消えて見えなくなる。
「これで契約は結ばれたから、私達は早速仕事に取り掛かるよ」
すでに見えない金色の糸が巻き付いた手首をさすりながら黒が告げる。
「えぇ仕事の結果を楽しみにしていますよ」
レオンが終始変わらなかった笑顔で、私達を送り出す。
混沌がまだ治まらない街並みを黒達が人ごみにまぎれて消えていくのを、窓際から見送る。
「レオン様、よろしかったのですか?」
背後に控えていた、側近の一人がそう尋ねる。
「別に問題ないでしょう。彼は一度結んだ契約は絶対守りますし、何より疲弊しきったこの国をさらに無駄に疲弊させるわけにはいかないでしょう?」
彼らを殺すという選択肢も無くは無い、どんなに腕が立つと言ってもたった四人しかいないのだ、数で押し込めば殺すことできるだろう。
だが、彼らは殺すために集めた人間の半分以上を確実に道連れにするだろうし、下手したら返り討ちにあう可能性もあるほど彼等は読めない。
割に合わない。そんなことで兵士を無駄に死なせるよりも、彼らとは敵にならない程度の付き合い方をしていく方がいい。
敵にするのも危険で、親密になりすぎるには彼らはあまりにも危険、つかず離れずの関係がちょうどいい関係だ。
混乱する街並みにもう一度視線を向けるが、そこにはもう黒達の姿は見えない。
「新しく始めるためには、一度過去のことは清算しないとな」
誰にも聞こえない呟きをこぼし、窓から目を外し部屋から立ち去って行った。
黒は混乱する街中を歩きながら、今さっき頼まれた仕事内容について考える。
「次の仕事先は『竜騎士の国』か、楽しいことが起きそうだな」
普段と同じ笑顔を浮かべながら、黒達は次の仕事場所に向かう。
これでプロローグも終わりです。
次回から話が進んでいきます。