プロローグ:10年前、彼女の日常
連載作品初投稿です。
稚拙な作品ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。
「はー」
寒さで強張る手に白くなる息を吐きかけ温める。
季節はまだ冬に入ったばかりで雪こそ降っていないが、吹いてくる山風が肌に刺さり体感気温をかなり寒く思わせる。
それでも私は崖の淵で腹這いになりながら動かず、じっと森の中を観察する。
5歳の頃に父に連れられて初めて狩りに出てから3年、最初は何もわからず、やみくもに獲物を探し何も獲れない日の方が多かったが、今では一人で狩りに出ても、無にも獲れないということは無くなった。
いや、正確に言うなら一人での狩りでは無いのだが……。
私が観察している森は、秋に染まった紅葉で赤一色になり、森の動物たちが本格的に寒くなる冬に備えるために活発に動いている。
ウサギやリスなどの小動物の姿は、木々の間からでもあちらこちらで見られたが、私が今日狙っているのはそんな小動物では無い。
目当ての獲物の姿は一向に見えず、時間だけがゆっくりと流れていく。
そろそろ狩り始めないと帰りの時間に間に合わなくなるかもしれないと、頭の中で獲物を狩る時間と帰宅時間を計算し、今日はあきらめて兎を何羽か狩るかと考え始めたとき、視界の隅に動く大きな影を捕らえる。
すぐに動いた影の方に目を凝らして見ると、そこには狙っていた大型の獣、Eランクの灰色大熊の姿を捉えることができた。
(見つけた)
寒さに負けずに我慢したかいがあったと、内心で喜びの声を上げて静かにその場から立ち上がり、後ろで待っていてくれた者の元に駆け寄る。
「獲物が見つかったよ」
私の声に待っていた者は閉じていた目をゆっくりと開くと、その長い首を持ち上げ、畳んでいた翼を広げて縮こまっていた体を大きく広げ、竜としての威厳をあらわにする。
空の色と同じように白蒼色の鱗に、鈍く輝く爪と牙、そしてその全身からあふれ出る力強さが、その見た目以上に竜を大きく見せる。
私は持ちあげた首をひと撫でした後に、その背にまたがり手綱をしっかりと握る。
それを合図に、竜は翼を何度か羽ばたかせた後上空に飛ぶ。
一度上空を旋回した後、私は大物の獣がいた場所を指さす。
「あそこだよ。お願いね」
私の声に短く鳴いて返事をした竜は、軽く上空に浮きあがりそれから一気に目的の場所に向かって飛んでいく。
空から近づく私達に灰色大熊は気づかない。
気付かないうちに一気に灰色大熊の上空まで来た私は、そのまま竜の背から飛び降りて、まっすぐ灰色大熊に向かって落ちていく。
落ちながら私は、腰に吊るしていた鉈より少し長い刃を抜くと、落下の勢いと体重を乗せていまだ私に気づかない灰色大熊の首めがけて刃を振るう。
かなりの勢いがあったはずだが、刃は首の途中で止まってしまった。だが頸椎と動脈は切れたのだろう、何が起きたか分からないうちに灰色大熊は命を失った。
「まだ首を落すまではいかないか」
得物を無事狩ることはできたが、それでも納得のいく狩りでは無かった。
父が同じように灰色大熊を狩ったときは、己の腕力だけで首を跳ね飛ばしていた。
早くあんな風になりたいと思いながら、首にめり込んだ刃を抜く。
抜いた瞬間、動脈からは勢いよく血が噴き出し顔にかかるが、今は気にしいられない。
上空にいる竜に手を振りそのまま近くの地面に着地してもらうと、さっそく獲物の解体にかかる。
竜が近くにいるおかげで、血につられて近づく獣はいないから、安心して解体作業を進められる。
動脈から血が出ているので血抜きは終わっているから次は腹だ。
仰向けにした灰色大熊の喉元に刃を入れ、そのまま真っ直ぐに切り裂いていく。
この時重要なのが、刃を深く入れないことだ。深く入れ過ぎると脂肪の下にある内臓まで切ってしまい一気に肉質が悪くなってしまう。(最初の頃はそのせいでよくせっかくか狩った獲物を駄目にしてしまった)
次は切り裂いた場所を左右に開き内臓を掻きだし分けていく、食べられるとこは持ってきた大葉に包み、食べられないところは脇にのける。
その中から新鮮な内臓の一部を切りだし、座って待っている竜に向かって投げる。
投げられた内臓を竜は口で受け取ると、うれしそうに食べる。
それを見てわずかに頬に笑みが浮かぶ。
その後脂肪を切り分け、毛皮をはぎ、食べられる部分と使える部分を全て分けると、残ったのは食べることのできない内臓の一部や、硬い脂肪の部分、加工できそうもない小さな骨、そして首から上の頭部だけとなった。
残った頭部に向け一度黙礼した後、その場に穴を掘り、残った部分を埋めてもう一度黙礼をする。
これは得物を狩った者の義務だと父が言った。
『覚えておきなさい、私達は何かを食べなければ生けてはいけない。それはつまり何かの命を奪っているということだ。
だから自らの糧となる命を奪った時には、精一杯感謝と義を示しなさい』
『義?』
『あなたの命を奪った私は、その命を糧に生きていきますってことだよ』
まだ小さかったからだろう、かなり簡略化された説明だったが、成長したことで父の言っていたことがわかる。
竜と共存する私達が、なぜ狩りの時竜の力を少しだけ借りるに留まっているのか。
竜の力を借りれば狩りは楽になるだろう、だがそれは一方的な命の略奪に他ならない。
命を得るのだから、自らの手で相対しなければいけないのだ。
持って帰る肉や毛皮を全てまとめると、待っている竜のもとに近づく。
あと七年したら私も父と同じように騎士団に入る。
憧れの父のようにこの国を守れるようになりたい。
「一緒に頑張ろうね」
相棒となる竜に向かい左手を心臓がある胸に当て、右手を腰に差した剣の柄に当てる正当な竜騎士の敬礼をして誓う。
本当なら左手の甲には竜騎士の証である紋章が刻まれており、友と運命を共にし、右手の剣でどんな困難でも乗り越えるという証なのだが、それでも私の気持ちは十分に伝わったのだろう。相棒の竜は一声甲高く鳴くと頬ずりをして友愛をしめす。
「さぁ、帰ろうか。さすがにお腹がすいてきちゃったわ」
相棒に荷物をくくり家に向かって飛び立った。
東雲八雲最年少で竜騎士団の小隊長となる彼女の、幼い日の姿である。
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