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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
9 十月の章
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どうしてですか? その2


遅くなっちゃったな。手もちょっと汚れちゃったし。

でも、あそこで知らん顔もできないもんな……。



着いた。


さて。



質問は決めてある。

そのときに、児玉さんがどんな表情をするのかもしっかり見届けたい。

だから、電話じゃなくて、直接会いに来た。


ドアのチャイムを鳴らしたら、すぐにチェーンをはずす音。


なんか……早いな。

まるでドアの前にいたような……いたのか?


あ、赤い ――― 。


「児玉さん、すみませ、ん、わっ。」


え?

あれ?

こんな……?

抱きつかれてる?


腹周りを測られているわけでは……ないよな? 顔がよく見えないけど……。

なんか、ものすごく幸せ……。


いや、だけど。


児玉さん?

外だぞ。

夜だけどさ。


「児玉さん……。」


それほど待っていてくれた?

あいさつを交わす時間も惜しいほど?


あまりの歓迎ぶりに気分が浮き立って来る。


俺、何をあんなに思いつめていたんだろう?

児玉さんはやっぱり俺のことを……。


「こ、児玉さん。あの、とりあえず中に……。」


とにかく、玄関の外では何もできない。

いつ人に見られるかわからないし。


どもりながら声をかけると、児玉さんはパッと俺を見上げて急いで離れた。

一瞬見たその表情は、予想に反して笑顔ではなくて、消えていた不安がまた頭をもたげる。


彼女は何も言わずにさっと玄関に入り、廊下に上がるとこちらに向き直った。

けれど、顔を上げてはくれない。両手は体の横で握り締めて。

その姿には、話しかけることをためらわせる何かが。

高揚していた気分が静まっていく。


「あの……。」


会ったらすぐに切り出そうと思っていた質問のタイミングは逃してしまった。

ここは一旦、普通のあいさつから……。


「急に、すみません。」


「 ――― った。」


「……はい?」


声がよく……。


「遅かったっ。」


投げつけるように強い口調。

児玉さん……。もしかして、泣いてる……?


「心配した。事故に遭ったかと思った。救急車が……う……。」


握った手で涙をぬぐっている。


「あ……。」


そうか。

俺が遅かったから……。


「すみませんでした……。」


肩に手をかけて抱き寄せると、児玉さんは胸に額を付けるように寄りかかってきた。

そのまま両手で俺のパーカーをギュッと握って。


「怖かった……、いなくなっちゃうかもって……うっ……。」


「児玉さん……。」


「ひっ……く、い……、いなくならないで……。そんなの……いや……。」


嗚咽の合間に聞こえた言葉に胸が詰まる。


「はい……。」


心配をかけてしまった。

心細い思いをさせてしまった。


「大丈夫です。俺は児玉さんのそばにいます。」


左手を児玉さんの手に重ね、右手で彼女の背中をトントンと叩く。

腕と胸に彼女のぬくもりを感じる。


無言の時間。


けれど、こうしている間も、俺たちは二人の思い出を積み重ねている……。


「心配をかけて、すみませんでした……。」


どれくらいそうしていたのだろう?

児玉さんの呼吸が次第にゆっくりになり、最後に2度深呼吸をしたあと、ようやく顔を上げて一歩下がった。

片手はつないだまま。


「服を汚しちゃった……。」


おずおずと、恥ずかしそうな微笑み。


「いいですよ。」


心配させてしまった俺が悪い。

つないでいた手をそっと引っ張ると、もう一度、児玉さんが胸の中に納まった。

その小さな体をそっと包み込む。

彼女がほっと息をついて、緊張を解いたのがわかった。


「来る途中で……ベビーカーが側溝のフタに引っ掛かってた女の人がいて。」


「……ベビーカー?」


「はい。こんな時間に一人で小さい子を連れてて……。慌てていたらしくて、側溝のフタの細長い穴に、ベビーカーのタイヤがはまってたんです。」


「そうなの……。街灯が点いてても薄暗いところもあるから……。気の毒ね。」


「ええ。放っておけなくて手伝ってきたんですけど、お子さんが乗ったまま眠っていたんで、危ないし、重くてなかなかはずれなくて。それで時間がかかってしまって……。」


「……そう。そうか……。雪見さんらしいね。」


頬を胸に当てたままの児玉さんの顔は見えなかったけれど、彼女が穏やかな気分でいることは声で分かった。


「あ、そうだ。手が汚いんです。ベビーカーのタイヤに触ったから。」


しまった。

児玉さんにも触ってしまった。

急いで手を離したけれど、もう遅い。


「じゃあ、洗面所で洗って。スリッパを……」


「あ、その前に。」


スリッパを出そうと屈みかけた児玉さんに声をかける。


「え?」


こんな時間に訪ねてきた理由。

もう訊く必要はない気がするけれど、やっぱり確認しておきたい。

向かい合った児玉さんの顔をしっかりと見つめる。


「児玉さん。日曜日から、元気がありませんでしたね。」


ハッとした表情。


俺が気付いていたことに驚いた?

それとも、ここでそれを言われたことに?


でも、俺は知りたいです。


「元気がなかった理由を教えてください。」


「それは……。」


苦しい顔?

悲しい顔?


俺に言いづらいことですか? 俺を傷つけないように?


でも、確かめなくちゃ。


「じゃあ、質問を変えます。イエスかノーで答えてください。」


「……はい。」


緊張している。

警戒している。


でも、訊かなくちゃ。



「元気がなかったことに、黒川さんは、関係ありますか?」


……あ。



その質問を口にした直後、児玉さんの顔を見て、安心した勢いで笑い出しそうになった!

返事を聞くまでもない。

彼女の顔には、「どうして黒川さんの名前がここで持ち出されたのか理解できない。」と書いてあった。


「なんで黒川さん? ないよ。ノーです。」


「そうですよね! あははははは!」


あんまり嬉しくて、笑いが止まらない!


戸惑った表情で俺を見つめる児玉さんが愛おしくてたまらない。

その頬にキスしたら、さっきの涙でしょっぱかった。


「黒川さんがどうかしたの?」


児玉さん。

もう、俺がキスをしても慌てないんですね。

そんなに当たり前になっちゃったかな?

ああ……なんだか笑いが止まらない。


「ねえ、ちゃんと話を聞かせて。とにかく入って。」


「はい。……あ、でも。」


「なに?」


「児玉さん、パジャマですよ。」


「ああ、これ? 気にしなくていいから。まずは手を洗ってね。」


「……はい。」


気にしなくていいって言われても……。


「児玉さん。どうしてそんなに大きいパジャマを着てるんですか?」


「ああ、これね、通販で番号を間違えちゃって。男女兼用のLサイズが来ちゃったのよね。」


「そうなんですか……。」


デザインはたしかに男女兼用らしいシンプルなものですけど……。

袖口とズボンの裾をくるくると捲りあげたダブダブのパジャマを着ている児玉さんって……可愛すぎますよ。







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