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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
9 十月の章
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どうしてですか? その1


やっぱり変だったよな、児玉さん。

今朝、鳩川駅で会ったときは変わりないと思ったけど、途中からいきなり……。


もしかしたら、いきなりじゃないのか?


月曜日から、俺はずっと緊張したり舞い上がったりしっぱなしだったから気付かなかったのかも。

昨日? おととい?


……あ。


そういえば日曜日の午後に児玉さんが元気がなくて、指輪を見に行くのを切り上げて……。



……指輪?



そうだ。

今朝も、指輪を買いに行く話をした。

お昼には「行けないかも。」って言いに来て。



偶然……だったらいいけど。



偶然じゃなかったら?

児玉さんは指輪を受け取りたくない……?



え……?

やだな、そんなことあるわけ……ないのに。


一緒にいるとき、楽しそうにしていたし。

はやぶさランドも、先週の図書室も、フットサルの試合のときも。

内緒ばなしをしたり、俺を褒めてくれたり……、そうだよ、指輪の話だってしたじゃないか。一度は見に行ったし。

なのに、今さら婚約指輪を買いに行くのが嫌だなんてあるわけが……。



でも……。



もしかして、日曜日もそれが原因? あの日から?

だとしたら……黒川さん……なのか?



日曜日の午前中は、いつもどおりだった。

児玉さんが元気がなくなったのは、たしかに黒川さんに会ったあとで……。

黒川さんが言ったことが原因?

それとも、黒川さんに会ったこと?



黒川さんが言ったこと……。


俺のことを頼りないって。

児玉さんの母性本能に訴えただけじゃないかって。


プロポーズに「いいよ。」って答えてくれたけど、もしかして、俺のことはそれほど好きじゃなかったのかも。

頼りない俺についていてあげなくちゃって、母性本能で……。

黒川さんに指摘されて、あらためて間違いに気付いた……とか……?


そういえば、俺、児玉さんに「好き」って言われたことってあったっけ?

……ないような気がする。

「可愛い」とは言ってくれたけど……。



それとも……黒川さんの存在そのもの?


たしかに、並んで見比べられたら一目瞭然だった気がする。

仕事はできそうだし、決断力がありそうだし、二枚目だ。

自分で言うとおり、お金だってあるんだろう。

児玉さんを大切にしたいっていう気持ちも。 ―― それは俺も同じだけど。


児玉さんは、最近は俺との接点が多かったから、単に情が移っていただけかも知れない。

あの日、俺と黒川さんを並べて見てみて、向こうの方が頼りになるって気付いたのかも。

あそこでは、児玉さんははっきりと黒川さんを断ってくれたけど、よく考えてみたら……って。



そういえばあの日、昼飯を食べながら、俺を肴に盛り上がってたから……。


みんな、あんなに暴露しなくてもいいのに。

そりゃあ今までだって、誰かが彼女を連れてくると、俺も一緒になってやったけど。

でも、なんだか俺の話って、ほかの誰よりも情けない気がする。


試合前日は眠れないことが多くて、当日は寝坊して遅刻してばかりだったこととか。

川島と奥野(妻)に世話を焼かれっぱなしだったこととか。

3年間、ずっと見ていただけだった片思いのこととか。


情けないだけじゃないな。

鈍い男だってことも。

……俺だって、あの日初めて聞いた話だ。


俺が女子を気軽に手伝ったりするから、女子に注目されてたって。

手伝うって言ったって、重いものを持ってあげるとか、 “お先にどうぞ” くらいのことだったと思うけど。

“優しい” って思われて、何人かは俺にアプローチをかけていたらしい。

俺の世話を焼いていた川島と奥野(妻)に、俺の彼女なのかと尋ねに行った女子もいたとか……。


まったく気付かなかった。


あのころ親切にしてくれた女の子たちは、そういうつもりだったんだろうか?

俺がぼんやりしているから、面倒を見てくれているのかと思っていた。


……うん、やっぱりそうだと思うな。

川島は、面白がって言っただけなんだろう。児玉さんの前で、俺をいじめようと思って。

そんな話を聞いても、児玉さんは笑っていただけだったけど……どっちにしても、俺が頼りなくて気が利かない男だって言われているのは間違いない。



……で。



あのあと、だ。

児玉さんの元気がなくなった。

口数が少なくなって。


あそこで聞いた話で焼きもちを焼いたわけじゃない。

児玉さんが焼きもちを焼いているときは分かる。もっと不機嫌になるはずだ。

……あれはあれで可愛いんだよな。怖いけど。


焼きもちじゃないとすると……、指輪を買いに行くのを渋る理由は、俺とのことが不安になったとしか考えられない。

しかも、その直前に、黒川さんと会っている。


俺を選んだことを、後悔しているのかも。

だから指輪を決めたくなくなって、あの日は「疲れた」なんて言い訳をして、今度の週末は「用事が」って……。



俺を選んだことを後悔している……?



そんな!

どうしたらいい?



頼りない俺が不安なら、不安を取り除かないと。

でも、児玉さんが黒川さんを選ぶなら……ダメだ、諦めるなんてできない。


今まで頑張ってきたのに。

この前まで、あんなに幸せだったのに。

たった半年だけど、いろんなことを積み重ねてきたのに。

諦めるなんて嫌だ!



……あ。



俺……、勝手に考えてる。

児玉さんと俺、二人の問題なのに、一人で考えてる。



……会わなくちゃ。児玉さんに。



会って、直接話さなくちゃ。

二人にとって大事なことだから。


もうすぐ10時?

ちょっと遅いけど……。



ためらいつつも、不安をこのままにしておけなくて、児玉さんに電話をかける。

いつもより長いコールのあと、いつもより長い空白。

児玉さんは、やっぱり何か悩んでる。


『……はい?』


そっと窺うような、何か覚悟を決めたような応答。

前は、児玉さんの笑顔が見えるような気がしたのに……。


「児玉さん。今から行ってもいいですか?」


『え……? 今?』


「はい。」


『ええと……、もうパジャマなんだけど……。』


普段ならもっとうきうきするであろう言葉も、今は単なる拒否の言葉にしか聞こえない。


「玄関でいいです。婚約者として、児玉さんに訊きたいことがあります。」


大事な質問です。

二人の将来にかかわることです。


『婚約者として……?』


「はい。答えを聞いたらすぐに帰ります。」


空白の時間。


迷っている理由は何ですか?

隠し事をしている?

俺の顔を見たくない?

それとも単に、夜だから?


『……玄関で、すぐ終わり?』


「はい。」


『わかりました……、待ってます。』


児玉さん……。


俺が訊きたいことは一つだけ。

覚悟はできていないけど……児玉さんを苦しめることがないように、一刻も早く訊かなくちゃ。







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